第119話 ガルフ・バウ攻城戦
牡牛座騎士団――布陣三日目。
軍師ブレナンは伐採場跡の本陣放棄を進言し、
ネイサン・ブルスターはこれを承認。
かくして、牡牛座騎士団の本陣は、
先遣隊が制圧していた村へと移設された。
■地図:本陣移設
敵の勢力下において、大勢を一点に集めるというのは悪手。
非常によろしくないのだが、
このようなリスクを取らざるを得なくなった理由は、
もちろん、昨夜の襲撃にある。
襲撃後の追跡調査にて、隠し扉を発見。
外側から開けられない、内側施錠機構である。
この扉自体、時間と資源を投入すれば突破できるだろうが、
問題はそこではない。
このような隠し扉が存在するということは、
地下はアリの巣のように複数の経路を持つ坑道が形成されている可能性が高い。
――同様の隠し扉は他にも存在する。
奇襲を受け続ける危険性を、排除しきれない事が問題であった。
ただ、本陣を置いたこの村も、決して良い場所とは言えない。
西の監視塔、北のドラコニス山脈、そして東の伐採場跡と、
三方位から敵の脅威に晒されている。
昼夜を通して強固な全方位防衛を敷かなければならないが、
背に腹は代えられないのだ………。
もっとも、今日の攻城戦が成功すれば、
抱えている懸念など全て杞憂に終わる。
故に今日の戦いは、何としても勝たねばならなかった。
そんな重要な一戦である本日の作戦の最終確認を行うため、
ネイサン・ブルスターとブレナンは、
ケルヴィンのテントを訪ねていた。
■牡牛座騎士団:主要人物
―――――――――――――――――――
・ネイサン・ブルスター
└人間族:ケルティア人:♂:19歳
└牡牛座騎士団:団長
・ブレナン
└人間族:ケルティア人:♂:52歳
└ネイサンの従士、軍師
・ケルヴィン
└人間族:ケルティア人:♂:29歳
└ケルヴィン山岳隊:隊長
―――――――――――――――――――
「ケルヴィンさん、体の調子はどうですか?」
「若っ!…申し訳ございません。
右半身に痺れがあり、感覚が戻りませぬ」
騎士隊長を預かるケルヴィンも、
初日の服毒作戦に嵌り、床に伏していた。
今日の攻城戦は、エルドリアンとケルヴィンという、
ブルスター家の懐刀、二名の騎士隊長を欠いたまま挑まなければならない。
ブレナンは決意を固めて告げた。
「今日は私が戦場に立ち、二人の穴を埋めましょう。
垂直統合にて末端の兵まで指揮を執ります。
もっとも、”進め、止まれ、引け”程度の簡潔な命令で
全体の意思統一を図ることになりますが…
攻城戦であれば、それでも問題ないかと」
「そうですか…」
そう呟いて、ネイサンは思案に沈んだ。
これまでの威力偵察と敵情視察で得た情報を踏まえ、
ガルフ・バウの総戦力は1,500~2,000程度だと推定していた。
その根拠の一つが、定期的に戦いを仕掛けてきている点だ。
これは、3,000人規模の部隊と渡り合えるだけの、
一定の戦力を保持していることを示唆している。
もう一つの根拠として、
ガルフ・バウの戦術が弱者の戦術である"奇襲"に偏っている点が上げられる。
仮に、彼らが牡牛座騎士団と同等の3,000人、
もしくは、それ以上に動員できているのなら、
野外決戦を仕掛けて来ない理由が見当たらない。
そして、軍師ブレナンが算出した戦力分布予想は次の通り。
■地図:戦力分布予想
砦の間に死地を作るため、
砦そのものに初期配置されている人数は意外と少ない。
というのが、ネイサンとブレナンの一致した見解であった。
もっとも、時間を掛ければ人員の補充を許してしまうのだが。
「スピード勝負になりますね……
勝算はありますか?」
「はい。必ずやあの砦を落として見せます」
■攻城戦:投入戦力
―――――――――――――――――――
・騎士:300
・従士:800
・傭兵:200
・冒険者:200
計:1,500
―――――――――――――――――――
■攻城兵器
―――――――――――――――――――
・攻城塔 ×1
・攻城梯子 ×6
―――――――――――――――――――
「よし……では行きましょう―――」
牡牛座騎士団、攻城戦決行。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山羊角を加工した角笛が鳴り響き、
"進め"の号令が軍勢に伝播する。
同時に、横陣を組んだ歩兵が盾を重ね、
"シールドウォール"を展開しながら前進を始めた。
彼ら1列目の役割は、後続の攻城兵器の防衛である。
飛来する矢を遮るため、盾の壁が揺るぎなく進んでいく。
2列目は攻城兵器の輸送隊。
火矢を防ぐため、たっぷりと水を吸わせた攻城兵器はかなり重く、
そして遅い。これが軍全体の進軍スピードとなる。
主力たる攻城兵器の周りは、やはり歩兵が固めており、
奇襲に備え、両脇には機動力に優れた騎士を配置している。
3列目は予備兵力。
あらゆる戦局に対応できるよう、残している余力である。
本来であれば、投石機などを設置し、
遠隔から時間を掛けて壁を削っていくのが最も安全なのだが、
そうも言っていられない事情がある。
(これが今できるベスト。
ある程度の損耗は覚悟してでも、勝利を取りに行く)
軍師ブレナン、血を流す覚悟の決行であったが、
弓矢が飛んできてもおかしくない距離へ迫ったあたりから、
その思惑が外れたことに気付く。
――ガルフ・バウ、まさかのノーリアクション。
……?
