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2.さあ、旅に出よう

「……商品の、仕入れ? の、手伝い?」


 お茶とクッキーのお礼をしたいと言ったら、そんなお願いをされてしまった。せいぜい荷物運びとか掃除とかそれくらいだろうと思っていたのだけれど……どうしてこうなった。


「……あのー、話が呑み込めないんですが」


 混乱しながら、店内をぐるりと見回す。置かれている品物は、みんなおしゃれで、しかもいろんな種類のものがある。ここ、セレクトショップみたいだけど……仕入れって、どうやるんだろうか。


 ぎゅっと眉間にしわを寄せていたら、男性がふっと笑って一礼した。


「そうですね。説明の前に、自己紹介をしておきましょう。私は志尾しおことはと申します」


「ことは、さん……」


 どちらかというと女性らしいその名前は、おっとりとした彼には不思議と似合っているように思えた。


「あ、わたしは花山はなやま美羽みうです。そこの高校の二年生です」


「ええ、そのセーラー服には見覚えがあります。可愛らしいですね」


「えっと、あ、ありがとうございます」


 急に褒められてしまって、うっかり照れてしまった。もごもごと口ごもっていると、ことはさんはくすりと笑った。ちょっぴりつかみどころのない人だなと、焦りつつふと思う。


「それで、仕入れの方法なのですが」


 彼は背筋を伸ばして、どことなく厳かに告げてくる。


「私と一緒に少しだけ旅をして、旅先で商品になりそうなものを探してほしいのです」


「仕入れの旅、ですか……」


 さすがに、無理だ。今日会ったばかりの人と旅をするなんてありえないし、そもそも学校があるから、旅自体が難しい。冬休みとかならまだしも。


 わたしが返答に困っていると、ことはさんは一転して穏やかに微笑んだ。こちらの警戒心を根こそぎ引っこ抜いていくような、見事な笑みだ。


「旅といっても、ものの数分で戻ってこられるものです。帰りの時間を心配する必要はありませんよ」


「えっと、それはどういう……?」


 それでは旅ではなく、散歩……ですらないか。というか、仕入れというからには他のお店を訪ねることになるのだろうけど、この近くにそれっぽい店はないはず。ここ、住宅街のど真ん中だし。


 さらに困惑していると、彼は上着の内側に手を入れ、銀色の小さなベルを取り出した。彼の中指ほどの長さしかない、持ち手のついた愛らしいベルだ。


「そうですね。実際に見てもらったほうが早いでしょう」


 彼がベルを振ると、ちりん、と澄んだ音がした。わたしが店に入ったときに聞いたものとよく似た、気持ちを落ち着かせてくれる涼やかな音だ。


 いい音だな、と思ったのと、店の中が異様に明るくなったのとが同時だった。照明のオレンジ色に満ちていた室内が、まばゆい白に塗り替えられている。


 どうやらその光は、わたしの背後から差し込んでいるようだった。ばっと振り向くと、扉の両脇の窓から、さんさんと明るい日差しが降り注いでいるのが見えた。


「ええっ、なんで!?」


「美羽さん、こちらへ。外へ出てみましょう」


 驚きすぎて固まってしまったわたしの横を、ことはさんがするりと通り過ぎ、入り口の扉に手をかける。どうにもマイペースだ。


 これ、ついていっていいのかな。でも、このまま立ち尽くしていてもらちが明かないし、外の様子も気になる。ことはさんがいるから、イノシシがいても大丈夫。


 彼が開けてくれた扉から、そろそろと外に出てみる。


「え……?」


 目の前に広がる光景に、文字通り絶句した。


 既に暗くなっていたはずの空には、まぶしい太陽が輝いている。あわててスマートフォン

を確認したら、午前10時と表示されていた。なんで!?


 おかしいのは、時間だけではなかった。


 目の前には、レンガが敷き詰められた遊歩道らしきものがあった。遊歩道の片側には手すりのついた白い壁があって、その向こうには海が広がっている。


 さらに、遊歩道のところどころに、シンプルだけれどしゃれたベンチも置かれていた。少し離れたところには、つり橋がかかっていて、こちらの岸と向こう岸をつないでいる。


 全体の印象としては、いい感じに整備された、観光地っぽいところだ。それはそうとして、さらに別の問題もあった。


「どこ、ここ……?」


 ここ、たぶん神戸じゃない。このつり橋、見たことない。


 そもそも、ことはさんの店は山合いの住宅街にあった。海からは、そこそこ距離がある。一瞬でここまで移動できるはずもない。時間だけじゃなくて、場所までもがおかしい。


 どういうこと、何が起こったの。どうにかこうにか、この状況を説明できる言葉を探す。


「……あ、分かった。わたし、夢を見てるんだ。うん、そうに決まってる」


 で、そんな結論にたどり着いた。よし、そういうことにしておこう。自分に言い聞かせるようにぶつぶつとつぶやいていると、ふわりと風が吹いた。


 潮の香りをはらんださわやかな風を受けて、肩のところで切りそろえた髪がさらりと揺れる。とっても心地いい。……って、この感触、本当に夢? わたし、ここまでリアルな夢、見たことないんだけど。


