第121話 グレイリッジの戦い
グレイリッジから北へ五キロほど進んだあたりで、
行軍中の乙女座騎士隊の姿が視界に入った。
整然とした列が大地を踏みしめるたび、土煙がゆるやかに舞い上がる。
(……やっぱ相当金持ってんなー)
偵察のときは休憩中だったせいで気にならなかったが、
こうして行軍の全容を見ると圧巻だ。
三十名ほどの騎士たちは鎧も馬具も見事に揃い、
陽光を反射して眩しいほどだ。
その後ろに続く五十名ほどの従士たちも同じく装備が統一され、
しかも全員に軍馬が行き届いている。
さらに隊列の後方には、四十台近くの馬車が連なっていた。
荷を扱っているのは雇われの冒険者たちだろう。
馬車の列は途切れることなく続き、まるで軍事パレードだ。
この規模、この統一感――
さすがは名門貴族、ブルスター家だ。
(ここまでは予想通りだな)
"ワープ"
俺はグレイリッジに戻ると、
早速フィズル達に情報を共有した。
「下見どおりだ。
乙女座騎士隊400人がここに向かっている。
騎兵が100、歩兵が300。後1時間で来るぞ」
「…分かりました」
フィズルは、短く答えると、
グランドスタッフを掲げ、落とし穴の設置作業を続けた。
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★ グランドスタッフ 【第六天魔王】
└外練+100 / 魔術+80 / ☆詠唱速度:大↑↑↑ / ★六重奏
―――――――――――――――――――
「では、みなさん、作戦通りに」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――乙女座騎士隊
グレイリッジの北端に差しかかったそのとき、
偵察兵が慌てた様子で、
パトリシオ・ブルスターのもとへ駆け込んできた。
―――――――――――――――――――
・パトリシオ・ブルスター
└人間族:ケルティア人:♂:8歳
└ブランの息子、四男、男爵。
└乙女座騎士隊:隊長
―――――――――――――――――――
「閣下、大変です!!」
王女イーリアと思わしき女が、
少数の民兵を率いてこちらに向かって進軍中だというのだ。
「……何?」
パトリシオはすぐさま騎士隊の先頭まで駆け上がると、
300m程先に、一人の女の影を捕えた。
■イーリア
(銀髪に、あの装備……間違いない)
「イーリア・アレオス・スタルディア!!
生きていたのかっ!!」
だが、イーリアは何故か縦陣を組んで静止している。
まるで背後の山道から味方が現れるのを待っているかのように、微動だにしない。
(今なら少数だ……山道に逃げられたら厄介だな)
パトリシオの目が細められる。
敵の数はおおよそ100。
■グレイリッジ:戦局1
「先頭の女は生け捕りにして余の元へ連れてまいれ!!
グローリア・タウリ・フェロキス!!」
パトリシオ・ブルスターは反射的に全軍突撃の令を下した。
同時に、先頭の騎兵隊100が勢いよく飛び出し、
後続の歩兵300が慌てて続く。
(これで終わりだ)
初撃の騎兵突撃で、一瞬で決してしまうだろう。
王女がドラコニス山脈へ逃亡したという噂があったが、
まさかいきなり自分の目の前に現れるとは…
"大当たり"
女神から愛されている人間の引きというのは恐ろしい。
これで当主の座は間違いないだろう。
だが、あの女を家に献上するのは惜しい。
…余の女にしてやるのも悪くない。
パトリシオは、海綿体に血液が集まるのを感じた。
(余が果てるのが先か、戦闘が終わるのが先か…
試してみるのも面白い)
そして、慌ててテントを設置中のメイドに向かって命を下す。
「おい、余は催したぞ。尻を出せ」
■グレイリッジ:戦局2
騎兵が盆地の中ほどに差し掛かったあたりで
空気がわずかに震えた。
"風の魔法"
フィズルの呟きと共に、風の気配が横切る。
馬たちが蹴り上げた砂埃に混じり、つむじ風が発生。
砂煙のベールが戦場を覆った。
乙女座騎士隊の騎士であり、
探知魔法使いのアランは、イーリア達の行動にすぐに違和感を覚える。
(あの民兵の…手ぶらか?なぜ横に展開する?)
