第131話 猛き牡牛
牡牛座騎士団――布陣六日目。
■【地図】
ガルフ・バウの町を落とせぬまま、
遂に死者は1,000人の大台に達した。
行動不能者は 400名。
さらに、行方不明・ 脱走者が100名。
タウルガルドを出立した時、
3,000人を率いていた牡牛座騎士団は、
今やその数を半数にまで減らしていた。
■牡牛座騎士団
―――――――――――――――――――
・騎士:300
・歩兵(従士):500
・傭兵:50
・冒険者:50
・補給兵:200
・工兵:200
・教会従事者:200
計:1,500
―――――――――――――――――――
現存する戦力の大半は4シフトで24時間体制を組み、
本陣の防衛に投入している。
攻城戦で敗退したあの日から、
攻めることを捨て、全方位防御に全振りしてきた。
じっと耐え続ける理由はただ一つ。
北から来るはずの援軍を信じているからだ。
援軍と合流した暁には、
全戦力を投じてガルフ・バウの町を落とす。
その時が来るまで、兵力の温存に努め、
ただひたすらに耐え続ける。
だが、その裏では
教会従事者たちは負傷者の看護に奔走し、
増え続ける死体の処理に追われていた。
感染症を防ぐため、死体を焼き、埋葬する。
そんな光景が続けば、士気は嫌でも低下する。
そして布陣六日目を迎えた今日。
―――援軍は、未だ現れない。
脱走者が出始めたのは崩壊のサイン。
これからさらに、加速度的に増えるだろう。
もはや限界である。
今すぐに手を打たねば、騎士団そのものが瓦解する。
そうした危機を迎えて、早朝、
騎士団の要となる三人は顔を合わせていた。
―――――――――――――――――――
・ネイサン・ブルスター
└人間族:ケルティア人:♂:19歳
└牡牛座騎士団:団長
・ブレナン
└人間族:ケルティア人:♂:52歳
└ネイサンの従士、軍師
・ケルヴィン
└人間族:ケルティア人:♂:29歳
└ケルヴィン山岳隊:隊長
―――――――――――――――――――
重苦しい空気を断ち切ったのは、
若き団長ネイサンだった。
「……実は、撤退を考えています」
その一言に、二人はギョッとした。
町ひとつ落とせず、1,500を失って帰還ともなれば、
貴族として死んだも同然。
いや、生命の危機すらある。
いくら身内とはいえ、ブラン・ブルスターが
生かしておく保証などどこにもない。
死罪は十分あり得る。
撤退が何を意味するのか、
ネイサンは理解しているのだろうか?
そんな二人の戸惑いをよそに、
ネイサンは懐から手紙を取りだすと、言葉を続けた。
「昨晩、父上への謝罪の手紙を書きました。
今日までの敗戦。そして、
援軍が来なかった責任はすべて私にあります。
無才の至りで仕方なく、
弟たちにとってもいい兄では無かった……
その全責任をとり、私はここに残――」
そう言いかけた言葉を塞ぐように遮ったのは、
先日、毒から回復したばかりのケルヴィンであった。
「若っ!まだ負けておりません!
私に考えがあります」
通常であれば、
上司である団長の言葉を遮るなど到底許されない。
だが、団長の敗戦の弁もまた、
二人にとって許容できないものであった。
ケルヴィンが絞るように指し示したのは、
"3番塔"と名付けた監視砦―――
ガルフ・バウ側では、"カニス・カストラ"と呼んでいる監視砦であった。
「山岳部隊200名を率い、
明日の明朝、ここを襲撃します。
……そしてそのまま敵を引きつけます」
命を賭した"囮"の提案。
毒の影響がまだ抜けきらないのか、
ケルヴィンの指先は震えていた。
攻城戦に参加できなかったことに責任を感じ、
自らの命で償おうとする覚悟が嫌でも伝わって来る。
通常であれば、
このような自殺まがいの作戦は許容すべきではない。
"冷静になれ"とでも諭すのが常道だろう。
だが、状況は差し迫る。
騎士が命を賭して提案してきた以上、
ここで宥めるのは軍師の役目ではない。
ケルヴィンの訴えかけるような目と視線が合う。
合わせるように、軍師ブレナンが口を開いた。
「実は、私も同じ提案をするつもりでした。
ケルヴィン山岳隊が敵を引き付けているうちに、
3隊に分けた本隊で、"1番塔"を落とします」
■二人の提案
実際のところ、先日の攻城戦を経て、
部隊を分散させて“1番塔”を叩く案は、
すでに頭にあった。
ラエルノア魔法教団の存在。
そして城壁に据え付けられた小型投石機――マンゴネル。
城壁前に兵を密集させ、
