第111話 戦時体制
カナンにやって来た使者の報せをタイラスへと伝えるため、
俺とフィズルはガルフ・バウへ向かうことにした。
フィズルは、カナン星約機構への参加交渉を行いたいらしい。
こうしてタイミングを見計らっては、
何度でも交渉の席に足を運ぶ覚悟のようだ。
ちょうど、ルベル=オーガも帰還するというので、
今回はワープを使わず、一緒に馬車で向かうことにした。
ルベル=オーガの連中は、ラグナル達が生成した武器、
"グラントハルシリーズ"を大変気に入ったようで、
大量に買い込んで馬車に詰め込んでいる。
ドワーフ達の村、グラントハルも随分と潤った。
こちらとしてはありがたい限りだ。
俺も暫く"黒馬"ヘングローエンに跨っていないしな。
丁度いい機会だ――そう思いながら手綱を握る。
やがて、ガルフ・バウの輪郭が遠くに見え始めると、
すぐに異変に気付いた。
ガルフ・バウは城壁を持たない代わりに、
周囲にいくつかの監視砦が点在している。
普段は無人で、形ばかりの見張りに過ぎないはずだ。
だが、今日に限っては違った。
砦には人影があり、何やら工事中だ。
そして槍を構えた兵が往来を止めており、
どうやら検問が実施されているようなのだ。
「カニス・カストラで検問か。
何かあったな。こりゃ」
スカエルヴァによると、
あの監視砦は"カニス・カストラ"と呼ぶらしい。
初耳だ。
■地図:ガルフ・バウ
カニス・カストラとやらまで近づくと、
門番であるウェアドッグの男がこちらに気づき、
手を挙げながら話しかけて来た。
「ありゃ、アレクさんとルベル=オーガの皆さんっすか。
珍しい組み合わせっすね」
どうやら門番の男は"黒狼の牙"所属のようだ。
それなら話は早く済みそうだ。
「ああ、スカエルヴァ達には
カナンの兵士達を見てもらっていてな。
それより何かあったのか?」
「実は――」
男は声を潜め、事の次第を語り始めた。
つい先ほど、スタルディア星王国の使者が町長タイラスに叩き斬られ、
そのままタイラスは宣戦布告を発したという。
ガルフ・バウは即座に戦時体制へ移行したらしい。
「ええ!?宣戦布告されたのですか!?」
フィズルが驚いて声を上げる。
無理もない。"町"が"国家"に喧嘩を売るなんて、
正気の沙汰じゃないわな。
だが、そんな狂気の沙汰を前にして、
ルベル=オーガの連中は歓声を上げている。
「おいおい、忙しくなりそうじゃねーか♡」
歓喜やら興奮やらの声が飛び交う。
こいつら傭兵にとって、血の匂いなんて春風みたいなもんなんだろう。
楽しそうで何よりだ。
こうして、住民登録の無い俺とフィズルだけが通行証を受け取り、
ガルフ・バウの町へ足を踏み入れた。
ここでルベル=オーガの連中とは別れて、
俺とフィズルは町長タイラスのいる町の中心部へ向かう。
※ワイワイ※
※ガヤガヤ※
町は、いつも以上の喧騒に満ちていた。
「"偉大な牙"を継ぐのは俺だ!俺に続け!!
乾杯!!」
「ガハハ!!歴史に名を刻むぞ!!
乾杯!!」
――名を上げんとする若者たち。
※国に勝てるわけないだろ…この町も終わりだ※
※滅びるのさ…ガウガレル百獣王国のように※
――声を潜め、悲観する中年たち。
「今更慌ててもしょうがないよ。
手を止めるんじゃないよ」
――達観し、営みを変えぬ老人たち。
それぞれの胸に、それぞれの思いが渦巻いている。
耳を澄ませば、そのすべてが聞こえてくる。
これが非日常か。
(むむ?)
その中でも、ひときわ目立つ影があった。
そいつは、広場の噴水の前で、
身振り手振りを交えながら演説をかましていた。
「町長が破滅へと突き進むのであれば、
我々の行く末もまた破滅である!!」
おいおい、こんな町のど真ん中でタイラス批判か。
「このままガルフ・バウが孤独に戦えば、
迎えるのはガウガレル百獣王国と同じ結末である!
"偉大な牙"ガルフの子供たちよ!
