第114話 ポイズン・ピル
翌朝、寝室には昨夜の喧騒が嘘のような
重たい静寂が沈んでいた。
ベッドの上で、干乾びて横たわるアレクと、
どうしていいか分からないといった様子で
オロオロとしているイヴ。
見かねたリーシャが深いため息をつき、
アレクの腕をそっと持ち上げた。
指先で脈を探り、眉にしわを寄せ、
短い沈黙の後、それを告げる。
「……ご臨終です」
「ええ!?」
アレクの物語、ここに完結――
と思いきや、
干乾びた男の指先がピクリと動く。
「うぅ…ここは?…一体…」
「冗談よ」
「もうっ!リーシャ!」
イヴが涙目で喜びの声を上げると、
凍りついていた寝室に、ようやく人の気配が戻ってきた。
アレクは半分ミイラのような状態で、
艶々の肌を輝かせる二人をぼんやり眺める。
(昨晩……何が…)
昨晩の事を懸命に思い出そうとするも、
ダメだ。よく思い出せない。
そうだ、今日は北へ軍隊の偵察に行くんだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――神聖ロザリ法王国:クルキス城塞付近
■地図:クルキス城塞
クルキス城塞の城主との会合を終えた軍師のブレナンが、
牡牛座騎士団に帰還した。
マグナ・タウルス計画の策定に際し、
ロザリから補給物資が提供される運びとなっており、
その約束の確認を終えた所である。
ここからは本隊は海沿いに西へ向かい、
ガルフ・バウを目指す。
本計画のフェーズ1、"ドラゴン・ジェミナ"遂行に当たり、
牡牛座騎士団が編成した人数は3,000。
制圧も含まれるが、補給路施設に寄せた顔ぶれとなっている。
主力となる騎士:500、
歩兵となる従士:1,200、
雇われの傭兵:200、
補給を担う商人:300、
工兵を担う職人:300、
随伴任務をこなす冒険者:300、
そして、癒しと祈りを司る教会従事者:200。
町が一つ、列を成して移動しているようなものだ。
その列の中心には、
牡牛座騎士団の顔役たちが身を連ねる。
■牡牛座騎士団:主要人物
―――――――――――――――――――
・ネイサン・ブルスター
└人間族:ケルティア人:♂:19歳
└ブランの息子、次男、男爵。
└牡牛座騎士団:団長
・ブレナン
└人間族:ケルティア人:♂:52歳
└ネイサンの従士、軍師
・エルドリン
└人間族:ケルティア人:♂:32歳
└エルドリン騎士隊:隊長
・ケルヴィン
└人間族:ケルティア人:♂:29歳
└ケルヴィン山岳隊:隊長
―――――――――――――――――――
軍の中央、ひと際目を引く装飾馬車の中で、
ネイサン・ブルスターは古びた戦記に没頭していた。
50年前――
人間族 と 獣人・妖精族連合が激突した大戦。
"ヴィーナス・クルセイダーⅠ"。
”偉大な牙”ガルフ、
"赤髭" グリム・アースベアード――
歴史を彩った名だたる戦士達が神敵として登場する。
この戦記は、後に"雷帝"と呼ばれる
”覇王”アレオス・スタルディアを称える物語でもある。
ゆえに、人間側に都合よく脚色されている節があるのだ。
その直後に体系化が始まった帝国戦闘教義と照らし合わせて、
当時の戦いを想像するほかない。
"敵を知らずして進むは、闇を走るに等し"
"略奪は毒なり"
"糧道の先に盛衰あり"
帝国戦闘教義の最古の諫言である。
先人たちは、戦いの中で何を見たのだろう?
そして僕たちに何を残そうとしたのだろうか?