通常、騎兵突撃を受けた歩兵は、
シールドウォールやパイクを組み、
密集陣形で迎え撃つのがセオリーである。
だが、目の前の民兵たちは槍を構える訳でもなく、
背負った盾を構える訳でもない。
手ぶらのまま、ただ横へ広がり始めたのだ。
(…なぜ逃げない?)
その奇妙な行動に、アランの胸に警鐘が鳴った。
待ち伏せを疑った彼は、西側の山に向かって探知魔法を放つ。
そして、すぐに複数の生体反応を検知した。
(――ちくしょう!!)
「右方、伏兵ー!!山に居るぞ!!」
アランの叫びが響いた瞬間、
先頭を駆けていた騎士が突然地面に激突した。
「落とし穴だと!?」
驚愕の声が上がった直後、
西の山肌から鋭い風切り音が降り注いだ。
弓矢だ。
「ぎゃっ!」
悲鳴とともに数名が馬上から弾き飛ばされ、隊列が乱れる。
騎兵の勢いが一瞬で削がれた。
が、まだ終わったわけでは無い。
「活路は前だ!慌てず前進っ!」
落とし穴を飛び越え、馬を蹴って民兵の列へと突き進む。
出鼻を挫かれたのは事実だが、
騎兵が食いつけさえすれば、この戦闘は終わるのだ。
――そう信じていた。
50m程進んだところで、再度落とし穴にはまる。
(くそっ!!)
今度は、正面からも弓兵が現れた。
伏せていたのだろう。
(まずい…これは…"殺傷領域!?")
先鋒の騎兵たちは、戦場で足を取られ、
二方向からの十字射撃を受けることになった。
■グレイリッジ:戦局3
――絶体絶命。
アランは胸の奥が冷たくなるのを感じながら、
活路を探すべく戦場を必死に見渡した。
視界は濁り、馬の嘶きと悲鳴が入り混じる。
だが、後ろを振り返った瞬間、さらに悪い事実に気づく。
いつの間にか後方に砂煙が広がり、
後続の歩兵たちにはこの惨状がまったく見えていない。
もしここで慌てて後退すれば、後続と激突し、
隊列は一瞬で瓦解する。
殺傷領域内で混乱の塊ができれば、
乙女座騎士隊は全滅である。
(やはり、活路は前にしかない……っ!)
この矢の雨を避ける方法はひとつ。
敵歩兵に密着し、射線を潰すこと。
味方に当たる距離では、弓兵も無闇に矢を放てない。
「前進っ!前進っ!」
アランは喉が裂けるほど叫び、
わずかに残った味方の騎兵を鼓舞した。
馬腹を蹴り、砂煙を切り裂きながら前へ――
敵歩兵を蹴散らすべく、最後の突撃に賭ける。
だが、その直後だった。
位置に付いた民兵たちが一斉に動いた。
伏せていた何かを掴み、ゆっくりと持ち上げる。
そして長く、鋭い槍がこちらに向けられた。
(これは…槍の横陣戦型――"パイクライン"!!)
アランの背筋に冷たいものが走った。
それは、騎兵にとって最悪の戦型。
馬ごと串刺しにするための、歩兵側の必殺の構えだ。
「――っ!?」
それでも、ここで止まれば死ぬ。
キルゾーンから抜け出すには、
敵歩兵に密着して射線を潰すしかないのだ。
「行けぇっ!!」
アランは歯を食いしばり、馬腹を蹴った。
残った騎兵たちも叫びとともに続く。
砂煙を切り裂き、槍の壁へ向かって最後の突撃をかける。
だが――その瞬間。
馬の前脚が空を掻いた。地面がない。
アラン達を待ち受けていたのは、
歩兵たちの目の前に敷かれていた三度目の落としであった。
「――っがぁ!」
アランの身体は激しく地面へ叩きつけられた。
視界が揺れ、耳鳴りが響く。
衝撃と共に落馬したことを悟った。
もはや騎兵の機動力は完全に奪われた。
■グレイリッジ:戦局4
「!?」
砂煙を抜けた後続の歩兵たちは、
信じがたい光景を目の当たりにした。
いつの間にか戦場に落とし穴が現れ、
先行していた騎兵隊が壊滅しているではないか。
主人を失った馬が逃げ惑い、惨状が広がっている。
弓矢が降り注いでいる事に気付いた彼らは、
状況を理解するより早く、近くの落とし穴へと身を滑り込ませた。
すぐに手前の落とし穴が満員になると、
後続は慌てて次の落とし穴に滑り込む。
そこから彼らは動けなくなった。
