第126話 運命の男
―――時は少し遡る。
西暦993年 3の月。グランストン城塞都市。
■地図:グランストン城塞都市
今は亡きケイ・ブラスデンが守護していたこの地は
かつてはただの要塞にすぎなかった。
しかし幾度もの人口流入と拡張を経て、
今やロスデア最西端にそびえ立つ“城塞都市”として
魔王軍最前線を支える巨大な壁となっている。
外壁の向こうは、マグナ・オルク覇王国。
――魔王軍最前線。
そして今、この都市は怒りに満ちていた。
切っ掛けは、雪解けと共に伝わった
トールガン・リオンヘルムの非業の死。
ブラン・ブルスターにブラスデン騎士団を侮辱され、
名誉を賭けて挑んだ決闘で、
卑劣な手段により嬲り殺しにされたという。
最期にブラスデン騎士団の名を叫び、息絶えた。
その報せは、都市に到着すると爆発的に広まり、
瞬く間に人々の心を二つに割った。
トールガンの仇討ちを叫ぶ者。
ケイ・ブラスデンの意思を継ぎ、防衛に徹すべしと諫める者。
対立は激化し、
ついに都市の有力者たちを円卓へと集めた。
重厚な石造りの議場。
中央の円卓を囲み、市民たちが拳を握りしめ見守る中、
張りつめた空気を裂くように、ひときわ強い声が響く。
仇討ちを主張をしたのは、
この都市で最も騎士たちから求心力を集める男――
《槍王》ランスロット・イオウェルス。
―――――――――――――――――――
・ランスロット・イオウェルス
└人間族:ケルティア人:♂:39歳
└《槍王》、〈騎士団長〉
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「今は戦力を充填すべきなのは重々承知している。
だが、それでも言わせてもらおう………
トールガンの無念は一体誰が晴らすのか!?
我々意外にいないだろう!!」
その言葉は石壁に反響し、市民たちの胸に火をつけた。
拳が突き上がり、賛同の声が波のように広がる。
そんな熱気の中、
この都市を守る兵士達から絶大な信頼を得る隻腕の戦士――
もう一人の《槍王》、
ベディヴィエール・オルドレインは静かに立ち上がる。
―――――――――――――――――――
・ベディヴィエール・オルドレイン
└人間族:ケルティア人:♂:42歳
└《槍王》、『軍団長』
―――――――――――――――――――
「ブルスター家へ怒りを覚えない者など、
この都市には一人としていないだろう。
その憤りは、私とて同じ」
揺るぎない声が円卓に響く。
「しかし、諸君らも
魔王軍再編の動きを知らない訳ではあるまい。
そんな中、我々は人間族同士で殺し合うのか?
このまま争えば、
今度こそ金星から人間族は絶滅するぞ」
これに同調する市民もまた多く、
賛否のざわめきが渦を巻き、
議場は今にも爆ぜそうな熱気に包まれる。
その熱が頂点に達した、その時だった。
全身を白装束に包み、銀仮面をつけた男が、
円卓の端で静かに右手を上げた。
「アーサー!」
誰かがその名を呼んだ瞬間、
喧騒は嘘のようにピタリと止む。
拳を振り上げていた者も、怒りに顔を紅潮させていた者も、
皆が一斉にその男へと視線を向けた。
誰もがその男の言葉を待つ。
「ブラスデン騎士団は動かない。
いずれ来る魔王軍に備えよ」
銀仮面の奥から響く声は、
不思議なほど澄んでいて、議場の隅々まで届いた。
「しばらく休んでいるうちに、
星王国もずいぶん様変わりしたようだ。
………しばし散歩に出てくる。
ベディヴィエール、ここを頼んだぞ」
「っ……!!」
アーサーがよれよれと立ち上がった瞬間、
誰もがその意図を悟った。
先ほどまで怒号と熱気が渦巻いていた円卓は、
まるで潮が引くように静まり返り、
兵士も騎士も慌ただしく散り散りとなっていく。
皆、旅の支度へと向かったのだ。
“アーサーが動く”
――この事実は、城塞都市の皆の心を震わせた。
旅の支度へと向かう白装束の男の隣に
一人の影が寄り添った。
「お供しましょうか?」
軽やかで、どこか挑発めいた声。
アーサーの横に並んだのは、ハルピュイアの女――
"魔術師"マーリン。
■"魔術師"マーリン
「いらん」
アーサーが素っ気なく言い捨てると、
マーリンはくすりと笑い、当然のように肩を並べた。
「僕がいないと生きられないくせに♪」
白馬のユニコーンに跨るアーサーを補佐しながら、
マーリンは嬉しそうに答える。
すると、別の所からも声を掛けられた。
「そんな体でどこに行くつもりだ?」
声の主は《槍王》ランスロット・イオウェルス。
槍を肩に担いで歩み寄ってくる。
「槍が必要だろう」
そう言って、ランスロットも旅の共に加わる。
いや、ランスロットだけではない。
