第二話 『フュージョン』
そのあとすぐ、宇宙の統治者さんは準備があると言ってどこかに行ってしまった。
ノクスさんと二人きりである。
あと、宇宙の統治者さんに声を出せるようにしてもらった。
モミモミされただけなのにあっさり声が出て驚いた。
これでいっぱいお話しできちゃうゾ!とか思っていたけど、話すことがないしそもそも初対面の方と話すのが得意じゃないことを思い出した。
ノクスさんもそんなにお喋りではないようで、気まずい沈黙が続いている。
なんで夢の中で気まずい思いをしなければならないんだろう。
ノクスさんは俺を見下ろしながら暗闇に足を組んで腰掛けている。要するに空気椅子だ。かなり安定している。
周りは真っ黒真っ暗で天気の話すらできない。
必死に話題を探していると、ノクスさんが顔を歪めた。
「なんだ、夢と現の区別もついていないのか」
「え、ええと…」
なんて返せばいいんだ。
はい、って答えるのも変な気分だぞ。
黙ってても会話になるかしら。なんか読心術心得てるみたいだし。
いや声出せるようにしてもらった意味ないな。
「さっきも言われたんですが…やっぱり現実なんですか…?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、俺って本当に死んでるんですか…?」
「ここにいるということはそうなんだろうな」
「ええ…」
「下界の様子でも見てみるか?」
「あ…お願いします…」
「住居は?」
「え、あ…日本の、東京都~…」
「日本…地球か」
素直に住所を答えると、ノクスさんはどこからか鏡を引っ張り出して膝の上でポチポチいじり始めた。
鏡をタブレットのように操作し、こっちに向かって人差し指をチョイチョイっとやられる。
近う寄れという意味だろうか。
おそるおそるノクスさんの側に寄り、鏡を覗き込む。
俺は思わず息をのんだ。
鏡には、眠っている俺が映されていた。
花がぎっしり詰まった箱の中で、白い和服を着せられ、無表情で。
「え…?」
ノクスさんの方を見上げる。
ノクスさんはなんでもないように言い放った。
「言われたところに誰もいる様子がなかったが…なるほど、ちょうど葬式だったのか」
「そうしき…?誰の…?」
「どう見ても貴様のだろう」
「おれの…?」
再び鏡に視線を戻す。
葬式には意外とたくさんの人がいた。
顔をぐしゃぐしゃにした母さん、
母さんの方に手を置き、静かに涙を流す川上さん、
気まずそうに俯いている忘年会で見かけた面々。
母さんの声を抑えた過呼吸気味の泣き声が聞こえてくる。
胸がチクチクする。
鏡越しで様子を見ているはずなのに、その場にいるような感覚だ。
先ほどまでのようにこれが夢だと言い張ることができない。
ただ、自分が本当に死んでしまったということだけぼんやりと理解した。
結局、半ば放心状態で葬式が終わるまで鏡を眺めていた。
ノクスさんは退屈だっただろうに、欠伸一つもせずに一緒に見ていてくれた。
そして全てが終わった頃に静かに鏡をしまった。
「半分程度は信じたか?」
「まあ…半分程度は…」
「ならば今一度問おうではないか。貴様は本当にあれを引き受けるか?何度も言うがこれは現実だ。夢心地のまま引き受けられても困る。そんなに容易いことではないからな。貴様の前にも挑んだ者達がいたが、誰一人としてなんの結果も残せていないのだ」
「…でも、まあ一回イエスって言ったので…やります」
「……案外頭が固いな」
「ちなみに、その、失敗した場合何かペナルティとかは…?」
「ない。ただ輪廻の輪に戻すだけだ。魂に残る記憶を全て消去して再び下界に下ろす。たまに輪廻の神が横着して記憶を消去せずに下ろす時もあるがな。同じ世界に下ろさなければ問題無いと思っているらしい」
「ほほう。それが俗に言う異世界転生ということでしょうか」
「そうだな」
すげえ。異世界転生は実在したのか。
ん…?でも異世界ってそもそもどこにあるんだよ。
「貴様の言う異世界も、貴様の住む地球も、同じ宇宙の中に存在している。
ただ、互いに干渉できないように大分離されているからな、自力で行くことは叶わん。辿り着く前に寿命が尽きるだろうよ」
はえぇ。じゃあ寿命とか無視して突き進めば異世界に行けるのか。
