第128話 血染めの丘の戦い
俺達は、イスニア要塞の見張り台から
アーサー率いるブラスデン騎士団5,000と、
ルート・ブルスター1,300の衝突を眺めていた。
「アーサーの野郎……解呪して欲しいんならよ、
もったいぶらずに早く言えってんだよな」
俺がそう軽口をたたくと、
タリオンがそれを否定した。
「以前、聖女の出現を伝えに行きましたが、
解呪を拒絶されました。
自分だけ助かる訳にはいかないのだと。
恐らく、死に場所を求めての旅だったのでしょう」
(……死に場所を求めて?)
解呪を拒絶したというのは何となくわかる。
何があったかは知らんが、
自分だけ助かるという行動を取らなさそうだ。
アーサーは頑固っぽいしな。
しかし、死に場所を求めるという言葉にはどこか違和感があった。
日本での病院生活が脳裏をよぎる。
身体が病むと、まず精神がやられていく。
健全な精神は健康な身体に支えられているのだ。
回復の兆しが無ければ、
死に場所を求めるというのは痛いほどよくわかる。
しかし――
アーサーと対峙した時に感じた、
銀仮面の奥の鋭い眼差し。あの揺るぎない気高さ。
あれは、死を望む者の目ではなかった。
信じられない事だが、
アーサーは、健全な精神を保っていた。
死に場所を求めるなど、
呪いを抱えながら、なお魔王軍最前線に
君臨し続けた男の行動とは思えない。
「始まる……」
フィズルが書物を準備しながらそう呟いた。
この戦いを記録するつもりなのだろう。
その声に釣られて戦場に目を向けると、
ちょうど両軍が動き始めた。
ルート・ブルスター軍、1,300。
足並みはまばらながらも全戦力で向かって来る。
対して、ブラスデン側が繰り出した数は
――1,000に満たない。おそらく900程度。
「なんだ?……なぜブラスデンは大半が動かない?
アーサーは一体何を考えている?」
思わず漏れた俺の疑問に、
イーリアが推察しながら答えた。
「あれは予備兵力ね。
第一線で交戦中の部隊とは別に、
後方で待機し、戦局の変化や緊急の事態に
対応するために温存された兵力のことよ。
こうした野戦では、戦局に応じて
第二軍、第三軍、第四軍……と、
段階的に投じていくのが定石なのだけれど……」
なにか含む所があるらしい。
「ブラスデン側の初期兵力………
第一軍の数があまりにも少なすぎるわ。
ブルスター側も引く様子がないし、
あの丘が邪魔をして、
お互いに兵力数を把握していないのだと思う」
(なるほどな)
そもそも、イスニア要塞一帯は完全な平野ではなく、
なだらかな丘陵地帯である。
上からだと分かりにくいが、
両軍の間にも僅かな丘があった。
俺達は高みから見下ろしているので
全体を把握できるのだが、
地上の兵たちはそうはいかない。
しかも、ブラスデン側は先ほどまで掲げていた
真紅の軍旗を下ろしている。
意図的に数を秘匿している様だ。
すると、フィズルが推察する。
「もしかして、アーサー卿はあの丘に二軍を投じて、
一気に戦場を掌握するつもりなのかもしれません」
なるほど。
戦場で高所を押さえるというのは、利点しかない。
取れる情報の量、弓の射程距離、
そして接近戦においても、常に高い側が有利に働く。
アーサーの出した初期兵力………
あの第一軍は、そのための囮ってことか。
――いずれにせよ、
あの丘を制した側が、この戦場を制するだろう。
俺達はそう予想した。
だが、戦いは予想外の展開を見せ、
それも一方的な形で決着した。
まず、先陣を切ったのはブラスデン騎士団。
【盾聖】ガラハッド・イオウェルス。
彼は300程の重装騎兵を引き連れて、
戦場を駆けあがると、馬を横一列に並べ始めた。
ちなみに、あの人馬共に全身鎧で武装した重装騎兵は
"カタクラフト"と呼ばれる兵科らしい。
その動きにラグナルが疑問を呈す。
「あんな位置まで駆け上がって
一体何をするつもりじゃ…?
まさか……シールドウォール?」
馬上での盾の壁?それは無いだろうと思ったが、
どうやらそのまさかであった。
矢がぽつり、ぽつりと降り注ぐ。
それでも彼らは微動だにしない。
隙間を縫って馬体に当たる矢すらあるのに、
足並みは乱れず、揺るぎもしない。
完璧に鍛えられた軍馬だ。
まるでシャワーでも浴びるかの様に平然としている。
【盾聖】なんてキョロキョロと首を動かし、
味方の位置を確認しているではないか。
正面から降り注ぐ矢の雨など、
まるで気にも留めていないようだ。
彼らが前線で矢を受けている間に、
アーサーと《弓王》トリスタンが左側――
300の弓騎兵を連れて、丘の手前まで動き出した。
だが、一定の地点に達すると、
まるで線を引いたように動きを止めた。
(なんだ………?
