第125話 挟撃
「アレク!」
「う~ん…もうちょっと……」
まどろみの心地よさに身を委ねていると、
鋭い刺激が耳に走り、一気に目が覚める。
「……いてっ!」
また噛まれたらしい。
「おはよ」
目を開けると、イーリアが悪戯っぽく笑っていた。
「ねぇ、"雷の魔法"、使えるんでしょうね?」
早く試したくて仕方ないようだ。
なんでこう、朝から元気なんだよ。
俺はため息をつきつつ、
背後からイーリアの手を取った。
「……感じ取れ」
雷の魔力を練り上げ、彼女へ流し込む。
初めての魔法を教えるなら、これが一番効率がいい。
「や♡」
「何勘違いしてやがる。雷の魔力を感じ取れ」
「……」
イーリアは一瞬バツの悪そうな顔をしたが、
すぐに瞳を閉じて集中し始めた。
「この位でいいだろ。さぁ、出力してみろ。
詠唱は"ジグス・マギア"だ」
「……"雷の魔法"」
その直後、バチッ!っと小さな雷が弾ける。
「きゃっ」
成功したようだな。威力は随分弱いものだが、
まだLv.1なんだ。最初はこんなもんだろ。
「ヤッタ♪」
イーリアが無邪気に喜ぶ姿を見届けて、
ようやく胸の奥の緊張がほどけていく。
(ホッ……昨日のうちに取得しておいて正解だった)
そんな安堵の余韻に浸っていると、
遠くから俺を呼ぶイヴの声が聞こえてきた。
「旦那様~。皆さんが呼んでます。
貴族様がお見えになられているとか」
「わかったー!すぐ行くー!」
俺とイーリアは顔を見合わせ、
慌てて朝の支度を整え始めた。
(………貴族?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皆の前に出ると、愛奴達とイーリアの護衛達が
協力しながら朝食の準備を進めてている最中だ。
「おはようございます。……旦那様」
挨拶の声はいつも通りなのに、
俺を見た瞬間、全員がスッと目をそらす。
妙に空気が硬い。
(ん?…なんだ?)
どこかヨソヨソしい雰囲気に首をかしげていると、
リーシャがそっと近づいてきて、耳元で囁く。
「旦那様…首元に大量のキスマークが」
「なにぃ!?」
思わず首元に手を当てる。
指先に触れた微かな熱に、昨晩の熱烈なラウンドが脳裏をよぎる。
(いつの間に……)
チラッとイーリアの方を見ると、
当の本人はスンっとした顔で前を向き、
知らぬ存ぜぬを決め込んでいるではないか。
むむむ。
「昨晩、虫に刺されてな……イヴ、回復を頼む」
イヴが小さく頷き、巫女鈴を鳴らすと
淡い光が全身を包み、痕跡は跡形もなく消えていく。
※シャン※
※パァァァア※
「助かった。……それで、貴族ってのは?」
俺の問いに、答えてくれたのはヨルだった。
「ネイザンバレー伯爵、
ウィリアム・イスフィヨルド卿だ。
どうも様子がおかしくてな……何かあったようだ」
その名を聞いた瞬間、
イーリアがハッとした表情で俺の袖をつかむ。
「スタルディア脱出の折に力を貸してくださった御仁です。
アレク、どうか迎え入れて欲しい」
ウィリアム・イスフィヨルド――
その名は以前、イーリアから聞いたことがある。
星王国最強と名高い、射手座騎士隊を統べる星王国の"伯爵位"。
変人として広く知られるが、確かな実力者なのだとか。
「そうか、分かった」
俺は短く答えると、
イーリアたちを引き連れて城門へ向かった。
歩きながら、前から気になっていたことをイーリアに尋ねる。
「ところで、貴族の位?ってやつが
良く分かっていないんだが、
"伯爵"ってのは偉いのか?」
イーリアは歩みを緩めず、
爵位について簡潔に説明してくれた。
「えーっと、貴族の位…爵位には5段階あってね。
伯爵は上から3番目。
国に10人しかいない、上級貴族よ」
「ふーん」
■貴族の爵位
―――――――――――――――――――
・『公爵』――最高位。王族関係者など
・〈侯爵〉――国境防衛責任者
・「伯爵」――大規模領地を統治
・ [子爵] ――中規模領地を統治
・ 男爵 ――小規模領地を統治
―――――――――――――――――――
国に10人しかいない……
やはり、相当なお偉いさんか。
正直、どう振る舞えばいいのかまったく分からん。
なんせこちとら社会経験ゼロ。
自慢じゃないが、保育園すらまともに行ってないからな。
話に聞いていた時は、
まさか実際に会うことになるとは思ってもみなかった。
そんなことを考えているうちに、
城門前へとたどり着いた。
そこで俺は深く息を吸い、声を張った。
「開けてくれ」
重い木扉が軋みを上げながら開いていく。
その向こうに見えたのは、三台の馬車だった。
どれも泥にまみれ、長旅の疲れを感じさせる。
そして荷台には、毛布にくるまれた子供たちの姿が見えた。
(……子供?なぜこんなところに)
