第四話 『転生、そしてロデオ』
目が覚めた。
綺麗な青緑の空が目に飛びこんでくる。
ゆっくり体を起こすと、目の前には砂漠が広がっていた。
いや、厳密には砂漠と呼べない。
地面は砂っぽいがけっこうしっかり固いし、荒れた印象もない。
球体の枯葉みたいなのも転がっていない。サボテンも生えていない。
地面には水分もあるようで、チョビチョビと草が生えている。
見たことがあるようでない風景である。
やたら全身スースーするなあ、と思っていたら、普通に全裸だった。いやん。
「オプションに服とかつかない感じなんですかね…」
【第一声がそれか】
すっかり聞き慣れた声が脳内に響く。呆れた様子だ。
しょうがないじゃない。全裸で外出なんて変態しか喜ばないんだから。
幸運なことに、周りに人もいないし、暑すぎず寒すぎない丁度良い気温なので特に困ることはない。
そんなことより、早速核を探しに行こうじゃないか。それが俺の使命だからね。
さあノクスさん、俺はどの方向に進めばいいのかな?北?南?
【服はいいのか?】
大丈夫大丈夫。追々用意すればいいから。
俺の服より宇宙優先よ。
【そうか。ニノの位置は遠くてよく分からない。一旦適当な方向に進め】
あいあいさー。
よっこら立ち上がり、ゆっくり周りを見渡しながらどの方向に進むか考える。
一面変わり映えのない平地だからあまり考える意味はないが。
【それと、余裕があったら武器を一つ手に入れておくと良い】
はーい。
確かに戦う手段はたくさんあったほうがいいもんね。
【ああ。それに、この星では12歳以上の人間は武器を一つ所有しているのが常識だ。武器を所有していなければ驚くほど迫害されるぞ】
怖。
さすが実力至上主義の星、と言ったところか。
じゃあ第一目標は武器を手に入れること、にしよう。
なんとなく武器がありそうな方向に進む。
内股で前を隠しながらヒョコヒョコ歩いていたら、ノクスさんに思いっきりため息を吐かれた。
【気になるんじゃないか】
「だってここでわがまま言っても服なんかないじゃ無いですかぁっ!」
思わず叫んだらまたため息をつかれる。坊泣いちゃうぞ。
【坊ではないだろう】
知ってるわい。
泣いても服が湧き出るわけじゃ無いので、しばらくはこのヒョコヒョコ歩行法でなんとかするしかないだろう。
みっともないのは百も承知で歩き続ける。
ノクスさんはまたまたため息をつく。
しかし今度は先ほどまでの呆れが混ざったため息ではなく、仕方がないとでも言いたげなため息だった。
何か手を打ってくれるのだろうか。
少し期待して立ち止まる。
すると、胸の辺りから黒いドロッとした物体がヌルリと出てきた。
「な、なんですかこれ」
【我の力だ。闇を生み出し操ることができる】
「な、なるほど」
胸から出てきた闇は俺の体にまとわりつき、ローブに近い服の形になった。
「おおっ!すごい!!」
【気休め程度にはなるだろう】
「はい!ありがとうございます!!!」
フードまでついてる。やったあ。
俺が何もしていないのに服ができたということは、ノクスさんの意思でも力を使えるってことか。
まあノクスさんの力だし当たり前か。
俺は使い方がまだよく分からないからありがたい。覚えるまでノクスさんに甘えさせていただこう。
服を手に入れた俺は早くもヒョコヒョコ歩行法を卒業し、意気揚々と武器探しを再開した。
ノクスさんとの会話は脳内だけで完結できるのだが、一人ぼっちだとどうしても寂しくなって口に出してしまう。
側から見たらずっと一人で喋っている異常者だ。
地球にいた頃は一人が寂しいなんて一度も思ったことはなかった。
なんなら一人でいる方が気楽で好きだった。
どういった心境の変化なのだろう。
重い使命を背負ったせいか、単に年齢のせいか…どっちでもいいか。困ってないし。
というか、さっきから執拗に顔の周りを飛び回っている虫たちの方が気になる。
なんか拳サイズで細部がよく見えちゃうからとっても気色が悪い。虫苦手なんだよね。
【その虫が武器だ】
「うそお!?」
これが武器…!?
