19.つながった縁
沙代里が唐突に投げかけてきた問いに、わたしはただ固まることしかできなかった。
ふたりの正体を当ててみろ。そう言われたとき、わたしの頭にはすぐにある言葉が浮かんだ。というか、その前からずっと、その言葉が頭の片隅でふわふわしていた。
でもさすがに、その言葉をそのまま口にするだけの勇気はなかった。
ためらいとまどうわたしを、沙代里は悠然と眺めている。ことはさんは申し訳なさそうな顔でたたずんでいた。けれど気のせいか、その目には期待するような色がかすかに浮かんでいるようにも思える。
ぐっと唇を噛んで、それからひとつ深呼吸して、そろそろと答えた。
「えっと……人じゃないし……妖怪……」
沙代里が露骨にずっこけた。いや、だから違うでしょ、と、小声で悪態をついている。
いい加減、覚悟を決めよう。
「でもないから……まさかと思うけど、神様、とか……」
人々が願いをたくす相手。夢だとしか思えない、不思議な現象を起こせる存在。それってもう、神様くらいしか思いつかない。
でも、そんなはずはない。言っておいてなんだけど、やっぱり信じたくない。ありえない。
だって、ことはさんも沙代里も、ちょっと雰囲気は変わっているけれど、ごく普通の人に見えるから。
「ま、そうとも言うわね」
どうか、否定してほしい。そんなわたしの願いをばっさりと切り捨てるように、沙代里が即答した。
ということは、このふたりは、本当に神様……ということ!?
「うわあ!!」
少し遅れて、実感がやってくる。背筋がもぞもぞして、つい叫んでしまった。それを見た沙代里が、心底あきれたような顔に眉をひそめている。
「なーに今さら驚いてるの。順応性があるんだかないんだか分かんない子ね」
「純粋でいいと思いますよ。だからこそ、彼女との旅はとても楽しかったんです」
一方のことはさんは、おかしそうに笑っている。なんだか、ほっとしたような顔だ。きっと彼は、わたしに正体を隠していたことを重荷に感じていたんだろうな。そう感じられる表情だった。
「これで、分かっていただけましたか? 私がどうして、人と必要以上に関わらないようにしていたのか」
よく分かった。でももうひとつ、大いに納得したことがあった。
「分かりました! ことはさんが神社を見かけるたび『あいさつしていきましょう』って言ってた理由が!! 神社は仲間の家みたいなものだから、だったんですね!」
思わず声を張り上げたら、ことはさんがなんともいえない微妙な苦笑を浮かべていた。
「あ、そっちですか……ええまあ、それはそうなんですが」
「やっぱり美羽って、おもしろーい。なかなかの逸材だわ」
一方の沙代里は、すっかり面白がっている。
「ああ、それで、話を戻しますが」
肩から力の抜けた、ちょうど旅の間に見せていたのと同じようなくつろいだ様子で、ことはさんが声をかけてくる。
「私は、懸命に祈る人々をずっと見守っていました。そうしているうちに……彼らの思いを知りたくなってしまったんです。実際に彼らと顔を合わせ、話し、行動を共にすることで、人の思いをもっと深く理解できる気がしたんです」
「でね、ことはったら、祈る人々を見ながらため息をつくようになっちゃって……だったら自分で店を開いたらどうって、あたしが勧めたのよ」
「いい案のように思えたので、すぐに実行に移すことにしたんです。ただ、店を構えるにあたって制限を設けました。店の入り口は、縁のある人にしか見えないようにする。扱う品は、人の思いのこもった物にする。そんな形の制限です」
どうしてそんな制限を、と尋ねるより先に、沙代里がさっと口を挟む。
「ことはが普通に商売なんてしたら、おかしな具合に繁盛しちゃって大変なことになるのよ。そのための制限なの」
神様のお店。確かにそれは、恐ろしく繁盛しそうな気がする。このこぢんまりとしたお店には入りきらないくらいに、お客さんが殺到してしまいそうだ。
つい考えこんでしまったわたしに、ことはさんは優しいまなざしを向けてくる。
「私はこの店を、『縁の雑貨店』と名づけました」
彼はその言葉を、とても愛おしげに口にしていた。このお店が彼にとって特別な、大切な場所なのだと、強くそう感じさせる声音だった。
「ただ物を売り買いするのではなく、その過程で生じる様々な思いを、そばで見て、感じて、縁で結ばれた相手に受け渡す。私にとってこの店は、そういった場所なんです」
幸せそうに語っていたことはさんが、ふと寂しげに目を伏せる。そうして、またわたしに向き直ってきた。