思わず足を止めたその前に、
一人の紳士が静かに歩み出る。
長年使い込まれた事を思わせる深緑の外套は色褪せ、
手にした杖もまた、決して立派なモノとは言い難い。
しかし、その所作には確かな品格がある。
「ウィリアム・イスフィヨルドと申す。
火急の事情があり参った。
どうか、受け入れていただけぬだろうか」
――この人が、ウィリアム・イスフィヨルドか。
「カナンのアレク・ペンドラゴンだ。
イーリアから話は聞いている。
入ってくれ」
そう促すと、ウィリアムは感謝を口にし、
かすかに安堵の息を漏らした。
そのまま一行はゆっくりと要塞の中へと進んでいく。
最初に城門を潜ったのは、夫人と子供達。
気品こそ失っていないものの、
疲労の色を隠しきれていない。
その後に執事が姿を見せたのだが、
その姿がまた異様だった。
外套は破れ、全身が戦傷にまみれている。
そして何より、全身に大量の血を浴びているのだ。
(どうしたらこうなる)
ウィリアムが肩を貸していなければ、
とても自力で歩ける状態ではないだろう。
―――――――――――――――――――
・ウィリアム・イスフィヨルド
└人間族:ケルティア人:♂:44歳
└旧ネザリ:ネイザンバレー「伯爵」
・エマニュエル・イスフィヨルド
└人間族:ノルド人:♂:42歳
└伯爵夫人
・セバスチャン
└人間族:ケルティア人:♂:61歳
└《拳王》、『剣豪』、『執事長』
―――――――――――――――――――
ただならぬ事態を悟り、イヴへ声をかけると、
イヴは巫女鈴 【聖鈴・神楽】をそっと掲げた。
澄みきった音色が空気を震わせ、
淡い光が波紋のように広がっていく。
光は伯爵一行を優しく包み込み、
裂けた傷口はゆっくりと閉じ、
苦悶に歪んでいた表情が次々と和らいだ。
「こ…この力はっ…!!慈悲に感謝いたします」
瀕死の重傷を負っていた執事、
セバスチャンが声を震わせると、
その隣で、ウィリアムも目を大きく見開いている。
「聞き間違いなければ"イヴ"と……
もしや"聖女"イヴ様であられるか?」
ウィリアムの驚愕の視線にイヴは気圧されたのか、
どこか照れくさそうに微笑んだ。
何と返していいか分からないのだろう。
代わりに、俺が答えることにした。
「まぁ、そんなところだ。
それより"ネイザンバレー伯"と呼べばいいか?
俺たちは田舎育ちなもんでな。
礼を欠く振る舞いがあるかもしれんが、
見逃してくれると助かる」
「なぁに、星王国外の君たちが
私に礼を尽くす道理はないさ。
むしろ礼を尽くさねばならないのはこちらの方。
私の事は、親しみを込めて
"ウィル"と呼んでくれると嬉しい」
厳しい状況にあるはずなのに、
その所作にはどこか余裕を感じさせる。
これが"貴族の矜持"ってやつなのだろうか。
「そうか。ではウィル。
朝食の準備が出来ている。
話は朝食をとりながら聞こう」
ウィルは礼をしてその誘いを受け入れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウィルたちと食卓を囲み、食前の祈りを捧げる。
当然だが、祈りの所作は貴族も平民も変わらない。
国境を隔てているはずなのに、
同じ文化を共有しているのだ。
日本しか知らなかった俺からすると、
どこか不思議な感覚である。
そして並べられた朝食を前に
子供たちがざわついている。
早く食べたくて仕方が無いのだろう。
■朝食
―――――――――――――――――――
☆☆☆希少な緑茶「ピーターストン・ティー」
☆☆☆希少なトースト「ウェルス・レアビット」
☆☆☆希少な果実 「ルビー・ブドウ」
☆☆☆☆奇跡のサラダ〈白霧のリーキ・サラダ〉
―――――――――――――――――――
「ではいただこう」
いつものように俺がそう告げると、
待ってましたと言わんばかりに子供たちが一斉に食らいついた。
そして同時に、驚きの声が弾ける。
「な、なんだこれ……!」
「おいしい……っ!」
目を丸くし、頬を紅潮させ、
まるで宝物を見つけたかのように食べ進めていく。
そんな様子を見て、ウィルが肩をすくめた。
「いやぁ、すまないね。アレク君」
申し訳ないといった仕草を見せたウィルも、
食事に手を付けたとたん、
驚愕の表情を浮かべて硬直してしまう。
「はぅん♡…っ!!」
目を見開き、声にならない声を漏らすウィル。
そんな主人の様子を横目に、
執事のセバスチャンが静かに補足する。
「旦那様は、これほどまでに美味なる料理は初めてだと申しております」
(何も言ってないだろ…)
“上級貴族”と聞いて、もっとこう……
背筋の伸びた厳格な男を想像していたのだが、
目の前のウィルは、どうにもそれとは違う。
もしかして、ただの面白おじさんなんだろうか?
