第五話 『ポッセの住人』
目が覚めると共に顔面にグーパンを食らった。
理解が追いつかない。
涙で霞んだ視界に少女が映った。
後ろに倒れ込んで少女を見上げると、少女は片腕を振り上げて、もう一度殴る体制に入っていた。
しかし俺が目を覚ましていることに気がつくと、おとなしく腕を下ろして腰に手を当てる。
気が強そうな子だ。
一眼見てそう思った。
キリリと釣り上がった紅い瞳に、短く切り揃えられた鮮やかな茶髪。動きやすそうな短パンとTシャツの上から胸当てを着けている。
立派な弓矢を背負い、足元には大太刀が転がっていて、見た目は中学生ほどなのにかなり凄みがある。
「あら、やっと起きた?全然目を覚さないから、死んだんだと思ったわ」
見下すような口調。
きっとこの子はこういう喋り方しかできないんだろうなと思いつつ、無意識に少女の後方に視線を移す。
そこには、さっきまで俺をぶん回してしたはずの化け物が横たわっていた。
首と体がなきわかれになっており、濁ったオレンジ色の瞳は虚空を見つめている。
「あ、あれ、あなたがやったんですか…?」
少女は少し眉に皺を寄せ、後方を振り返る。
ああ、と声を漏らし、なんてことないように言い放った。
「そうよ。アタシ、村の食料を獲りにきたんだから。そこにたまたまあんたがくたばってたってわけ」
俺は呆然として少女と化け物を見比べた。
あの岩の化け物食えるの…?
いや、そんなことよりお礼を言わなければ。動機がどうであれ、彼女が化け物を倒してくれていなかったら俺は死んでいたんだから。
慌てて立ち上がって頭を下げる。
「ありがとうございます。実は俺、あれに襲われて死にかけだったんです。助かりました」
襲われたというか、怒らせちゃっただけなんだけどね。
少女は頭を下げる俺を見下し、フンと意地悪げに口角を歪めた。
「ロクテン程度に襲われて死にかけた?あんたってとんでもない雑魚ね。見たところ武器も持ってなさそうだし…。あんたどこからきたの?どうせ役立たずだから元いた場所を追い出されたんでしょ?」
ロクテン…。化け物の名前だろうか。
見た目の割に間抜けな響きな名前だな。
どこからきたと言われても、あの世から来たとしか答えられない。
曖昧に笑い答えずにいると、少女は鼻を鳴らした。
「行くあてがないなら、ついてきて頂戴。丁度荷物持ちが欲しかったところなの」
俺は返答に戸惑った。
ついていく、ということは、彼女の村に行くということだろう。
しかし俺は武器を持っていない雑魚である。
村に行ったら村人に歓迎されなさそうだ。
どうしましょうノクスさん。
【貴様が決めろ。これで我がついていけ、と言って、迫害を受けた時に、我のせいにされてはかなわん】
えぇ…。急に冷たいじゃないですか。
「なんか言いなさいよ…。イエスってことでいいのね!」
俺が決めかねていると少女は苛立った様子で声を荒げ、俺の腕を引っ張ってロクテンの死骸の側まで引きずった。
怒らせてしまった。短気だなこの子。
こうなったらついていく以外に選択肢はないだろう。
もし村人に何か言われたら、少女を盾にさせてもらう。こういう根性が雑魚なんだろうな俺は。
化け物の死骸の側には、もう一人ずつ少年と少女がいた。
両方とも気が強い少女より幼い。妹とか弟なんだろうか。
少年は地べたに座り込んで、拳ぐらいの干し肉をしゃぶっている。質素な服を着て、目に生気が宿っておらず、痩せぎすだ。
もう一人の少女は、そんな少年をただ見守っている。こちらはびっくりするほど派手な服を着ている。
頭に大きなリボンを乗せ、レールがふんだんに使われたワンピース…つまりロリィタファッションというやつだ。
ポッセにもあるんだ、こういう服。
ロリィタ少女は俺たちに気付きポテポテと駆け寄ってくる。
「レフィ、遅い」
「文句ならこいつに言って。全然目を覚まさなかったんだから」
「面倒見る、言ったのレフィ。無視して帰ればよかった」
「うるさいわね」
どうやら気の強い少女の名前はレフィというようだ。
ロリィタ少女は頬を膨らませレフィを見上げる。
「…妹さんですか?」
「バッカじゃないの、全然違うわ。アタシの武器よ。あんたみたいな雑魚には到底お目にかかれない代物ね」
レフィは得意げにロリィタ少女の頭を乱暴に撫でた。
ノクスさんが、ほう、と感心したように息を漏らす。
【相当な手練れのようだな。貴様も運が良い】
その通りですね。運を使い切っていなければいいんですけど…。
それにしても、これが人型武器かあ。こんな序盤で見られるなんて。
「で、その変態、どうする?」
「荷物持ちをさせるわ」
へ、変態?なぜ?
今までの会話に変態要素あったかな?
知らないうちに鼻息荒くなっちゃってた?
口に手を当て、ちょっと俯くと、なんと全裸だった。
俺は反射的に化け物の死骸の影に隠れ、心の中で悲鳴を上げた。
確かにこりゃ変態だわ!!今までずっと全裸だったの!!!???
ノクスさん!!!ノクスさああああん!!!!!
