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宇宙の英雄譚  作者: なんとなく柚子湯
1/6

プロローグ 『飲みのコールはやめましょう』

「アレェ?鈴木くん全然の飲んでないじゃない」


「アハハ、すんません、俺酒弱くて…」


 今日は、いわゆる忘年会というやつで、居酒屋一つを貸切にして会社のみんなで飲みにきていた。

この時代にしては珍しく、社員のほとんどが参加していて実に賑やかだ。

会社命令が出ているわけでもないのに。案外こういうことを好む人が多いのだろうか。

俺はというと、上司の「来るでしょ?」という圧に負けて渋々参加した。

酒に弱いし、こういった飲み会のノリが苦手だから毎年参加を断っていたのだが、そのせいなのか上司の圧が例年の3倍ぐらいだった。

まあ、無理に断って年明けに上司とギスギスするよりマシだろう。

 たくさんの人がいる中で料理を食べる気分にはなれず、他社員の面白味のない話に相槌を打ちながらお冷をチビチビ飲む。

帰ったらコンビニ弁当でも食べよう。

上司のすすめる酒を曖昧に笑いやんわり断り、またお冷を口に含む。早く終わってほしい。


「いやあ、鈴木くんが今年の忘年会に参加するとは思わなかったよぉ」


「分かります!一人で家でゆっくりするタイプかと思ってました」


「ハハ、ちょっと気分転換に…」


 気持ちよさそうに顔を赤く染めている上司の言葉に、今年入ったばかりの後輩が同調した。

お前が圧かけたんじゃないかよ、と少しムッとしつつ、薄く笑う。

会社での俺の評価は、大人しく、他人との付き合いは控えめだが仕事はできる、みたいな感じだ。

他の人達も口には出さないが「あいつ来たんだ」みたいな顔でこちらをチラチラと見てくる。


「ていうか先輩、さっきからお冷やしか飲んで無いじゃ無いですか!」


 おっと、バレてしまったか。このシゴデキ後輩め。

周りをよく見ているのは社会人としては100点満点だ。

俺としてはただ鬱陶しいだけだが。

 後輩は勝手に酒を追加注文し俺に差し出してくる。

上司と同じようにあしらうが、後輩は引く気がない。ちゃっかり大ジョッキ注文しやがって、飲めないって言ってんのに。


「俺の酒が飲めないんですか先輩!?」


「えぇ…」


 後輩のお前が言うセリフじゃない気がする。

相当酔ってるんだな。

まあいいか、時間をかけてゆっくり飲めば問題ないはずだ。

苦笑いしながら、腰を浮かせて向かい側に座る後輩の持っている大ジョッキを受け取る。


「はい、なーんで持ってんの!なーんで持ってんの!飲み足りないから持ってんの!」


「は?」


 突如後輩がそう叫び出した。

手を叩いて、とても楽しそうである。

周りも同調して同じように手を叩き、声を上げ始めた。

それが飲みのコールで、自分が対象だと気がつくのに数秒かかった。

事態を呑み込んでから、大ジョッキを見下ろす。

コールって一気飲みするやつだっけ?飲み切るまで終わんなかったよね?

飲むの?これ、全部?

思わず周りを見渡した。

みんなの表情は様々だ。

あいつが一気?と興味深そうな表情、コールが面倒くさいから早く飲めという表情、完全に楽しんでいる表情等々。

あれ、これやるしかない感じ?

こういうのって酒強い人にやるんじゃないの?

 意を決して大ジョッキに口をつけ、傾ける。周りから少し歓声が上がった。

こっちはなんも楽しくないからな、この野郎。

一口、また一口とお冷と胃液しか入っていない胃に酒を流し込む。

まずい、もう酔ってきた。あと単純に量が多い。

酒じゃなくてもある程度の量の液体を一気に飲むのは辛いものがある。お腹がチャポチャポだ。苦しい。

一瞬口を止め様子を伺うが、コールが鳴り止む気配がない。

くそっ、これで急性アルコール中毒とかになったら訴えてやる。

幸い、氷がパンパンに入れられているおかげで見た目ほどの量はない。思ったより早く大ジョッキの中身は空になってくれた。

ガン、とやや乱暴にジョッキを置き、口を抑える。気持ち悪い。

少し気を抜いたら胃の中のもの全部出てきそうだ。

周りは俺がちゃんと飲み切ったことを讃えて大盛り上がりしている。

コールを途中でやめてくれた方が嬉しかったな。

上司が、やっぱ飲めるんじゃん!とか宣いながら肩を叩いてくる。

やめてほしい。本当に口から出てくる。

時間が経てば落ち着くと思っていたが、気持ち悪さが引くことはない。

なんなら時間が経つほどにひどくなっている。

帰るまでなんとか我慢しようと思ったが、無理そうだ。

すみません、と一言言い残しトイレに行こうと席から立った瞬間、足が勝手にぐにゃりと曲がり転倒してしまった。

周りがドッと笑い出す。人が転んでそんなに面白いか。

しかし、その笑いはすぐに悲鳴になった。

転んだ衝撃で、俺が抑え込んでいたものを吐き出してしまったからだ。

肝が冷え切った。脳がビリビリ痛んだ。

酔いとはまた別の吐き気がした。

…やっちまった。

これ以上醜態を晒すまいと立ちあがろうとしたが、体に力が入らない。

頼む、言うことを聞いてくれ俺の体。

こんなの退職するまで会社でネタにされちゃうよ…。

体の方は、俺が思っているよりも不調らしい。立ち上がりはしないのにせっせと胃の中のものを外に出し続けている。

バタバタと誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。目が霞んでよく見えないけど、おそらく同僚の女の人だ。川上さんとかだっけ。別嬪さんで、責任感の強いシゴデキ。なんか俺の周りシゴデキしかいないな。上司はそんなことないけど

