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夜明けの星の黙示録【R15】  作者: アレクサンドル・スケベスキ
第七章 スタルディア星王国編

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第118話 夜襲

牡牛座(ステラ・グランデ)騎士団(・タウルス)――布陣二日目。


■地図:ガルフ・バウ

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


軍師のブレナンは、聞こえて来る惨状に顔を歪めていた。


体調不良を訴える者600名。

その内200名は行動不能の重症。

今のところ死者は4名に留まっているが、

この数字が増えるのは時間の問題だろう。


現在は修道女たちが総出で治癒に当たっているが、

いずれ限界を超える。救護体制の崩壊も近い。


ブレナンは、速やかに原因を突き止める必要があった。


症状的には集団食中毒で間違いないのだが、

肝心の感染源が分からない。

兵糧が何らかの方法で汚染されたと考えるのが最も自然だ。


既に昨日消費された兵糧の分析を命じている。

感染者だけが口にした共通項が見つかれば、

原因はすぐに特定できるはずだ。


その報告を待つあいだ、

ブレナンの思考は昨夜へと戻っていった。


昨夜は未明にかけて、

ドラコニス山脈方面より三度の夜襲があった。


夜襲と言っても本格的な襲撃ではなく、

いずれも威力偵察に近い小規模なもの。

獣人たちは火矢を放つと、すぐに撤退していった。


夜襲そのものは珍しくない。

軍の布陣直後はよくあることだ。

……だが、何かを見落としている気がしてならない。


(火矢は注目を集めるための誘導?

 その隙に毒矢を盛られた?それにしては…)


そんな思考を巡らせている内に、

部下が分析結果を伝えに来た。


”共通の兵糧見つからず。

昨日の消費量、想定の3割程度”


その報告を聞いた瞬間、

ブレナンは真相にたどり着いた。


(―――やられた)


毒を混ぜられたのではない。

最初から毒が盛られた食料を掴まされたのだ。


村に置かれていた豪勢な食事も、

あの不自然に通りがかった隊商も、

すべては毒餌をばらまくための罠であった。


(何てこと…)


初めから(ネイサン)が命じた略奪禁止を遵守していれば、惨劇は防げた。

今思えば、規律を改めるなら頭目が交代したあの瞬間こそ最適だった。

その機会を、自分が踏みにじってしまった。


だが、悔やんでばかりはいられない。

ブレナンは行動に移すべく、テントを出た。


……?