なぜアーサーは丘を取りにいかない?
何かを待っているのか?)
そして《槍王》ランスロットは右側――
彼もまた300の槍騎兵を引き連れ、
アーサーから離れるように、ポツリと孤立した位置を取る。
アーサー達が陣形を整えている中、
ルート・ブルスターの軍も顔を出してきた。
おおよそ200の騎兵だ。
あっさり丘を取ると、
そのままアーサー目掛けて丘を下り始めた。
「ああ!丘を取られた!」
だが、それでもアーサー達は動かない。
代わりに動いたのが、【盾聖】率いる重装騎兵。
彼らは騎兵に体当たりすると、
その勢いを殺し、右側へと流し始めた。
「おい、今敵に突っ込んでいかなかったか!?」
「すっげ……」
思わず声が漏れる。
敵の攻撃を浴びに行ったかと思えば、
今度は敵に突っ込んで行きやがった。
傍から見たら完全に頭のおかしい奴らである。
それに、【盾聖】の奴ら、
味方の位置を見て、敵の勢いを流してやがる。
普通、敵の殺気を一身に浴びたなら、
反射的に押し返そうとするものだ。
余程の余裕が無ければあんな動きはできない。
ブルスターの騎兵の勢いは完全に止まった。
するとそこに、《槍王》ランスロット率いる
300の槍騎兵が、全速力で突っ込んで来た。
「えっ――」
【盾聖】のカタクラフトたちは、
今まさに敵騎兵と密着している。
「突っ込んだら、同士討ちになるぞ!!」
だが、《槍王》ランスロットは止まらない。
ここまで響くほどの怒号を上げながら、
ランスを構え、ただ一直線に駆けていく。
息子の待つ場所へ――
「嘘だろ!!」
十分に助走を得た《槍王》のランスチャージが、
容赦なく炸裂した。
轟音とともに砂煙が巻き上がる。
視界が奪われ、何が起きたのか判然としない。
やがて、砂煙がゆっくりと晴れていく。
――ブルスター軍、騎兵全滅。
文字通りの全滅だ。
たった今、ルート・ブルスターの騎兵は
この戦場から姿を消した。
その余波は味方にも及んでいる。
巻き込まれたカタクラフトが数名、
無残に落馬して転がっていたのだ。
だが、《槍王》ランスロットは、
そんな味方の惨状など視界に入っていないかのように、
そのまま敵陣へと馬を駆けさせた。
「ええ……」
息子の【盾聖】の姿も確認できた。
どうやら無事らしい。
父の背を追うように、彼もまた敵へと向かっていく。
「頭おかしいんじゃないか、あの親子?」
思わず漏れた呟きに、
ラグナルも肩をすくめて同意した。
「ブラスデンの連中は頭のネジが外れとるって噂は、
どうやら本当の様じゃの……」
ラグナルが呆れたように吐き捨てたその時、
転がっていたカタクラフトたちが、
ヨロヨロと立ち上がるのが見えた。
無事だったか。驚くべき耐久力だ。
だが、確実に骨の一本や二本は折れているだろう。
中にはヘルムがべっこりと凹んでいる奴までいる。
そのまま撤退するのかと思いきや、
彼らはどっこいしょと馬にまたがり、
そのままヨタヨタと前線に合流しに行った。
「あぁ、これは完全にネジが外れてるわ」
どうやら、頭がおかしいのは
あの親子だけではないらしい。
ブラスデン騎士団とは、
そもそもこういう連中の集まりなのだろう。
当の《槍王》たちは、既に敵歩兵へ食いついていた。
だが、先ほどようにの突撃をかますわけでは無い。
蛇のように進路をくねらせ、歩兵を誘導している。
まるで牧羊犬が群れを誘導するような動きだ。
その意図は、まだ掴めない。
そうしているうちに、
ルート・ブルスターの歩兵が遂に丘を占領した。
その瞬間、《弓王》が動いた。
まず、《弓王》トリスタン・ヴェイル1人が、
弓を引き絞り、そして放った。
「アレは何をしているんだ?」
俺の問いにカラドクが答える。
「あれは試射だな。
距離とか風を測ってるんだろう」
トンッ――
丘の斜面に、弓王の矢が深々と突き立つ。
それが合図だった。
次の瞬間、弓騎兵たちが一斉に弓を引き絞り、
空へ向けて矢を放つ。
放物線を描いた矢は、敵歩兵へと突き刺さると、
バタバタと倒れていった。
その光景に、カラドクが舌を巻く。
「一発で揃えやがった…!!
