第118話 夜襲
牡牛座騎士団――布陣二日目。
■地図:ガルフ・バウ
軍師のブレナンは、聞こえて来る惨状に顔を歪めていた。
体調不良を訴える者600名。
その内200名は行動不能の重症。
今のところ死者は4名に留まっているが、
この数字が増えるのは時間の問題だろう。
現在は修道女たちが総出で治癒に当たっているが、
いずれ限界を超える。救護体制の崩壊も近い。
ブレナンは、速やかに原因を突き止める必要があった。
症状的には集団食中毒で間違いないのだが、
肝心の感染源が分からない。
兵糧が何らかの方法で汚染されたと考えるのが最も自然だ。
既に昨日消費された兵糧の分析を命じている。
感染者だけが口にした共通項が見つかれば、
原因はすぐに特定できるはずだ。
その報告を待つあいだ、
ブレナンの思考は昨夜へと戻っていった。
昨夜は未明にかけて、
ドラコニス山脈方面より三度の夜襲があった。
夜襲と言っても本格的な襲撃ではなく、
いずれも威力偵察に近い小規模なもの。
獣人たちは火矢を放つと、すぐに撤退していった。
夜襲そのものは珍しくない。
軍の布陣直後はよくあることだ。
……だが、何かを見落としている気がしてならない。
(火矢は注目を集めるための誘導?
その隙に毒矢を盛られた?それにしては…)
そんな思考を巡らせている内に、
部下が分析結果を伝えに来た。
”共通の兵糧見つからず。
昨日の消費量、想定の3割程度”
その報告を聞いた瞬間、
ブレナンは真相にたどり着いた。
(―――やられた)
毒を混ぜられたのではない。
最初から毒が盛られた食料を掴まされたのだ。
村に置かれていた豪勢な食事も、
あの不自然に通りがかった隊商も、
すべては毒餌をばらまくための罠であった。
(何てこと…)
初めから若が命じた略奪禁止を遵守していれば、惨劇は防げた。
今思えば、規律を改めるなら頭目が交代したあの瞬間こそ最適だった。
その機会を、自分が踏みにじってしまった。
だが、悔やんでばかりはいられない。
ブレナンは行動に移すべく、テントを出た。
……?
外気に触れた瞬間、ふと鼻先をくすぐる香りがあった。
肉だ。それもかなり旨そうな匂い。
匂いの源を探って歩き出す。
本隊の近くまで来ると、そこでは人間族の老人たちが行商の荷を広げ、
騎士たちに焼きたての肉を振る舞っていた。
「獣人の飯なんか食らうから体調を崩すんだ」
「これで力をつけて、ガルフ・バウを落としてくれよ!」
軍隊に行商人たちが商売を持ちかけて来ることはよくあることだ。
しかし、この老人たちは商売に来たというより、
騎士たちを労うために肉を振る舞っているようだった。
「何だこの肉は!?」
「旨っ!」
騎士たちが夢中で食いつくのも無理はない。
振る舞われているのは"ウェルス・ラム"。
赤身肉のシャンパンと称される、貴族御用達の高級肉だ。
――それは、この地方の特産品でもある。
「その老人どもを捕えよ!!」
ブレナンの怒号が響き、
騎士たちが一斉に身を強張らせた。
そして困惑の色が広がっていく。
「旦那!アタシらは良かれと思って!」
「そうだよ、邪魔だってんなら、静かに去るよ」
老婆が必死に手を伸ばし、懇願するように声を上げる。
その背後では、涙目になって震える者たちもいる。
「毒を盛ったな?獣共め」
ブレナンは冷たい声で吐き捨てると、
剣を抜いて老人たちに向かって歩み出した。
「何を言っているんだい!アタシらは同族じゃないか!」
「老人を虐めるのは止めておくれよっ!」
必死に訴える声が飛ぶ。
その背後で、騎士の一人が青ざめた顔でブレナンを制止しようとした。
「軍師殿、落ち着いてください! どうか――」
だが、ブレナンはその手を乱暴に振り払い、
剣を振り下ろそうとした――その瞬間。
「ヒヒヒッ……獣の牙に、ヤラれちまいな」
老婆の声が、低く沈んだ。
突如豹変した老婆の顔は、卑しく歪み、
先ほどまでの弱々しさは跡形もない。
その一言は、騎士たちの間に衝撃をもたらした。
~~~っ!!