ノクスさんはすぐにまた服を作ってくれた。
【すまぬ。貴様が気を失うと闇は解除されるのだ。完全に忘れていた】
いや、ノクスさんのせいじゃないです…。
くそう、レフィなんで相手が全裸なのに動じないんだよぅ…っ!。早く言えよおっ!
顔から火が出るとはこのことである。
あれ、でも急に着替えて怪しまれないだろうか。
【魔法だと言い張れ。ポッセにも魔法は存在する】
了解です。
気まずいのを堪えて三人の元へ戻ると、レフィとロリィタ少女がジトっとした目でこちらを見ていた。
ガリガリ少年はレフィの後ろに隠れ、怯えている。
「アハハ、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません…」
苦笑いするとレフィが鼻を鳴らすレフィはヒュウと指笛を吹く。
すると、大太刀が獅子に、弓矢が鷹に変化した。どちらも紅の鬣や羽を持っており、レフィと並ぶとしっくりくるカラーリングだ。
自分と並んだ時の見栄えも考えて武器を選ぶのだろうか。
ちょっと難しそうだ。
レフィは鷹と協力してロクテンの死骸に縄を括る。
体表の凹凸に引っ掛けるようにして、あっという間にロクテンを縛り上げた。
「荷物って、これですか…?」
「はあ?違うわ。あんたが持つのはこれよ」
レフィはガリガリ少年の頭をボスボス叩く。
ガリガリ少年はかなりレフィに懐いているようで、作業以外の時はずっとレフィにくっついている。
弟なのかと聞いたが、どうやら違うらしい。レフィ曰く、相当のヘタレなんだとか。俺と同類だそうだ。
ヘタレすぎて村の人たちにいじめられるから、レフィが面倒を見てあげているらしい。案外優しい子なんだな。
レフィはガリガリ少年を抱き上げ俺に差し出した。
「こいつの名前はアイ。すぐに泣くから気をつけて」
「自分で歩かせないんですか?」
「足が悪いの。それに、たくさん歩けるほど体力もないし」
なら置いてくればいいのに、なんて思いながらアイを受け取る。とても軽い。
アイは早速グズった。
掠れた声を出しながら手を伸ばし、俺の腕から抜け出そうとする。母親から引き離された赤子みたいだ。
「…レフィさんがいいみたいですけど」
「ダメよ。アタシはロクテンを運ぶんだから。…平気よ、アイ。そいつもアイと一緒でヘタレな腰抜けだから、何にもしやしないわ」
レフィは今まで聞いたことないような優しい声音でアイに語りかける。
アイは顔をグジュグジュにしながら頷いて、大人しく俺の腕に収まった。
「そうしてればその内寝るわ。さ、帰るわよ」
レフィは獅子とロリィタ少女と一緒にロクテンを引きずりながら歩き出す。
俺は二人と一匹の力の強さに腰を抜かしながら慌ててついていく。
巨体を引きずっていても、普通に歩いている時と同じぐらいのスピードでレフィは歩いている。
慣れているのか、疲れや苦労など感じていなさそうな顔だ。
鷹は移動の際、俺たちの頭上を飛び回り、モンスターがいないか見張っている。
俺は時折アイの頭を撫でてやりながら、なんとも言えない罪悪感を感じつつ歩き続ける。
アイの髪はターコイズで、少しくすんでいるが綺麗な色だ。
しつこく撫でていたら払い除けられてしまった。まあ知らない人に頭とか撫でられたくないよね。
その時に気がついたのだが、アイの左手の指は四本しかなかった。
薬指だけ欠けているのだ。本人は特に気にしているふうでもなかったのでとりあえず放っておく。
俺たちはほぼノンストップで歩いた。
一度日が暮れたので野宿したが、それ以外の時はずっと歩いていた。
レフィはその間、一度も「疲れた」とか、「ちょっと休みましょうか」とは言わなかった。
途中途中モンスターに襲われ、その処理までしているのに、凄まじい体力だ。
レフィは強い。
大抵のモンスターは一撃か、多くて三撃ほどで倒す。
レフィがよく使っているのは獅子の大太刀だ。お気に入りっぽい。大太刀は振ると炎も出てめちゃくちゃかっこいい。どこぞの煉獄さんみたい。
ポッセの武器は、普段は生き物の姿をしていて、使用するときに武器の姿になるようだ。
ロリィタ少女が、なんの武器になるのかはまだ知らない。
倒したモンスターはロクテンに括り付けられ、一緒に引きずられる。
俺の抱っこにうんざりしたアイが、再びグズリ出したところで、ちょこちょこと家が見られるようになった。
「もうすぐつくわ」
レフィはアイに言い聞かせるように言った。
村は、砂地にポツンとあるオアシスを囲うようにしてできており、家の構造は竪穴住居にかなり似ている。
家の脇には水瓶があったり、木の棒で組まれた物干し竿に肉や服が干されている。
かなり開放的な村で、どの方向からでも入れるみたいだ。
家が増えると村人もポツポツ見られ、大体の人は健康的な肉体で、レフィと同じ格好だ。
不思議なことに、みんな短髪である。
村人たちはレフィとロクテンに気づいて歓声を上げた。
これでまたしばらく食っていける、と嬉しそうだ。
レフィはそんな村人たちをよそに、ロクテンの尻尾を切り取り、俺を引っ張ってそそくさとその場を離れていく。
「アタシ、ここの人たち好きじゃないの」
レフィは風にかき消されそうな声でつぶやいた。