アレが、訓練された本物の弓兵か……っ!!」
ブルスター側も反撃の矢を放つが、
威力も精度も比べものにならない。
高所を取っているはずなのに、届きすらしない。
歩兵たちは堪らず撤退を試みるが、
丘を駆け上がってきた味方と衝突し、
隊列が崩壊しだした。
!?
――そうか。
《槍王》と【盾聖】が追い立てていたのは、
この丘へ押し込むためだったのだ。
だが、信じられない。
どうやってこのビジョンを共有した?
ブラスデン騎士団には軍師らしい者などいない。
アーサーでさえコマンドフラッグを振っていない。
(何らかの魔法か?)
混乱する丘に、容赦なく弓騎兵の矢が降り注ぐ。
逃げ出せば、《槍王》と【盾聖】に刈り取られる。
丘の上は、もはや一方的な殺戮の舞台と化していた。
丘から叫び声が上がっている。
よく聞こえないが、おそらく命乞いの類だろう。
それでもアーサー達は攻撃をやめない。
「……悪魔かよあいつら」
もはや俺達は目の前の戦場を
ドン引きしながら眺めていた。
つい先ほどまで美しかった緑の丘が、
血の色に染められていく。
しばらくしてから、アーサーが馬を進めた。
その瞬間、ブラスデン騎士団の攻撃がビタっと止む。
この動きを見てピンときた。
――そうか、わかったぞ!
【盾聖】は、頻繁にアーサーの動きを注視していた。
気付かなかったが《槍王》も《弓王》も同じだろう。
そして、アーサーが見せた丘の前での不自然な停止。
あれで、全員が同じビジョンを共有したのだ。
あの丘がキルゾーンになると。
魔法なんかじゃない。恐ろしく高度な阿吽の呼吸。
アーサーが丘に近づいて行くと、
ブルスター軍は一斉に武器を捨て、遂に降伏。
蓋を開けて見れば、
ブラスデン騎士団の一方的に勝利であった。
それも、数の劣る初期兵力のみで。
「とんでもねぇな……」
「ああ…」
俺達は、ただ言葉を失い、
その戦場を眺めることしかできなかった。
良く分かったよ。ブラスデン騎士団は、
俺達よりはるか上のステージにいる。
「ふぅ。一旦書き終わりました。
イーリア、後で意見交換しましょう」
フィズルが筆を置いた。
羊皮紙の上には"血染めの丘の戦い"とある。
これ以上ないほど、的確な題名だ。
「え…えぇ」
イーリアはちょっと引いているようだった。
やや興奮気味に頬を紅潮させている
フィズルの方がおかしいのだろう。
その時、要塞の下から声が聞こえた来た。
「おーい!」
下を見ると、そこに居たのは"魔術師"マーリンだ。
アーサーの勝利が嬉しかったのだろう。
勝ち誇ったかの様にこちらを見ている。
■"魔術師"マーリン
「どうした?」
俺が声を掛けると、
下に立つマーリンは、ドヤ顔で笑って見せた。
「特別に、昔見た夢の内容を教えてあげるねー♪
"赤き竜は白き竜に敗れる"
……ぷぷぷー♪」
!?
なんだ?
赤き竜…アルバストラスの事だよな?
白き竜?夢を見たとは…どういう……?
考える間もなく、カラドクが叫ぶ。
「おい、見ろ!奴らもう動くぞ!」
早い。俺達は戦いの後、
次の行軍に移るまで一日を要したというのに。
イーリアが呟く。
「あの捕虜……ルート・ブルスターで間違いないわ」
どうやらルート・ブルスターのみを捕虜として
行軍を開始したようだ。それでこのスピードか。
向かう先は東。おそらく、
ブラン・ブルスターの待つタウルガルドだろう。
「ええ!?おーい!待っておくれよ~!!」
アーサーたちが進軍を開始したのを見て、
マーリンは慌てて駆け出した。
涙目で、必死に追いすがるその姿は、
先ほどの予言めいた言葉とは似ても似つかない。
一体何だったんだ………
「あっ、おい!」
急いでマーリンに向かって解析を掛ける。
"解析"
■マーリン:身体
……予知夢?
ブクマ・評価いただけると大変助かります(>ㅅ<)




