肆話
―― 帝国暦334年:帝国内・森の都 ――
息を潜めて、待ち構えていた。
森の都の中心の市庁舎の、その脇の建物の二階。傍らにあるのは、限界まで撓められ即座に発射が可能な小型の投石機だ。匙状の投射装置に収められたのは魔導仕掛けの炸裂弾、命中すれば自ら弾けて無数の破片が敵を穿つ。
「効くかどうか、だな」
ダナン・ギィは小声で呟いた。大きく息を吐き、脳裏にルシュ=ファルの言葉を甦らせる。
“攻城用の大型弩弓四機、小型投石機二機。いずれも魔術で強化した弾を込めている。これが我々に可能な最大威力の攻撃だ”
脳裏の彼はなおも語った。冷徹な口調で。
“逆に言えば、これで傷を付けられなければ我々には「あれ」に対抗する手段は無いということになる。おそらく無理だろう。しかし確かめる必要がある。誰か、志願する者はいないか”
「ああやります、やってやるとも」
ガナを初めとする戦友達との思い出が頭を過ぎる。それを決意の言葉に代えて呟いたとき、「それ」は来た。巨大な地響き。やや間を置いて視界の中に輝く巨人が現れる。
市庁舎に向かってその巨体を屈めた、中を確かめるように。その無防備な背中がダナンたちに向けられる。周囲に注意を払う必要など無いという風に。
“今だ!”
ダナンが心の中で叫んだ瞬間、横の部屋と上の階から鈍い発射音が響いた。弩弓が放たれ、輝く岩が叩きつけられた……巨人の背に向けて。
それらはことごとく輝く体表で弾かれ、あるいは砕けて落ちた。
傷すらも付けられぬまま。
攻撃を感じた巨人が動きを止めた。
「まあ、そうだろうな。だからここ……」
ダナンは投石機の台座を動かし、狙いを付けた。
「腕一本!」
向き直った巨人の肘の内側の部分。装甲らしきものが無い場所に、放たれた炸裂弾は過たず命中した。爆発の中、腕がねじれたように見えた。
“やっ……”
歓声を上げる間すらなかった。損傷を受けた腕は、それを大きく振り挙げる動作の間に瞬時に回復していた。まるで最初からそうだったように。
「駄目か!!」
ダナンは窓から飛び降りた。足に響く衝撃をタメに変えて加速、建物の影に回り込んで全力で逃げ出す。
背後で何かが斬られ砕かれるような、嫌な音が立て続けに響いた。
* * *
森そのものを防壁とする「森の都」の城壁は高くは無い。散発的な迎撃を軽く退けて城門を蹴り開け、自身は城壁を飛び越えて一直線に中央の市庁舎に向かった「アラク」は、しかし驚いたであろう。巨体を建物の前で止め、拳を振り上げた瞬間、その左右後方に位置する複数の建物から巨大弩が撃ち放たれ、投石機が石弾を投じたのだから。「アラク」が単独行で最短で敵の中枢を狙うこと、それを読んでの配置であろう。
だが逆撃の試みは徒労に終わった。巨大弩で放たれた杭は魔術で強化されており今日の攻城戦でも通用するものであったが、それは「アラク」の体にわずかに食い込んだ直後に弾き返された。投石も鎧じみたその体表を穿てず、弾の方が砕け散った。肘の横、関節部分に直撃した一弾のみがわずかに腕をねじれさせたが、それも瞬時に回復したと聞く。即座に魔力で剣を形成した「アラク」が、その悉くを斬り潰したことは言うまでもない。無敵などという言葉は非現実的だが、少なくとも戦場においては通常の手段で「アラク」を倒すことは不可能。それを如実に示す戦いであった。
そしてその一事をもってルシュ=ファルは決意したのであろう。「この敵とは戦わない」と。ほどなくして都の各所から炎が上がり、その炎に紛れるようにして残余の帝国軍は撤退していった。森の都もまた早々に陥落した。ただし都に貯蔵されていた糧食は全て燃やされ、あるいは毒を混ぜられ、直前の帝国の買い上げによって都の人々の食料にもほぼ余裕が無い状態で。
手放しでは喜べぬ勝利であったろう。森の都は交通の要所であり商人の出入りは多いが常在の人口は多くはなく、万を超える程度である。時節次第では森の恵みも期待できるが当時は晩冬であり文字通りの季節外れであった。しかも備蓄の食料を根こそぎ失ったところへ、人口の半数に近い軍勢が乗り込んで来たのである。降伏した市長の最初の相談が食料の欠乏に関するものであったことは、王国軍のその後の計画を大きく狂わせた。
旧領の回復であれば次に目指すのは海嶺の町。またそれよりも近い帝国第三の商都を狙うことも可能。ただしいずれも糧食に余裕があればの話である。占領地の住人の食料を奪うという禁じ手を行わない限りは数日で食料が尽き、軍の大半は撤退を余儀なくされる。あるいは勝利を前提に片道のみの糧食で敵地に向かう博打に出るか。
悩んだ王国軍は、まず補給線の確保という常道に出た。旧都から森の都への街道の安全の確保である。兵の半数以上を引き返させると同時に街道の周囲を探り、森に潜む帝国兵を掃討する。当面は帝国からの逆襲は無いと踏んだのか、その作業には「アラク」も投入された。