外気に触れた瞬間、ふと鼻先をくすぐる香りがあった。

肉だ。それもかなり旨そうな匂い。


匂いの源を探って歩き出す。

本隊の近くまで来ると、そこでは人間族の老人たちが行商の荷を広げ、

騎士たちに焼きたての肉を振る舞っていた。


「獣人の飯なんか食らうから体調を崩すんだ」

「これで力をつけて、ガルフ・バウを落としてくれよ!」


軍隊に行商人たちが商売を持ちかけて来ることはよくあることだ。

しかし、この老人たちは商売に来たというより、

騎士たちを労うために肉を振る舞っているようだった。


「何だこの肉は!?」

「旨っ!」


騎士たちが夢中で食いつくのも無理はない。

振る舞われているのは"ウェルス・ラム"。

赤身肉のシャンパンと称される、貴族御用達の高級肉だ。

――それは、この地方の特産品でもある。


「その老人どもを捕えよ!!」


ブレナンの怒号が響き、

騎士たちが一斉に身を強張らせた。

そして困惑の色が広がっていく。


「旦那!アタシらは良かれと思って!」

「そうだよ、邪魔だってんなら、静かに去るよ」


老婆が必死に手を伸ばし、懇願するように声を上げる。

その背後では、涙目になって震える者たちもいる。


「毒を盛ったな?獣共め」


ブレナンは冷たい声で吐き捨てると、

剣を抜いて老人たちに向かって歩み出した。


「何を言っているんだい!アタシらは同族じゃないか!」

「老人を虐めるのは止めておくれよっ!」


必死に訴える声が飛ぶ。

その背後で、騎士の一人が青ざめた顔でブレナンを制止しようとした。


「軍師殿、落ち着いてください! どうか――」


だが、ブレナンはその手を乱暴に振り払い、

剣を振り下ろそうとした――その瞬間。


「ヒヒヒッ……獣の牙に、ヤラれちまいな」


老婆の声が、低く沈んだ。

突如豹変した老婆の顔は、卑しく歪み、

先ほどまでの弱々しさは跡形もない。

その一言は、騎士たちの間に衝撃をもたらした。


~~~っ!!


「嘘だろ……毒!?」

「お、おぇっ!」


騎士たちが次々と地面に俯き、

腹の中の物を吐き出そうとする。

場の空気は一瞬で混乱に染まり、悲鳴と呻きが入り混じった。


行商人たちは、その様子を見てゲラゲラと笑っている。


「………殺せ」


もはやブレナンの正気を疑うものはいなかった。

老人たちは次々と首を跳ねられていく。


その後、ブレナンは全軍に向けて命を下した。

略奪品には毒が盛られている事実を周知し、

略奪の一切を禁じ、さらに回収された品はすべて焼却するよう厳命を飛ばす。


指示を終えると、ブレナンは足を返し、

職人たちが作業する陣地へ向かった。


「攻城兵器の進捗はどうだ」


ブレナンの問いに、職人たちの責任者がきびきびとした声で応じる。


「へい。攻城梯子こうじょうはしごは6本完成、

 攻城塔(こうじょうとう)も明日には仕上がります。

 ただ……」


言い淀みながら、責任者はちらりと横目で倒れている職人たちへ視線を送る。


「カタパルト2機は、進捗に遅れが出てます」


「そうか。カタパルトはもういい。

 攻城塔(こうじょうとう)の建設に全力を上げよ」


「はっ!」


ブレナンは決断した。

明日の朝、カタパルトの完成を待たずに攻城戦を仕掛けると。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


―――ガルフ・バウ:ルプス・カストラ


■監視砦:ルプス・カストラ

挿絵(By みてみん)


総指揮官、ネイヴィンの元に報告が届けられる。


「6名、戦死です」

「……そうか」


戦場を共にした仲間が、また冥府へと旅立った。

送り出したのは他ならぬ自分である。

訃報というものは、どれほど時を重ねても慣れないものである。


「辛い役目を押し付けてすまないね」


柔らかな声と共に、町長のタイラスが姿を現した。

その手には、一通の手紙が握られている。


差出人は――フィズル。


「一緒に読もうと思ってね」


タイラスはそう告げると、

そっと封蝋を解き、手紙の内容を読み上げた。


――――――――――――――――

カナン北方に集う敵戦力、

蠍座騎士隊(ステラ・スコルピオ):800、

乙女座騎士隊(ステラ・ヴィルゴ):400、

総勢、1,200。


これを迎え撃つべく、

明朝、アレク・ペンドラゴンは出陣する。

――――――――――――――――


そこには、アレクが持ち帰った敵情と、

脅威を迎え撃つという揺るぎない決意が綴られていた。


「……ラグナル」


フェンリカがかすかに名を呼ぶ。

心配なのだろう……無理もない。


最近の難民の流入で人口増加しているカナンだが、

それでも1,000人に満たない小さな村落である。

ラエルノア魔法教団と軍事同盟を結んでいるとはいえ、

俯瞰すれば、あまりにも分の悪い戦いだ。

狂気の沙汰とすら言えるだろう。


「あの若者なら、心配いらないよ」


タイラスの諭すような声に、

ガルフ・バウの者たちは、自然とアレクの事を思い出していた。


――奴は、突如この町に現れた。

幻獣種をいとも容易く討ち取り、あの赤竜すら従え、

初めてドラコニス山脈を踏破した。

気が付けば冒険者の頂点へと駆け上がっていた異才。

アレク・ペンドラゴン。


