『異世界巨神考』 序文及び第一章(通史)
『異世界巨神考』 作:リィ・ギィ帝国三等史官
巷の戦場を“ろぼっと”なる魔導仕掛けの巨人が闊歩するようになってから、半世紀余りの時が過ぎようとしている。
しかしその来歴、すなわち「彼ら」がいかにして生まれ、発展し、現在の状況に至ったかについて顧みられることは少なく、このまま放置すれば貴重な記録が歴史の影に埋もれる危険が少なくは無い。またすでに各国においては自国の機体を喧伝するためそれぞれが誤った伝説を流布し、ともすればそれが事実とみなされる状況となっている。
そこで我、帝国史官リィ・ギィが我の知る「彼ら」の正しき足跡について記し、もって後世の学びに役立てんとする。
“ろぼっと”について学ばんとする者はまず本誌を読み概略の知識を得たのち、己が目的とする分野の専門書にあたることを推奨する。
前史 ~「始まり」以前の時代~
もとより軍事と魔術の歴史は切り離せない。数千年前、神話以外の定かなる記録すら残らぬ時代にまで遡れば、神々やその血を引く英雄が縦横に戦場を駆け巡り恐るべき魔術の力を用いて敵を打ち倒した、との記述は数多ある。
しかし歴史の時代に入ってからはその手の事象の記録は遙かに少なくなる。正確には、一部の地方戦役において見られる程度になったと言うべきであろう。理由は明確である。戦の規模が大きくなり、当時はあくまで個人の技術であった魔術が、戦の帰趨に直接影響を与える力を失ったためだ。おとぎ話の魔法使いとは異なり、現実の魔術は気軽に雷撃を落としたり掌から炎を発したり、まして無から有を生み出すことなどできはしない。長い修行と鍛錬、そして何よりもその道に関する才能が必要となるからだ。仮に数名の傑出した術者がいたとしても、数百の馬蹄が駆け巡り数千本の槍が殺到し無数の矢が飛び来る戦場では大した戦力にならぬことは言うまでも無い。森の公国の樹人兵のごとき地形的な条件に基づく若干の例外を措けば、魔術はあくまで戦の傍流に留まり、歴史の流れに直接影響を与えることはなかった。三百余年前の「魔法博士」の出現もこの流れを変えることはなく、武具類の改良を通じて若干の影響を与えるに留まった。無論、我が帝国の創立に貢献したその功績を貶めるものでは一切ないが。
しかし帝国暦三百三十四年、異変は起きた。これは異変と呼ぶしか無いものであり、その前兆を感じ取っていた者はいたとしてもわずかであった。
「始まりの機体」の出現である。
第一章 始まりのモノ
[第一世代]
始まりの機体「アラク」
全長:推定60フレド(訳注:18.3m)
戦力:不明(測定不能)
その者がいつ、どこから現れ、そしてどのように消え失せたかを知る者はいない。
シライ・マサトなる、一説には異世界より呼び出されし者。彼の者が今は亡き王国の言葉で「最初のもの」「原型」を意味する機体の名付け親であり、操縦者でもあるとされる。
当時は帝国の属国であった王国が突如叛旗を翻して軍を発し、それを鎮圧すべく派遣された帝国軍と激突した戦場。そこに突然、「アラク」は出現した。先に魔術は個人の技術に過ぎず、戦場では通用しないと書いた。ここで補足が必要であろう、あくまで一般的な場合においてはそうである、と。
「アラク」で使用された魔導技術は新規性は強いがあくまで既知のものの延長であり、隔絶あるいは超越した性格のものではない。技術の進歩の著しい今日の帝国魔導院であれば十分に再現が可能なものである。再現できないのはその術式を用いて発動されたシライの魔術そのもの、機体全体を直接魔力で構築し維持し動かすという、神話の御代と見まごう規格外の魔力の量に他ならない。「魔力の巨人」あるいは「光の巨人」、そう呼ぶべき存在であろうし、事実そう見えたと聞く。
「それ」は戦場に姿を現し、その進路にあるものを悉く薙ぎ倒し、帝国軍の司令部中枢を襲い蹂躙した。かかった時間はわずか四半刻余り。総司令として陣頭にあった公爵に加えて辺境伯二名、さらに百を超える帝国騎士と兵士達の首。それが「アラク」の初陣の戦果である。もとより両軍には倍以上の兵力差があり、特に左翼側では帝国が数段優勢に戦いを進めていたが、その時点で戦の帰趨は決した。