アーサーの周囲には、まるで何かに導かれるように、
次々と戦士たちが集い始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
"アーサーが動く"
その噂は瞬く間にグランストン城塞都市へ広がった。
城門前は、アーサーの旅に加わろうとする戦士達が押し寄せ、
長い列を成していた。
「どけ!どいてくれ!」
怒鳴り声と共に、列を荒々しく割って進む男がいた。
アーサーの息子、モルドレッド・ロードゲインである。
やや遅れをとった彼は、
焦りを隠そうともせず門番へ詰め寄った。
「父上の隊に加わる!通せ!」
しかし門番は一歩も引かず、
槍を交差させて道を塞ぐ。
「ダメです。規則通り列にお並び下さい」
門番は毅然としてこれを拒否した。
焦り、屈辱、苛立ち――
議論している時間も惜しい。
事を急いだモルドレッドは、腰の剣へと手を掛けた。
その時、静かだがよく通る声が落ちてきた。
「何を騒いでいる」
振り向いたモルドレッドの顔に、
緊張と安堵が入り混じった色が浮かぶ。
「父上っ!」
白装束の男――アーサーが、
よれよれと下馬をして、城門へ歩み寄って来たのだ。
門番は声の主を見た瞬間、血の気が引き、
反射的に背筋を伸ばして直立の姿勢を取る。
モルドレッドも慌てて下馬し、
父と視線の高さを揃えた。
「跪け」
アーサーがそう告げたのは、
息子のモルドレッドの方であった。
下馬したモルドレッドに対し、
なおも足りぬと言わんばかりに、
さらに頭を垂れること を要求する。
「父上、私も――」
モルドレッドがそう言いかけた時、
乾いた音が響いた。平手打ちをされたのだ。
久しぶりの父親の折檻の前に、
モルドレッドはただ言葉を飲み込むしかなかった。
そんな息子を横目に、アーサーが門番に頭を下げる。
「愚息の振る舞い、恥じ入るばかり。
これからも規律を乱さぬよう務めてほしい」
それはあまりにも衝撃的な光景だった。
軍のトップが、一介の門番に頭を垂れて謝罪したのだ。
その光景を前に、誰一人として声を発せずにいた。
当の門番も返す言葉を失い、
直立したまま、まるで石像のように固まっている。
次にアーサーは、
ゆっくりと息子モルドレッドへ視線を移した。
「私が帰るまで、ここの門番を務めよ」
淡々とした声音だが、
逆らいようのない威圧がこもっている。
そして振り返ることもなく、
白馬のもとへと静かに歩み去っていった。
モルドレッドは息を呑み、
頬の痛みを噛みしめながらただ頭を垂れるしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アーサーの一行は、
スタルディア星王国の入り口である
イスニア要塞へ向けて歩みを進めていた。
■アーサー:進行経路
その背中を追うように、
ぽつり、ぽつりと人影が集まり始める。
最初は10数名、やがて100を超え、
気づけば1,000、2,000、3,000―――
まるで大河に流れ込む支流のように、
各地から戦士たちがぞろぞろと合流していく。
領内のラスムーア要塞を抜ける頃には
その数はついに5,000へと膨れ上がっていた。
もはや“軍”と呼ぶほかない規模である。
アーサーは、イスニア要塞に向かっている――
その事実をいち早く察し、
先んじて様子を見に出ていた斥候が
砂煙を上げながら戻ってきた。
「皆!大変だ!!」
斥候は既にイスニア要塞が陥落していると
興奮気味に叫ぶ。
ブラスデン騎士団の面々も、
スタルディア星王国の政変については把握していた。
イスニア要塞は、エドワード・ブルスター率いる
蠍座騎士隊長が掌握している――
それが彼らの認識であった。
だが――
「白地に、赤い竜の紋章旗!!」
一瞬でざわめきが広がる。
「既に陥落しているだと!?」
「どこの軍だ?一体誰が攻めた!?」
混乱と動揺が渦巻く中、ただ一人、
マーリンだけが妙に楽しげな顔をしていた。
「嬉しそうだな、マーリン」
アーサーが呆れたように言うと、
魔術師はどこか嬉しそうに答えた。
「うん♪
この光景、夢で見た気がするんだ……
この先に、運命の男が待っているはずだよ♪」
「フッ……ならば会いに行くか」
アーサーは歩みを進めた。
動揺する騎士たちとは裏腹に、何かを期待して。
やがて――
視界の先、揺らめく陽炎の向こうに、
それはゆっくりと姿を現した。
白地に、赤き竜の紋章。
空高く掲げられたその旗は、
金星に新たな軍勢の台頭を宣言するかのごとく、
力強くはためいていた。
■紋章旗:ペンドラゴン
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