前編
よろしくお願いします。
「まだ完成してないの?グズねえ。早くしなさいよ」
「す、すみません」
こんな会話は、日常茶飯事。私は毎日仕事に追われている。
職場は『王都治療院』。ヴィレール王国の医療の最高機関だ。治癒魔法使いや、神殿からも聖女が多く来て、国中の人々の治療を行っている。
魔法以外での治療は、主に薬だ。私はその薬を作る仕事を担っている。
名前はエセル。21歳。
18歳の時に王都の学園を卒業して、王都治療院に就職することができた。
今まで、学園で薬師になるため沢山学んできた。それを活かして頑張っていこうと、そう思っていたけど、最近迷っている。
王都治療院の薬製造部門は、第一から第八まであり、私は第五製造部に配属された。
少数精鋭で、全部で6名。他の部門も同じようなものだと聞く。
いくら学園で学んできたとしても、はじめは皆、見習いから入る。
薬の下拵えが主な仕事だ。薬草のカットや計量。準備をして、そこから先輩が配合する。
最近は私も最後まで作ることを許されているけれど、とにかく数が多い。
しかも、遅いと怒鳴られる。
皆より早く来て、最後に帰る。そんな生活が当たり前だった。
そもそも、6名のうち私以外は皆貴族である。そう、平民の私を労る者なんて、いるはずもない。私は、使用人扱いなのだ。
体の疲れは薬で補えるけど、心はそうもいかない。
ただ、忙しい理由は確かにある。
3年前に発生した奇病のせいだ。
急に皆が、風邪のような症状を訴えだした。くしゃみ鼻水、目の痒み。微熱が出る患者もいた。これらは各国で大勢現れ、世界中で調査が行われた。
その結果、隣国バルビエ王国のボリーヌ山が噴火して、その時にそこの山にしか生えていなかった植物が飛び散ったせいだと言われている。
その植物が厄介なシロモノで、標高の高い場所であれば繁殖しないのだが、一度下界で育つと、物凄く増えるのだ。
そして大量に花粉を撒き散らす。その花粉を吸い込み、風邪のような症状を引き起こすのだ。
その草の名前をとって『アッサム草花粉症』と命名された。
各国の治療院が皆必死になって治療薬の開発を急いだ。
もちろんアッサム草の駆除も急いだ。だが、抜いても抜いても生えてくる、非常に厄介な草であった。
治療法が見つからず、とりあえずは治癒魔法士や聖女が治療にあたったが、原因のアッサム草がある限り、所詮は付け焼き刃にすぎなかった。
忙しいながらも、私も自分で研究を行った。学生の頃こういう研究をしていた先輩がいて、彼の手伝いをしていたこともあり、私にも多少の知識はある。
仕事の傍ら努力を重ね、ついに症状を軽減させる薬の開発に成功した。だが、あくまでも軽減なので、毎日飲まねばならなかったが。
一応「よくやった」と上司は言ってくれたけど、それは多忙の序章にすぎなかった。お前が考えたのだから、お前が全て作れと、押し付けてきたのだ。
世界中の人々が苦しんでいる病気の治療薬だ。
こんな時だからこそ、製造方法は秘匿せず公開すべきなのに、国王はこれを政治の道具にした。
なので、毎日毎日、私が大量に薬を作るしかなかった。
他の部門にも手伝ってもらえればと思ったのだが、そちらにも通常の仕事がある。
それに『このような大事な仕事は、我々が担うべきですから』と、上司がマウントを取るのにも利用されたし。
私は家に帰る時間すらなくなり、それでも必死に薬を作り続けた。
ある日、もうボロボロで動くことも出来ず、隠れるように部屋の片隅で丸くなって寝ていた時、部屋に先輩達が入ってきた。
「エセル、いないのか?」
「あいつ、サボっているのか。まったく何してるんだよ」
「製造急げって言われているのよね。どこにいったのかしら」
私の所属する第五製造部のリーダー・ロドニー様は男爵家の方だそうで、いつも気難しそうな顔で私に指示してくる。彼はいつも事務仕事や、現場の指示だけを行っている。皆はそれに従い、薬を作っている。
他の先輩三人も貴族で、皆子爵家の出身だ。
最近後輩が入ってきたが、伯爵家出身のため、皆の扱いが優しい。私は平民出身だから、余計にひどい扱いを受けているのがよくわかる。
「でもまあ、よく働いてくれますよね」
後輩のタマラが、部屋を見廻しほくそ笑んだ。
「本当にな。あいつのおかげで楽して金儲け出来て。オマケに先日なんか、国王陛下直々お褒めいただいたもんな」
お調子者のジェフが笑う。一応同期だけど、常に見下してくる。学園では私より成績低かったくせに。
今、そいつがとんでもないことを言っていたわね。
「報奨金ガッポリだ!」
はっはっはと大声で笑うのはダグラスで、製造担当5人の中のリーダーだ。
「ホントマジ助かるわ。俺たちここで何もしなくても、あいつが全部薬作って、俺たちはその薬に名前を刻むだけ」
「ほーんと、それだけでお金もらえるんだもの。笑っちゃうわ」
ケラケラと先輩のバリーとルシンダが笑った。彼女は自分の爪を見ている。
「あ、ネイルが」
そんなものをつけていたら、薬なんて作れないだろうに。
薄々わかっていた。
だって、今まで私が作った薬に、名前を刻ませてもらったことがなかったから。
基本薬を作った者は、それに責任を持たねばならない。その為に、薬自体に魔法で名前を刻むのだ。
薬を作る方法は、材料をまとめて煮込むことだ。それを丸薬にするのだが、その作業は魔法を使って行う。
その際に自分の名前を刻む。文字で刻むのではない。薬本体に記憶させるのだ。
だが、私が作った薬に名を刻むのを、彼らは止めた。
「まだ半人前のお前に、名前を刻ませるわけがないだろう」
「ですが、それでは製造担当者としての規約が……」
「バカか?お前なんかが、担当者なんて名乗れるわけねえだろ?平民のくせに」
「私達が監修してこその薬よ?まったく、そんなこともわからないなんて」
「……すみません」
結局私が作った薬を彼らが更にコーティングすることによって、自分達の名前を刻んでいたのだ。
そう、わかっていた。奴らの魂胆なんて。
平民が作った薬を、さも自分が苦労して用意しましたと。
そもそも、アッサム草花粉症の治療薬を開発したのが、個人名ではなく、第五製造部になっているところで、答えが見えていた。
でもね、私がそのまま泣き寝入りすると思われているのは心外だわ。ちゃんとやることはやるのよ。
奴らは散々私の悪口を言って、部屋を出ていった。床で死にそうな後輩に気が付くこともなく。助ける気もなく、手伝う気もない。
決めた。
もうやめよう。出ていこう。
私は元々ここを三年程度で辞めるつもりだった。理由は学園時代の先輩だ。
「先輩、私も卒業したら、そちらに行ってもいいですか?」
「ダメだ」
「そんなあっさりバッサリ」
拗ねた。
「お前は私がいると、それだけで満足して自分の研究は放り投げるタイプだ」
「バレてる」
「だから少しは自分の足で立って、私にいいところを見せてみろよ」
ニヤリと悪役顔を見せて、先輩は故郷に帰ってしまった。
だから私は誓ったのだ。こんなクズ職場でもそれなりに頑張って、先輩にいいとこ見せるのだと。思ったよりもクズ職場で、時間もかかってしまったが。
私は隠し持っていた、超回復薬を、ぐびっと飲み干す。
「待っててね、先輩。うふ」
☆☆
先輩「何か悪寒が」
後編は明日投稿します。




