第7話 ワールド・ライン
宿屋の1階へと降りた私たちはテーブルを挟んで向かい合うように座る。
その場にはどことなく緊張感が漂っていて自然と私の喉も緊張で渇いていく。
「と、とりあえず、注文しちゃいましょう」
重苦しい雰囲気を払拭するかのように稲森君がベルを鳴らすとその音に反応してカウンターの奥からライザちゃんが駆け出てきた。
「はーい! おっ、お待ちしてましたぁ! ランチですよね?」
「ああ、うん。先輩は何か食べたいものありますか?」
「ううん……特には……」
彼の問いに私は静かに首を振る。これから重い話をしようというのに、何かを食べられるほど私のメンタルは強くない。そんな状況を全く知らないライザちゃんは軽快に口を開く。
「じゃあ~おすすめは『ランチセット』です! これを食べないと損ですよ?」
「じゃあ、先輩。その、おすすめの『ランチセット』にしちゃいますね?」
「うん……」
「はい、オーダー頂きました♪ おすすめのランチ二つ 代金は40ゴールドです」
稲森君の行動を真似するようにロミテックからお金を取り出してライザちゃんに渡すと彼女は駆け戻っていく。また、同じような空気になるんだろうと少し目線を細めて思いつめているとライザちゃんがすぐに店主と一緒に料理を持って戻ってきた。
「(嘘……早すぎない、かな? まだ、オーダーして数十秒くらいしか経ってないのに……いくらなんでも早すぎる)」
「はい! お待ちどうさまです!」
「アンちゃん、一様、聞いておくが、チビ助にランチセットを頼むように強要されていないよな?」
店主さんは料理を置きながら稲森君にそう問いただす。
その声には少しの不満が含まれているような感じがして、この場がさらに重苦しくなっていく。ちょっとした修羅場だ。
「あ、あの~ジークさん? な。な、なにを言っているんですかね?」
「チビ助は黙ってろ。こいつ、あんたらを部屋に送って、戻って来るなり『ランチ二つ』って言うからよ」
「そ、しょんなこと言ってましぇたっけ!?」
「(虚偽のオーダーを出したんだ……? そりゃあ、怒られちゃうよ)」
私たちがまんまと作戦通りに『ランチセット』と言ったからよかったけど、もし違うメニューを頼むと言っていたら考えるまでもない。そのお金はライザちゃん自身が出すことになる。ましてや、ここはファーストフード店じゃないはずだからそれなりの価格のはずだ。
「(これは素直に謝った方が良い気がするなぁ……え? な、なに?)」
稲森君は意味ありげに私の目に視線を一度合わせる。急に目線を合わせられると自然と心拍数が上がる。そんな私を置いて平然と店主の方を向いて話し出す。
「いや、最初から頼んでいたんですよ。僕たちお腹がへっていたので」
「本当か?」
「客を疑うんですか?」
完全な嘘っぱちを平然とぶつけて客としての立場を利用し、説き伏せようとする。
そこで初めて気づいた。さっきの目線は『話を合わせろ』ということだったのだ。
「っ……(でも、庇う理由が分からない。ライザちゃんのやったことは“間違っている”から素直に謝らせるべきだよ……)」
でも、声が出ない。それが間違いだと。
謝らせないといけないことだと理解しているのに喉から声が出ない。
そうこうしているうちにシーラスの店主――ジークさんがため息を付いた。
「……。いや、疑って悪かった。頼んでいたのならそれでいいんだ」
「ほ、ほら言ったじゃないですか! 私はジークさんを裏切ることなんてしませぇんよ!」
「はぁああ……」
「ちょ、今のため息なんですか!? はぁああって!! 私は可愛い宿屋シーラスの看板娘として当然のことをしただけなのに! もうっ」
ライザちゃんは小柄な体で最大限の怒りを表現しつつ、拗ねた子供のように店の奥へと去って行く。そして、ライザちゃんの姿が完全に見えなくなるとジークさんは静かに頭を下げ始める。
「ったく……すまねぇな、お客に芝居を打たせちまって。代金は返す」
「(あ……嘘に気付いていたんだ……)」
「いや、だから……」
「もう芝居は充分だ。俺はあいつとは長い付き合いだから、さっきの話が嘘だってことにも気づいている。本当にすまなかった。だが、どうかあいつのことを悪く思わないでくれ。きっと最後の一部屋を埋めてくれたアンタたちに感謝しているから早く料理を提供してあげたいっていう思いがあったと思うんだ。本当に根は良い奴なんだ。アイツの仕出かした責任は俺にある」
「頭を上げてください。別にそこまでしなくても大丈夫ですよ。僕たちもこれ以上、この件については聞きませんし、掘り返しません」
「あんたら……ありがとうな、恩に着る。さぁ、冷めないうちに食べてくれ」
ジークさんは代金を返して料理を勧めるように手を差し出し、すぐ奥へと下がっていた。そんなジークさんの後姿を見て心がズキズキと痛む。
「(私……バカだ。間違っていることを間違っているって言わなきゃいけなかったのに。稲森君から嫌われたくなくて何も言えなかった。何やってんだろう。わたし)」
自分の嫌な部分を認識して自己嫌悪に陥る。こういうことを繰り返してきたが故に、私は美咲たちのいじめからも逃れることが出来なかった。
「(あのいじめだって『勇気』を出して抗い続けていれば――ん?)」
胸がグッと締め付けられる中、稲森君は独りでにコップの水をグッと勢いよく飲み干す。その行動はどう見ても何かを話そうとする兆候にしか見えず、思わず身構える。それと同時に彼は視線を合わせてこう聞いてきた。
「先輩は『リグレット』というゲームを知っていますか?」
「リグレット……どこかで聞いたような――」
「人気のファンタジー系MMORPGゲームです。テレビで取り上げられたこともありますし、名前だけでも聞いていたことがあるんだと思います」
