第70話 ゲームマスター
「んっ……ここは?」
「先輩……?」
「い、いなもり……くん?」
私は思わず、目を擦って確認したけれど、やはり本物だ。
目の前に居るのは稲森君に他ならない。生きている。
「はっ……うぅっ、良かった。稲森君……生きてて……」
「――いや、僕は間違いなく死にました。多分、それは他の由美子さんたちも」
「え……じゃあ、この世界は? 一体、何なの?」
目の前に広がるのは一面、金色の花や草木が咲く何とも輝かしい豊かな場所だ。
こんな景色がある場所を私たちは一度も訪れたことは無い。
「うーん、僕も見たことはありません。もしかしたら生き返りが出来て、それまでの滞在するリスポーン空間かも。……いや、でもそうだとしたら殺された斎藤も復活するからその原理は無いか」
稲森君は考え込みながらも、困った表情をする私に気を使わせまいと微笑を零す。
「まぁ……でも、魔王も倒せなかったし、ゲームオーバーなのは事実ですけど、何かしらの救済があるのかもしれませんね」
「あっ、いや……その、稲森君。それがさ……」
「どうかしたんですか?」
「あの稲森君が居なくなった後、頭に変な女の子の声が響いてきて……私の身体を乗っ取って魔王……倒しちゃったんだよね。えっと……なんだっけ、確か『ウィザ・ディレクションアロー』とかいう技を使って……」
その事実を告げると稲森君は絶句したような顔をする。
「『ウィザ・ディレクションアロー』……その、先輩を乗っ取った女の子がそのスキルを……? 本当ですか?」
「うん……。何かおかしいの?」
「いや、まぁ……おかしくはないんです。確かにその技はリグレットには存在します。ただ、そのウィザ・ディレクションアローはアーチャーのレベルカンスト、つまり、レベルをマックスまで上げた上で、特定の条件を何十もクリアしないと得れない高難易度のスキルなんです。まぁ、確かにあれなら魔王を一撃で削れるけど……そんなもの、誰が」
稲森君が呟いた途端、背後から返答するように声が響く。
「はぁ、馬鹿だねぇ? そんなの私に決まってるでしょうがぁ! 久しぶり、優輝。2か、3か月ぶりだね?」
「っ……!? め、めぐ……み? 本当に恵なのか?」
「うん。正真正銘の皆川 恵だよ? それともなにぃ? 幼馴染の声どころか、顔も忘れちゃったわけ~?」
振り返れば私と瓜二つに見える姿の少女がいじらしく笑っていた。でも、同時に不気味さで鳥肌が立つ。彼女が名乗った『恵』という少女は既に亡くなっている。
稲森君も同様に警戒感を崩さない。
「っ……。恵は死んだ。そう簡単に……信じられるか!」
「あ、あれぇ……。あーまぁ、疑うわなぁ……そりゃあ、これだけの事に巻き込んじゃったしね?」
稲森君は私を庇うように前に踏み出る。
すると、惠ちゃんを名乗る人物の口元がニヤリと笑みを浮かべる。
「まぁ、いいや。私としても願ったり叶ったりかな」
「は? どういうことだ?」
「お涙頂戴よりも、ピり付いていた方が優輝とやり合うにはもってこいでしょう? 日本一のプレイヤー、セシルを止められるかなぁ? あ――実結ちゃんはすこーし待っててね! これは幼馴染の勝負だからぁ~」
感情を乱高下させる恵ちゃんは私にウィンクすると何もない空間から剣を取り出す。
さらには剣先を稲森君に向けた途端、彼の腰にブルーエフェクトが纏い、剣が現れた。
「さぁ、抜きな? ハインテット君。 私が手ほどきしてして進ぜよう」
「これ、ゲームのっ……」
「そ、ハインテットの装備武器でーす。ほれ、抜けって、もう!」
稲森君は一度、私に目配せをしてから何も発せずに剣を抜く。その刹那、2人が一気に駆け出し、剣が強くぶつかり合う。しかし、思いのほか稲森君の勢いがなく、防戦一方の戦いになる。
「そんなにぃ、レギレスタの参謀殿は――弱かったっけぇ?」
「くっ……しまっ――」
数分間に渡る撃ち合いの末、一気に稲森君のガードを力技で跳ね除ける。しかし、恵ちゃんはトドメを刺さず、剣先を向けて飛び下がる。
その姿勢には依然として強者としての余裕が漂う。
「ま~私が強いのは今に始まった話じゃないし? 優輝が雑魚なだけだからな~」
「馬鹿言うな。煽ったって無駄だ。こっちが本気じゃないことくらいわかってんだろう?」
「む~……。どこまで行っても分析屋気質なんだもんなぁ……、どうせ、私の行動パターンを見てたんでしょ? わざと隙間までつくってさぁ? 本当に趣味わるいよ」
「人聞きの悪いことを言うな。リグレットを始めた当初はいろいろ教えただろ?」