あの男は、運命を傾ける力を持っている。

……そんな気配を、誰もが感じ取っていた。


ネイヴィンが鋭く声を張った。


「ワシらも負けてられんぞ。

 今夜も同じ時間に夜襲を掛ける。

 20時、0時、4時のタイミングで仕掛けよ」


「おう!」


力強い返答が陣中に響く。

ネイヴィンは続けて名を呼んだ。


「スカエルヴァ、オリガ。

 ――今夜0時10分に決行じゃ。

 ルベル=オーガを率いてグルマクに付いてゆけ」


「お~し♡ようやく出番来たか♡」


スカエルヴァが嬉々として笑う。

その横で、フェンリカも続かんと踏み出した。


「今度こそアタシも出るぞ!」


「……お主の出番はまだ先じゃ。

 星天牙戟(せいてんがげき)を磨いておれ」


「……チクショウ!!」


フェンリカは悔しげに歯噛みし、その場を後にした。

今すぐ暴れたいのに、何故か自分は選ばれない。

大戦果を夢見る若き獣の姫に与えられた役目は、

未だ待機のみ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


――その夜、0時少し前。

ルベル=オーガ50人は、ランタンの僅かな光を頼りに

薄暗い地下の坑道を進んでいた。

先導しているのは、職人ギルド長のグルマクである。


「しかし、監視砦の地下にこんな坑道があったとはなぁ」


スカエルヴァがぼそりと漏らす。

今まで坑道の存在を知らされていなかったのだ。


「ああ、因みに全てのカストラにあるぞ」


グルマクの話によれば、

この坑道は監視砦の建設と同時期に、逃走経路として掘られたものらしい。

もっとも、長らく戦も無かったため、

存在を知る者は今や老人くらいだという。


そしてこの坑道は、牡牛座(ステラ・グランデ)騎士団(・タウルス)の本陣がある

伐採場跡へと続いている。


今夜は、ドラコニス山脈方面からの夜襲をブラフに使い、

本陣へと本格的な襲撃を仕掛ける算段である。


「しかし、敵の寝床を襲うってのは堪んねぇよな♡」


楽しそうなスカエルヴァとは対照的に、

オリガはどこか放心状態だ。


■スカエルヴァ

挿絵(By みてみん)


■オリガ

挿絵(By みてみん)


アレクの出陣を聞いた時からこの調子である。

スカエルヴァはヤレヤレとため息をついてから

オリガへと問いかけた。


「アレクの女になるの、断ったんだって?」


「なっ…どうしてそれを!?」


オリガが目に見えて動揺する。


「スカエルヴァ様は全てお見通しなんだよ。

 …この戦いが終わったら、アレクの元へ行っていいぞ」


「アタシが離れたら、姉貴はどうすんだよ…」


物心ついた時から常に行動を共にしてきた。

あの戦場でも、あの戦場でも、あの戦場でも……

……頭のおかしい姉のおかげで、

戦場で時間を過ごすことが長かったが。


「アタシはそうだな…"魔王"にでもなるさ」


スカエルヴァの答えに、オリガはどこか寂しさを感じた。

何となく、この先もずっと一緒だと思っていた。

だが、今のスカエルヴァには目標がある。


それを持ち始めたのは、アレクに冒険者等級を抜かされた

あの日からかもしれない。

悪名を轟かせた"赤鬼姉妹"も、別々の道を歩む日は近い。


……


やがて一行は扉の前までたどり着いた。

グルマクは腰の鍵束から一本を選び取り、説明を添える。


「この扉は内側施錠(ないそくせじょう)でね。

 内側からしか開かない。

 最後に確認するが、5分で閉めるぞ。

 それまでに全員戻って来い」


そう告げると、彼は懐中時計を確認し、決行の刻を待った。

そして、静寂を裂くようにその瞬間が訪れる。


「暴れてこい。ルベル=オーガ」


※ガチャン※


グルマクが鍵を回し、扉が重々しい音を立てて開いた。

その向こうには、伐採場跡が姿を現す。


「チンポビュッフェ、開始(はじ)めいッ…!!」

「ひゃは♡」


スカエルヴァの号令と共に

ルベル=オーガ50人が解き放たれた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「敵襲ーー!!」


ドラコニス山脈からの夜襲に気を取られているうちに、

いつの間にか本陣が襲撃されていた。


幸いにも、騎士隊長エルドリンが

ネイサン・ブルスターを非難させた為、間一髪で難を逃れた。


そして、援軍が駆け付けた時には、

すでに人っ子一人いなくなっていた。

――襲撃時間、僅か5分。


遅れて現場に到着した軍師ブレナンは、

荒れ果てた本陣を前に、状況の把握に努める。


「…被害状況は?」


「死亡24名。行方不明43名です」


ブレナンは眉間に深い皺を刻む。


(一体どこから湧いて…どこへ消えた!?)


「エルドリンに詳しい状況を聞きたい。

 ……エルドリンはどうした?」


「それが……エルドリン騎士隊長も行方不明者なのです」


その報告を聞いた瞬間、

ブレナンの視界がぐらりと揺れた。

足元から力が抜け、思わず片膝をつきそうになる。


"何もかも投げ出して、この場から逃げ出したい"

そんな衝動が、喉元まで込み上げた。


戦場を庭とし、彩って来た軍師が、

今やその戦場に恐怖を感じ始めている。


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