第一話 『選ばれし者』
目が覚めると、視界が真っ白に染まっていた。
病院かと一瞬思ったが、違った。
どこを見ても白しかないのだ。空も、景色も、何も。
ただの白い空間に、ポツンと一人取り残されたようだ。
少し動いてみても、周りに変化がないから自分が止まっているように感じる。変な感じだ。
さっきまで忘年会をしていたのに。
それで、そうだ、酒を一気飲みして盛大に吐いたんだ。もうすでに黒歴史である。
白い空間を漂いながらいろんなことを考える。
すでに、これは夢なんだと自分の中で収集をつけているため、白い空間については何も考えていない。
ただ、家で俺の帰りを待っているであろう母さんのこととか、俺が倒れた時に真っ先に駆けつけてくれた川上さんのこととか、ジョッキを差し出してきた後輩のこととか、そういう感じのこと。
家に帰ったら母さんはなんていうかな。
俺が酒の一気飲みでぶっ倒れたのは知られているだろうか。
大学生じゃないんだからしっかりしなさい、と怒られるかもしれない。
いや、母さんのことだし、だから行かない方が良いって言ったじゃない!と憤慨するな。
ただただ漂い続け、現実の自分の意識が覚醒するのを待つ。
すると不意に、パン!と軽快な音が響いた。
びっくりして音がした方を見ると、神々しい雰囲気の女の人がクラッカーを片手に佇んでいた。
「おめでとうございます!あなたは何億、何兆といる宇宙の生命体の中から見事選ばれました!」
呆然とする俺をよそに、女はゆったりとした口調でそう言った。
脈絡もくそもない夢だ、と思った。
声が出ないため、ただ黙って女を見る。
ふんわりとした桃色の髪、真っ白い布を身体に巻き付けたような服装で、なんかデカイ。大人のお姉さんっていう感じ。
グ○ンマンマーレを彷彿とさせる。
グランマン○ーレは慈愛に満ちた表情をしていた。
「フフ、驚かせちゃったかしら?ごめんなさい。一度やってみたかったの、これ。くらっかー…だったわよね?下界のものを見様見真似で造ってみたんだけど、こんな感じであってる?」
俺は一応頷いておいた。
そんなことより女の言葉選びの方が気になる。
なんだよ下界って。漫画とかでしか見ない言葉だ。
夢のくせにしっかり話しかけてくるし。
「あら、夢なんかじゃないわ。現実よ、現実」
女がにっこり笑った。
こ、この人心を読んできたぞ…!
非現実すぎる。やっぱり夢だ。
「もう、強情な子。じゃああなたが、急性アルコール中毒で死んじゃった、って言っても夢だからって信じないの?」
しん、じないね。
アルコール中毒の心当たりはあるけど、流石に死んではないよ。きっとね。
夢は脳が日中の記憶や感情を整理する過程で生じる心的現象っていうし、これもその過程なんだろう。
「ムー、じゃあいいわ。とりあえず夢ってことで話は聞いて頂戴?」
話を聞くぐらいならいいか。
ただ白い空間を漂っているより楽しい夢になりそうだ。
選ばれた、っていうのも結構気になるし。
女は再び微笑んだ。
「ありがとう。まずは、自己紹介からね。
私は万物の母、そして宇宙の統治者です。よろしくね、鈴木拓人くん」
おっと、いきなり話がぶっ飛ぶじゃないか。宇宙の統治者て。
そして漫画でありがちな、なぜか自分の名前が知られている展開。
好きな人は好きそうな夢だ。
「ちょっとぐらい驚いてよ…はあ、初めてだわこんな子」
宇宙の統治者さんはため息をつき、俺に向き直った。
夢を困らせてしまったいるようだ。
「ちなみにここは宇宙の外側よ。少し場所を変えるわね」
宇宙の統治者さんは俺を手で包み込んだ。
一瞬目の前が真っ暗になり、すぐにまた白い空間が目に入る。
でも、さっきとは違って白い空間の向こうに浮島のようなものがあるのが見えた。ラ○ュタみたいな。
浮島はドーナツのような形をしていて、穴の部分には大きな黒いボールが浮いている。
全体的に荒廃していてお世辞にも綺麗とは言えない。
「見える?あれはプラネットマテリアル、っていってね、あそこで生み出されるエネルギーで宇宙は構成されているのよ。真ん中にある黒い球が宇宙なの」
ほほう。随分凝った設定だ。起きたら忘れてしまうのが悔やまれる。
要するにあの浮島は直訳して宇宙の材料という認識でいいのだろう。
…材料が荒廃しているのはあまりよろしくないのでは?
