第6話 宿屋シーラス
「じゃあ、行きましょうか……」
私たちはヒメアさんのジョークのせいで気まずい雰囲気になってしまった。それでも稲森君は私の前をしっかりとした足取りで歩いていく。
その動きは完全にこの街を知り尽くしているような歩きで、迷いもなく街の中を進んでいく。時折、後ろを歩く私との距離を測りながら人通りの多い通りでは私が迷子にならないように歩く速度を変えてくれていた。
「(でも、なんか変……。さっきから人の数が少しずつ少なくなってきてる。こんなところに宿なんてあるの……?)」
最初は人や馬車がたくさん走っていた街中だったが、今は街中から離れて閑静な住宅街といった感じの場所を歩いている。私が知る宿やホテルの類といえば駅前とか、人通りの多い場所にあるイメージなのに、どんどん稲森君は人通りのない方へと進んでいく。
「……ねぇ、稲森君? こんなところに宿なんてあるの?」
「あ……はい。もうすぐそこに。まぁ、実を言うと街中にもあるにはあったんですけど、こういう閑静で騒がしくない穏やかな宿の方が良いかなって思って」
「……。私に気を使ってくれたんだ? その……ありがとうね?」
「いえ。そんな感謝されることじゃないですよ。なにせ、宿は現実で言う『家』みたいなものですからね。吟味して選ばないと――さぁ、着きました!」
「宿屋……シーラス?」
宿というか、住宅街の間に佇む家の前にポツンと看板をが出ている。そこには『格安で最高のひと時を』と書かれた文字と『営業中』と書かれた札もつけられている。私がその看板に目を落としていると稲森君は横で静かに喋り出す。
「ここの店主は『最期を迎えるなら海辺の近くで』って思いで宿を営んでいるので、きっと気に入ると思います」
「(海……? そんなの近くにないと思うけど……)」
私が不思議に考えていると稲森君はドアを開き、私を中に招き入れる。鈴の音と共に店内に入るとコーヒーの香りがフワッと広がる。宿の中は外見とは異なり、落ち着いた木造建築なっていて、木の香りも漂っている。
雰囲気で言えば、隠れカフェみたいな感じで心が少しだけ落ち着く。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二名。二部屋。連泊でお願いできますか?」
「あっ、はい! かしこまりました。少々をお待ちください」
店内の様子を見ている間にカウンターに居た小柄な少女と稲森君が話を付け始めた。でも、その少女の頭には猫耳らしきものが付いている。
「(え? な、何あれ……猫耳? いやいや、人……だよね?)」
混乱しながらも私はカウンターで帳簿を捲る少女の頭をまじまじと見てしまう。
しかし、少女はそんな視線も気にせず、難しい顔をしながら帳簿と睨めっこをしつつ、私たちの方をチラチラと見てくる。
「(……? もしかして何かトラブル……かな?)」
接客のアルバイト経験がある私からしてみれば、あの様子は相当焦っているように見える。
「ええっと……ううん……」
「ん? どうしたチビ助」
「チビ助じゃありません! はっ!? お客様の前でなんてことを――」
カウンターの奥から現れた丸坊主の中年男性に『チビ助』と声を掛けられた少女は反射的にそう叫んで、『しまった』という顔をしながらもすぐに耳打ちで何かを話始めた。しばらく私たちに背中を向けて相談していた二人だったが、やがて少女は振り返り、申し訳なさそうに声を出す。
「あの~実は……明日になれば2部屋ご用意できるんですが、今は1部屋しか空いていないんですけど、それでもよろしいです?」
「それってつまり……」
「っ……(相部屋ってこと? さすがにそれは……)」
考えれば考えるほど、頬の熱が熱くなって私は明後日の方向を向く。
するとカウンターの先に居た少女が細い声を捻りだし始めた。
「やっぱりダメ……ですよね? えへへ……そうですよね……ううっ……」
「チビ助、泣くんじゃない。この宿が満室なんて夢のまた夢だったんだよ……」
「そうですよね……悲願だったのにぃ……ううっ……」
「あっ、え……。んっ……」
泣き声がその場に静かに響いてきて少女の方を見れば静かに涙を流していた。
そんな泣き顔を見せられたら私の心だって揺れる。
「(でも、稲森君と二人なんて……うーん……でも……ああもう……!)」
私は恥ずかしい思いをグッと堪えて言葉を吐き出した。
「い……稲森君! 一晩だけ私と同じ部屋は嫌……かな……?」
「え!? あっ、いや……先輩こそ……嫌なんじゃないですか?」