実際には「アラク」の継戦能力は不明であり、短時間しか戦場に出られなかったのではないかとする説も少なくはない。しかしその場その状況でその疑問を確認しようと考えるものはいなかった。「アラク」の上げた勝利の咆哮と共に一斉に攻勢に出た王国軍は動揺し統制を失った帝国軍を大いに打ち破り、それに引き続く形で行われた旧都奪還戦でも、「アラク」の一蹴りで城門は紙のごとく打ち破られ市庁舎は打ち砕かれ、王国はかつての首都を一時的にとはいえ取り戻した。
もとより新兵器や新戦術の登場で戦場の様相が一新されることは、歴史上ではしばしば見られる光景である。だがこれほど劇的に、かつ「個」の兵器によって成し遂げられることは極めて稀といって良い。王国軍の士気は跳ね上がり、旧領の回復どころかそれ以上の栄光を夢見たことであろう。帝国内はもとより周辺諸国にまで多大な衝撃が走ったことも言うまでも無い。その期を逃さず王国が巧妙に立ち回れば、あるいは帝国の屋台骨が揺らぐ事態の発生もあり得たかもしれない。
帝国軍師、ルシュ=ファルがいなければ。
若干筆が逸れるが、ルシュ=ファルについても触れておくべきであろう。
ルシュ=ファル。最終官位は帝国名誉伯爵、近衛軍臨時参謀、監察部“牧神の笛”王国方面統括。性格は傲岸不遜なれど部下には篤く、直接会った者の評価は二分される。名誉子爵の家に生まれ、帝国士官学校を次席で卒業した彼の名が歴史に登場するのはこのときからである。
敗退する軍の中、「アラク」のおそるべき力を見た彼は考えたのであろう。
勝てぬ敵とどう相対すべきか。勝てぬ敵といかに渡り合うか。
これより先、彼の思考と行動はただその一事に捧げられる。それに半ば翻弄される形になったシライ・マサトは、しかし自らの敵の名すら知らなかったのではあるまいか。
旧都の次は、旧領の回復。となれば次の目標は「森の都」。旧都を回復した王国軍はしばしの間駐屯して彼の地を慰撫し、その後、森林地帯へと進軍した。「アラク」が陣頭に立つ限り、さほど急ぐ征途ではない。むしろ帝国側から和平を申し出る時間を与えるべき。そんな心づもりだったに違いない。だが森の中を進み始めて間もなく、そんな楽観は吹き飛ぶこととなった。
森の中の道は切り倒された木々によって塞がれ、河にかかる橋は壊され、通りに沿って点在する宿はそのことごとくが燃やされていた。埋められた井戸を掘り返すべく足を止めると側面の森から火矢が飛んで補給物資を燃やし、しかし射手を追って森の中に分け入り深追いした者は戻ってこない。森の中の街道、決して太くない一本道となれば、必然的に隊列は長大になる。仮に「アラク」が迎撃に出たとしても、森の中から現れては消える奇襲、そして夜襲に対して全体を守り切ることは困難を極める。かような妨害工作により行軍は遅れに遅れ、最終的に「アラク」が工兵のごとく路上の障害物を排除して森の都に辿り着いた時には、通常は五日の行程に対して九日目の朝を迎えようとしていた。
森そのものを防壁とする「森の都」の城壁は高くは無い。散発的な迎撃を軽く退けて城門を蹴り開け、自身は城壁を飛び越えて一直線に中央の市庁舎に向かった「アラク」は、しかし驚いたであろう。巨体を建物の前で止め、拳を振り上げた瞬間、その左右後方に位置する複数の建物から巨大弩が撃ち放たれ、投石機が石弾を投じたのだから。「アラク」が単独行で最短で敵の中枢を狙うこと、それを読んでの配置であろう。
だが逆撃の試みは徒労に終わった。巨大弩で放たれた杭は魔術で強化されており今日の攻城戦でも通用するものであったが、それは「アラク」の体にわずかに食い込んだ直後に弾き返された。投石も鎧じみたその体表を穿てず、弾の方が砕け散った。肘の横、関節部分に直撃した一弾のみがわずかに腕をねじれさせたが、それも瞬時に回復したと聞く。即座に魔力で剣を形成した「アラク」が、その悉くを斬り潰したことは言うまでもない。無敵などという言葉は非現実的だが、少なくとも戦場においては通常の手段で「アラク」を倒すことは不可能。それを如実に示す戦いであった。
そしてその一事をもってルシュ=ファルは決意したのであろう。「この敵とは戦わない」と。ほどなくして都の各所から炎が上がり、その炎に紛れるようにして残余の帝国軍は撤退していった。森の都もまた早々に陥落した。ただし都に貯蔵されていた糧食は全て燃やされ、あるいは毒を混ぜられ、直前の帝国の買い上げによって都の人々の食料にもほぼ余裕が無い状態で。