確かにこの三年間、勉強だけに必死であまり世間の事を知らない私もその名前には聞き覚えがあった。稲森君の言う通り、そういう類の媒体で耳にしたのだと思う。
「(でも、なんでそのゲームが今――あっ、もしかして……)」
そこから導き出される答えはもう一つしかない。
いや、それ以外に考えられなかった。
「まさかだけど、この世界がそのリグレットの世界……って事じゃないよね?」
「いいえ。ココは間違いなくそのリグレットの世界です。実際、僕もこのゲームのプレイヤーだったので分かるんです」
稲森君は首を横に振って力強い言葉で私の言葉を塗りつぶした。
ゲームの経験者だから分かるというのは最も信評性の高い答えで、最初に出会った甲冑姿の人が話し出した言葉を先読みできた理由も、街の構造を知っていた理由も全てつじつまが合う。
「(この世界で私は……ううん、私たちはどうなるの?)」
知らない、分からない。それが一番に怖いことだということを私は誰よりも理解している。これ以上の恐怖はごめんだ。
「もし……本当にこの世界が『リグレット』っていうゲームの世界だとしたら、私たちはこれからどうなるの……?」
「わかりません。ただ、僕たちはこの世界のありとあらゆることに干渉できる『転生者』という立場になります。詰まるところ、厄介事を押し付けられて解決する役回りになるはずです。例えば、今回の魔王の進軍――その防衛がいい例ですね」
その話を全てまとめてしまえば、これから先は危険で面倒なことだらけという事だ。転生者という肩書は輝かしく感じるけれど、こんな私には何かに干渉して事態を改善するほどの力も、意志も持ち合わせてなんかいない。となれば、取れる手段は一つだけしか思い浮かばなかった。
「私は……そんなことに関わりたくない。その、逃げることはできないの? この街を離れて逃げればそんなことにも巻き込まれずに済むんじゃ――」
「確かにそれもできなくはないと思います。でも、ゲームならまだしもこの世界は『世界』として成り立ってしまっている。本来、僕たちが介入しなくてはならない場面で介入する者がいなくなった場合、この世界はとんでもない方向に崩れて行ってしまう可能性があるんです。最悪、僕らも生き残れるか分からないんです」
「そんな……! どうやっても逃げられないってことなの……?」
「恐らくは……。僕も正直なところ、そうなる可能性が高いとしか言えません。だからこそ、何が起こっても『対処できる力』が絶対に必要なんです。僕たちの身もそうだし、あの子――ライザのような子を守るためにも」
稲森君が言いたいことはよく分かる。自分たちに降りかかって来る火の粉を払うためには抗う力は必要だろう。でも、私は誰かを救えるほど素晴らしい人間でもなければ特段優れていることも無い。運動のセンスや知識量だって同じだ。クラスメイトや稲森君と比較して自分が劣っているのは間違いない。
「……だけど、力を得るって言ってもどうやって? 私、剣道とかもやったこともないし、何なら運動なんて……からっきしだし……」
「大丈夫です。僕に任せてください。先輩がこの世界で立ち振る舞えるようになるまできちんとサポートをしますから」
「(私……やっぱり無力だ……なんで、こんなに惨めなんだろう……)」
思わず、自分の力の無さに酷く心が痛んだ。稲森君だってこの世界の事を知っているとはいえ、こんなSFチックな事態に動揺しないはずがない。
それなのに、私の事を一番に考えて引っ張ってくれている。
私がここで稲森君に対して話せる言葉はもう一言しかない。
「……ごめんね、足でまといで」
これが私にとっての精一杯の誠意ある一言だった。しかし、稲森君はそんな言葉で私の感情を察したのか素早く笑みを零して切り返してくる。
「謝らないでください。僕は先輩とならどこまでも行けると思っています。決して足手まといなんかじゃありません。最初はサポートしますけど、その後はバンバン動いてもらいますから」
「う、うん……」
私もその笑みにつられて笑顔を返すが、きっと引きつった変な笑顔になっているだろう。そんな気恥ずかしさもあって私は口にご飯を黙々と入れる。稲森君もそれ以上は何も喋らなかった。
「(なんでだろう……食べたくも無いこんな気まずい雰囲気の中で食べてるのに不思議と嫌じゃない……)」
この状況でも何気なくご飯が口に入ってしまうのが、自分でも怖いと思ってしまう。
気付けばアッという間に食事は終わってしまった。
それを皮切りに稲森君が口を開く。
「先輩、僕は少し用事があるので部屋で休んで居てください。色々なことがあって頭の整理が追いついていないと思うので横になった方が良いです」
「……待って! 稲森君は……どこへ行くの?」
「僕は情報収集をしてきます。さすがにこの手の世界は情報なしに動くと危ないので」
「私も一緒じゃダメ……かな?」
考えるよりも先にそう口が動いていた。私にとってこの世界で信用できるのは稲森君ただ一人だ。その存在が居なくなった時、私は酷く不安に駆られてしまう気がしてならなかった。ここまで来たら彼にとことん付いて行くしかない。
稲森君は私の言葉を聞いて冷静に言葉を返す。
「わかりました。ただ、先輩にとってはあまり良く無いモノを見ることになると思いますよ? それでもついてきますか?」
「う、うん……」
正直、『良く無いモノ』が一体、何を指しているいるのか見当もつかない。だから、私はすぐに頷いて、稲森君に付いて行く選択を取った。この反応に稲森君は一度、目を閉じてから私を見る。
「……。じゃあ、先輩。離れずに付いてきてください」
どこか決心のようなものをした彼の背中を追って私はシーラスを後にした。