そんなネイサンの様子を気にしたのか、
騎士隊長のエルドリンとケルヴィンが馬を寄せた。
「心配いりませんよ、若。
ガルフ・バウは跪いて我々を迎えるでしょう」
「まぁ、飯が合うかが唯一の心配事ですなw」
しかし、ガルフ・バウが見えてきたころ、
二人の思惑は外れることになる。
…
……
「は?」
斥候が血の気が引けた様子で駆け付けて来ると、
信じがたい報を告げて来た。
ブルスター家の使者は全員殺害され、
ガルフ・バウは宣戦布告を発したのだという。
「…布陣しましょう」
団長ネイサンが腰を据える方針を示すと、
騎士隊長のエルドリンとケルヴィンは、
救いを求めるように軍師へと視線を向けた。
軍師ブレナンは、遠くに点在する監視砦をじっと見つめ、思案にふける。
■ガルフ・バウ:接近
そして静かに肯定した。
「まぁ、いいでしょう」
その声色はどこか含みを帯びていた。
(騎士隊長の二人が言いたいことは分かる。
軍隊は膨大な食料を消費する。
無暗な布陣は悪手だ……
だが、あの監視砦、嫌な配置をしておる…)
ブレナンは、軍とは補給線の上に配置されるものだという考えを持っていた。
監視砦を横切り、ガルフ・バウへ侵入すること自体は難しくない。
だが、その先が死地であるかを測りかねていた。
彼はしばし沈黙した後、
やがてネイサンへ向き直って進言した。
「幸い、ロザリからの補給路もあります。
様子見も悪くありませんが…
ご当主様からの期待もございます。
3日でカタを付けますぞ」
それを伝えたのち、ブレナンは牡牛座騎士団を
二つに分けて布陣する案を提示した。
見通しのいい丘陵の伐採場後に本隊を2,000、
ガルフ・バウ近くの村に先遣隊を1,000。
■ガルフ・バウ:布陣
ネイサンが頷き、これを承認する。
「あ、そうだ。略奪は禁止します」
唐突に付け加えられた一言に、
ブレナンと二人の騎士隊長は一瞬だけ顔を見合わせ、
すぐに姿勢を正して答えた。
「ええ、心得ております」
三人は揃ってネイサンから数歩離れ、
周囲に聞こえぬよう声を潜める。
「………あまり目立つようにはするな」
「はいw」
これまで代理で牡牛座騎士団を率いた当主、
ネイサンの父ブランは略奪を推奨して来た。
それが、ネイサンに変わった途端、
それも遠征先で禁止となれば兵の間に余計な不満を生むだけだ。
ネイサンはまだ帝国士官学校を卒業しておらず、
実戦経験も乏しい。
戦場のリアルを知るのはこれからだ。
(私が上手くやらなければ)
軍師ブレナンは胸の内でそう呟き、
小さく息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――ガルフ・バウ付近:従属村
ケルヴィン騎士隊長が率いた先遣隊の1,000名は、
予定通り村へ向かうと、あっという間に村を掌中に収めた。
っというのも、村人たちは、
軍勢の影が見えた途端に蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、
先遣隊が足を踏み入れた頃には、村はもぬけの殻となっていたのだ。
荒らされていない寝床、手つかずの食料。
それらを丸ごと手に入れた先遣隊には自然と楽観ムードが漂う。
「見ろよ!新鮮な肉に魚…
それに酒まであるぞ!俺達当たりだな!!」
彼らが携行してきた兵糧といえば、
硬いライ麦パンに粥、それに干し肉といった保存食。
腹は満たせても、心までは満たせない。
だからこそ、現地で手に入る“新鮮な食料”は、
兵たちにとって何よりのご馳走となる。
「あの…一杯どうです?」
ケルヴィンが、手に入れた酒を片手に、
隊に名を連ねる大物へと慎重に声を掛けた。
その声音には、気遣いとわずかな緊張が混じっている。
■射手座騎士隊
―――――――――――――――――――
・【弓聖】ロイド・ボーウェン
