第71話 最後の別れ
「優輝、私はさ……」
ゆっくりと息を吐いた惠ちゃんは静かに口を開く。
「優輝が好きだった。本当に大好きだった。最期の手紙に書いたあの言葉は嘘じゃない。本気で恋をしていたの」
恵ちゃんは目線を外して後ろ手で手を組み、涙を堪えるように背伸びをする。
「でも……自分が死んだ後でさ? 私が居なくなって、もぬけの殻になったような優輝をみて『馬鹿だった』って気付いちゃったんだよね。……だけど、所詮は上から見ているだけで死者でしかない私が、優輝に触れようとしても触れられる訳が無い。それでも、自分が好きな人が苦しんでる。目の前にいるのに、助ける事すら許されない。それはもう、半ば私にとって地獄だったんだよ」
苦しい思いを恵ちゃんは語りつつ、ぎこちない笑顔を浮かべて振り返る。
「だから願ったの。「優輝と恋仲になれなくてもいい。だからもう一度、もういちどだけ、優輝を立ち直らせるチャンスを私にください、神様」って――そうしたら、出来ちゃったんだよ。この世界が。――んまぁ、最初は私もかなーり、びびったけどね?」
「でも……それだけ稲森君への想いが強かったんだよ。きっと……」
私が援護の意味でそう呟くと惠ちゃんは顔を真っ赤にして黙ってしまう。活発性がある中に素直な所が見え隠れしていて可愛い。
「もぉ、実結殿ぉ~? 私を茶化さないでくれますぅ?」
「あはは……ごめんね。可愛くて、つい……」
「まぁ、うん!! でも……これで全部おしまい。私の心残りもこれで無くなったからお役御免かな」
「恵! 待ってくれ! 僕は――」
まさに最後の言葉と言わんばかりの言葉を呟いた惠ちゃんに稲森君は駆け寄る。
すると、惠ちゃんは悲し気な表情でデコピンを放ち、稲森君を吹き飛ばす。
「いってぇ」
「馬鹿か! それ以上の言葉は厳禁だからねぇ!? 私は死人、故人なの。それよりも生きている『大切な人』を大事にしなさいよ! 馬鹿たれ幼馴染!」
そう叫ぶ恵ちゃんを前に私の目からは涙がひた堕ちる。
「ほら! 言わんこっちゃない!! 泣いちゃったじゃな――」
「違うっ、ちがうの……うううっ」
もちろん、私が負けているんじゃないかという嫉妬もある。
だけど、それ以上にこんな、素敵な二人の関係性を見せられたら涙を流せずにはいられなかったのだ。
「(こんな別れで……本当に良い訳が、ないっ……)」
私はこれからも彼の傍で歩いていく。
その片隅に恵ちゃんがいる。それは彼にとっても私にとっても、もう切り離すことができないもの。それなら、ここできっちりとケリをつけ、後腐れなくするべきだ。
そう思って恵ちゃんに話す機会を与えたんだ。
それなら、彼の――稲森君の想いだって平等するべきだ。いかにそれが私にとって残酷な選択でも受け入れるしかない。
私は静かに稲森君を強い視線で見て叫んだ。
「稲森君……! 今言わなかったら絶対に、ぜったいに後悔するっ!! 言い切って!!」
「……先輩。くっ――恵!!」
私が言い放った刹那、稲森君は決意を固めて恵ちゃんをしっかりと抱きしめる。
「僕は……ぼくはずっとお前のことが好きだ。好きだったんだ。ごめん、ごめんな。もっと、もっと前に伝えられていたら――」
思いの丈を、愛の告白を伝えられた恵ちゃんは酷く動揺する。
「は!? いや……あの、えっとぉ……」
それでも、自然と彼女の目からは止めどなく涙が零れ落ちる。
「うっ……うぅぅぅ、馬鹿! 馬鹿だなぁ……本当に馬鹿だぁ、私なにやってんだろうなぁ、死んじゃうとか、もう!! 私のばぁーかぁぁぁぁ!!!! ごめんっ……ごめんね。優輝ぃ……」
「おせぇんだよ、ばか」
恵ちゃんはグッと稲森君と抱きついて涙を流す。
その光景を目にして良かったと思う反面、私の心には冷たい風が吹き抜ける。
だけど、今は私も続かなくちゃだめだ。
だってわたしだって『言わなくちゃいけないこと』があるから。
「恵ちゃん……。私、わたしさ? 絶対に、恵ちゃんなんかに負けないから」
「うぐっ……ふふふっ……ぐすっ、幼馴染の壁は高いよ~?」
「せん……ぱい……? え?」
「大丈夫。いつか……ううん、すぐにでも超えてみせるから」
三人で抱き合う形になった私たちは顔を突き合わせてしばらく泣きあった。
しかし、時の移ろいは残酷で次第に金色の世界が薄く揺らぎだす。
「さぁ、本当にタイムアップみたいだね。よし、最後に! よく聞いて? ココ重要だから。――コーラとポテチ、墓参りと仏壇に上げて! 以上ぉ!!」
「はぁ!? おまっ……なんかこう、他に言うことくらいあんだろ」
「うふふふ、惠ちゃんらしいね?」
「そうそう、私らしいでしょ? 分かってきたね、実結ちゃん」
ため息を付く稲森君を他所に恵ちゃんは私の手を握る。
「実結ちゃん。友達としてのお願い。優輝のこと、よろしくね」
「うん、任せて」
「はは、即答。なんてこった。頼もしい。なら心配することは――」
手を離そうとする恵ちゃんに私は再び手を掴み返す。
「ふぇ……!? な、なに?」
「あのさ、私たち複雑な仲だけど、そもそも友達だから。だからさ……寂しくなったら化けてきてもいいからね」
「え、ったぁ……寂しいって。うーん、やっぱり、わかっちゃうかぁ……」
「うん。バレバレ」
「敵わないなぁ……本当に。孤独でヤバくなったら化けて出るようにするよ。それこそ、とびきりおどろかしてあげる」
「それは……ちょっと勘弁かな……」
「自分から言ったっていうのに……も~。でも、ありがとね。実結」
「うん……」
お化けのようなポージングをした恵ちゃんはただ、笑顔のままだった。
「じゃあ、優輝。私は行くよ。いつまでもここに居たってさ、また泣いちゃうだけだし。それにぃ、世話焼きの友達ちゃんもできたしね」
「あぁ……分かった……」
「ったく、塩らしい顔して、男なんだからシャキッとして! シャキッと! あ、あと2人の出口はあっちね」
振り返ればそこには強い光を放つドアらしき時空のゆがみが出来上がっていた。
既に歩き出していた惠ちゃんは手を振り上げ、声を張る。
「んじゃあ、また遠い来世で! ――あ、いや、化けるとしたら現世で、かなぁ? まぁ、とにかく近いうちにまた会おうね!」
「ああ! 恵、ありがとうな。またいつか」
「うん。恵ちゃん、ありがとう……! また会おうね!」
恵ちゃんは最後まで手を高く振りながら、去って行った。後は私たちがこの世界から飛び出すだけだ。
「じゃあ、行こう……? 稲森君」
「はい。行きましょう。先輩」
私たちはお互いに肩を並べて光を放つ扉の先へと飛び出した。