そんな疑念が頭をよぎるが、
それよりも早く“火急の事情”とやらを聞きたい。
だが、ウィルは自分のルーティンを異様に重んじる男だと聞いている。
紅茶を飲み干すまで待つしかないのだろう……
こうして待つうちに、
食後の紅茶が静かに運ばれてきた。
―――――――――――――――――――
☆☆☆☆☆伝説の紅茶『プリンス・オブ・ウェルス』
―――――――――――――――――――
「こ…これは…っ!!」
ウィルは一度口を付けて驚いたかと思えば、
湯気を追うように香りを嗅ぎ、
再度驚愕の表情を見せる。
いちいちリアクションが大げさだ。
「イケない何かが混ざっているんじゃないかね?」
失礼過ぎるだろ。
すかさず、執事のセバスチャンが補足する。
「旦那様は、
これほど素晴らしい紅茶を覚えてしまえば
もう普通の紅茶に戻れないと申しております」
そんなウィルの振る舞いに、笑いがこぼれる。
要塞の中とは思えない、日常の光景だ。
"火急の事情"とやらは忘れてしまってないか?
「それで、火急の事情についてなのだが……」
ウィルは急に真面目な表情になり、話を切り出した。
それと同時に、エマニュエル夫人は子供たちをまとめて席を立つと、
そのまま部屋の奥へと姿を消してしまった。
(あぁ、そう言うことか)
そこでハッとした。
ウィルたちは戦傷を負ってここへ来たのだ。
事情というのも血なまぐさい話に決まっている。
ウィルは、子供たちに日常を見せるために、
大げさにおどけていたのだ。
子供たちがいなくなったのを見計らったウィルは、
静かに話を続けた。
「結論から言おう。
昨夜、ルート・ブルスターに襲撃され、
ナットフィヤルの村は奴の手に落ちた」
「何!?」
その言葉は、場にいた全員へ衝撃をもたらした。
イーリアが立ち上がり、驚愕の声を上げる。
「そんな………!?
射手座騎士隊が負けたのですか!?」
スタルディア星王国の者たちにとって、
それがどれほど信じがたい事態なのかは、
ヨル、オリヴィア、フィーラの表情が物語っていた。
「いや……奴ら、鬼の居ぬ間に仕掛けて来たのだ」
「………?どういうことだ?」
「ああ、順を追って説明しよう――」
ウィルの話によれば、
イーリアたちを送り出した後、
ブルスター家当主、ブラン・ブルスターが兵を率いて
ナットフィヤルの村まで押しかけて来たという。
持ち掛けて来たのは、ブルスター家への恭順。
因縁深い相手だけに、話はこじれかけたのだが、
【弓聖】ロイド・ボーウェンが間に入り、
なんとか事を治めたのだとか。
全ては子供達の居場所を守るため。
ついにロイドは牡牛座騎士団へ恭順の意を示し、
射手座騎士隊を率いて出陣したというのだ。
(なんてことだ……
射手座騎士隊は今、ガルフ・バウにいるのか)
胸の奥がざわつき、急に不安が押し寄せてきた。
もし相手がラエルノア級だというのなら、
フェンリカたちは、想像を超える強敵に立ち向かっていることになる。
まだ――無事でいてくれるだろうか。
そんな思いが、じわりと喉の奥を締めつける。
「それにしても無茶苦茶な話だな。
恭順の意を示したのに、襲撃されるとは」
「あぁ。貴族の世界ではよくあることさ。
"同じ力を持つまで交渉の席に着いてはならない"
というのは昔ながらの格言でね。
ケルティア人の私が、こうなるのも時間の問題だったのだろう」
ウィルが苦く笑うと、
フィズルが地図を広げながら静かに口を開いた。
「ルート・ブルスターの兵の数は分かりますか?」
「あぁ、やたら数が多かったのだが、
私は子供達を連れてとっとと退散してしまってな。
このセバスは時間稼ぎの為に一人残ったのだが…
セバス、分かるか?」
呼ばれた執事は、淡々と答えた。
「私も必死でしたので、正確には測りかねますが……
体感で、1,000~1,500人程でしょうか」
フィズルが貰った数字を地図に書き写そうとして、
その手がピタッと止まる。
同時に、俺も違和感に気付いた。
(ん?今なんかすごいやり取りあったな…
1,500人から時間を稼ぐために、
たった一人で残ったと?)