攻城兵器で一気に兵を押し上げるという定石は、
完璧なまでに封じられていた。
密集陣形を狙い撃つ魔法と投石。
相手の対策に、まんまと嵌ってしまったのだ。
ならば――定石を捨てればいい。
相手が密集陣形に対策を寄せているのなら、
こちらは散開して挑むまでだ。
すべての戦術に対応できる万能の解など存在しない。
対策を張られたなら、別の手を打つだけのこと。
そう結論づけるように、
ブレナンは思案に沈むネイサンへ言葉を投げかけた。
「若……まだ女神は勝者を定めてはおりませんぞ」
その一言が、迷いの霧をわずかに払ったのだろう。
ネイサンは静かに息を吐き、うなずいた。
「そうですね……
分かりました。二人を信頼しています」
なんとか説得に応じてくれたようだ。
その表情にはまだ迷いが残るが、
決断の火は確かに灯っていた。
山岳隊長ケルヴィンは、顔を上げると同時に、
迷いを断ち切るように立ち上がった。
「では、早速準備に取り掛かります。
…射手座騎士隊が参戦してくれれば、
勝利は確実なのですが」
ため息まじりにそう呟き、天幕の外へと歩み去る。
星王国最強の山岳部隊はどこか―――
そう問われれば、誰もが迷わず
射手座騎士隊の名を上げるだろう。
だが、彼らがこの戦いに本気を出していないことも、
また周知の事実であった。
政治的力学。
牡牛座騎士団の抱える“見えない障壁”でもある。
戦場で厄介なのは、何も敵だけではない。
貴族たちの均衡、家中の競争、人種が刻む溝。
それらは時に剣よりも重く―――
「そうですね。私からもお願いしてみましょう」
「……えっ?」
ぽかんと固まる二人を置き去りにして、
ネイサン・ブルスターはつかつかと
射手座騎士隊の陣へ向かって行った。
やがて、そこに居座る【弓聖】ロイド・ボーウェンを見つけると、
背後から声を掛ける。
「ロイドさん」
ロイドが振り向いた瞬間、
ネイサンは膝をつき、目線を揃えた。
「ケルヴィン山岳隊長はこれから山に入り
"3番塔"を強襲します。
……我々に力をお貸しください、"弓聖"」
その言葉とともに、深々と頭を下げると、
周囲ではどよめきが起こる。
大貴族の一員であるネイサンが、
平民であるロイドへ頭を下げる。
――そう、これは"断れない頼み"だ。
「…分かりました。死力を尽くしましょう」
目隠しをしているロイドの表情は読み取れないが、
淡々とした声には"やられた"という苦い気配が滲む。
その光景を見ていたブレナンは震えていた。
(なんだ……今朝からの、この若の振る舞いは)
つい先日までの、
頼りなく揺れていた少年の影はどこにもない。
本心なのか、計算なのか……判断できないが、
――操られた。
そんな感覚に陥った。少なくとも、
一瞬の内に部下二人と【弓聖】まで動かして見せた。
もしこれが計算だとすれば、
とうに10代の若者の領域を超越している。
男子三日会わざれば刮目して見よと言うが、
ここまで急成長するものなのか。
ブレナンは、ネイサンの姿に、
今は亡きレイル・ブルスターの姿を重ねていた。
ブルスター家の星にして、誰もが憧れた偉大な長兄。
思えば、レイルは――
当時敵対していた魔人にすら畏敬の念を抱き、
その力と思想を理解しようと努めていた。
そして弟のネイサンもまた、ここへ来るまでの道中、
古びた戦記をむさぼるように読み、
獣人たちの文化や戦い方を理解しようとしていた。
当時は、そんな姿勢を
憚れることだと思っていた。
敵を敬うなどと……
だが、今ならわかる。
畏敬の念を抱けるほど敵を研究しなければ、
戦いのステージになど立てやしないのだ。
この私こそがその証拠である。
獣人を見下し、すぐにひれ伏すだろうと侮った。
その慢心がこの結果を招いたのだ。
軍師ブレナンは震える声を押し殺しながら呟いた。
「現れましたぞ、主君よ……
待ち望んだ"猛き牡牛"が」
その言葉は、自己省察の後悔と共に
胸を焦がすような希望を同時に宿していた。
そして主であるブラン・ブルスターへ
手紙をしたためるべく、テントへと急ぐ。
今日までの敗戦の責は、全て自分にあること。
全面的な謝罪。そして―――
"猛き牡牛"の君臨とネイサンへの惜しみない賛辞。
筆を走らせながら、
ブレナンは他に記すべき事はないかと、必死に思考を巡らせた。
残された時間は少ない。
明日、運命が決まるのだから――。
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