第5話 こんにちは、アナザーワールド
「よし、ここの角を曲がれば――」
稲森君に手を引かれて城の外へ飛び出すとファンタジー世界を彷彿とさせるような大きな街の景色が目に飛び込んできた。この景色を私の知っている景色で例えるならば資料集で見たイタリアの市街地のようだった。
「すごい……本当に違う世界なんだね。……でも、稲森君。こんな知らない世界でこれからどうするの?」
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫です。僕に任せてください。まぁ、とりあえずは……服屋とか武器の売っているお店、それから宿泊する場所とかに行きます」
「服屋とか宿は何となく分かるけど……『武器』ってこれじゃないの……?」
お城で魔物が出てきた時、急に現れた剣に手で触れる。
事実、私はこの剣で化け物が一刀両断されたのを目撃している。それほどの代物がある以上、日常で必要な洋服やホテルのような宿泊場所さえ確保できれば問題ないはずだ。
「いや、武器と言っても剣じゃないモノも売ってるんです」
「そ、そうなんだ……?」
「まぁ、何はともあれ、この有り金を奪われても困りますし、お金をロミテックに入れちゃいましょうか。<インベントリーオープン>」
稲森君がロミテックにそう告げると目の前に画面が浮かび上がった。その画面をまるでスマホのように操作し始める。そして、稲森君が手に持っていた袋をロミテックにかざすと青い光を伴ってロミテックに吸い込まれていった。
「よし、できた。先輩もやってみてください」
「う、うん……<インベントリー・オープン?> っ……!」
稲森君が既に目の前でやっていたから画面が出てくるのは分かっていたけれど、その光景に驚きを覚えてしまう。
「(すごい……こんな技術、見たことない……)」
「あっ、操作方法は――」
「大丈夫……。さっき、稲森君がやっていたところを見ていたから……」
改めてここが違う世界だと認識させられながらも私は出てきた画面に触れ、袋をロミテックに近づけると『回収する』という選択肢が浮かび上がった。それに触れるとお金の袋はあっという間に霧散して画面の中へと消えていく。
「よし。入りましたね? じゃあ行きますよ!」
「え? あっ、ちょっ、ちょっと――!」
何とかできたと思ったのも束の間で、稲森君は私の手を握って歩き始めた。お城から離れて街並みの中へと入っていくと数多の露店と大勢の人が行き交う人混みへと変わる。その様子から察する限り、相当な都会なのだろう。
「(でも、やっぱり……なんか生活レベルが違いすぎるような気がする。それに日本と違って貧富の差がすごいような……。というか、さっきから稲森君はどこに向かって……って――ティルニア、洋服店?)」
稲森君が店前でピタリと足を止める。
見上げた看板には見たことも無い文字にルビが振られていて、自然とその文字がそう書いてあると理解できた。正直、分からないはずの言語を理解できてしまうというのは薄気味が悪い。
私のそんな気持ちも知らない稲森君は私を連れて店内に入る。
「――いらっしゃい! あらまぁ、美男美女だこと!」
「ヒメアさん。揶揄うのは旦那さんだけにしてくださいよ」
いかにも『良いお姉さん』と言わんばかりの女性が威勢よく私の前へと出てくるが、その凛とした女性――ヒメアさんの姿を見て思わず、後ずさる。
色白の肌と整えられた長い銀髪、青を基調とした大人びたワンピース姿は私とは真反対の『陽キャ』そのものだ。ヒメアさんはそんな私に一瞬だけ目を合わせて稲森君へと視線を戻す。
「うーん? あなたたち、見ない顔よね? 私とは初対面なのになんで私の名前を知ってるのかしら?」
「え? ここら辺じゃお姉さんのことを知らない人はいないと思いますよ?」
「それは……どういう意味でかしら?」
いきなりヒメアさんの目が鋭さを増す。どことなくその雰囲気が玲奈に似ていて思わず、ググっと胸を締め付けられる。しかし、当の稲森君は動揺したそぶりも見せず、手をパタパタさせて茶化すように言った。
「そんなのあなたの『笑い声』という意味で、ですよ?」
その言葉を聞くとヒメアさんはブッと笑ってから大声で笑いだした。
「アハハハハハハハハハ!!! それは当然よね! 私の笑い声は馬鹿みたいに大きいから! でも、それ……レディーには失礼な発言よ。坊や?」
「あはは……ごめんなさい。悪気はないんです」