■グレイリッジ:戦局5
だが、いくら落とし穴に身を隠しても
西の山肌からの射線が切れなかった。
弓矢は止まらない。
応戦を試みる者もいた。
弓を装備している冒険者が山へ向けて矢を放つ。
だが、山に潜伏しているタリオン山岳部隊は当然、
木々の陰に潜み、遮蔽物にその身を隠していた。
矢は空を裂くだけで、何ひとつ当たらなかった。
やがて、冒険者たちは判断を下す。
――このままでは全滅だ
東の谷川へと、撤退を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「オオオオオオ!!」
敵の撤退を目にしたカナンの歩兵たちは、
雄叫びを上げ、熱狂と共に各々追撃を開始した。
「ま、待て!ファランクスっ!!」
隊列の乱れに気づいたラグナルは、
慌てて密集戦型"ファランクス"を命じる。
互いの肩を寄せ合い、盾を重ねることで隊列を整えようとしたのだ。
だが、熱狂は止まらない。
隊列を組んでも、その足は止まらなかった。
……無理もない。
歩兵たちは、四倍もの敵の殺意を浴びたのだ。
冷静でいられるはずがない。
アドレナリンが全身を駆け巡り、
彼らは今、時速三百キロの熱狂の中にいた。
気が付けば、俺もヘングローエンと共に前に出ていた。
フィズルには後方で待機するよう言われていたが、
周りなど見えんのだ。
俺もまた、この血沸き肉躍る戦場の熱気にやられていた。
歩兵の前進に釣られ、後続の弓兵までも前進を始める。
「あっ…」
もはや、カナンの兵士たちはイーリアの指揮下から離れ始めていた。
■グレイリッジ:戦局6
東の崖際まで追い詰められた
乙女座騎士隊の冒険者たちは、
もはや後退するしかなかった。
背後は断崖、前には盾と槍を構えたカナン歩兵の壁。
逃げ場などどこにもない。
「これ以上押すな!崖だ!!」
叫びは悲鳴に近かった。
しかし、迫り来るカナンの歩兵たちは雄叫びを上げ、
盾を密着させ、槍を突き出しながら前進を続ける。
その動きはただの民兵ではない。
完全に訓練された軍隊のそれだ。
冒険者たちは剣を構えることすらできず、
じりじりと後退する。
足元の砂利が崖下へと落ちていく音が、
彼らの恐怖をさらに煽った。
「待て!降参だー!」
誰かが叫んだ。
その声を皮切りに、わらわらと武器が地面に落ち始める。
剣、盾、短槍――次々と投げ捨てられ、
冒険者たちは膝をつき、両手を高く掲げた。
戦意は完全に折れていた。
――グレイリッジの戦い、これにて決着。
■グレイリッジ:最終局面
俺は背後で戦いの決着がついたのを確認すると、
黒馬ヘングローエンの腹を軽く蹴った。
砂煙の残り香が漂う戦場を抜け、
ぽつんと建てられた本陣らしきテントへと単身向かう。
近づくにつれ、場違いなほど静かな空気が漂っていた。
本陣を守っているのは、鎧でも槍でもなく、
ただのメイド服を着た少女である。
戦場の喧騒とは無縁のように固まっており、
俺が馬を止めると、ようやく震える声を絞り出した。
「あ、あの…」
「どけ」
短く言い放つと、少女は肩を跳ねさせて道を開けた。
俺はそのままテントの幕を乱暴に押し分け、中へ踏み込む。
テントの幕を乱暴に押し分けた瞬間、
俺は思わず足を止めた。
そこには、メイドたちに囲まれながら、
ヘコヘコと腰を振るパトリシオ・ブルスターの姿があった。
※パンッパンッパンッ※
「へっ♡へっ♡へっ♡」
どう見ても戦場の将の姿ではない。
メイドの一人が気まずそうに咳払いをする。
「…あの、パトリシオ様、その…」
しかし当の本人は、こちらに気づく様子もなく、
何やら陶酔したような顔で腰を振り続けている。
(中々どうしようもない奴だな、こいつ)
俺は呆れ半分で声をかけた。
「おまえも好きモンだな」
「へっ♡…へぇ…………はぇ?」
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