後編
研究の過程でわかったことがある。
薬に名前を刻むときに、追加で付与が出来ることを。しかも、他の人が薬を鑑定しても、秘匿できるのだと。
「これ悪用したら、毒薬作り放題じゃん」
愛しい先輩のため、悪事はするわけないけど。
そのため、私は非常にウザい効用を施すことにしたのだ。
☆☆
とある貴族の屋敷にて。
今日も鼻がムズムズする。そんな目覚め方なんて、嫌ねと思いつつ体を起こした。
「お嬢様おはようございます。いつものお薬でございます」
メイドからアッサム草花粉症の薬を受け取る。
朝起きたら、まず始めに飲まねばならない。これがないと、お化粧もまともに出来ない始末だ。
「嫌な病ね」
「そうですわね」
コップを受け取り、水で薬を飲み込む。ふう、これで今日も無事に……。
「へいっ!」
「……お、お嬢様?」
「今、何か……」
私の口から何やら恐ろしい言葉が……。あ、体が勝手に動くわ。コップを落としてしまう。立ち上がって、何をしようというのよ、私。
私は左手を腰に、右手を上に突き上げた。
「へいっ!」
……また言ったわ。
今度は右手が腰に。左手を全力で上に突き上げた。
「へいっへいっ!!」
もう、泣きたい。というか涙が止まらない。
「お、お嬢様っ!!」
意識が飛んだ。
☆☆
世界中で、奇病が発生した。
片方の手を腰に当てて、反対の手を上にあげて「へいっ!」と叫ぶ、時には「へいっへいっ!!」と二度叫ぶ病。
『へい病』と名付けられた。
各国が調べを進めていくと、症状が出た者全てが、アッサム草花粉症の薬を飲んだ後に、症状が出たことが判明した。
すぐさま薬を調べたが、そのような効用があるように見えなかった。というか、わからないのだ。それだけこの薬を作った者の技術が優れているということだ。
ヴィレール王は、急いで薬の製造担当者を呼んだ。
第五製造部リーダーのロドニーが呼ばれて、王の前でひれ伏す。
「これは、どういうことなのだ!これを飲んだものが皆、へい病になっているのだぞ!へいっ!」
「わ、わたくし共もさっぱりで……」
「早く薬を変えるのだっ!へいっ!」
「どうか、落ち着いてください。これは落ち着けば発作は起きにくいと……へい」
「落ち着いていられるかーっ、へいへいっ!!」
家臣は皆俯いている。というか、吹き出す5秒前である。
「も、申し訳ございま……ぷぷっ」
「笑うなーっ!へいっ!」
全員膝から崩れ落ちた。へい。
王都治療院の薬担当第一から第八までの、すべての部門が必死になって解析した結果、分かったことは薬の生産者を偽造していたことだ。
実際にはたった1人の薬師が薬を作り、それに他の薬師が自分の名前を刻印していただけだと。
しかも今まで作っていた他の薬も全てが偽装と判明して、第五製造部の人間は全て逮捕された。ただ1人、製造者のエセルを除いて。
「エセルはどこへ行った?へい」
「……彼女は退職しました。へい」
そう、エセルはへい病が発生する前に退職し、行方不明になっていた。
第五製造部は花粉症の薬の製造の為、一番忙しい部門ということもあり、最近数人増員されたのだ。しかも運良く平民ばかりが。おかげでそのタイミングで辞めると言っても引き止められなかった。
「あんたの代わりなんて大勢いるもの」
「平民なんて、パシリには丁度いい」
「お前より使えそうだからな」
後で思い知るがいい。そう思いながら、エセルは急いで国を出た。
そして今、エセルは先輩の元にいた。
「先輩、約束果たしましたよ。ちゃんと三年くらいは大人しく仕事しました。結婚してください」
「ちよっと落ち着こうかー」
先輩こと、オズワルドは、隣国アンドラデ王国の薬師である。エセルと同じ学園に留学していた一つ上の先輩である。卒業後国に戻り、エセルと同様、自国の王都治療院で働いている。
もちろんオズワルドは、アッサム草花粉症の治療薬を開発したのがエセルであることを知っていた。だって本人が手紙で教えてくるから。
ちなみに手紙は毎日届く。
エセルは、職場に泊まり込みするくらい忙しい日でも、絶対手紙を出している。魔道具の伝書鳩1号くんが5号くんに代替りするするくらい、こき使ってやってくる。
なので、本人がいきなり来ても、ちっとも驚かない。いや、むしろちゃんと約束を守ったことの方が驚きだったが。
「それで、へい病のほうはどうなるんだ?」
「ああ、こっちの国で、不純物なしの花粉症の薬の作り方を教えますよ。そもそもへい病は、私の合図で起動する病ですからね。いつでも動いていつでも止められるものですから」