「よろしい。素直な子は嫌いじゃないわ! それでご用件は?」
「僕たちに合う洋服を3,000ゴールドくらいで一式、何着か見繕ってほしいんです」
「オッケー、お安い御用よ! あなた~! お客様よ!」
「はーい!」
ヒメアさんに呼ばれて店の奥から現れたのは丸メガネをかけたひょろ長い青年だった。彼はヒメアさんと少し話すと顎に手を当てて奥へと下がっていく。そして、ガラガラと服が掛かったラックを片手に戻ってきた。
「3000で……となると、ここら辺かな?」
運ばれてきた洋服ラックには洋服がずらりと並んでいる。パーカーやTシャツ、ジーンズといった一般的な服以外に小洒落たドレスやワンピースまでも用意されている。
「き、きれい……」
「そう言ってくれて何よりだよ。お嬢さん」
丸メガネの青年は優しく微笑む。なんだか、その青年の雰囲気はヒメアさんと違い、自分と同じ雰囲気であることにちょっとだけ安心した私は服を注意深く覗き込む。そんな様子に稲森君は気付いたのか、横から意味ありげに声を掛けてくる。
「先輩、ここのお店は格安なので2、3着、普段着を買ってください。さすがにこの制服姿だと悪目立ちしちゃうので」
「あっ、だから洋服店に……?」
私の問いに稲森君は深く頷き返す。
確かにこの制服姿は街中では目立ってしまう。最初は知らない世界だし、『着替えの調達』という意味合いだと思っていたが、彼はその一歩先を見据えている。
「(……でも、なんでここに『この店がある事』を稲森君は知っていたの? それにヒメアさんとも面識なんてないはずなのに……)」
その頼もしく見える表情に私は再燃した疑念を向けるが、それも束の間だった。
「ヒメアさん、先輩の服選び、手伝ってもらっていいですか?」
「ええ、お安い御用よ! さぁ、行くわよ! 可愛くしてあげる! あはははははは!!」
「え!? あっ、ちょっと――」
稲森君がそう言うとヒメアさんは私の手を掴んで強引に奥へと引っ張っていく。
カーテンを二つ超えた先にはこれでもかと言わんばかりの服がズラッと並んでいた。
「さぁ、あの美男子を悩殺する服を選ぶわよ!」
「へ!? の、の、悩殺……!?」
「いいから任せて! あなた、資質は良いからあとは服を選べば可愛くなるわよ~! これとこれでしょう? さぁ、どれにしましょうか?」
この人は怪物かと思う程、ニタニタ笑いながら洋服を両手に持って近づいて来る。
やはり、この人は私とは相いれない。逃げないとヤバい。逃げろと心が訴える。
私は咄嗟に踵を返すが、ヒメアさんが私の肩を掴む。
「ひぃっ……」
「ふふん♪ 逃がさないわよ?」
素早くヒメアさんに壁ドンをかまされて身動きができない。
そして、ネットリと私を見てから知ったように口を開く。
「ねぇ……あなた。彼のこと好きでしょ?」
「す、好きなんて……そんな……違います……」
「か、可愛い上に初心ねぇ~? 私もあと7歳くらい若かったら……っ、まぁ!? 私の話はさておき、あんな良い男はそう居ないわよ? ボサボサしてると他の女に取られちゃうんだから!」
「だ、だから……別に好きとかそういうのじゃ……」
ヒメアさんは自分で自分に突っ込んで落胆しながらも、にこやかな表情を向けてくる。でも、私にとって稲森君は決してそんな存在じゃない。
彼はいじめから私を救ってくれたヒーローで。
この世界を共に生き抜くための仲間であって、決してそんなんじゃ――
「……。(私って最低だ。稲森君のやさしさに付け込んで頼ってるだけ……こんなの利用してるのとほとんど変わらない……。それに稲森君もいつか、こんな私なんか置いてどこかに消えて、いなくなってしまうかもしれないのに――)」
改めて自分の無力さと醜さに気づいて心が痛くなる。そんな私の様子を感じ取ったのかヒメアさんは一度目を閉じて離れた。
「ふ~ん、なるほど? 私の知らない何かがあなた達にあるのかもしれないけど、あなたがそんな顔をしちゃ駄目よ? 彼が心配しちゃうわ。むしろ、こういう所で頑張って! はい!」
そう言って彼女は青のスカートと白いシャツを手渡してくる。
今までこんな派手な服を着た経験はないし、陰キャな私には絶対、似合わない。
それでもヒメアさんの目は本気だ。
「こんなの、無理……です……」
「無理とか言わない。大丈夫、似合うから着るの! それにこれは恋愛云々じゃないわよ? あなたが元気な姿をみせることが彼の力になる。そう思うから薦めてるのよ?」