でも干渉できるようにしても良いのでは?お互い刺激になるだろうし。
「…世界はいわば、神々の箱庭だ。様々な神がそれぞれ自分好みの世界を造り、その世界中でどんな生物が生まれ、どんな進化をして、そんな文明を築くかを観察して楽しむ。
神は気難しいのが多いからな、自分の世界他の手が加わるのがとにかく気に食わないのだろうよ」
ああ、なんかわかる。
俺も小学校の頃朝顔とか割と自力で育てたかった。
他の人に勝手に水やられるのは結構嫌だった。
上手く言えないけど、俺の、俺だけの、俺の子…!みたいな認識が強かったんだよな。
「ノクスさんは物知りなんですね」
「情報収集以外にすることが無いのだ。一応ここの管理を任されているが、暇なのだ」
確かに、景色も黒一色だし、常人が発狂しそうなぐらい暇そうだ。
「せめてもうちょっと明るくしたらいいんじゃないですかね?こう…景色とかを…」
「明るいのは嫌いだ」
途端にノクスさんの声のトーンが3段階ほど下がった。冷え切った声だ。若干殺意を感じる。
さらに舌打ちまでされて頭からつま先まで震え上がってしまった。
地雷だったか。
明暗についてはこれから触れないようにしよう。怖い。
わけわからんところに地雷を設置しないで欲しいよ。
「そ、そういえば、ここって本当は六…人?柱?神様がいるんですよね?どこ行っちゃったんですか?」
「…」
黙られちゃったよ。
これも地雷なの?
でも俺がやんなきゃいけないことにも関わってくるから普通に教えて欲しい。
さっきの宇宙の統治者さんの口ぶり的にどっか行った原因はノクスさんっぽいけど…。
「…ただの兄弟喧嘩だ」
「兄弟?」
「ああ、我らは六兄弟だ。上から光、火、土、風、水、そして我」
「末っ子なんですね」
ノクスさんは顔を顰めた。
「……そのせいでよくこき使われてな。ある日限界が来て、大喧嘩になった。そして俺が勝った。
しかし少しやり過ぎてしまったのだ」
再びノクスさんはため息をつく。
後悔と反省が入り混じったため息だ。
表情は暗く、視線は下を向いている。
容疑者の罪の告白を聞いている気分になってきた。
「神も傷つけば肉体が壊れ、核のみの状態になる。人間に例えれば核は魂だな。
…我は兄達の肉体を壊してしまった。そのせいで兄達の核は宇宙に散ってしまった…」
相当お冠だったのか。
しかしノクスさんは末っ子なのかあ。
あんまり想像つかないな。可愛がられていたのだろうか。
いや、こき使われてたんだっけ。
「じゃあ、俺はその核を探せばいいんですね。…核以外には何もいらないんですか?肉体は壊れちゃってるんですよね?」
「問題ない。肉体はあくまで外付けだからな。核が無事なら母君がなんとかする」
母君すごい。
「あら、呼んだ?」
「うぉ」
いきなり宇宙の統治者さんが背後に現れた。
俺はもちろん驚いたし、ノクスさんもビクってなってた。
宇宙の統治者さんは親指を勢いよく立てた。
「あらかた準備ができたわ!出発の前に、改めてちゃんと説明するわね」
ボンっとホワイトボードのような板が出現した。ホワイトボードにはプラネットマテリアルが最大まで簡略化された絵が描かれている。
宇宙の統治者さんはいつの間にか持っていた棒でその絵を指し示す。
「はい、これは現在私たちのいるプラネットマテリアルです。
ここには宇宙の構成を担っている神々が六柱います」
統治者さんの話に合わせて、六つの人型のイラストが浮かび上がった。
「しかし!六柱のうちの一柱が起こした大乱闘により五柱の肉体は崩壊し、それぞれの核は宇宙に散っていってしまいました…」
イラストが話の通りに変化していく。
ノクスさんは渋い顔をしながら話を聞いていた。
俺はまだノクスさんの眉間に皺が寄ってないところを見たことがない。
「六柱が揃っていなければ、宇宙を保つことはできません。私たちは観測の神に助力を求め、全宇宙を探し回って四柱のみ大体の位置を特定することができました。
幸いなことに核は各々適当な星にとどまっていました。
問題は、私たち神々は下界で生きることができないので核を回収しに行けないのです。
人間も、水の中や土の中で生きることはできませんよね?それと同じです。
そこであなたの出番です!