手放しでは喜べぬ勝利であったろう。森の都は交通の要所であり商人の出入りは多いが常在の人口は多くはなく、万を超える程度である。時節次第では森の恵みも期待できるが当時は晩冬であり文字通りの季節外れであった。しかも備蓄の食料を根こそぎ失ったところへ、人口の半数に近い軍勢が乗り込んで来たのである。降伏した市長の最初の相談が食料の欠乏に関するものであったことは、王国軍のその後の計画を大きく狂わせた。
旧領の回復であれば次に目指すのは海嶺の町。またそれよりも近い帝国第三の商都を狙うことも可能。ただしいずれも糧食に余裕があればの話である。占領地の住人の食料を奪うという禁じ手を行わない限りは数日で食料が尽き、軍の大半は撤退を余儀なくされる。あるいは勝利を前提に片道のみの糧食で敵地に向かう博打に出るか。
悩んだ王国軍は、まず補給線の確保という常道に出た。旧都から森の都への街道の安全の確保である。兵の半数以上を引き返させると同時に街道の周囲を探り、森に潜む帝国兵を掃討する。当面は帝国からの逆襲は無いと踏んだのか、その作業には「アラク」も投入された。
結果のみを記す。何らかの索敵の力も持ちあわせていた「アラク」は、二週間余のうちに森の中に帝国が築いた8つの拠点のうちの4つを発見し、壊滅させた。逆に言えば半数は潰せず、散発的な襲撃はなおも続いた。そのため街道を進む輜重にはかなりの護衛を付けざるを得ず、またそのような状況下では商人たちの大半もあえて森の都に向かおうとはしなかった。
一方で森の都でも不穏な状況は続いていた。運び込んだ物資への不審火、「アラク」に関する流言飛語――悪魔と結んで生まれた兵器等々――の流布、食料の強盗事件の頻発、さらには赴任した新たな市長の暗殺未遂騒ぎまで。町に潜伏した帝国の間者が火元であることは明らかだったが、慣れぬ地で食糧不足に苦しむ王国軍には効果的な対応は困難だった。最初は好意的だった町の雰囲気も、すでに彼らをやっかい者と見なす空気に変じていたと聞く。
この時点で王国も気づいたであろう。帝国には正面から戦う気は無いのだと。その代わりあらゆる「正面からではない」方法で戦いを挑み、王国を、その軍を、自壊させようとしているのだと。
「アラク」には勝てない。だから戦わない。戦う相手はそれを支える者たちのみ。
遠からず王国自体にも同様の工作が行われるのではないか――そんな噂が軍内にも出始めたとき、王国上層部は意外な決断を下した。アラクを先頭に、精鋭の騎馬二百騎。強行軍で目指すは帝国商都。「アラク」が避けられるのなら、避け得ない状況を作れば良い。攻めに回れば良い。そんな思いであったのだろう。
だが、辿り着いた商都の城門は平時と代わらず開け放たれていた。警戒の素振りすらなかった。「アラク」も戸惑ったであろう、打ち壊すべきものが何もなかったのだから。突然の巨人の出現に慌てふためく町人を尻目に大通りを進み、中央の城塞に到着し、命令を無視して居残っていたらしい数十名の帝国兵を瞬時に駆逐――そして空になった執務室と議事堂に向き合うこととなった。息のあった帝国兵を尋問してみると、全員がかなり前に町のどこか別の場所に移ったという。正確な位置は不明。
ともあれ城には王国旗が掲げられ、商都の中枢が王国の手に落ちたことを告げ知らせた。帝国の夜襲に備え、いざとなれば「アラク」が出撃できるように、騎士達は城の近辺に泊まり込んだ。だが夜が明けてみると、彼らを取り囲むように周囲の建物に無数の帝国旗が掲げられていた。まるで王国を、騎士達を、「アラク」を包囲するように。
王国の騎士達は占領の事実を公然化しようと市内の各種ギルドの長や大商人の元を訪れたが、すげなく以下のように返されるのみだった。
「皇弟の降伏、逃亡、ないしその首を確認できていない」
「帝国はまだ健在、帝国旗が意思を示している」
故に中立の立場をとり、自身の仕事に専念すると。
剣で脅しても意味はなかった。占領を事実化せよ、そうすれば従う、それが先。相手の主張はあまりにも明快だった。
実際、彼らを皆殺しにして商都を廃墟にするのが目的であれば、一切の手間は不要だったろう。ただ「アラク」が暴風と化せば済んだのだから。人口が十万に近い商都といえど壊滅までに一週間もかかるまい。いや、それを言うならそもそも帝都を直撃して皇帝一家を鏖殺して、それから反乱を起こせば済んだのではないか? またそこまでいかずとも、最初の会戦で敵将を討たず、全員を捕虜とし交渉を呼びかけていればまた別の展開もあったのではないか?