攻城兵器が無傷で壁面に取り付いてしまえば、
勝負は決したようなものである。
にもかかわらず、地上部隊の迎撃に来るわけでもなく、
弓矢での応戦もない。
(まさか…本当に?……攻城戦を知らない?)
古の戦記を読みふけっていたネイサンが、
その可能性に言及していた。
記録に残されている獣人族最後の攻城戦は、
50年前の"第一回 金星十字軍"であり、
戦術が継承されていない可能性があると。
事実、獣人達は目の前に迫る攻城兵器を
監視砦からただ眺めているのみで、
どうしていいか分からないと言った様子。
(――勝ったな。これは)
勝利を確信したその時、ブレナンは
監視砦の影の中に、見慣れない影を発見した。
(……あれは……ハイエルフ?)
■魔法教団第4席:"暴風"のイルシエラ
■魔法教団第5席:"灼熱"のカリシエラ
何かを詠唱している様子の二人を見て、ブレナンの背筋が凍る。
「ラエルノア魔法教団!?」
高位魔法使いに対する布陣として、
足の遅い歩兵を前線に並べるのは悪手、最悪の陣形。
「散開!散開ーー!」
細部に至る命令系統まで持ち込めなかったブレナンは、
ただ大声で叫ぶしかない。
(いかん、間に合わんっ―――!)
だが、そんな健闘空しく、それは発動された。
――その魔法は、莫大なマナを必要とし、
発動できる場所も限られる。
だが、整ってしまえば、魔法教団最高火力。
"嵐の魔法"
×
"焔の魔法"
合唱魔法――《火災旋風》
戦場に、突如暴風が荒れ狂う。
竜巻となった地獄の業火が、牡牛座騎士団へと襲い掛かった。
密集陣形を組んでいた前列が、
瞬く間に呑まれて行った。
その光景を最後に、ブレナンはこれ以上耐えることが出来ず、
ただ地に伏す事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――ガルフ・バウ:ルプス・カストラ
その魔法は、味方の獣人族をも震え上がらせていた。
"ラエルノア魔法教団とは喧嘩してはいけない"
目の前の地獄絵図を目に焼き付けながら、
その恐怖をDNAにまで刻み込んでいく。
一方、その魔法を放っている当事者、
"灼熱"のカリシエラは、周りの目などどこ吹く風。
崇拝する姉と並んで魔法を撃てる機会など滅多にない。
この瞬間こそ、自らの存在価値を示す時――。
そう信じて、彼女は張り切って魔力を出力し続けていた。
(この仕事が終わったら、
うんと可愛がってもらうのだ♡)
※カランッ※
その時であった。
乾いた音が耳に届き、自分の足元に転がっている一本の矢が目に入る。
(……弓矢?)
こんなこともあるかと、
気にせずに魔法の出力を続ける。
※スカーンッ※
また矢が転がった。
今度は、さっきよりも少し近い気がする。
(射抜いて来ている…?この暴風の中を!?)
そんなことはあり得ないが、万が一もある。
念のため、姉に伝えようとしたその時。
「姉さ――」
「あぅ……っ!!」
崇拝する姉、"暴風"のイルシエラは弓矢に貫かれ、
そのまま後方へ崩れ落ちた。
!?