恐る恐る執事の方へ視線を向けると、
セバスチャンはまるで朝の挨拶でもするような爽快さで補足した。
「まぁ、200人程叩き斬ってやりましたが」
(ほほー、それであんな血を…)
城門で初めて彼を見たときの、
あの異様な姿を思い出す。
今ようやく合点がいった訳だ。
…………って、えええ!?
200人!? 20人じゃなくて?
あまりの数字に、場にいた全員が
ゆっくりとセバスチャンへ視線を向けた。
"今日の天気は晴れですね"とでも言うような顔で、
とんでもない数字を口にしやがる。
すると当の本人は、"誤解ですよ"とでも言いたげに、
慌てて補足した。
「あっ!いえいえ!
一度に相手したわけではありませんよ。
山の地形を生かして襲撃と撤退を繰り返し、
少数の集団を襲い続けた結果でございます」
(マジだなこりゃ………
悪夢みたいな爺さんだな)
フィズルは観念したように、
ナットフィヤルの村に1,300の数字を書き足した。
■地図:スタルディア星王国
「ルート・ブルスター1,300の軍勢は、
今日にでもここに到着してもおかしくないな。
…カラドク達を呼んで来てくれ」
「分かりました」
フィズルが答えると、すぐさま呼びに出ていった。
静まり返った室内で、俺はふと疑問を口にする。
「それにしても、ナットフィヤルの村ってのは、
結構な山間部なんだろう?
なんでわざわざ、そんなところに大軍を…」
言いながら、地図を見てあることに気付く。
ルート・ブルスターがいるベラトルムの都市と、
エドワードが襲撃していた村。
その二点を一直線に結ぶと、ナットフィヤルの村は、
おおよそ中間に位置するではないか。
(な……なにぃい!
もしかして、トリガーを引いたのは俺か?)
嫌な予感が、ゆっくりと形を成していく。
つまり、俺の仮説はこうだ。
俺が村で略奪していたエドワードの金を簒奪。
↓
困ったエドワードがルート・ブルスターへ救援要請。
↓
救援に駆けつけたルート・ブルスターが、
進行上の経路にあるナットフィヤルの村をついでに襲撃。
…
……
(やべぇ)
胸の奥がざわつき、嫌な汗が背中を伝う。
今言わなければ、大きな禍根を残すと思った俺は、
エドワード・ブルスター襲撃の件を正直に打ち明けることにした。
「実は――」
言いかけたその瞬間、
扉の向こうから慌ただしい足音が駆け込んできた。
「アレク殿!大変です!!」
息を切らしながら飛び込んできたのはタリオン。
ここまで慌てているのは珍しい。
「ブラスデン騎士団が、こちらに向かっています!!」
「………はぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
予想だにしない名前が出て来たのだ。
――ブラスデン騎士団。
【将星】アーサー・ロードゲイン率いる
金星最強の騎士団。
魔王軍の進行を防ぐため、
ロスデア最西端にあるグランストン城塞都市を防御している。
そんな話じゃなかったのかよ。
急いで見張り台へ駆け上がると、
目に飛び込んできたのは、風にはためく大量の軍旗。
真紅の下地に白馬の紋章。
■軍旗:ブラスデン騎士団
"高貴で広大な探知魔法"
慌てて魔力飛ばすと、俺の認識Lv.62が
その無慈悲な数を教えてくれた。
「5,000!? 嘘だろ……っ!!」
俺たちの戦力は、おおよそ500。
東からルート・ブルスター1,300が迫っており、
南からはブラスデン騎士団5,000が向かって来る。
――もしかして俺は、挟まれたのか?
ブクマ・評価いただけると大変助かります(>ㅅ<)