「嘘だろ……毒!?」
「お、おぇっ!」
騎士たちが次々と地面に俯き、
腹の中の物を吐き出そうとする。
場の空気は一瞬で混乱に染まり、悲鳴と呻きが入り混じった。
行商人たちは、その様子を見てゲラゲラと笑っている。
「………殺せ」
もはやブレナンの正気を疑うものはいなかった。
老人たちは次々と首を跳ねられていく。
その後、ブレナンは全軍に向けて命を下した。
略奪品には毒が盛られている事実を周知し、
略奪の一切を禁じ、さらに回収された品はすべて焼却するよう厳命を飛ばす。
指示を終えると、ブレナンは足を返し、
職人たちが作業する陣地へ向かった。
「攻城兵器の進捗はどうだ」
ブレナンの問いに、職人たちの責任者がきびきびとした声で応じる。
「へい。攻城梯子は6本完成、
攻城塔も明日には仕上がります。
ただ……」
言い淀みながら、責任者はちらりと横目で倒れている職人たちへ視線を送る。
「カタパルト2機は、進捗に遅れが出てます」
「そうか。カタパルトはもういい。
攻城塔の建設に全力を上げよ」
「はっ!」
ブレナンは決断した。
明日の朝、カタパルトの完成を待たずに攻城戦を仕掛けると。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――ガルフ・バウ:ルプス・カストラ
■監視砦:ルプス・カストラ
総指揮官、ネイヴィンの元に報告が届けられる。
「6名、戦死です」
「……そうか」
戦場を共にした仲間が、また冥府へと旅立った。
送り出したのは他ならぬ自分である。
訃報というものは、どれほど時を重ねても慣れないものである。
「辛い役目を押し付けてすまないね」
柔らかな声と共に、町長のタイラスが姿を現した。
その手には、一通の手紙が握られている。
差出人は――フィズル。
「一緒に読もうと思ってね」
タイラスはそう告げると、
そっと封蝋を解き、手紙の内容を読み上げた。
――――――――――――――――
カナン北方に集う敵戦力、
蠍座騎士隊:800、
乙女座騎士隊:400、
総勢、1,200。
これを迎え撃つべく、
明朝、アレク・ペンドラゴンは出陣する。
――――――――――――――――
そこには、アレクが持ち帰った敵情と、
脅威を迎え撃つという揺るぎない決意が綴られていた。
「……ラグナル」
フェンリカがかすかに名を呼ぶ。
心配なのだろう……無理もない。
最近の難民の流入で人口増加しているカナンだが、
それでも1,000人に満たない小さな村落である。
ラエルノア魔法教団と軍事同盟を結んでいるとはいえ、
俯瞰すれば、あまりにも分の悪い戦いだ。
狂気の沙汰とすら言えるだろう。
「あの若者なら、心配いらないよ」
タイラスの諭すような声に、
ガルフ・バウの者たちは、自然とアレクの事を思い出していた。
――奴は、突如この町に現れた。
幻獣種をいとも容易く討ち取り、あの赤竜すら従え、
初めてドラコニス山脈を踏破した。
気が付けば冒険者の頂点へと駆け上がっていた異才。
アレク・ペンドラゴン。
あの男は、運命を傾ける力を持っている。
……そんな気配を、誰もが感じ取っていた。
ネイヴィンが鋭く声を張った。
「ワシらも負けてられんぞ。
今夜も同じ時間に夜襲を掛ける。
20時、0時、4時のタイミングで仕掛けよ」
「おう!」
力強い返答が陣中に響く。
ネイヴィンは続けて名を呼んだ。
「スカエルヴァ、オリガ。
――今夜0時10分に決行じゃ。
ルベル=オーガを率いてグルマクに付いてゆけ」
「お~し♡ようやく出番来たか♡」
スカエルヴァが嬉々として笑う。
その横で、フェンリカも続かんと踏み出した。
「今度こそアタシも出るぞ!」
「……お主の出番はまだ先じゃ。
星天牙戟を磨いておれ」
「……チクショウ!!」
フェンリカは悔しげに歯噛みし、その場を後にした。
今すぐ暴れたいのに、何故か自分は選ばれない。
大戦果を夢見る若き獣の姫に与えられた役目は、
