捌話
歴史を俯瞰してみれば、戦争の歴史は兵器の発達の歴史でもある。誰も見たことのない新兵器や新戦術が戦場に出現し、それまでの戦いのあり方を一気に変えることは珍しい話でもない。そんな場合にそれら新規の要素を高く評価し、導入に血眼になるのは主に「使われた」側のほうだという。
導入や運営、秘匿にかかる手間暇。輸送や訓練にかかる苦労。
それらも理解する使った側に対して、使われた側は単純に効果だけを知るからだ。だからこの状況で帝国側から手を差し伸べたのは、ある意味当然だったのだろう。
先の戦いからひと月あまりが過ぎた頃。
唐突に王国を訪れた帝国の使者は、一通の書状を手にしていた。
「王国は前非を悔いて再び帝国に属すべきこと」
「その際、賠償として件の人型兵器とその操縦者、開発者などを全て引き渡すこと」
「それをもって帝国は王国に、旧領の安堵を保証すること」
使者がそれを「皇帝の名において」読み上げたとき、居並ぶ王国の貴族たちは驚きのあまりしばし沈黙したという。
「従うものには相応の庇護を与えるが、逆らうものは容赦なく叩き潰す」
それは建国以来の帝国の大方針であり、言わば国是である。しかし“ろぼっと”とそれを生み出した技術を引き渡すのであれば、その原則を曲げてもよい。
そう告げたも同然だったからだ。
また外交交渉において領土や金銭ではなく、技術の提供が要求されたこともおそらく史上初であろう。“ろぼっと”の出現は、それほどまでに衝撃的だったのだ。
慌ただしく使者が往来し、海嶺の街と旧都、王都の間にある小商都が交渉の場と定められた。以降、数ヶ月にわたって両陣営の駆け引きが繰り広げられることになる。
* * * * * *
―― 帝国暦335年:帝国商都・議事堂 ――
「……以上の状況につき、王国の人型兵器に正面から、特に野戦において相対するのは極めて不利と言わざるを得ません。何らかの策を用いるか、あるいは戦場を限定する必要があると思われます」
ダナン・ギィは、報告の言葉をそう締めくくった。
ルシュ=ファルの命を受けて敵情観察のために先の会戦に参加していた彼は、いったん部隊と共に帝都に帰還し、その後、単身で帝国商都に戻ってきていた。
腰を下ろしたまま黙って彼の言葉を聞いていたルシュ=ファルが、軽く頷いた。
「ご苦労だった。連絡は受けてはいたが、「あれ」の再来ではなく、その「もどき」が出現したのだな? では、元・魔導弓兵隊の小隊長に問うが」
その目がわずかに細まり、質問が投げかけられる。
「その「もどき」と、どう戦う?」
「罠を仕掛けて、狩ります」
ダナンの答えは明快だった。
「件の人型兵器には、数本ですが魔導の徹甲矢が突き刺さっていました。「あれ」とは異なり、魔導強化された強力な武器、具体的には攻城用の弩弓などを使えば、攻撃は通ると思われます。もしくはさらなる威力で攻めるか……例えば峡谷に誘い込んで落石を当てる、埋めるなどでしょう。どうやってそんな状況に持ち込むかが、課題ではありますが」
「了解した。こちらの見立てとほぼ同じだ」
ルシュ=ファルが満足げに大きく頷いた。次いで、顔を斜め後ろに向けて、ぞんざいに言った。
「だ、そうです。殿下。近衛兵の練兵計画を修正する必要はないかと」
「うむ」
視線を向けられた巨漢が答えた。短く刈り込んだ赤茶の髪に無精髭を生やした厳つい顔、筋肉質の大柄な身体。この街の支配者にして皇帝の血に連なる者。皇弟だった。彼は身を乗り出すようにして訊ねた。
「では儂からも問おう。すでに講和の話が出ていることは聞いているな? 現場の意見を聞きたいが、王国はどの程度本気だと思う?」
「は、はい。王国の腹づもりでありますか。ええと……」
慌てて居住まいを正して答えようとするダナンに対し、皇弟は苦笑を向けた。
「そうかしこまるな。普段通りにしてくれればよい。もっとも」
ちらりとルシュ=ファルの方に目をやり、軽く睨む。
「こやつほど気にせんのも、どうかと思うがな。皇族なんぞ、敵軍を引き寄せる餌ぐらいにしか思っておらん」
「いえ、そんなことはございません。囮役にはこの上もない人材として、常々敬意を払っておりますとも」
慇懃な表情をした青年は、あからさまにわざとらしく、うやうやしい一礼をしてみせた。
「ほらな。まあそれはともかく」
皇弟は再び苦笑を浮かべ、さほど気にする風もなくダナンに視線を移した。
「仮に講和するとしても、王国の面従腹背はわかっておるのだ。反乱を起こしている以上、おとなしく膝下に服す気など毛頭あるまい。問題はその程度だ」
「いったん牙を収めたふりをして、再度襲いかかる機会を狙っているのか。それとも今度の独立は諦め、数十年単位で雌伏するつもりになったか、ですな」
ルシュ=ファルが横から口を挟んだ。
「そうだ。後者ならば良し、帝国はそんな連中を抱えて長年続いている。しかし前者ならば潰しておかねばならん」
「は。では失礼して」
ダナンは考え込むようにしばし目を閉じ、やがて開くとはっきりした言葉で語り出した。
「最終的には国王の判断次第になるでしょうが、軍としては帝国に全てを差し出すことは無いでしょう。もとより「あれ」の存在があってこその反乱だったとは思いますが……」
わずかに言葉を切った。皇弟とルシュ=ファルの反応は無かった。二人とも、「アラク」の超絶的な力は自身で目撃していた。
「……それが失われたとしても後継の技術がある以上は、かつ、それが明確に強力なものである限りは、何としてでも秘匿し、「次」につなげたい。おそらくそのように考えるはずです。そしてその力はいずれ、再び帝国に向けられるでしょう」
「やはりそう思うか」
皇弟は顎の辺りを掻き、思案する顔になった。
「だが今のところ心証の域を出ないのが問題だな。兄上に何と伝えたものか……」
「仕掛けてみますか」
悪戯でもするような口調で言ったルシュ=ファルに、皇弟の茶色の眼とダナンの青い眼が同時に向けられた。
「なんぞ面白い情報でもあるのか?」
皇弟が問うた。
「未確認ではありますが。先の会戦の10日ののち、森の都になにやら大きな荷物が運び込まれたらしいとの報告がありました。王国軍の警戒も強く、調べがつかずにいましたが」
そこで一瞬考え、視線をダナンに向けた。
「戦闘を終えた「もどき」が運びこまれた可能性は?」
ダナンはその問いをしばし頭の中で巡らせた。
「可能性は低いでしょう」
断言したあと、少し置いて言葉を足す。
「「もどき」の輸送には四頭立ての馬車が使われていました。山地を越えて王国に戻り、そこから森の都となると、かなりの強行軍になります。しかも補修、整備の必要性を考えると……」
「ふむ。ということは」
興味深げな様子の皇弟は、ダナンからルシュ=ファルに目を移した。
「3機目の可能性あり、ということです」
答えた青年は、どこか楽しげな感じだった。
「よかろう」
皇弟は不敵に笑った。男臭い笑みだった。
「その正体を突き止めろ。多少は手荒い手段を使っても構わん、儂が許可する。王国の腹の内を暴いてやれ」