「安心して報告できるよ」
早速治療薬の作成方法を、アンドラデ王国国王に献上した。
王は大層喜んで、とりあえずは、自国とヴィレール王国以外の国に、薬の作り方を公開した。
ヴィレール王国は反発したが『そもそもさ、お前んち、作り方教えてくれなかったじゃん』と遠回しにネチネチ言われて、ぐうの音も出なかった。きいいいい。
非常に、とっても、仕方なく、ヴィレール王国の人々は、鼻水よりもヘイ病を選択した。
残念ながら、へい病なしの新しい治療薬は、他国から輸入も禁じられている。どんなに金を積んでもダメだった。それほど他国に恨まれていたのだ。
そもそもエセルは花粉症の薬の作り方を、教えていかなかった。製造方法を書いた書類は、いつの間にか全て消えていたらしい。
王をはじめ、ほぼ全国民が、泣きながらエセルの作ったヘイ病込みの薬を飲んだ。
在庫はたんまりあったし。へい。
*****
そんなある時、エセルが古い本を抱えて、オズワルドの元に突進した。
「先輩、アッサム草の駆除方法がわかりました」
「そうなのか?」
「はい、古い文献に載っていました」
アッサム草の横に、アツタカ草を植えるのだという。アツタカ草もかなり早く育つ草だ。だが、二種の草が同等の量になると、途端に双方枯れてしまうのだという。
「『あ、寒草』と、『暖か草』……」
「ダジャレかよ」
草は、全滅した。
ちなみにアッサム草とコゴエ草は一緒に植えると倍増する。
この除草方法も、ヴィレール王国には、ナイショにした。鬼だ、王様。
アンドラデ王国は、全ての国のアッサム草が全滅する寸前に、ヴィレール王国にレシピと除草方法を教えてやった。遅いわーっ!へいっ!と言われたが。
ちなみに第五製造部はどうなったかと言うと。
エセルが辞めた後に入った新人達は、無罪放免で釈放されている。
その他のメンバー全員は、第九製造部へ回された。表には存在を確認されていない、第九製造部へ。
まあ、もう戻ってはこれないからね。
仕事は沢山ある。被験者とか。モニタリングとか。人体実験とか。
*****
「先輩、私がんばりましたよね?国を守れる薬師になりましたよね。だから結婚しましょう、そうしましょう」
「お前は人の話を聞くことから始めろ」
「まあまあ、オズワルド君、いいじゃないか」
そう言って話に割って入ってきたのは、この国の王子・ローベルトである。
「どうして王子様がこちらに?」
「僕らは従兄弟なんだよ」
「お前、それは言わない約束!」
「仕方ないだろ、エセルちゃんがこんなに優秀なんだから」
「そうですー、私すごいんですー」
「へえへえ」
「と言う訳で、褒賞を贈らないとね」
「俺は賞金じゃない」
ローベルトがオズワルドの肩を組んでエセルから離して、小声で話す。
「薬師としても優秀、魔法も凄そう。こんな子、放置出来ないでしょ?」
「それはそうだが」
「ヴィレール王国からここまで来るのも、移動魔道具作って3日程度で来たんでしょ?そんな子、放置しておいたら、各国が奪いに来るよ」
「とは言ってもだな、俺を生贄にするのは」
「嫌いじゃないんだろ?」
「本能が逃げろと言うんだ。全力でと」
「わからないでもない」
「それなら助けろよ」
「私の本能が告げるんだ。生贄が必要だと」
ローベルトがオズワルドを離してエセルの方を向く。
「商談成立だよ、エセル嬢」
「おいっ!」
「お嫌ですか?先輩」
エセルが両手を祈るように組んで、上目遣いでオズワルドを見ている。オズワルドは、はあーと溜息をついて、エセルに歩み寄った。
「お前は、まだ修行が足りない」
「え、まだですか?」
「そうだ。うーんと、そうだな……何にしよう」
「決めてから言えよ」
ローベルトが突っ込む。
「そうだ。最高の薬師の称号を得てからでないと、結婚なんてなあ」
「わかりましたっ!すぐになんかの治療薬を開発します!」
「わかりやすく逃げたなー」
ということで、現在のエセルはアンドラデ王国治療院で勤務している。薬の開発も日々行っていて、毎日忙しそうだ。
オズワルドは地域医療の貢献とか言って、地方に逃げ……転勤した。毎日伝書鳩7号くんがやってきて、モーニングコールしてくれるらしい。
「先輩、新薬開発しましたっ!結婚してくださいっ!」
そう言って飛び込んでくるのも時間の問題か。
がんばれ、いけに……オズワルドくん。
薬草の名前考えるの楽しかったです。
今回出番がなかった薬草の名前は、マサニ草。アッツ草。




