第110話 宣戦布告
―――星暦993年 3の月
カナン一帯の人口は右肩上がりに増え続け、遂に800人を超えた。
賑やかになって嬉しい反面、
俺達は食料の課題にぶち当たっていた。
食の柱を羊や牛の畜産、狩り、山の幸に頼っているカナンだが、
この先、全員が食っていける見通しは明るくない。
そこでフィズルが打ち出したのが"カナン・ゴールド計画"だ。
未開の地を切り開き、大麦と小麦を育て、
これからも続くであろう人口増加に耐えうる食料を生産するというもの。
カナンの未来を賭けた一大構想だった。
既にこの冬にはカナン北方を50ヘクタール程開墾し、
排水用の灌漑を済ませた。
そしてこれから行うのは大麦の春播き。
村の命運を握る一大事業が、いよいよ動き出した。
――トラブルがやって来たのは、その矢先の事だった。
サクラが慌ただしく駆け込んで来た。
何事かと問いただすと、北方から軍隊が攻め込んで来たというのだ。
胸の奥が冷たい手で掴まれたように強張る。
俺は急いで現場へ向かった。
"ワープ"
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そいつらは、およそ30人程の集団だった。
先頭に立つ5人は、全身を覆うフルプレートアーマーの騎士。
その周りを固めているのは、従士と雇われの冒険者だろう。
幾人かの首元には鈍く光るゴールドのドッグタグが見える。
全員、ボロボロのなりをしていた。
鎧は傷だらけで、外套は裂け、泥と血の跡がこびりついている。
ドラコニス山脈の魔獣達に揉まれて来たのだろうが、
ここまで来るとは中々やる奴らだ。
サクラは"軍隊が来た"と言っていたが、
周囲300mに敵影は無い。
どうやら、こいつらは本隊ではなく先遣隊のようだ。
だが、すでに十分腹立たしかった。
こいつら、平然と畑を踏み荒らし、
その足元ではカナンの農民たちが膝を地につけて座らされているのだ。
怒りが一気に吹き上がる。しかし頭はクールにだ。
「俺はこの一帯の主のアレクだ。何かトラブルか?」
リーダー格の騎士が、鼻で笑うような態度で告げてくる。
曰く、ここはスタルディア星王国軍の通過地点であり、
逃亡中の王女が潜んでいる疑いがある為、家々を改めさせろ。
さらに、軍が通過する時は、宿と食事を提供せよとかなんとか、そんな内容だ。
はなっから命令口調でまったく話にならねぇ。
俺は座らされている農民たちを引き上げさせた。
「お前ら、こいつらの言うことなんて聞く必要無いぞ。こっちに来い」
農民たちは困惑しつつも、
わらわらとこちら側に向かって来る。
「おい!何を勝手なことをしとるか!」
騎士が怒鳴るが、もう話し合いは終わりだ。
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★ 大金棒 【大激震】
└打撃+100 / ☆破砕+80 / ★衝撃波+100
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「ほげぷぅ!!!」
20人程纏めてぶっ飛ばすと、バケモノだのなんだの騒ぎ出し、
奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
何人かは気絶している様だが、まぁ死んではいないだろう。
生きて帰れるかはわからんが。
やがて騒ぎを聞きつけた兵士たちが、
何事かと駆け寄ってくる。
少し遅れて、騒ぎを聞きつけた兵士達が集まって来た。
遠くでは、サクラが胸に手を当て、
心配そうにこちらを見つめていた。
しゃーない、主要な連中を集めて説明してやるか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…と言うことがあったんだ」
「ええ!?」
イーリアが驚きの声を上げる。
騎士をぶっ飛ばしたという点にかなりの衝撃を受けている様だ。
とは言っても、同じように驚いているのはノルド勢位で、
ラグナルや兵士たちは"当然だ"といきり立っており、
ルベル=オーガの連中は楽観的に受け取っている。
スカエルヴァなんてゲラゲラと笑っている位だ。
こうも反応が割れるのは、
"軍"というものへの認識が異なるからだろうか?
「…戦争になるのでしょうか?」
サクラが、か細い声で問いかけて来た。
その瞳には不安の色が濃く揺れている。
「心配するな。俺様が全員薙ぎ払ってやる」
女の前だ。格好つけるのが男のサガよ。
悲しきサガよな。
そう思った矢先、一羽の鳥が舞い降りた。
リーシャの伝書鳥だ。
ラエルノア魔法教団で何かあったか?