└人間族:ケルティア人:♂:31歳
└射手座騎士隊:隊長
・《弓王》シオン・イスフィヨルド
└人間族:ケルティア人:♂:28歳
・《弓王》シグルド・イスフィヨルド
└人間族:ノルド人:♂:26歳
―――――――――――――――――――
話しかけられたロイド・ボーウェンは、
呼びかけに対して軽く首を振る。
「いえ、我々に気遣いは結構」
それだけ告げて、部下へ短く命じた。
「お前ら、決して手を付けるなよ」
「はっ!」
そして彼らは、距離を置くように静かに離れていった。
手に入れた新鮮な食料に目もくれず、
黙々と弓具の手入れに没頭している。
どうやら、馴れ合うつもりは無いらしい。
射手座騎士隊は先遣隊の中でもどこか浮いた存在となりつつあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――ガルフ・バウ
戦時下のガルフ・バウに、妙なざわめきが広がる。
この町では滅多に見ないエルフが、二人も現れたのだ。
■"暴風"のイルシエラ
■"灼熱"のカリシエラ
「べっぴんだな。誰か声かけて来いよ」
「ありゃー"禍災姉妹"じゃねえか?」
「やめとけ、やめとけ。
あの姉妹が暴れたらガルフ・バウが消し飛ぶぞ」
人垣の中央がゆっくりと割れると、
一人の老人が前へ進み出る。
「ネイヴィンじゃ。
町長のタイラスより、指揮を任せられておる」
その声に応じてカリシエラが答えた。
「ラエルノア魔法教団所属のカリシエラと、
こちらは姉のイルシエラだ。
主の命を受け、馳せ参じた」
ネイヴィンは、驚きと期待を隠すように目を細めた。
「魔法教団の最高火力が援軍とはな……
援軍、感謝する。ワシについて参れ」
…
……
■監視砦:ルプス・カストラ
ガルフ・バウ東の監視砦――"狼の領域"。
その拠点に、この町の防衛を担う面々が顔を揃えた。
■ガルフ・バウ防衛隊:主要人物
―――――――――――――――――――
・ネイヴィン
└指揮官:ケルティア人:♂:69歳
・フェンリカ
└黒狼の牙:ウェアウルフ:♀:24歳
・スカエルヴァ
└ルベル=オーガ:オーガ:♀:24歳
・オリガ
└ルベル=オーガ:オーガ:♀:19歳
・"暴風"のイルシエラ
└ラエルノア魔法教団:ハイエルフ:♀:67歳
・"灼熱" のカリシエラ
└ラエルノア魔法教団:ハイエルフ:♀:67歳
―――――――――――――――――――
監視棟の頂上に立ち、
目下に広がる牡牛座騎士団の布陣を見渡しながら、
ネイヴィンが状況を説明する。
「丘陵の伐採場跡に布陣したのは本隊じゃろう。
村には、別部隊が入ったようじゃ。
その数、およそ千―――」
淡々と説明するネイヴィンに、
フェンリカが堪えきれず詰め寄る。
「おい!村が襲われているんだぞ!
救援に行かなくていいのかよ!?」
「安心せい。村人ならとっくにタイラスが避難させておるわい。
あれは儂の部隊のもんじゃ」
!?
ネイヴィンは続ける。
「村だけじゃないぞ。
隊商も3隊向かわせておるわい」
その意図を察したスカエルヴァが呟いた。
「…服毒作戦か」
「ああ、"ポイズン・ピル"という」
――ポイズン・ピル:
自らの食料に毒を盛り、敵に奪わせる服毒作戦。
"魔女の花"ベラドンナの根を煮詰め、
トロパンアルカロイドを含む毒液を抽出する。
それを薄め、食料の中心部へと染み込ませれば、
光の魔法でも浄化されにくい汚染された食糧が出来上がる。
副交感神経に作用するこの毒は、
微量では喉の渇き、空腹感、高揚感を誘い、
接種量が増えれば吐き気、幻視、錯乱をもたらす――
「3度目じゃ……
ルプス・カストラの前に敵が布陣するのはこれで3度目。
これまでの歴史で、敵が城門に手をかけたことは無い」
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