「(……そんなこと、絶対にない。でも……仮に――もし、本当にそうなら……)」
学校でも救われて、お城でも私を助けてくれた。そんな彼に少しでも恩を返すことができるなら恥ずかしいけど、やってみようかなと思った。
「その……試着室……借りて……いいですか?」
「ええ、もちろん! なんなら私の前で着替えてもいいわよ? 眼福だしね」
「お、お借りします……!」
「あら残念……」
正直、このヒメアさんはふざけてるのか、真剣なのか分からない。でも、あの助言をした時の目には嘘は無かったと思う。それは経験的にだけど、何となく分かった。
私は恥ずかしい思いを堪えながらも服を着替えて試着室を出るとそこには落ち着いたパーカーやジーンズの上下セットやラグジュアリーのセットを持ったヒメアさんが居て、にっこりと微笑む。
「うん、やっぱり見立て通り! スタイルが良いからすごく可愛いわよ?」
「可愛いなんて……そんなこと……」
「はいはい。そんな風に下を向かない! ったく、本当にあなたって自信がないんだから……! あっ、あとこれは普段着ね。3000ゴールドって言うケチな値段だから余り多くは選べなかったけど、こういう落ち着いた服の方が好きでしょ?」
「あ、はい……! ありがとうございます」
手に取って確認してみればどれもこれも私好みの落ち着いた一般的な服で一度、裾を通してみたが、エスパーなのかと思ってしまう程にサイズがぴったりだった。
「これ、洋服のお金です」
「はい、確かに頂いたわ。ありがとう。――“ミユ”」
「え? あ、あの……ヒメアさん……?」
「ん? 何かしら?」
「……どうして私の名前や好みとか、サイズを知ってるんですか……?」
「ふふーん、それは女のヒ・ミ・ツ。さぁ~彼の所に戻るわよ!!」
「えっ!? あっ、ちょっと、ま、まだ心の準備が――」
私はまたしても強引に引っ張られて店先へと連れ戻された。そこには上だけ黒のジャケットに変えた稲森君の姿があった。私と目が合うと稲森君は何も喋らずに固まってしまった。その様子を良いことにヒメアさんが自信ありげに喋り出す。
「どう? 私の一押しよ! 可愛いでしょ?」
「やっぱり……どう見ても……似合わないよね?」
最初から似合っていないことは自分で分かっている。制服姿くらいが丁度よかったんだ。だから、自分で自分の心の刃を刺したはずだった。
でも、そんな予想に反して稲森君は少し頬を赤らめる。
「いや、すごく似合っていると思いますよ! そういうカジュアルな服装はむしろ良いと思います。可愛いです」
「っ……!」
稲森君は素直にストレートな言葉で私に『可愛い』と言った。顔が一気に熱くなって思考がまとまらなくなっていく。それに追い打ちを掛けるようにヒメアさんは言葉を重ねる。
「ひゅーひゅー! これでデートもばっちりだし、冒険も捗ること間違いなし!! 一見落着ね! あはははは!」
「あはは……ヒメア、君って人は……」
丸メガネの彼はヒメアさんの横で苦笑いを浮かべてから、彼女の笑いを遮って私たちに声を掛ける。
「それで、無事に仕立ても終わった二人はこれからどうするつもりなんだい?」
「え、えっと、とりあえず宿を探そうかなって思ってます」
「あらあら、昼下がりからお盛んだ事っ!」
ヒメアさんの一言で私の頭の中は再び、真っ白になった。
「(可愛いは…………宿で…………お盛ん…………わぁぁ……)」
「ヒメア? さっきからおふざけが過ぎるよ? 二人ともフリーズしてるでしょ?」
「ア、アレ、おかしいな? ごめんごめん。ついつい」
「ごめんね。ヒメアはいつもこんな調子だからさ? 別に悪気はないから許してあげて?」
「はっ……はい……」
言葉半分で返事をした私に、丸メガネの青年はにっこりと笑みを浮かべながら気を使ってくれたのか稲森君の方へと話を振った。
「で、宿を探すって言ったけど当てはあるの?」
「まぁ、その……何件かは」
「その顔つきからして目ぼしい宿を知ってるんだね? なら、僕が手を貸すまででもないか。もし、洋服絡みで悩んだらまたうちにおいで。そしたら、服を見繕ってあげるから」
「はい、その時はまたよろしくお願いします」
稲森君はそう言うと少し按配が悪い様に『お先に出口へ』とジェスチャーを送ってくる。一刻も早くヒメアさんからの心理攻撃から逃れたかった私は小走りで店の外に出たのだった。