「……。稲森君が良いなら……ここで……いいよ?」
「あの、先輩? 無理してませんか?」
「だ、大丈夫……多分、きっと……」
「……。じゃあ、一晩だけ一部屋で、それ以降は二部屋連泊で」
「「やりぃぃぃぃ!!!」」
稲森君が控えめな言葉でそう答えると二人はハイタッチをして喜びを爆発させる。
そんな様子を見て私は笑みを零した。
「(なんか、こういうの良いなぁ……)」
どこかその風景に懐かしさを感じていると丸坊主の店主が少女の肩に手を乗せた。
「よし、そうと決まったらチビ助。この方々をお部屋にご案内して差し上げろ」
「イエス、マスター! ――って、チビ助じゃない!! ライザですぅ!!」
「へいへい。俺は飯の用意で忙しいんでな。じゃあな」
「あああ!! 逃げたぁ! 本当に人の話を聞かないんだから! はっ――! ではこれにお名前を書いてください。あ、あとお一人様、宿泊代50ゴールドを頂戴します」
カウンターに立つ少女、ライザちゃんはボヤキつつ、慌てながらも私たちにペンを差し出してくる。それを受け取ると目の前に文字盤が現れた。
その光景に驚きはしたけれど、ロミテックという腕輪やライザちゃんの猫耳の方が驚きが強すぎてあまり違和感を感じない。それに私がお金をライザちゃんに渡すとにっこりと笑みを返され、そんな思いもどこかに吹っ飛んでしまった。
「はーい、優輝さんと実結さんっと……。では不肖、このライザがご案内します。どうぞ、こちらへ」
ライザちゃんは私たちを二階にある一番、端っこへと案内すると立ち止まった。
「お部屋は一番、端の208です。明日になればご希望の部屋を言ってください」
「ん? もしかして全室、空になるのか?」
「まっ、まさかー! 空になるなんて~あはは、マジなんです……がっくし……」
ライザちゃんは派手にガックリとしてみせる。何というか、本当にいい意味でお客とのコミュニケーションが取れそうな子で人気がありそうだなと思ってしまう。
「(私とはまるで正反対。接客にはこれくらいの明るさと愛想がないとやっていけないもんね……本当にすごいな、私より年下なのに……)」
関心していると稲森君がライザちゃんに確信を突くように質問を投げる。
「もしかして、《《魔王の復活》》がもう噂に?」
「あっ、よくご存じですね? そのせいもあって中級冒険者の皆さんは南に向かうそうで、ウチとしては商売あがったりなんですよね~。ほんと、マオウだが、カカオだか知りませんが、困ったもんです。……はっ! またお客様に余計なことを――すみません! これ以上、口が滑らないうちに失礼します! ではごゆっくり~!!」
流動的にコントでもしているのかと思う程、素早い動きで踵を返したライザちゃんだったが、何かを思い出したようで急停止して、再び振り返る。
「おっとと、そうだ! 今、降りてきてもらえればランチに間に合うので良ければぜひ、ご賞味を! 今日は最初で最後の満員なので奮発してますから」
「ありがとう。あとで行くよ」
稲森君は手を上げてライザちゃんを見送ると208号室の扉を開けた。その室内に入ってみれば薄い緑色の壁紙を基調とした落ち着いた雰囲気になっていて、ソファーとテーブル、ベッドが一つというシンプルな造りになっている。
壁の色が心を落ち着かせてくれる効果でもあるのか、どことなく帰ってきたと思わせるような安心感が漂う。とても居心地が良さそうだ。
「すごくいい部屋……だね」
「それだけじゃないですよ? ほら」
稲森君が奥へと歩いていき、窓を開け放つとその先には海辺が広がっていた。
彼の隣に立ってその景色を眺めてみると角部屋とは思えない程、綺麗な海が見える。ココならば時間ごとに移ろう景色が楽しめそうだ。
だが、それと同時に私は実感させられていた。
「本当に……ここは違う世界、なんだね」
「ええ。この世界は僕たちの生きていた世界とは違います」
「ねぇ……稲森君。稲森君はどうして……どうしてこの世界の事を知っているの?」
私はそう確信を突くようにそう問いただした。
もう逃がさない。これ以上、隠し通されるのは心が痛くなるだけだから。
「……とりあえずご飯、食べに行きませんか? 話はそこでさせてくれませんか?」
「うん……分かった」
稲森君の方を向くと彼はまっすぐな眼差しで私を見つめる。
稲森君が何を話し出すのか怖い思いもあるが、この世界から逃げられない以上、自分の身に何が起こっているのか知るためにも私は彼の後を追った。