合唱魔法、"火災旋風"が途切れる。
カリシエラは反射的に姉へ駆け寄った。
「姉さん!!」
右肩を、弓矢が貫通している。
(そんな馬鹿な…っ!!狙撃!?
こんな芸当が出来るのは、金星でただ一人――)
直後、カリシエラにも激痛が走ると、
姉と覆いかぶさるように意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「………止んだ……のか?」
荒れ狂っていた戦場に、急に静けさが舞い戻った。
惨禍が過ぎた戦場に、
目隠しをした1人の男が立っている。
―――――――――――――――――――
・【弓聖】ロイド・ボーウェン
└人間族:ケルティア人:♂:31歳
└《心眼》、《オリハルコン級:冒険者》
―――――――――――――――――――
「う…オオオオオオ!!!」
死に直面していた本能が悟った。
【弓聖】が状況を覆したのだと。
その確信が戦場に熱狂をもたらした。
「お前ら、無事か!?」
周囲の歓声など意に介さず、
ロイドは射手座騎士隊の安否確認に努める。
「…一人死亡、……二人行方不明」
ロイドは、奥歯を噛みしめた。
その悔しさは声にもならず、胸の奥に仕舞うこともできず、
握りしめた拳が、ただ震えている。
「どうにもなりませんでした」
すぐさま、シオンとシグルドの二人の《弓王》がフォローした。
竜巻を避ける術など訓練するはずも無く。
誰の罪にも問えない。
あの瞬間、ただ本能に任せ、神に祈り、
己が運命を天に委ねるしかなかった。
その暴威に立ち向かったのは、ロイド・ボーウェンのみ。
彼がいたからこそ、部隊は壊滅を免れたのだ。
ロイドは深く沈黙し、悔恨を飲み込むと、
やがて右手を掲げてグルグルと円を描いた。
それは、射手座騎士隊だけに伝わる、撤退のハンドサイン。
「…了解」
ロイドたちは、混乱に紛れて緩やかに撤退を始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ブレナンは軍師としての判断を迷っていた。
パッと見、攻城戦に投じた兵力の4割を損失。
虎の子の攻城塔は無残に崩れ落ち、
黒焦げの残骸だけが戦場に転がっている。
残す攻城兵器は攻城梯子2本のみ。
戦力としては、壊滅寸前の戦闘不能である。
通常であれば、撤退の判断を下すべき戦況だが、
魔法使いを討った直後というタイミングと、
この、兵士達の上がり切った士気が、その判断を鈍らせる。
ましてや、大魔法展開直後はマナが薄れ、
再展開は困難とされている。
この隙を突いて攻め込むのは、セオリーしても正しい。
ブレナンの下した判断は "好機を逃がすな"。
そして下した号令は"進め"。
角笛が空気を震わせ、軍勢は再び前へと動き出した。
だが、ガルフ・バウは今までの沈黙が嘘のように、
今度は容赦のない矢の雨を降らせてきた。
「シールド・ウォール!!」
不意の弓矢の猛攻に一瞬驚いたが、問題ない。
想定の範囲内だ。
………だが、地獄はここからだった。
※グシャッ!※
鈍い破砕音が戦場を裂く。
盾の壁が突き破られ、5人まとめて吹っ飛んだ。
■守城兵器
―――――――――――――――――――
・マンゴネル ×8
―――――――――――――――――――
「~~~~っ!?!?
投石機だとォォォーー!!」
今や戦場の天気は、矢と石の雨あられ。
盾を捨てて走れば弓矢の雨に体を晒し、
盾のままゆっくりと進めば、マンゴネルの格好の的となる。
右往左往と逃げ惑う兵士達が、次々と倒れていく。
ただの的と化した彼らの士気は、もはや底を打っていた。
「…………」
(……こいつら……今の今まで隠してやがった…)
ブレナンは失意の底で、遂に"撤退"の判断を下すと、
虚ろな眼差しのまま、恨めしく監視砦を睨む。
すると、その高みからこちらを見下ろす1人の老人と目が合った。
―――――――――――――――――――
・ネイヴィン
└人間:ケルティア人:♂:69歳
└◆「隊長」
―――――――――――――――――――
地獄を見下ろすその目は、据わっている。
見る人が見ればわかる、歴戦の戦士。
本能的に理解した。ガルフ・バウの総大将―――。
「………があ゛あ゛あ゛あ゛!!」
荒れ果てた戦場に、ブレナンの発狂だけが木霊する。
その声は、敗北の烙印そのものだ。
――牡牛座騎士団、損耗率5割超――壊滅。
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