陸話
―― 帝国暦334年:帝国/王国国境・夕闇山脈の森の中 ――
「素晴らしい。いや、実に素晴らしい!」
戦場を俯瞰する山の中腹、森の中。
男は戦場を縦横無尽に駆ける鋼の巨人を遠眼鏡で追いながら、興奮した様子でそんな言葉を漏らしていた。
「当たるところ敵無しですね。兵士に騎馬はおろか、陣地の防備まで軽々と打ち砕いていますよ。魔導仕掛けでしょうかね、こんな兵器は見たことがない!」
「2機の片方、特に動きが凄まじいですね。ほらまた騎士を蹴り潰した。是非欲しいです、我が軍にも!」
並んで遠眼鏡で巨人を追う従者が、興奮のままに同意する。しかし肉眼で戦場を見渡すもう一人の従者は、常と変わらぬ様子で指摘した。
「ですが帝国軍の一部は冷静です。数の優位で、あの2機がいない部分を討ちにかかっています」
「ほう?」
男は動きを止め、遠眼鏡を離して少々考えるような表情になった。
「つまり帝国は、あれとの遭遇は初めてではない、ということですか」
「おそらく。経緯を調べる必要があります、報告のためにも」
「そうですね。しかし予期していたにしては、帝国軍の動きは少々、統一性を欠くようにも見えますが……」
そんな返答をした男の眉が、その時わずかに寄った。改めて確認するように、遠眼鏡を目に当て直す。しばし無言で観察を続け。
「……なるほど」
やがてそう呟くと、遠眼鏡を下ろした。平凡な顔に、思案するような表情が浮かんでいた。
「強力ではあるが無敵ではない、というところですか」
* * * * * *
戦いが始まってから約1.5セナク(注:約15分)のあたりでそれは見え始め、2セナクで周囲の兵士たちにも明らかになった。
明白に「ネズレ」の動きが鈍っていた。無敵であること自体は変わらなかったが、踏み込む足には鈍りが見え、振り回される斧槍は時に空を切った。さらに帝国軍の反撃をそのまま受けることも増え、投槍や矢がしばしば鋼の身体に直撃するようになった。無論、まともに通るものなど一つもなかったが。
魔力切れ。それも操縦者に起因するもの。
“ろぼっと”が普及した現代なら、見る者が見ればそう看破しただろう。
実際、現在の“ろぼっと”と比べて「ネズレ」の魔力の消費効率は比べものにならぬほどに悪かったという。のちに機体を研究した帝国魔導院の報告書には、「技術的に不完全な機体を動かすために、垂れ流しに近い形で大量の魔力を注いでいた」と記されている。その操縦者はいずれもシライ・マサトに才能を見いだされて彼の訓練を受け、当代としては屈指の魔力量を誇っていたというが、そんな使い方をすれば消耗するのは当然であろう。そして継戦時間が2セナクに満たぬというのは、戦闘兵器としては致命的な欠陥と言えた。
やがて一機の「ネズレ」がよろめいた。片膝を突いた。鎧の眼の部分の紅い光が、不安定に明滅を始めていたという。ほどなくもう一体の、比較的状態のまともな「ネズレ」が駆け寄り、肩を貸すようにして機体を支え、共に後方に下がっていった。
* * * * * *
―― 帝国暦334年:帝国/王国国境・夕闇山脈 ――
搭乗口が外から強引に開かれ、魔力による身体と機体の接合が無理矢理剥がされ、絶たれた。
全身を襲う虚脱感と疲労が一気に自らの肉体に戻ってくるのを感じ、ニィズは激しく咳き込んだ。
「馬鹿、飛ばしすぎだ! 抑えていけって言ったろ!」
背後から怒声が降ってきた。次いで強引に腹のあたりを抱えられ、少女の身体は強引に機体の外へと担ぎ出される。
「……い、いや、この程度、まだ……」
「喋るな! 休め!」
息も絶え絶えに何かを言いかけた少女の頭を小突き、抱きかかえた小柄な身体を機体の脇に立つ騎士に預けると、クグニスは「ネズレ」の背に片膝を落として荒い息をついた。自身もつい先ほど別の「ネズレ」から出てきたばかりで、相当に疲労しているらしかった。
頭を一つ振って切り換えると、やや青ざめた顔を別の騎士に向ける。
「どうなった。戦況は?」
「我が軍が優勢です。ただし「ネズレ」が撤退した今、決定打を無くしたのも事実で……」
答えた小柄な騎士が、ちらりと視線を背後の先、軍勢同士がぶつかり合い続ける戦場へと向ける。
「敵方が数で勝る状況下、最後まで優位を保ち続けられるかは不明です」
「五分五分ってことか。押し切れなかったか」
クグニスは忌々しげに言うと一瞬考え、立ち上がって顔を上げた。
「このまま勝てれば良し、駄目なら計画の第二段階に移る……ニィズはよく休んどけ。本番はここからだ」
ようやく自分の足で立てるようになった少女に声を掛け、さらに騎士たちに向かって、「ネズレ」の上から宣言する。
「戦況を見間違うな、危ないと思ったら退きの合図は早めに出せ。台車は移動だ、俺たちは“次”に備える!」