どれどれ…
「…どうやら、ラエルノアの所にも来たらしいぞ」
手紙によれば、ラエルノアの元に訪れたのはブルスター家の使者を名乗る5名。
何やらうやうやしく貢物をしたと思えば、
軍の通過に際して静観をお願いし、
可能であれば物資の提供を願い出たという。
「おい、態度違いすぎだろ」
紅茶を淹れながら、
フィズルがため息まじりに突っ込んでくる。
「これがラエルノア様に対する"普通"の態度です。
旦那様がおかしいのですよ」
「…」
リーシャによると、ラエルノアはまず協力の意を示し、
軍隊の規模・経路・通過する時期を訪ねたという。
使者が情報を出し渋ると、"どう協力するのか"と怒鳴りつけ、
無理やり情報を吐き出させたのだとか。
…強すぎる。隣ではフィズルがジト目で見て来る。
「さすがはラエルノア様ですね」
「…」
え~っと、どれどれ続きは…
使者の情報によると、軍の規模はおよそ1200。
本隊とは別に動く別動隊らしい。
そして一週間後、ここを南下し、
ガルフ・バウを目指すのだとか…
ちょ…ちょっと待て、別動隊で1200だと!?
…
……
"俺様が全員薙ぎ払ってやる"と言ったな。あれは嘘だ。
「みんな!やってやろうぜ!!」
「応っ!」
おーし、カナンの野郎共はイケイケだな。勢いが違う。
どこの馬の骨とも知れん騎士に、
仲間が跪かされるという憂き目にあったんだ。
皆で戦うのはあったりめーよ。
フィズルよ、そんな目で見るんじゃない。
兵士達が熱気に湧く中、イーリアが不安気に訪ねて来た。
「あの…ラエルノア様はブルスター家に
恭順してしまったのでしょうか?」
「ああ、それなら心配ないぞ
話が纏まりかけた時、突然ラエルノアは、
"協力してもいいがお前の態度が気に食わない"とか難癖をつけだして、
使者をボコって帰したらしい」
「ええ!?ラエルノア様まで!?」
手紙の最後は、ブルスター家の使者が
操り人形のように地面を上下に跳ねまわっていた様子が綴られていた。
重力魔法か。
不憫すぎるだろ…
手紙を読み終えると、皆、各々目の色が変わっていることに気付く。
そしてタリオンは魔法教団へ、
ルベル=オーガはガルフ・バウへ帰還する準備を始めた。
「みんな、今までありがとうな」
いよいよ戦が近づいて来やがった。
皆で作り上げて来たこのカナン。
軍隊如きに荒らされてたまるかよ。
さて、なぜガルフ・バウが狙われているのか分からんが、
情報を知った以上、町長のタイラスへ知らせておくか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――同時刻、ガルフ・バウ。
町長のタイラスの元にも、
ブルスター家からの使者5名が姿を現していた。
町長室では温かな茶と菓子が並べられ、
彼らは丁重なおもてなしを受ける。
が、それを拒絶するように彼らは本題へと切り込んだ。
「では、早速要件を伝えましょう」
使者の一人が、淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で続ける。
「我々はこの春、ブラスデン騎士団へと侵攻します。
つきましてはガルフ・バウには軍の駐留地となって頂きたく」
タイラスは困り果てるしかなかった。
「へぇ…そう言われましても…
ここが侵攻発起点になるので?」
ガルフ・バウの西方30km地点には、
ブラスデン騎士団領、ニースの町がある。
これを受け入れればガルフ・バウが前線となるのは必須であった。
「はぁ」
使者は思わずため息をついた。
本国からは、町長タイラスは傑物だという情報も得ていたが、
目の前に居るのは終始へり下った態度の、しがない老人。
これでは警戒する方が難しい。
(牙を抜かれた獣。腹を見せた犬だなこれは)
少なくとも、自分は交渉のエリートだという自負があった。
自国に有利な条件を引き出し、国家間の交渉を取りまとめる。
それが、自分の本来の仕事であるはずだ。
現実は、このような小さな町で老いぼれ相手に時間を費やしている…
使者は早々と仕事を終わらせるべく、語気を強めた。
「よく聞きなさい。
我々の本隊は3,000。都市を滅ぼせる戦力だ。
"町"であるガルフ・バウなど…
御所望であれば、火の海に変えて見せましょうか?」
その言葉が落ちた瞬間―――
町長室の空気が、氷のように冷え込んだ。
「ガルフ・バウはまだ落ちとらんぞ、ガキ」
!?
何だ?まだ落ちていないとはどういう…?
"第一回 金星十字軍"の事を言っているのか?
「獣の巣で胡坐かきよったらお前…首が落ちるど」
タイラスの言葉と同時に、一斉に影が襲い掛かる。
(暗殺者!?いつから!?)
連れてきた部下達が、
悲鳴を上げる間もなく次々と刈り取られていく。
(間違え――)
悔恨が形を成す前に、使者の世界は暗転した。
その日、町長の館の前に5つの首の無い遺体が晒された。
まだ冬の冷たい空気が支配する中、
血の跡は生々しく大地に刻まれている。
そしてその中央に置かれた一枚の看板。
そこに、全ての獣たちへの宣言が刻まれていた。
――――――――――――――――
獰猛たる獣が統べしガルフ・バウは、
スタルディア星王国に対し、戦を宣す。
"偉大な牙"ガルフの子らよ、
獣の流儀をもって、その誇りを示せ。
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VSスタルディア星王国、
――ガルフ・バウ単独開戦。
ブクマ・評価いただけると大変助かります(>ㅅ<)