川上さんはしきりに何か話しかけてくるが、よく聞き取れない。

吐きまくってる姿を見られたくなくて、無意識に口元を手で押さえたら無理やり引き剥がされてしまった。

そのまま転がされ、横向きに寝かせられる。首元のボタンも取られた。物理的に、ブチっと。

横向きになったことで、自分が吐き出した胃液と酒とお冷が混ざり合った水たまりが視界に映った。

固形物を口にしていないため、ほぼ液体の吐瀉物だ。

ああ、貸切でよかった。こんな姿を一般客に見られていたら外を歩けない。

なぜか視界内に赤い液体までカットインしてきた。

うーん、そういえば頭が痛いような…?頭から転んじゃったかな。

とりあえず、後輩。お前のことは絶対許さない。


そんなことを考えながら俺は意識を手放した。


ーーー


 今日は忘年会だった。

お酒は好きだったし、飲み会も嫌いじゃなかったから参加させてもらった。

この会社はほどんどそんな人しかいないから、毎年かなりの人数が集まる。

私は周りに促されるまま席に着いた。

自ら進んで周りの注文をまとめながら店員さんに注文していると、とあるところに目が止まった。

冴えない顔をし、愛想笑いしながらお冷を飲んでいる男社員…同僚の鈴木拓人くんだ。

意外な人を見つけ少し驚く。

拓人くんは、少々目の下の隈が目立つが仕事ができる人だ。しかしプライベートで会社の人たちと関わるのが苦手だ。

そんな彼は毎年忘年会不参加だったため、今年も当たり前のように不参加だと思っていた。

彼自身、酒は弱いし明るいノリも苦手で、こういった場所は好まないはずだ。実際あまり楽しんでいないように見える。

料理にすら手をつけていない。なんで参加したんだろう、という疑問が湧いてくる。

 少しの引っ掛かりを感じながら、酒をグビグビ飲む。

私は酒に強いからある程度飲んでも明日までアルコールが残ることはない。

ほどほどに楽しませていただこう。

 それなりの盛り上がりを保ったまま忘年会は続く。

たまに困ったように笑って酒を断る拓人くんを見ながらおつまみを口に運ぶ。

追加で酒を頼もうとしたところだった。

拓人くんが大ジョッキを手に持った。

その瞬間、飲みのコールが始まってしまった。

おいおい、大学生じゃないんだから、と思いながら止めようとしたが誰も聞く耳を持っていない。

酒の弱い人に一気飲みさせるなんて、死ねと言ってるようなものじゃないか。

それに拓人くんは、今までお冷しか飲んでいないのだ。ほぼ空であろう胃に大量のアルコールが入るのは非常に良くない。

拓人くんも焦った顔をして周りとジョッキを交互に見ている。

止めることはできないことを悟ったのか、ジョッキの中身を飲み始めた。

肝が冷えた。

今すぐ中断させたかったが、あいにく拓人くんのいる席は遠い。

どうにかしてコールを止めさせねばと試行錯誤し始めた所で、拓人くんは酒を飲み干した。

真っ青な顔をしている。そのまま口を押さえて俯いてしまった。

周りは大盛り上がりだが、それどころじゃないだろう。

近くにいる上司や後輩は、彼の顔色が見えていないんだろうか。

拓人くんの顔色はどんどん悪くなっていき、とうとう席を立った。

しかし、一歩踏み出した途端バランスを崩し、受け身を取ることもなく床に転げた。

ガツン!と物騒な音が鳴り響いた。

その瞬間、拓人くんは嘔吐した。


「え!?ちょっと大丈夫!!?」


私は瞬時に人を掻き分け拓人くんに駆け寄った。

コールの原因になった後輩を思いっきり叩きたかったがグッと堪える。

拓人くんは私が近づくと、なぜか口を抑える。

吐瀉物が鼻に詰まって息がし辛くなっている可能性があるのにそんなことしたら窒息死してしまう。

すぐさま手を引っぺがし、横向きに寝かせてあげる。そっと頭に触れると、ぬらりとした奇妙な感触がした。

自分の手を見ると、べっとりと血が付着していた。

転んだ時に頭を打ったのだろうか。運の悪い人だ。


「誰か救急車を!!」


 そう叫び、彼の首元を緩めようとボタンに手をかけたが、力を入れすぎて引き千切ってしまった。

緊急事態なので許してほしい。


「拓人くん?聞こえてる?ダメよ寝たら。拓人くん!?」


 なんとか意識だけは留めてもらおうと必死に声をかけ続けるが、届いていないようだ。

拓人くんは目を瞑ってしまった。

 それから程なくして、救急車が到着した。

私は必死にさっき起こったことや彼が酒に弱いことを説明した。

心臓が破裂するかと思った。とても焦っていた。

無理矢理にでも止めてあげればよかったと後悔した。

結局私もただの社会人で、あの場のノリに乗じてしまっていたのだ。

救急隊員の人が拓人くんに駆け寄り、声をかけたり脈を測ったりし始めた。

最初は作業のようにも見えたが、だんだんと緊迫感が増す。隊員の人たちの表情が険しくなる。

拓人くんはすぐ担架で運ばれていった。

忘年会はそれでお開きになった。


 数日後、拓人くんはあのまま意識を取り戻さず亡くなってしまった、とどこからか報告が入った。

あの時の後輩の罰が悪そうな顔がとても印象に残っている。


ーーー


鈴木拓人 享年27歳


死因:急性アルコール中毒

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