「美羽さん、君にはたくさん助けられました。君のおかげでとてもよい商品を仕入れることができました。ですが、ここまでです。私たちの道は、本来交わってはいけないのですから」
彼の事情は、彼が言いたいことは、たぶん理解できた。……けれど、引き下がりたくはなかった。このまま別れてしまうのは、嫌だ。
「とか言って、あんたもこの子のこと、気に入ってたくせに」
ぎゅっと唇を噛みしめていたら、沙代里のあきれたような声が耳に飛び込んできた。
「こいつね、人間が好きなのに、人間との距離の取り方がどへたくそなの。頑張って声をかけて、仕入れの旅に誘うのに……いっつも、ちょっと物足りないなって顔で帰ってくる」
「あのっ、ちょっ、沙代里!」
肩をすくめてぺらぺらと話す彼女に、ことはさんが大あわてで詰め寄っている。しかし沙代里は彼を堂々と無視して、さらに続けた。
「でも今回は、満足そうだったの。ただその反動なのか、帰ってからため息ばっかりついてて、辛気臭くてたまらなかったけど」
目をまたたいて、彼女の言葉を頭の中で繰り返す。わたしは、ことはさんに嫌われてはいなかった。立場の違いのせいで避けられていただけだった。
だったら……。
「ことはさん。わたし、もうあなたに関わっちゃいました。だから、もう少し関わったら駄目ですか。その、商品探し、また手伝いたいですし」
こうなったら、何がなんでも彼を説得してみせる。必死に反論していたら、ふとあることを思い出した。大急ぎで、付け加える。
「それにわたし、ことはさんの助手ですから。ほら、絵の中の男性も、そう言ってましたよね」
「絵の中の男性? あ、あいつのことね」
沙代里は一瞬首をかしげていたけれど、すぐに妙な感じに顔をしかめた。
「あいつ、悪いやつじゃないけれど、ちょっと慣れ慣れしいのよね。神同士とはいえ、お国柄の違いを感じるわ」
あ、今自分で神って言った。落ち着かないから、その単語は言わないでほしいなあ……。
「ただ、あいつがそんなことを言ってたのなら、神託としてカウントできそうね。もっとも、美羽は理解してなかったみたいだけど」
つまりあの金髪イケメンは、わたしがことはさんの助手になるって、そう宣言してくれていた、ってことでいいのかな。
考えていたら、沙代里が晴れやかに笑いかけてきた。
「まあ、よかったじゃない。神様からのお墨付き、もらってるんだから。というかことは、どうしてそんなことを黙ってたのよ。あんたはあいつの神託、分かってたんでしょ」
しかし一転して、彼女は鬼の形相でことはさんに詰め寄っている。
「いえ、それは……」
「どうせおじけづいたとか、そういうのでしょ。まったく、あんたのせいで美羽がどれだけ落ち込んだのか、想像できてる?」
「……申し訳ないとは、思っています」
わいわいとやりあうふたりを見ていたら、胸の中に渦巻いていた不安が、ふっと軽くなるのを感じた。あの謎イケメンがさわやかそのものの笑顔で背中を押してくれているような、そんな気もした。
今しかない。今、ちゃんと言わなければ、もう二度と機会は訪れない。
ことはさんをまっすぐに見つめ、思いのままを言葉にする。
「どうか、お願いします! わたし、まだことはさんと一緒にいたいです!」
わたしがここまではっきりとお願いするとは思っていなかったのか、ことはさんと沙代里が、同時に目を丸くした。
「……『さよなら』は言いたくないですし、聞きたくないです。『また今度』がいいです」
旅を終えて店を出たとき、ことはさんは「さようなら」と寂しげに言って、わたしを見送った。
あの言葉は、もう聞きたくない。次にこの店を出るときは、「また今度」と笑顔で見送ってほしい。そして、元気よくこの店に入りたい。
深々と頭を下げて、じっと返事を待つ。
店の中には、沈黙が満ちていた。……顔を上げるのが、怖い。
そのままじっとしていたら、誰かが近づいてくる気配がした。下を向いたままのわたしの視界に、ことはさんの靴のつま先がすっと入り込んでくる。
「……美羽、さん」
優しい声に、そろそろと顔を上げた。笑顔のことはさんが、わたしに向かって手を差し伸べている。
「彼は、私たちの縁が長く続くものなのだと、そう告げてきました。そんなはずはないと、聞き流していたのですが……」
その優しい笑顔に、声に、ただ彼を見つめることしかできない。
「けれど君はたまたま沙代里と出会い、こうしてここまでやってきた」
彼の後ろでは、沙代里がとっても得意げに、満足げに胸を張っていた。
「私たちの縁は、まだつながったままなのかもしれませんね」
そうして彼は、わたしの手を取った。




