第120話 初陣
攻城戦に大勝したガルフ・バウは、あえて追撃を急がなかった。
まず北の別動隊の動きを把握すべく、偵察を送る。
牡牛座騎士団は攻城戦に投じられた戦力を5割程失ったとはいえ、なお700人以上の戦力を保持している、十分に危険な集団である。
東の本隊と、北の別動隊という
二方面からの脅威に対抗するガルフ・バウが最も気を付けていた事は、
いたずらに兵力を分散させてしまわない事であった。
監視砦の外に誘い出され、優位性の無い戦場へ引きずり込まれることを嫌った。
北の別動隊の情報が明らかになるまで、
小部隊でのスピードを持った奇襲に留める。
それが、総大将ネイヴィンの方針であった。
一方、大敗を喫した牡牛座騎士団は
沈むように本陣を張る小さな村へと引き返していった後、
部隊の立て直しを図っていた。
本来なら撤退を検討すべき局面であるのだが、
この度の戦いに限っては撤退することが出来ない。
騎士団を率いて町一つ落とせなかったともなれば、
ネイサン・ブルスターは貴族として終わるのだ。
……いや、それだけでは済まされない。
臣下たちもその地位をはく奪され、投獄されるだろう。
もはや故郷に帰ったとして、死んだも同然なのである。
それに、まだ希望が絶たれたわけでは無い。
北からの別動隊と連動できれば、戦局はまだ覆せる。
もっとも、別動隊を率いているのは、
ブルスター家の次期当主の座を争う弟たちであるのだが……
この際、そんなことは言っていられない。
ともかく、別動隊の到着を待つというのが、
軍師ブレナンの方針であった。
こうした両者の思惑は奇妙に一致した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――攻城戦の同日、カナン
※ワイワイ※
※ガヤガヤ※
アレク城の前は、出陣を控えた兵達で賑わっていた。
朝靄の中、武具を点検する金属音が絶え間なく響く。
歩兵:100、弓兵:50、そして、
ラエルノア魔法教団から援軍として派兵された
タリオン山岳部隊:50。
――合わせて200人の戦士達。
そこに、イーリアたちスタルディア星王国の面々と、
ペンドラゴンの全員が加わり、今日、共に戦場へ向かう。
もっとも、カナンの戦士達は本職の兵士ではない。
鍛冶屋、猟師、木こり、温泉宿の店主……
彼らは皆、日々の暮らしを守るために武器を取った民兵にすぎない。
それでも、その眼差しには揺るぎない覚悟が宿っていた。
※ムシャムシャムシャ※
"黒馬"ヘングローエンに大好物のルビー・ブドウを食わせる。
今日に限って珍しく大人しい。嵐の前の静けさか?
皆が戦いに備えている事で、
これから戦いが起こることを察知しているのだろう。
「よう」
俺は各部隊を率いる3人の男達に声を掛けた。
――――――――――――――――
・"勇敢"な ラグナル Lv.57
└妖精族:ドワーフ:♂:131歳
└ドワーフの村:グラントハルの村長
└フェンリカの夫、歩兵を率いる
・カラドク Lv.62
└人間族:ケルティア人:♂:40歳
└エル=ネザリに住む元捕虜、ゴールド級冒険者
└シルフィの夫、弓兵を率いる
・タリオン Lv.72
└エルフ:ウッドエルフ:♂:120歳
└ラエルノア魔法教団所属、パシリの先輩
└『精密狙撃手』、タリオン山岳部隊を率いる
――――――――――――――――
「武器は揃ったか?ラグナル」
「何とか揃えたぞい」
ラグナルが後ろに目をやると、
背後に並ぶ歩兵たちの武具が、朝日を受けて鈍く光った。
彼らが手にするのは、グラントハルの村が誇る名産、
ダマスカス鋼で鍛えられた“グラントハル”シリーズ。
鍛冶の村が総力を挙げて打ち上げた高品質の武器群である。
■歩兵:武器
――――――――――――――――
・長柄:☆☆☆☆奇跡の長槍〈グラントハル・グレイブ〉
・盾:☆☆☆☆奇跡の盾〈グラントハル・シールド〉
・中柄:☆☆☆☆奇跡の戦斧〈グラントハル・アクス〉
・投擲:☆☆☆☆奇跡の投擲用ダガー〈グラントハル・ダガー〉×6
――――――――――――――――
歩兵はグラントハルのドワーフ中心の部隊だが、
そこにはグラントハルへ身を寄せたロザリの難民達も加わっている。