共に立ち上がり、カナン星約機構へ参加の声を上げよ!」
一体となって立ち向かわねばならないこの非常時に、
町を割ろうとする声が出はじめている。
これが町を運営する難しさなのだろうが、まずい雰囲気だな。
そんなことを胸の内で噛みしめながら、
遠くで続く演説に耳を傾けていたその時だった。
背後に、馬車が止まる気配がした。
振り返ると、鮮やかなピンク色の車体が目に飛び込んでくる。
商人ギルド長のミュゼルの馬車だ。
「あれは俺の仕込みじゃないぞ」
「わかっているよ。そんなもん」
なんだ、てっきり俺を捕まえに来たのかと思った。
それからミュゼルは言葉を探すように黙り込むと、
しばらくしてから口を開いた。
「家政水晶、そろそろ買わんか?」
"家政水晶"……
確か名字を設定できるという名誉アイテムだ。
他にも執事や家政婦を任命することができるらしいが、
大金貨10枚――ざっと1億円相当の、
バカみたいな高級品である。
正直、そんなもんに金を使う位なら、
カナンに回したかったので、何度か断って来た。
だが、今のミュゼルの顔には
"纏まった金が欲しい"と書いてある。
これまで商人ギルドには随分世話になって来たし、
これからも世話になるつもりだ。
ここは力になるべきか。
「…わかった。買おう」
「フフ…アタシとあんたの仲だからね。
大金貨30枚にまけとくよ」
「3倍になっとるやないかい!!
…仕方ねーな。少し細かくなるぞ」
到底財布から払える金額では無かったので、
渋々アイテムボックスから金貨を取り出す。
何とか払える金額だった。
まさかミュゼルの奴、
アイテムボックスの残高まで把握していないだろうな?
「……ありがとね」
!?
普段なら絶対に投げかけられない言葉を投げかけられ、
思わず戸惑ってしまった。
どうしたってんだよ……。
ミュゼルまで、まるで非日常の渦に呑まれているみたいじゃないか。
そんな違和感を抱えたまま、俺たちは彼女と別れ、
足早に町長の城へ向かった。
だが、城門前に辿り着いた瞬間、一気に空気が張りつめた。
首のない遺体が5体、
石畳の上に晒され、乾いた風に衣が揺れている。
そして粗削りの板に刻まれているのは宣戦布告の文字。
血の匂いはもう消えているのに、
そこに立つだけで喉がひりつくような気配があった。
隣を見ると、フィズルの顔が強張っている。
無理もない。
この町が、もう後戻りできない場所へ踏み込んだことを、
誰の目にも突きつける光景だった。
会えないかもしれないと思いつつも、
衛兵に町長に会いたい旨を告げると、意外にもすんなり通され、
そのまま町長室まで案内された。
「やぁ、ごめんねぇ。ちょっとバタバタしてて」
部屋に入ると、タイラスが黙々と片付けをしていた。
血痕を拭い、割れた家具を端へ寄せ、
まるで日常の掃除の延長のような手つきだ。
……どうやら、惨劇はここで起きたらしい。
この部屋に残る非日常と、
タイラスの日常めいた仕草がなんだか噛み合わない。
どこかシュールな光景だ。
ひとまず俺は、
スタルディアからの使者の件を伝える事にした。
"一週間後、カナン北方から1,200の軍勢がガルフ・バウを目指して南下する"
タイラスは手を止めず、報告を聞いている。
続いて、フィズルも意を決して口を開く。
「私たちは、カナン星約機構への
参加をお願いするために参りました。
敵は同じです。
どうか、ご検討いただけないでしょうか」
タイラスは、まるで孫をあやすような柔らかな笑みを浮かべ、
こちらの緊張を和らげるように言葉を返した。
「ごめんね。まだ検討中とさせてもらえないかな」
「条件面での折り合いが付かないのであれば、
遠慮なく仰ってください」
「いやいや、条件面に不服はないよ。
ただね、…"時"を待っているんだ」
時を待っているとは、どういうことだ?
これから戦争に突入しようというこの状況で、
これ以上ふさわしい“機”なんて、あるのだろうか。
タイラスはいつもこうだ。
その言葉は優しいのに、どこか底が見えない。
だが、フィズルは言葉の裏側に隠された
何かを感じ取った様だ。
「…っ!?……わかりました。
交渉の扉は常に開いておりますので、
いつでも申してください」
その言葉は諦めではなく理解に近い気がする。
フィズルめ、何を読み取ったんだ?
全然わからん。
「……ありがとね」
!?
どうしたってんだよ、タイラスまで…
今の"ありがとう"は"さようなら"に聞こえたぞ?
まさかタイラスの奴、死ぬつもりか!?
ふざけんじゃねぇ……!
ガルフ・バウが落ちてたまるかよ!!
「よし。検討中なのはわかった!
だが、ガルフ・バウは落とさせんぞ!!
俺達は勝手に援軍に駆けつけるからな!
いいな!」
タイラスは、穏やかな笑みを崩さずに答える。
「ああ。頼もしいね」
その言葉は、妙に軽く聞こえた。
まるで、すべてを受け入れたような――
こうして、俺たちは町長室を後にした。
タイラスとの会談中に感じたこの胸のざわめき、
言いようのない感情は一体何だ?