「そうだったねぇ……おかげさまで一時期はPKキラーでございましたし?」
「そういう意味で言えば恵、おまえの方が絶対、趣味が悪いだろ」
「あれはねぇ~そもそもゲームがPKを促進してんのが悪いの! ゲームバランスを考えるべきなんだよ。うん、みんなでカスハラしよう」
「日本一のクランがそんなことしたら大炎上だよ! ……ったく」
ピり付いていた雰囲気が一気に緩和して二人で笑い始める。なんだろう、この空間にいさせられるだけで心が締め付けられる感じがする。
「い、稲森君……けっ、結局、この人は――」
「間違いなく、僕の幼馴染。皆川恵、本人だと思います。僕としても信じ硬い部分はありますけど」
「ふふん、だろうね~♪ でもまぁ、その通り! 改めて、皆川恵です。よろしく実結ちゃん。まぁ、とはいえ死人ですけど、あは、あはは……」
「よ、よろしく……恵ちゃん……」
正直、惠ちゃんのテンションに付いて行けない私は少し困ってしまう。
それでも私は勇気を出して稲森君の方に一歩、足を進める。
「え、えっと……恵ちゃんはそもそも、なんでここに……ゆ、幽霊……とか?」
「おぉ……なかなかドストレートだねぇ」
「それは当然だろ。僕もそれは知りたいよ」
「うーん、まぁ、そーだね。ここまで来て二人に隠し通すわけにもいかないしね? 決闘も楽しんで誤解も解けたことだし、そこら辺の話をしますかっ! 重い話だけど、許してね、っと」
ググっと背伸びをした恵ちゃんは後ろ手に手を組んでニコッと笑って見せる。
「実結ちゃん、私の……最期の話は知ってるよね? んーその、自らってのは」
「うん。知ってる。稲森君から……ある程度の話は聞いたから――」
「そっか。んんっ、実はさ。私は……自分が亡くなってからの様子は全部見えてて……さぁ? 優輝がどうなったとか、全部見えてたんだよね? 要は神様視点みたいな? ここまではOK?」
「うん……」
「それで……うん。あのあなた達がいたリグレットの世界。あれを造ったのも私。だからぁ……えっと、全員が話していたことも……そのぉ、感情面のこともおおよそは理解はしてるんだよ。神様視点だから。うん……」
そう言い淀む恵ちゃんは一つ、ひとつの言葉の反応を探るかのように私の表情を伺ってくる。その理由は自ずと目の前に居る稲森君への『生前からの想い』があるからのような気がしてならなかった。
「恵がこの世界を造ったのか? 一体、何の為に――」
「う、うん……まぁ、そう焦んない! 焦んないのっ!」
ましてや、私の心を見透かしているなら彼女が言いずらそうにしている理由はそれだろう。もちろん、個人的には『その想い』は口にして欲しくはない。
だって、その方が私にとっては優位な気がするから。
「(だけど……)」
それでも、この機会を逃したら恵ちゃんの想いはずっと届かないままになってしまう。そして、そんな状況は全くもってフェアじゃない。
「め、めぐみちゃん……!」
「ひゃぃ! び、びっくりしたぁ! な、何? 実結ちゃん」
「真っ当に、正面から……話をしようよ? ね……?」
短い言葉と目で恵ちゃんに『私はあなたを対等なライバルとしてみる』という意志を強く訴えかける。すると彼女は私の元まで歩いてきて、抱き寄せて小声で喋る。
「ふぅー……。実結ちゃん、ありがと。そして……その、ごめんね。本当にこんなところまで気を使わせて」
「ううん、後腐れなく行こう」
「はぁ……ウシっ……! 本当に実結ちゃんは優しいなぁ、どっかの朴念仁とは違ってさ! ったく、本当にもう!」
そう言って離れた恵ちゃんは不思議そうな顔をする稲森君の横を通ってクルッとターンして見せてから彼の方をしっかりと見つめる。
「この世界を……この世界を造った理由は正直、私のエゴ。私はね、優輝にもう一度、立ち直って欲しかったんだよ。私の死とか残像からね」
「ど、どういうことだよ。それ……」
「それは一番、自分が分かってるでしょう? もう一度言うけど……私には自分の死後、優輝がどう動いて、どう思っていたとか、そういうことが全部、分かってるんだよね」
その言葉に稲森君はハッとしたような表情をする。
「だから、優輝の想いや気持ちも分かってるの。それでも私は所詮、自ら命を断った死人でしかない。それを理解した上で私目線の話をきちんと聞いて欲しいの。……ふぅ、ただちょっと待って――」
そう言った恵ちゃんは静かに息を整え、眼前に居る彼を一直線に見つめたのだった。




