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異世界巨神考  作者: 九行 透
第二章 「ろぼっと始動と神話の終わり」
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伍話

―― 帝国暦334年:帝国/王国国境・夕闇山脈の森の中 ――


 夏も近いというのに、その男は全身を覆う外套をまとっていた。

 茶と緑に彩られたその姿は、まるで周囲の森林の中に溶け込むかのようだった。

 彼の後ろに控える従者二人も同様の外套を身につけていた。そして姿勢を低くしたまま、遠眼鏡――古風な望遠鏡を使って、戦場を眺めていた。

「両軍の様子はどうですか?」

 自身は遠眼鏡は使わずに戦場全体の様子を俯瞰しながら、何の特徴もない平凡な顔をしたその男は、従者に向かって尋ねた。

「はっ。間もなく始まるかと。兵力は概算ですが帝国が一万数千。王国はその半分強と思われます」

「二対一、ですか」

 男は帝国軍の半分に過ぎぬ規模の王国軍の布陣を眺めた。

「何か策があるのでしょうかね。噂の巨大な怪物だか、巨人だかの出現にも期待したいところですが」

「それは与太話と思われますが、実際に何かの新兵器、新装備を使った可能せ――」

 遠眼鏡を覗きつつ、軽口を叩きかけた従者の声が止まった。しばしの沈黙ののち、その口から半ば呆然とした言葉が漏れる。

「……何だあれは」

「どうしました?」

 男が素早く問い返す。

「い、いや、あれは、何だ?」

「どうした? 何が見えている?」

 重ねて問うた男に、もう一人の、これは無言で敵陣を見ていた従者が黙って望遠鏡を差し出した。

 男は奪うようにそれを取ると、自らの目に当てて焦点を合わせた。

 そして同様に、呻くような声を上げた。

「巨人? まさか、本当に!?」


 * * * * * *


 平原から山へと連なる丘陵地で対峙した両軍は、それぞれが当時の軍事的な常識から見ても特徴的な陣形をとっていた。王国は弓兵が少なく、歩兵と騎兵を最初から前面に立てた突撃用としか見えぬ隊形だった。他方、帝国側については広く左右に展開しながらも中心がない……少なくとも「本隊」「司令部」と呼ぶべき指揮系統の中心部が、敵方からはまったく見えない状態となっていた。全体の統制が取りにくいことは言うまでも無い。

 さほどの時を置かずに両軍が動き始めるのと、前進する王国の歩兵隊に守られた四頭立ての馬車2台から、鋼の巨体が身を起こしたのがほぼ同時だった。敵はおろか味方すらもどよめく中、2体の人型の巨大甲冑の頭部の硝子、眼に当たる部分が、これも同時に紅い輝きを帯びた。それは生きているのだと、周囲に告げ知らせるかのように。

「ネズレ」が起動したのである。

 先の「アラク」と比べれば、さすがに衝撃の度合いは小さかったであろう。しかし「アラク」が振るったのがどこか神話めいた非現実的な力だったのに対して、「ネズレ」のそれは紛う方無き現実の暴力だった。人の体長の5倍に近い巨大な甲冑。それがまるで人のように大地を駆け、巨大な斧槍、というよりもその形をした鉄塊を縦横に振るうのである。現在とは違い“ろぼっと”に関する知識など皆無の時代のこと、何が起きているのか理解できぬうちにその刃にかけられ、命を落とした者も少なくなかったと思われる。

「ネズレ」の進路とその斧槍の軌道に沿って、血煙が奔騰した。

 重装の騎兵すら、馬ごと鎧を両断されて大地の上に屍をさらした。

 帝国側も一般的な野戦陣地の構築はしていたが、「ネズレ」に対する効果は皆無だった。騎馬の突撃を防ぐ柵は打ち破られ、掘られた溝は跳び越えられ、土塁すら蹴り砕かれて無力化された。ほぼ無敵の様で突進する「ネズレ」が帝国軍に空けた二ヶ所の穴に、さらに王国の騎兵と歩兵が突入し、突破口を拡大する。帝国軍は一気に浮き足立った。

 もしこの状況で帝国軍の本隊の位置が明確であれば、戦いの帰趨は決していたであろう。「アラク」がそうしたように「ネズレ」も一気に敵の中心を突き、敵将の首をとって戦いを終わらせただろう。

 だが帝国軍は将の位置を隠していた。まさにこのような事態に備えてのことである。そのため王国軍は攻めの方向を特定できず、迷った結果、単純に敵軍の中央突破を目指す形となった。そこで少なからぬ時間を浪費した。

 加えて「ネズレ」の猛威を見てなお冷静さを失わぬ者たちが、帝国軍には少なからずいた。

「確かに強いが、「あれ」よりは大分ましだ」

「少なくとも理解可能で、測れる力だ。軽装の騎馬なら逃げることも可能だろう」

「真正面から当たればどうしようもないが、周囲の兵はそうでもない。まずは勝てる敵に当たるべき」

 皮肉なことに、先に「アラク」に遭遇し手も足も出ずに逃げ散った者たちの方が、客観的に戦況を見ていたのである。

「ネズレ」とは直接当たらぬ位置にいた元・敗残兵たちは、呆然とする味方に声をかけて正気に返らせると、急速に両翼を縮める形で王国軍の側方を突いた。さらに兵力の優位を生かしてその後方にまで回り込もうとした。

「ネズレ」を先頭に中央を突破しかけていた王国軍は勢いを削がれ、一部の部隊は半包囲を受けて混乱さえした。突撃を中断した「ネズレ」が戻ってこなければ、あるいはそこから崩れていたかも知れない。

 だが戦場全体を俯瞰すると、やはり王国側が優勢だった。何しろ「ネズレ」を止める手段がないのである。それと向かい合った歩兵や弓兵はただ逃げ散るか、あるいは斧槍の錆となるしかなった。騎馬は全速を出せば逃げることはできたが、、一方で「ネズレ」に通用する攻撃が皆無だった。あえて言えば中央の弓兵隊が一斉に発した矢弾のうち、魔導の力を帯びた数本が鎧の表面に鏃を食い込ませることに成功してはいたが、それだけだ。

 このとき兵に紛れて身を隠していた帝国の将軍たちは、真剣に悩んでいたと伝えられる。

 敵軍の全貌を明らかにする任務は、すでに成った。

 その上で勝利できればなお良いが、その可能性は非常に小さい。

 早々に兵を退くのが良いが、ではどう退くか。万を超える軍の進退は簡単にはいかない。

 しかしうかつに姿を見せれば、ほぼ確実に首を狩られるだろう。かといってこのまま放置すればじりじりと追い込まれ、やがて崩壊、潰走となることも明らかだ。

 何か、良いきっかけはないか?

 彼らが人知れず悩む間に、しかし戦局は思いがけぬ形で変化を始めた。


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