 またしてもパニックに片足を突っ込みかけたわたしの後ろから、涼やかな声がした。


「安心してください、美羽さん。この状況はちょっとした夢のようなものですから」


 その言葉に、ちょっとだけ落ち着きが戻ってきた。彼のほうを振り返り、確認するようにそろそろと尋ねる。


「夢ですから、時間も場所もなんでもあり、ってことですか?」


「ええ。私の店の出入り口は、この国のあちこちにつながっているのです。それに、多少であれば、時間も好きに移動できます」


 彼は小高い丘を背景にして、やはりにこにこと微笑んだまま説明してくれた。そういうことなら、一瞬で夜から昼へ、そして知らない海辺に来ていることも納得はできる。……本当に納得していいのかは、まだちょっと自信がないけれど。


 しかしそのとき、もっととんでもないことに気がついた。わたしもことはさんも、店を出てからほんの数歩しか移動していない。それなのに、今しがたわたしたちが通ってきたはずの扉も、店の姿も、どこにも見えない。


「あのあの、それで、お店は……どこ……ですか?」


「店そのものは、今も神戸の住宅地にありますよ。出入り口は隠しましたが」


 さらりと彼が口にした言葉を、ゆっくりと噛みしめて考える。えっと、ということは……店は動いてない。あくまでも、店の入り口があちこちにつながっているだけ。


 ……あ、入り口の扉が、ワープ装置になってる……ってことなのかな。きっとそうだ。そういうことにしておこう。


 夢のくせに、いちいち設定が細かいなあ。内心ぼやきつつ、ことはさんに改めて問いかける。


「つまり、この旅が終わったら、またあのお店にすぐに戻れるということですか?」


「はい。それも、旅に出た、ほんの少しあとの時間に。ですから、時間の心配はしなくても大丈夫ですよ」


 にっこりと笑ったことはさんが、不意に自信なげに視線をさまよわせた。


「ですので、どうかこのまま、仕入れの旅に付き合っていただけると、とてもありがたいのですが……必要な経費なども、私が持ちますので」


 普段のわたしなら、申し訳ないと思いつつも全力で辞退していただろう。しかしなんといっても、これは夢の中のできごとだ。


 それに、ことはさんにはいろいろ恩もある。イノシシからかくまってくれたし、クッキーとお茶ももらってしまったし。


 そして何より、気がつくとわくわくしている自分がいた。これから待ち受けている旅は、とびきり奇妙で、面白いものになるに違いない。そんな予感を、ひしひしと感じてしまっていたのだ。


「えっと……わたしで力になれるか、自信はないんですけど……それでもいいのなら」


 ためらいがちに答えると、彼はぱあっと顔を輝かせた。さっきまでの落ち着いた雰囲気とはまるで違う、子どものように無邪気な表情だ。


「安心してください。君は必ず、素晴らしいものを見つけてくれます。私が保証しますよ」


 ちょっぴり浮かれた様子で、ことはさんが力強く言った。根拠なんてないはずのその言葉は、不思議とわたしの胸の中にすとんと落ちてきた。きっとやれると、そう思えた。


 わたしの表情が変わったのを見て取ったのだろう、彼はほっとした様子でさらに話しかけてくる。


「ちなみに私の店ですが、誰でも入れるというわけではありません。縁のない方は、入り口を見つけることすらできないのです」


「じゃあ、わたしが逃げ込めたのって、ラッキーだったんですね」


「はい。ですので、これも何かの縁だと思い、君をこの旅に誘ったのです」


 和やかに話しつつ、ふと引っかかるものを感じた。縁のない人は入れないお店って……それでやっていけるのだろうか。


 まあ、夢の中に出てくる摩訶不思議なお店の経営状況を、普通のお店と同列で考えても意味ないか。


 うん、気にしないでおこう。たくさんの疑問を頭の片隅に全力で追いやって、改めて周囲を見渡した。


「ところでここって、どこですか? 日本なのは間違いないんですよね」


 さっきことはさんは、「あの店の出入り口は日本のあちこちにつながっている」と言っていた。ということは、ここは外国ではない。ヒントを探して、さらにきょろきょろする。


「あの橋……明石海峡大橋……にしては小さいような気もするし……向こう岸の形も違うような? でも海は、瀬戸内海に見えなくもない……」


 しばらく考えて、ギブアップすることにした。


「ことはさん、答え教えてください!」


 すると彼はおかしそうに笑って、橋をそっと示した。


「あれは、関門橋です」


「かんもん……あ、関門海峡ですか?」


「正解です。ここは福岡側、北九州市の門司ですね。向こうに見えているのが、山口側、下関ですよ」


「わあ、初めて来た……でも、商品を探せそうなところはありませんね」


 ぱっと見たところ、周囲にあるのは遊歩道と車道ばかりだ。ちらほらと建物も見えるけれど、物を買えそうなところはない。ただ、もっとあちこち歩き回れば、土産物のお店くらいありそうな気もする。


「それよりも、せっかくここまできたのですから、まずは周囲の景色を見ていきましょう。時間はあるのですから、焦る必要はありませんよ」


 ところがことはさんは、いたってのんきそのものだった。切実にお願いしてきたりのんびり構えていたり、つかみどころがない。


「……あのー……わたしたち、商品の仕入れに来たんですよね? だったらそれっぽいものを買えそうなお店とか、真面目に探したほうが……」


 ついつい難しい顔になったわたしに、彼は明るく呼びかける。


「いえ、いいんですよ。これは旅なんですから、楽しまないと」


 晴れやかに笑って、彼は歩き出した。


「ここでしか見られないものが、この先にあるんです。行ってみましょう」

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