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異世界巨神考  作者: 九行 透
第二章 「ろぼっと始動と神話の終わり」
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14/19

肆話

 帝国と王国。

 その戦端が再び開かれたのは、先の戦いから三ヶ月半あまりが過ぎた初夏の頃であった。王国側は「アラク」喪失からの立ち直りと戦略の練り直しが急務となっており、とても自分から打って出られる状態ではなかった。一方で帝国側にも簡単には攻勢に出られぬ事情があった。

 まずは指揮官の問題。一連の戦いで失われた兵士の数は決して多くはなかったが、それを指揮すべき帝国西方の貴族の多くが文字通りに消滅させられており、その後継を巡って軍事とはまったく別の争いが発生していた。

 さらに戦略・戦術の問題。平たく言えば「アラク」を目撃した者とそうではない者で、採るべき戦い方についての意見が真っ向から対立したのである。「まだ何かあるのではないか」と警戒し徹底的に慎重に対応すべきと主張する者と、元凶が消えたのであれば速やかに反乱を鎮圧すべきと考える者。巨大な“ろぼっと”の力はそれを体験した者以外には理解することすら困難で、そのために本来は前線に詰めているべき皇弟とルシュ=ファルまでが、帝都に出向いて一連の経緯の説明にあたっている。

 ともあれ領土を占領されたままの状態を帝国が放置できるはずもなく、諸々の折衝の末に再び軍が発せられた。先に「アラク」と遭遇した戦いのときよりも兵数は少なく、1万5千をやや越えた程度。一気に敵首都の攻略を目指すというよりもむしろ大規模な威力偵察、敵方の出方を見るための出陣だったと言える。経路は様々な不安要素の残る森の都は避け、先の出撃と同様に海嶺の町を経て山越えで王国首都を目指す道が採られた。対して王国から出撃した軍は8千名余り。「帝国立つ」の報を受けるや速やかに首都を発し、山道を越えてそれを背に布陣し、帝国軍の来襲を待ち受けた。奇妙と言えば奇妙な構えだが、後に帝国軍はその理由を身をもって知ることになる。


 * * * * * *


―― 帝国暦334年:??? ――


“次の段階に進む方法はいろいろあるけれど、言葉を使うといいだろう”

 脳裏を再び兄様の声がよぎる。

“言葉、あるいは魔法の文字というべきかな。ある種の文字、紋、ないし何かの「かたち」は、特定の意思が込められた魔力に特に強く反応することが知られている。何故そうなのかは、わかってはいないけれどね。この面の研究が特に進んでいるのが帝国だ”

 そこで兄様は少し笑った。

“同じ文字を複数人で何度も使って効果を確かめる。差が生じたらその原因を探る。条件を変えて再現するかを確認する。徹底的に効果の核を、本質を探る。そんな手法によって帝国は魔法を使う手順を定め、決まった効果であれば多くの人が使えるようにした。軍隊に採用されたぐらいで、これは非常に大きな進歩だと思う。でもね、本当は魔法というのは、もっと自由なものだと思うんだ。例えば――”


『Sum flamma. (我は炎なり)』


あたしの胸、心臓の上に当てた呪紋盤、その文字が描かれた金属板が、高鳴る心臓の鼓動と共に熱を帯びた。

 それに呼応するかのように、あたしの目の前の別の金属板、「ネズレ」に直接刻み込まれた呪紋の上に光が生まれた。読めはしなかったが、代わりにある言葉をあたしの脳裏に刻み込んだ。


『Tecum unum sum.(吾と汝は一つなり)』


 その瞬間、二つは共鳴し、つながった。

 一つの炎が燃え上がり、すべてを包んだ。

 青い炎。「ネズレ」の呪紋から伸び、まるで心臓からつながる血管とそこに流れる血流のように、一瞬で全身に張り巡らされた。「ネズレ」の鋼の巨体すべてが青い輝きに満ちた。

「ネズレ」との間の空間さえも、“血管”から出た青い炎が、滲み出した魔力が埋めていく。気がつくと、あたしは自身が生んだ炎の中に、魔力の海の中に浮いていた。

 わずかに気が遠くなる。生身の身体の感覚が遠くなり、代わりに「ネズレ」の感覚がとって代わった。鋼の皮膚が感じる大型馬車の台車の、厚手の木の板の感触が。


『Brachium in brachium.(腕は腕に)』


 伸ばした腕が、「ネズレ」のそれに代わった。多くの文字と言葉が、新たな腕の構築を助けた。


『Crus in crure(脚は脚に)』


 両の脚も代わる。文字と言葉の織りなす形と共に、金属の感触が木の感触にとって代わる。


『Caput impone.(こうべを据えよ)』


 最後に残った頭と意識が置き換わり、急に背が高くなったように感じる。「ネズレ」の全長はだいたい27フレド(8.2m)、王都にもあまり多くは無い3階建ての建物の高さだ。


『Claude oculos. Et ―(まなこを閉じよ。そして――)』


 最後に生身の眼を閉じた。一瞬の暗闇。そこに光が差し込んできた。光は徐々に強くなり――


『aperi!(開け!)』


 突如、視界が開けた。「ネズレ」の視界だった。台車の台の木目しか見えなかったけれども、それは紛れもない「ネズレ」のものだった。手足の感覚も。胴に当たる感覚も、すべて。

 その事実を確認して。

 少し間を置いて、不思議な歓喜が襲ってきた。全身を包んだ。

 あたしはもう、ニィズじゃない。

 孤児院で毎日、年長者にいじめられていたニィズじゃない。

 そこから逃げ出して貧民街をうろついていたニィズじゃない。

 食べ物を盗んで捕まって半殺しにされて、路地裏に捨てられていたニィズじゃない。

 今のあたしは、「ネズレ」だ!

 歓喜と勢いのままに鋼の身体を起こそうとして、気がついて、慌てた。

 たしかこんな時には、作法があると兄様が言っていた。

“ろぼっと”の出撃時のお作法は……?。

 頭の中を探り、何とか回答を引き出す。

「ニィズ……」

 言いかけて、言葉を飲んだ。兄様の姓を名乗るのは、まだだ。あたしが「ネズレ」をきちんと操れるようになって、一人前になって、兄様に報告できるようになったときだ。

 両腕を突いて「ネズレ」の体を起こした。重い音と共に片膝をついて上体を立て、台車の上から大地に降り立ちながら、 改めて元の「身体」を意識する。

 そこから声と共に発した魔力に乗せて、周囲全てのものに向けて、「大声」で宣言した。

「ニィズ。「ネズレ」、出撃するよ!」


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