「フィズルよ、タイラスの言う
"時を待つ"とはどういうことか分かるか?」
歩きながら問いかけると、
フィズルは一瞬だけ目を伏せた。
その仕草に、何かを察している気配があった。
「もしかしてですが……
…いえ、何でもありません」
ある程度当たりを付けているようだったが、
言いかけて飲み込んだ。
何かに遠慮したのか、口を閉ざしてしまった。
くそー。俺だけ何にもわからんじゃないか。
俺も、もう少し"知力"を上げるべきか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アレクとフィズルが退室した後、
町長室にはギルド長の3人が集まっていた。
―――――――――――――――――――
・タイラス:人間:♂:72歳:町長
・レオン:ウェアドッグ:♂:42歳:冒険者ギルド長
・グルマク:ウェアカウル:♂:40歳:職人ギルド長
・ミュゼル:ウェアキャット:♀:51歳:商人ギルド長
―――――――――――――――――――
レオン:
「まったく、アレクの奴…
嵐のような奴だな。隣まで聞こえて来たぞ」
タイラス:
「ふふ。
援軍を申し出てくれるなんて、熱い男だよね。
…ところでレオン、動員状況はどうだい?」
レオン:
「どうにか3,000人動員したよ。冒険者のほぼ全てだ。
既に5つの監視砦全てに200人ずつ配置して、
24時間/7日の監視体制を敷いている。
残りの浮動戦力は2,000ってところだな」
タイラス:
「ミュゼル、敵さんの情報は?」
ミュゼル:
「以前と変わりないね。
やって来るのはブルスター家3兄弟。
本隊の次男が2,000~3,500、
別動隊の三男が700~1,000、
同じく四男が300~500。
総勢:3,000~5,000ってところさね。
…それに、まだロザリと握っているみたいだよ」
――ウェルス地方に深く根を張る商人ギルドは、
スタルディア星王国の軍編成をいち早く嗅ぎつけていた。
金と物流の流れを押さえる者は、戦の気配に敏い。
■地図:ウェルス地方
――そして、
ガルフ・バウが狙われている事実は、
ミュゼルによってタイラスの元へ届けられていた。
あの使者が現れるより、ずっと前に。
タイラス:
「うん。アレク君の情報ともおおよそ一致するね。
それに、スタルディアとロザリが切れていないとなると、
北東"ルプス・カストラ"が本命か。
グルマク、首尾はどうだい?」
グルマク:
「職人ギルドの動員数は2,000、こちらもほぼ全てだ。
各監視砦には小型の投石機…マンゴネルを設置中。
"坑道"の方も総点検中だ。あと3日以内に終わらせるさ」
――ガルフ・バウの全人口2万の内、
今回動員をかけたのは7,000人。
タイラスには勝算があった。
タイラス:
「そうか…これが最後の仕事になるね」
――そして、
この戦いを機にフェンリカが"王の道"を歩むという
ストーリーを、この4人で描いた。
金星に再び"百獣王"が現れる。
それは、ガルフ・バウが長く求めてきた悲願だ。
レオン:
「いよいよだな…
フェンリカを担ぎ上げるとして、
全体指揮の候補は見つかったのか?」
タイラス:
「うーん…あまり芳しくなくてね。
1人、心当たりがあるんだけど…
断られたら、レオンにお願いしようかな」
レオン:
「……断られない事を祈ろう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
4人での会合を終えると、
タイラスは1人、裏路地に向かった。
そこに居るのは、乞食のような格好をして、
鉱石を売っている露天商…ネイヴィンだ。
「やぁ、ネイヴィン。
カルマの清算は終わったかい?」
振り返ったネイヴィンは、
深いシワの刻まれた顔で苦笑した。
「タイラスか…終わらんな。
終わるようなものでも無いらしい。
そっちはまだガルフに槍を捧げておるか?」
タイラスは肩をすくめ、
どこか諦めにも似た笑みを浮かべた。
「そうだね。だけどもう疲れた。
次の戦争で引退するつもりさ」
「次の戦争か…
また戦争がやってくるようじゃな」
ネイヴィンの声には、
戦場を知り尽くした老兵特有の、揺るぎない重さがあった。
タイラスは静かに頷き、
遠くを見つめるように言葉を続ける。
「ああ、この町から、
再び"百獣王"を誕生させて見せるさ。
……引き受けてくれるかい?」
短い沈黙が落ちた。
ネイヴィンは目を閉じ、深く息を吐く。
「……引き受けよう」
タイラスは満足げに微笑み、静かに告げた。
「任命:"隊長"」
■解析
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名前:ネイヴィン Lv.51
HP:620 / 820 MP:440 / 540
種類:亜人類 種族:人間 種別:ケルティア
性別:♂ 年齢:69歳 身長:161cm
ジョブ:
・「彫金師」 Lv.26
・「鉱石商人」 Lv.6
・◆「隊長」
スキル:
・「上級仕立て」
・「鉱石鑑定」
・◆任命:[兵士](100)
称号:
・「殺し屋」
―――――――――――――――――――
そして、ネイヴィンは静かに歩きだすと、
町の老人たちに声を掛け始めた。
教会で祈りを捧げる司祭、
古い木肌を撫でながら椅子を仕上げる家具職人、
庭の手入れを欠かさない白髪の庭師――
傍から見れば、枯れた老人たちだ。
だが、この町にはまことしやかに囁かれる言葉がある。
"老いぼれを見かけたら、生き残りだと思え"
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