言っても詮無いことではあるが、つまりは戦略方針、戦の先々の見通しの欠如こそがこの状態を生み出したのだ。「アラク」の力に浮かれその力に頼った王国と、絶対的な力を前にルシュ=ファルが絞り出した軍略との、それはあまりにも明確な差であった。
そして「アラク」の伝説は事実上、ここで終わる。そんな中途半端な状態が半月あまり続いたあと、「帝国軍立つ」の知らせが商都に舞い込んだのだ。経路は帝都を発し海嶺の町を経由、山路を経て王国首都を直接狙う模様。あくまで「アラク」は狙いの外。
撤退は速やかだったと伝えられる。見えぬ敵を探して日々奔走し、夜は不意の襲撃に備えてうたた寝、あげく海千山千の商人との埒の明かない交渉に明け暮れていればそうもなろう。都を去る間際に姿を現した「アラク」は不満げに吠え、その巨大な拳で文字通りに城門を粉砕していった。それが彼がこの市に残した、唯一の爪痕だった。
その後のことで語るべきことはほとんどない。
山を越えて王都に迫った帝国軍、その前に立ち塞がった「アラク」の様子は明らかにおかしかった。無敵の光の巨人であったはずのその姿はしばし揺らぎ、時に大きく輪郭を崩しさえした。それでも「アラク」はその巨大な姿を目にして慌てふためき、山に逃げ込もうとした帝国軍をよろめきながら追い、偽装していた指揮官――侯爵と側近たちを一撃で消し飛ばした。だがそれが最後だった。魔力の剣を地に叩きつけ片膝をついた姿勢のまま、「アラク」は動かなくなったと伝えられる。そしてそれ以降「アラク」の出現報告はない。
様々な憶測や伝説が入り乱れているが、我は「毒殺説」を採用する。森林での帝国拠点掃討の際に、「アラク」から人の姿に戻ったシライ・マサトの姿が目撃されていたとの報告がある。以降、「人」の状態の彼が狙われ続けていただろうことは想像に難くない。多くの王や英雄たちがそうであったように、彼もまた毒に倒れたのであろう。王国にとっては想像すらしなかった結末に違いないが。
だがこの結末を招いたのは、むしろ「アラク」自身であったと言っていい。全てをルシュ=ファルの知謀の成果に帰す者も多いが、他ならぬその知恵を絞り出させたのが「アラク」なのである。
「アラク」の手によって司令部は蹂躙された。
「アラク」の手によって街は陥ちた。
「アラク」がその力を制限なく振るうとき、そのようにわずか数語で説明するしか無い状況が生まれるのだ。
想像してみるがいい。
手も足も出ない力をもった光の巨人、それが無造作な剣の一振りで隣にいた戦友や同僚を跡形も無く消し飛ばす様を。自分が生き延びたのは、その注意が自分に向けられなかったためか、あるいは単なる幸運に過ぎなかったと理解させられることを。
あんなものがあってはいけない。
あんなものを存在させてはならない。
何としてでも葬らねばならない。いかなる手段をもってしても、必ず!
非情でありまた半ば常軌を逸したルシュ=ファルの戦略が当時の関係者一同に受け入れられたのは、顔色を変え、鬼気迫る形相でその実行を上官に進言し、ときには脅迫までした部下や同僚たちのおかげであったろう。また兵士達も危険を伴う任務を躊躇わずに受け入れ、決死の覚悟で出撃していった。
あんなものと向き合うよりは。
あんなものに追われるよりは。
危険で困難な任務に挑む方が、遙かにましだ。
言わばルシュ=ファルという頭脳のもとで、兵士達は一つの意思と化していたのだ。
「巨神を前にして人々は知恵と勇気を集め、一体となって戦いました」と書けばまるで神話のようだが、「アラク」は半ば神話的な存在であった。事実、現在までのすべての“ろぼっと”を並べても、「アラク」のそれを超えた力を持つものは無い。
神話の怪物は人々の意思の前に破れ、闇に消えた。それで良いのであろう。
なお、「アラク」の外見について補足しておく。
光の巨人と称される「アラク」だが、実際の外観は巨大な人ではなく甲冑を着た騎士の姿に近かったと伝えられる。ただし額から伸びた角状の突起、不自然に張り出した肩甲などを見るに、その元となったのは甲冑と言っても儀礼用のそれであったと考えられる。あるいは幼き日に何かの祭典で目撃し憧れた騎士の姿、それを真似たものではあるまいか。
それもまた、神話の一部にふさわしくはある。
ともあれそのようにして「アラク」は消え去った。王国の衝撃は計り知れぬものであったろう。だが強大な帝国が本気を出してその力を振るい、王国をこの世から消し去るまでにはまだ一幕の猶予があった。
そしてそこには新たな役者が出番を待っていた。
第二世代機、“模倣者”、「ネズレ」である。
(第二章に続く)