種族も出自も異なる者たちが肩を並べる、混成部隊だ。
「弓兵はどうだ?カラドク」
「俺達も武器を揃えることが出来た。だが――」
カラドクはちらりと背後の少女たちへ視線を送ると、
それから声を小さくして伝えて来た。
「俺の役目は小娘たちを無事に村に返すことだ。
危険と見れば、迷わず撤退するぞ」
まったく、カラドクの奴め…
すっかりエル=ネザリの纏め役が板についてやがる。
元捕虜のくせに…。
「ああ、そうしてくれ。任せたぞ」
弓兵も、歩兵と同じく
エル=ネザリの村から集まったダークエルフ達を中心とした混成部隊だ。
彼女たちが手にするのは、ロザリのクロスボウに対抗するために開発された"フィアンの長弓"。
そして、鎖帷子の隙間を射貫く"ボドキンの矢"。
さらに、万が一の近接戦闘に備えて、
グラントハルの両手剣を装備している。
■弓兵:武器
――――――――――――――――
・中柄:☆☆☆☆奇跡の両手剣〈グラントハル・ファルクス〉
・遠隔:☆☆☆希少な長弓「フィアンの長弓」
・矢筒:☆☆精良な弓矢 [ボドキンの矢] ×32
・矢筒:☆☆精良な弓矢 [ボドキンの矢] ×32
――――――――――――――――
「タリオン達は…まぁ確認するまでも無いか」
「ええ!?」
ラエルノア魔法教団から駆け付けてくれた
タリオン山岳部隊は、本職の"プロ"だ。
ぶっちゃけ、この戦いの主力である。
ウチで開発した武器を気に入ってくれたようで、
いくつか装備に取り入れてくれている。
■タリオン山岳部隊:武器
――――――――――――――――
・短柄:☆☆☆☆奇跡のナイフ 〈グラントハル・ナイフ〉
・遠隔:☆☆精良なリカーブボウ [精霊の弓]
・矢筒:☆☆精良な弓矢 [ボドキンの矢] ×32
・矢筒:☆☆精良な弓矢 [ボドキンの矢] ×32
――――――――――――――――
(あとは俺の方だな)
この戦いでの俺の役目は、
リーダー兼、一人補給部隊である。
ドラコニス山脈で採れた山の幸、
弓矢などの補填用の武器、
野外宿泊用のテントや家具などが、
アイテムボックスにうんと詰め込んである。
そのおかげで、俺たちカナンの兵は馬車なしで身軽に動けるわけだ。
アイテムボックスの中身を点検していると、
ラグナルが話しかけて来た。
「そういや、金曜会の時に言っとった旗もできたぞ」
「おお、あれか!どれどれ…」
――先日の金曜会で交わされた議題が、ふと蘇る。
出陣に際し、敵味方を識別するために
装備を揃えようという話になったのだが、
ラグナルより防具の生産が間に合わないという話が出た。
そこで、旗で識別しようではないかという話になったのだ。
「これじゃ」
■紋章旗:ペンドラゴン
「ヤバいwww」
これは紋章旗といって、氏族を表す旗だ。
陣地などに掲げ、帰属を示すためのデカい旗である。
金曜会の時、どんなシンボルを掲げるかという話になったのだが、
皆すでに酒が回っていたこともあり、
妙な方向に盛り上がっちまった。
それで、出た案がこれらだ。
・赤竜
・王国
・豪華な装飾
・漢
全ての案を取り入れたらこうなっちまったってわけだ。
ちなみに、俺は当初酔った勢いもあって
チンポのシンボルがいいのではないかと提案したのだが、
全会一致で却下された。
取り下げられてよかった。あぶねー。
「軍旗はこれじゃな」
■軍旗:ペンドラゴン
こいつは部隊毎に立てる、部隊を識別する為の旗だ。
軍旗が倒れると部隊の崩壊、敗北を意味する。
他にも、視覚的な通信手段として用いることがあるので
人が振れる程度のサイズになっている。
ウチでは以下の意味を持つ。
・左右に大きく振る:要援軍、要救援
・大きく円を描く:撤退
「ぺノンは汚れても目立つように真紅にしたぞい」
■三角旗:ペンドラゴン
ぺノンとは槍の穂先などに付ける、小ぶりな旗のことだ。
戦場では個々の兵士を識別するために使われ、
遠目からでも”どちらの陣営に属しているか”がひと目で分かる。
歩兵隊では、長槍を構える全員の槍先に
この小旗が括り付けられていた。
(なんか、マジもんの軍隊っぽくなってきたな)
皆が戦い前の高揚に浮かれ、
笑い声すら漏れていたその輪の中で、