生きてるってこういうことだったのか。
「なんか…虫以外の武器ってありませんか?せめてこんなハエみたいなのじゃなくてカブトムシとか…」
【小動物型や猛獣型、人型まである。虫型は一番弱いからやめておいた方が良い】
「生き物によって強さが違うんですね」
【ああ。一番下が虫型、その次が小動物型、その次が猛獣型、一番上が人型といった具合だな】
「なるほど。じゃあ人型を探しますか」
【いや、人型はなかなかお目にかかれない上、捻くれたのが多い。小動物型か猛獣型にしておけ】
「はーい」
猫型とかいるかな。
未だに飛び回っているハエを叩き落として先に進む。
このハエをどうしたら武器として使えるんだろう。
まあ追々分かるでしょう。
しばらく歩いていると、岩肌の山が見えた。
初めて景色に変化が出て少し嬉しい。
山に動物型の武器が生息してるんじゃないかと思って駆け寄ると、結構斜面が急だった。
登山というよりロッククライミングをしなければいけなさそうだ。
そんなことできないので山登りは諦めよう。
【…動いてないか?この山】
「え?」
いや、そんなことはないでしょう。
山が動くって、生きてるのは武器だけにしてください。
まあ?なんとなーく上下に揺れてる気がしなくともなくなくないけどぅ…。気のせいの範疇というかぁ…。
ほら、ここに入ってる亀裂とか、生き物に入ってたら命に関わるよね。うーん微かな温もり…。
でもちゃあんと岩の手触り。これは山です。
「獣型の武器ってどこにありますかね」
【割とそこら辺にいると思うが】
「うっそー…」
この山、気合いと根性で登っちゃおうかしら。
でも登れたとして、何もなかった時のダメージが深刻だ。
迂回して別のところを探そうか。
亀裂にペタペタと触れながら考える。
すると突然、亀裂が開いた。
「ん?」
亀裂の中には、俺の身長よりはるかに大きな球が入っていた。
うっすらと水が張っていて、鬼灯の実のような綺麗なオレンジ色だ。
球の真ん中には、縦長の細い黒い線が入っている。
線はキョロキョロ一瞬動くと、俺を捉えた。
その瞬間、線がグワッと開いて真ん丸になり、どこからか勢いよく空気の抜ける音がした。
地響きがして、少しずつ山が盛り上がる。
空気の抜ける音は絶えず、地面から遠ざかっていくオレンジの球は俺を見下ろし続けている。
【逃げた方が良いと思うぞ】
「やっぱそう思いますよね」
言うが早いが俺は全力で駆け出した。
50m走十秒台の実力を魅せる時である。
後方から轟音が聞こえてくる。
ちょっと気になって振り返ると、砂埃を上げながら立ち上がる四つん這いの化け物が見えた。
リアルゴジラのサイズである。
「うおおおおおおおおおっ!!?ヤッベェェ!!!!!」
ますます足に力を入れて全力疾走する。
あっぶねぇ、漏らすかと思った。
“ギャオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!”
化け物が咆哮を上げた。
凄まじい音圧に、鼓膜がビリビリして体まで震える。
咆哮と共に強風も発生し、俺は踏ん張る間もなく空中に吹き飛ばされた。
ノクスさんが気を利かせてパラシュートを造ってくれなければ、一発芸トマトジュースを披露することになっていただろう。
なんとか着地し、口の中に入った砂に顔を顰めながら半泣きで再び駆け出す。
すると、東日本大震災を彷彿とさせる揺れが起きた。化け物が走り出したのである。
甲高い悲鳴をあげて一生懸命走るが、化け物の一歩は大きい。すぐに追いつかれてしまった。
化け物は俺を踏み潰そうと目を血走らせて地面を踏み鳴らし、俺は潰されまいと転げ回って回避する。
プチプチ緩衝材のように潰されるのは時間の問題だ。
転がりすぎて若干酔ってきた。
また吐瀉物をぶちまけるのはごめんだ。
化け物を見上げると怒りに満ちた瞳と目が合う。頭には立派なツノが生えてらっしゃる。
【おい、少し踏ん張れ】
「へ?」
言われた通りに体に力を入れる。
すると、服の裾が細く伸びて、化け物の角に巻き付いた。
そして勢いよく縮んで俺は引っ張り上げられる。
途中、化け物が口を開けて俺に噛みつこうとしたが、すんでのところで回避できた。
無事化け物の角にしがみつき、踏みつけられる心配はなくなった。
「ほあああっ…!?た、たすかっ、てはない、か…」
まだ転生して数時間ほどだが、すでにノクスさんに頭が上がらない。
ノクスさんがいなかったら勝実に二回は死んでいる。これで過信するなというのは無理がなかろうか。
化け物は俺が角に引っ付いているのが気に食わないのか、必死に頭を振って俺を落とそうとしてくる。
シートベルトなしでジェットコースターに乗っている気分だ。ロデオレベルMAXと言った方がわかりやすいか?そろそろ本気で吐く。
腕と足、闇の力まで使って角にへばりつく。気を抜いたら顔のパーツをいくつか持ってかれそうだ。
どうにかしてこの化け物を倒さなければバターになってしまう。
しかしこんなデカブツどうやったら倒せるんだ。
大きいモンスターが闊歩してるという前情報はあったが、まさかこれほどだとは思わなんだ。
流石にこれがモンスターの中で最大サイズだよな…?そうだと言って!!