「気がついた?ちょっと訳あって崩れかけなの。完全にあれが崩壊したら、もちろん宇宙も消滅するわ。それで、あなたはこの宇宙の救世主に選ばれたのよ」
おっと、その話に飛ぶのか。
宇宙が消滅ってさらりと言っていたが、普通に大事じゃないか。
でも崩壊を防ぐって言ったって何をすればいいんだ。
「夢って疑わないくせに興味津々ね」
宇宙の統治者は苦笑した。
「宇宙は光、火、土、風、水、闇の六種類のエネルギーで構成されているわ。
そしてそのそれぞれにエネルギー源となる神様がいるの。
光の神ルナエール、火の神ニノフェルノ、土の神テラティエラ、風の神ウィンゲイル、水の神アクアマーラ、闇の神ノクスリス。
今は諸事情で闇の神しかいないわ。詳細は本人から話させるから。
あなたはいなくなってしまった五柱を探してほしい。…頼めるかしら?」
なるほど。
頼めるか、と聞かれたらイエスと答えるしかないだろう。
宇宙の統治者さんの顔が明るくなった。
「ありがとう!じゃあ私は色々準備があるから、諸々の説明はノクスちゃんにしてもらってちょうだい」
ノクスちゃん…。
どんな人なんだろう。話によると神なんだそうだが。
にしても長い夢だ。そろそろ起きてもいいのでは?
宇宙の統治者さんが俺を手に持って浮かび上がった。
そのままゆるゆると、しかし凄まじい速さでプラネットマテリアルに近づいていく。近くに寄ってわかったのだが、この浮島はかなりデカイ。下手したら地球より大きいんじゃ無いだろうか。
宇宙の統治者さんが向かっているであろう場所は、真っ黒であった。
その空間だけが黒塗りにされたようである。
宇宙の統治者さんはその空間に迷いなく突っ込んだ。
真っ白な空間から、真っ黒な空間に周りが変化する。
こう、明るさの差が激しい場所に移動すると目がチクチクするはずなのだが、不思議とその感覚はない。
「ノクスちゃーん!!」
地面らしきところに降り立つと、宇宙の統治者さんが大声で叫んだ。
彼女は発光でもしているのか、真っ黒な空間でもその姿がよく見える。
少しして、一人の男が現れた。
その男は、まさしく神だった。
いや、あからさまに羽が生えていたり後光が差していたりしたわけではない。
全身から溢れ出す目には見えないオーラに、彼が神であることを直感的に納得させられた。
そして同時に思った。
ノクスちゃんなんて可愛く呼ばれる風貌ではない。
黒い髪に黒い服で、肌は白い。
色彩を全く感じさせない、完全なるモノクロ男。
しかし、瞳だけが金色に輝いている。
男は間違いなく美丈夫である。
だが、不機嫌そうに眉に皺を寄せているせいで、かっこいいよりも怖いという感想が先に出る。
背は宇宙の統治者さんより高く、彼女を睨みつけるように見下ろしている。
宇宙の統治者さんは相変わらずニコニコだから、この表情がデフォルトなのかもしれない。
男は眉間の皺を深くして、フンと鼻を鳴らした。
「随分と頼りない者を選ばれたようで。そろそろ直感だけで人選するのをやめてはいかがか」
丁寧な口調ではあったが、声音はいたって不機嫌だ。
宇宙の統治者さんは、その言葉を聞いてぷくっと頬を膨らませた。
「いっぱいいる中から精査するなんて無理よ。それとも、あなたがやってくれるのかしら?だったら別に構わないけれど。そもそもこんな事態になったのはノクスちゃんのせいなんだからね?文句を言うのはやめて頂戴。ここまで連れてくるのも楽じゃないんだから、協力してあげてるだけ感謝してほしいわ!」
男は口をへの字に曲げた。
今度は不機嫌そうではなく、痛いところを突かれたというような表情だった。
宇宙の統治者さんはプリプリ怒っている。怒っているが激怒というほどでもないせいか、ちょっとした親子喧嘩に見えてくる。
「返事!!」
「…はい……」
もしかしたら本当に親子なのかもしれない。そういえば万物の母とか言ってた気がする。サラッと言われたから忘れてた。
「あら、勘がいいわね。そう、この子は私の息子でノクスちゃん…じゃなくて、闇の神ノクスリスよ」
宇宙の統治者さんはノクスリスさんの頭を撫で、自分の頭に無理やり引き寄せた。
ノクスリスさんは仏頂面で腕を組み、俺から視線を逸らす。
「ノクスちゃんにはあなたのことを手伝わせるから、仲良くしてあげてね」
宇宙の統治者さんがにっこり微笑んだ。
対するノクスリスさんの顔には、「不服」とわかりやすく書かれていた。
仲良くなるのは無理なんじゃないだろうか。