ただ一人だけその空気から取り残されたように硬直している者がいた。
イーリアだ。
肩は不自然に強張り、視線はずっと一点に釘付けになっている。
彼女が睨みつけているのは、
決戦の地――グレイリッジ盆地の地図。
偵察から戻ったその日、ヨルが描き上げた地図を持ち帰って以来、
イーリアはそれと睨めっこを続けて来た。
昨夜もフィズルを交えて遅くまで議論し、
三人で作戦を練ったはずなのに、
彼女はまだ何かを探すように地図を見つめている。
(まぁ、無理もない)
この戦い、イーリアは“軍師”として三部隊を率いる立場にある。
補佐役としてフィズルが付くとはいえ、
イーリアにかかるプレッシャーは、相当なものなのだろう。
戦局によっては、小を犠牲にし、
大を生かすという判断を下す場面が訪れるかもしれないのだ。
そう言えば、イーリアは言っていたな。
"自分はまだ帝国士官学校の学生で、
味方を切り捨てる訓練を終えていない"…と。
無理だったら付いて来なくてもいい――
そう声を掛けようとした時、
フィズルがそっとイーリアの手を取り、寄り添うように語り掛けた。
「大丈夫ですよ、イーリア。
私たちはもう、できる限りの作戦を立てました。
後は自分を信じるだけです」
「フィズルさん……
それでも怖いのです。戦場とは予期できないもの。
不測の事態に対処できるか………」
「その時は、私がいるじゃない」
あらまっ!いつの間に!
戦術の訓練で長く一緒にいたのは知っていたが、
いつの間にこんなに仲良くなっちゃって。
いいぞ~百合は~。
神聖にして、尊い。
いずれベッドも共に出来たらいいな♡
グフフ♡
鼻の下を伸ばして二人を見つめていると、
邪な気配を察知されたのか、フィズルにギロリと睨まれる。
「旦那様、早く現地の下見をしたいのですが」
「……お…おう。
おっしゃ、そろそろ行くか!」
俺が声を張ると、サクラやクロエといった村長たち、
それに留守番の兵たち、そして村の人々までもが、
ずらりと並んで見送りに来てくれた。
肩を叩く者、拳を突き上げる者、手を振る者。
その表情には不安よりも、戦いへ向かう仲間への誇りが満ちている。
カナンを代表して戦いに行く者達へ、次々と賛辞が飛び交った。
「がんばえーお兄ちゃんたちー」
「おう」
無邪気な声が響き、思わず頬がゆるむ。
聖騎士のレイ達ちびっこ三人組も今日は留守番だ。
出陣を志願してきたが、さすがに若すぎる奴は連れて行けない。
俺達は今日、
皆の未来を勝ち取るために出陣するのだ。
――いざ、決戦の地、グレイリッジ盆地へ。
"ワープ"
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■グレイリッジ盆地
グレイリッジ盆地は、薄曇りの空の下で静かに広がっていた。
湿った土の匂いと、遠くで鳴く鳥の声。
戦場になるとは思えないほど穏やかな景色だ。
「さすがはヨルさん。精巧な地図です」
現地を確認したフィズルが、
ヨルの描いた地図に目を落とし、素直な感嘆を漏らした。
彼女は地質や傾斜を確かめながら、
迷いのない手つきで次々と指示を飛ばしていく。
「タリオンさん、西側の山のクリアリングをお願いします。
どこまで侵入できるかも目星をつけておいてください」
「了解」
タリオンは短く答えると、
すぐに山岳兵たちを率いて西側の山へと消えていった。
その背中を見送りながら、フィズルとイーリアは地図を挟んで相談を始める。
「この地質なら、予想通り落とし穴も掘れますね」
「ではキルゾーンは計画通りに…」
イーリアの声はまだ硬いが、思考はしっかり回っているようだ。
軍師としての初陣にしては、悪くない立ち上がりだろう。
「距離測るぞ。まずは45度からだ」
「歩兵、整列せい!"パイクライン"の確認じゃ」
カラドクやラグナルも、各々準備に取り掛かっている。
俺も動くとしよう。
「乙女座騎士隊の位置を探って来る」
「……お気を付けて!」
(あぁ、この感じ…マジで始まるんだな。
カナン存亡をかけた戦いが。
…燃えてきやがった。誰一人死なせねぇぞ!)
込み上げる闘志を抱えたまま、
俺は一人で敵の位置を探りに向かった。
”ワープ”
ブクマ・評価いただけると大変助かります(>ㅅ<)