【いや、これが標準だ】
絶望をありがとうございます。
つまりこいつを余裕で倒せるようにならなければ、俺に明るい未来はやってこないって訳だ。
この星の方々はこれを当たり前のように狩っているのか…?にわかに信じ難い。
何かしようとしても、少しでも力を抜いたら吹っ飛ばされるし、そもそも視界がシェイクシェイクされててほとんど何も見えなくて結局何もできない。詰んでる?
もういっそ我慢比べに持ち込もうか。
俺が吹っ飛ばされるか、化け物が疲れるか、どちらが先か。
そうすれば俺が再起不能になってもノクスさんが闇の力でしがみついていてくれるでしょう。勝ち確!
【感覚が共有されていると言っただろう。貴様が再起不能となれば我も何もできん】
え、
じゃあ逆になんでそんな冷静なんだ?怖っ。
【貴様こそゴチャゴチャと余計なことを考える余裕は残っているではないか】
他のことを考えて吐き気を忘れる寸法です。トイレを我慢している時にも有効です。
段々全身の感覚がなくなってきた。ひたすらに力を入れてなんとか耐えている状態だ。
遠心力で頭に血が昇っている気がする。指先が冷たい。
俺はこのまま角に引っ付いたまま死ぬのかあ…。ダサ…。
【急性アルコール中毒よりはマシじゃないか?】
うるさいやい。
化け物のヘドバンは止まりそうもない。脳震盪とか大丈夫なのかな。
ちなみにちょっと前に我慢できなくなって吐いた。転生してから何も口にしていないおかげで胃液しか出てこなかった。
前後に激しく揺らされているため、顔面で胃液を迎えにいくことになった。
顔面が砂と涙と胃液で地獄絵図である。
ノクスさんが一瞬呻いたので、感覚共有は嘘じゃなさそうだ。
とうとう限界が訪れた。
力が入らなくなり、ベロンと片腕が剥がれた途端に空中に放り出される。
もはや悲鳴を上げる体力も残っていない。
視界の端で、闇がどこかを掴もうと蠢くのが見えた。
ノクスさんは優しい。何も果たせずに死にそうな俺を、精一杯助けようとしてくれる。
もう一度だけ、チャンスをくれないだろうか…。
化け物の大きな口が迫る。
俺も食ってもおやつにすらならないだろうに、そんなに瞼に触れられたのがゆるせなかったのか?
宙を舞う俺は完全に死ぬ覚悟が決まっていた。
落下死か、化け物に食われるか、どっちが痛く無いかなあなんて薄ぼんやり考えていた。
その時である。
誰かに雑に抱えられる感触がした。
もう全身感覚が消え失せていたので、走馬灯か気のせいなんだと思った。
ボヤけた視界に、赤い光が映っている。
次の瞬間顔に激痛が走った。
びっくりして顔に触れ、足元に手をつく。
鼻からはヌルヌルするものが流れている。地獄に血液も参戦したらしい。
足元には地面があった。揺れない地面が。必死にしがみつかずとも吹き飛ばされない地面が。
久しぶりの安定感への安堵と、急に動きを止めたことによる吐き気で、涙とゲロが同時に出た。
それと同時に、鋭い斬撃音と化け物の方向が響き、少し間をおいて、かなりの重さの物が落ちた音と地響きがした。
何が起こったのか確認したかったが、まだ視界がボヤついていてよく見えない。
嘔吐の最終フェーズに入りながら、誰かに助けてもらったんだ、ということだけなんとなく理解した。
胃液を全て出し切った直後、俺は糸が切れたように意識を失った。
感謝を伝えられていないという点が非常に心残りだった。