あなたには、核が発見された星に転生し、私たちの代わりに核を回収していただきます。
核一つあたり人生一回かける感じになりますね」
つまり全回収するには人生五回か。思ったより長い。
「…ここまで、質問はありますか?」
「うぇ?じゃあ…、なんで神様は下界で過ごせないのに、核は下界にとどまれているんですか…?」
「簡単な話ですよ。核だけの状態だと適応力がとっても高いので、下界に居ても大丈夫なんです。
そのかわり結構脆いです」
なるほど、脆いかわりに適応力を上げて生存率も上げるって感じか。
「他に質問は?」
「大丈夫です」
「はい。では説明を続けますね。回収していただくにあたって、あなたにはそこにいるノクスリスをつけます。あなたは彼の力を使うことができるようになりますし、彼自身とても博識なのできっと役に立つと思います」
「えっ、どうやってついてくるんですか?」
「ノクスリスを核だけの状態にしてあなたの魂に適応させて合体させます。
安心してください、何度かやってますが一度も失敗していませんよ」
「はあ…」
「ただ、ノクスリスと視覚、思考、触覚その他もろもろの感覚を共有することになります。変なことを考えればノクスリスにすぐバレてしまいます。まあそこは…頑張ってください」
「んえぇ…」
思考共有はちょいとばかしきつくないですか?
気が合わなかったとき地獄だぞ。
悪口も口に出す前から筒抜けってことなんだから。
でも一人で放り出されるよりマシか。闇の神の力も使えるみたいだし、生まれてすぐ死とかは防げそうだ。
「ノクスリスはセンサー代わりにもなるので、存分に使いつぶしても構いませんよ。もともと自分で蒔いた種ですしね」
チラッとノクスさんの様子を伺うと、苦虫を百万匹嚙み潰したような顔をしていた。
不機嫌な表情だけで百個以上のレパートリーがありそうだ。
「自由に探し回れるように、転生先に親は用意しません。また、あなたの肉体は十五、六歳のものを用意します。なにか希望はありますか」
「いえ、特には」
「わかりました。では、最後に諸注意を」
統治者さんの表情が引き締まる。
「一つ、ノクスリスは万能ではありません。過信しすぎないように。
二つ、もしあなたが核を回収できずに死んでしまった場合、失敗とみなしあなたの役目は終了します。ここでのことを全て忘れ第二の人生を楽しんでください。
三つ、…何か問題が起こっても、あまりノクスリスを責めないでください」
最後の一つにだけ、統治者さんの私情が入っている気がした。
ちゃんとノクスさんのお母さんなんだなって思った。
「これで説明を終わります。心変わりはありませんか?」
「ありません。必ず核を回収します」
「…よろしくお願いします」
深々と頭を下げられ狼狽え、つられてこちらも頭を下げる。
「じゃあ、ノクスちゃんの準備も終わらせちゃいましょうね」
ノクスさんは体を震わせた。
立ち上がって、一歩後退る。
統治者さんは若干抵抗を見せるノクスさんをガン無視してその胸にぺたりと触れる。
「ふん!」
統治者さんが力んだ瞬間、ノクスさんの体に亀裂が走り、あっさり砕けた。
砕けた破片が闇に溶けて消えていく。
お、お母さん…!?
只者じゃないオーラマシマシのノクスさんが容易く砕けていくもんだから腰が抜けそうになった。
統治者さんの片手には黒いピンポン玉みたいなのが乗っている。あれが核なんだろう。
核を体にムギュッと押しつけられ、俺はなんの抵抗もなく取り込んでいく。適応できるといいんだけれど。
俺の体に特に変化はない。少しだけそわそわするぐらいだ。
こうして俺は神と一つになったのだった。