未だ待機のみ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――その夜、0時少し前。
ルベル=オーガ50人は、ランタンの僅かな光を頼りに
薄暗い地下の坑道を進んでいた。
先導しているのは、職人ギルド長のグルマクである。
「しかし、監視砦の地下にこんな坑道があったとはなぁ」
スカエルヴァがぼそりと漏らす。
今まで坑道の存在を知らされていなかったのだ。
「ああ、因みに全てのカストラにあるぞ」
グルマクの話によれば、
この坑道は監視砦の建設と同時期に、逃走経路として掘られたものらしい。
もっとも、長らく戦も無かったため、
存在を知る者は今や老人くらいだという。
そしてこの坑道は、牡牛座騎士団の本陣がある
伐採場跡へと続いている。
今夜は、ドラコニス山脈方面からの夜襲をブラフに使い、
本陣へと本格的な襲撃を仕掛ける算段である。
「しかし、敵の寝床を襲うってのは堪んねぇよな♡」
楽しそうなスカエルヴァとは対照的に、
オリガはどこか放心状態だ。
■スカエルヴァ
■オリガ
アレクの出陣を聞いた時からこの調子である。
スカエルヴァはヤレヤレとため息をついてから
オリガへと問いかけた。
「アレクの女になるの、断ったんだって?」
「なっ…どうしてそれを!?」
オリガが目に見えて動揺する。
「スカエルヴァ様は全てお見通しなんだよ。
…この戦いが終わったら、アレクの元へ行っていいぞ」
「アタシが離れたら、姉貴はどうすんだよ…」
物心ついた時から常に行動を共にしてきた。
あの戦場でも、あの戦場でも、あの戦場でも……
……頭のおかしい姉のおかげで、
戦場で時間を過ごすことが長かったが。
「アタシはそうだな…"魔王"にでもなるさ」
スカエルヴァの答えに、オリガはどこか寂しさを感じた。
何となく、この先もずっと一緒だと思っていた。
だが、今のスカエルヴァには目標がある。
それを持ち始めたのは、アレクに冒険者等級を抜かされた
あの日からかもしれない。
悪名を轟かせた"赤鬼姉妹"も、別々の道を歩む日は近い。
…
……
やがて一行は扉の前までたどり着いた。
グルマクは腰の鍵束から一本を選び取り、説明を添える。
「この扉は内側施錠でね。
内側からしか開かない。
最後に確認するが、5分で閉めるぞ。
それまでに全員戻って来い」
そう告げると、彼は懐中時計を確認し、決行の刻を待った。
そして、静寂を裂くようにその瞬間が訪れる。
「暴れてこい。ルベル=オーガ」
※ガチャン※
グルマクが鍵を回し、扉が重々しい音を立てて開いた。
その向こうには、伐採場跡が姿を現す。
「チンポビュッフェ、開始めいッ…!!」
「ひゃは♡」
スカエルヴァの号令と共に
ルベル=オーガ50人が解き放たれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「敵襲ーー!!」
ドラコニス山脈からの夜襲に気を取られているうちに、
いつの間にか本陣が襲撃されていた。
幸いにも、騎士隊長エルドリンが
ネイサン・ブルスターを非難させた為、間一髪で難を逃れた。
そして、援軍が駆け付けた時には、
すでに人っ子一人いなくなっていた。
――襲撃時間、僅か5分。
遅れて現場に到着した軍師ブレナンは、
荒れ果てた本陣を前に、状況の把握に努める。
「…被害状況は?」
「死亡24名。行方不明43名です」
ブレナンは眉間に深い皺を刻む。
(一体どこから湧いて…どこへ消えた!?)
「エルドリンに詳しい状況を聞きたい。
……エルドリンはどうした?」
「それが……エルドリン騎士隊長も行方不明者なのです」
その報告を聞いた瞬間、
ブレナンの視界がぐらりと揺れた。
足元から力が抜け、思わず片膝をつきそうになる。
"何もかも投げ出して、この場から逃げ出したい"
そんな衝動が、喉元まで込み上げた。
戦場を庭とし、彩って来た軍師が、
今やその戦場に恐怖を感じ始めている。
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