第66話 異なる事実
「さーて、ギッシュ? 私たちもお暇しないとね?」
「そうだね。僕らは王国全土から狙われているからね」
サラッととんでもないことを話すギッシュさんだが、その表情は至って冷静そのものだった。そんな二人を引き止めるように稲森君が声を上げる。
「ヒメアさんたちにお願いがあります」
「何かしら? モノによっては聞いて上げなくも――」
「アルテム遺跡、その内部を調査してほしいんです」
その言葉にヒメアさんは困惑の色を隠せない。
「ふっ、なになに? 冒険者の手伝いをしろって私に言うの? そこまで私もひまじゃないわよ」
「――もし、エルンガルトが魔物の侵攻を受けるとしても、ですか?」
場が凍り付ような稲森君の一言でヒメアさんの表情が鋭さを増す。
「それはどういうこと? しっかり分かるように言いなさい」
「あくまで僕が知っている世界線では……という前提ですが、その調印式当日に魔王軍がアルテム遺跡内にあるの赤いゲートを通じて侵攻してくるんです。それも居城に居た魔王が直々に大軍勢を連れて」
「そんなことはあり得る訳が無いでしょう? 前回の戦いから日も浅いのよ? 魔王軍の損耗もそれなりにあったはず。それなのに大軍勢を連れてなんて……」
「それは魔王軍を舐めすぎです。我々人間のように治癒や成長する過程には時間をあまり要しませんから。それに魔王軍の幹部はこの前の侵攻を「挨拶代わりだ」と言いました」
「つまり、全回の侵攻は下調べ。今回が本番って事?」
「ええ、その可能性は大いにあります」
ヒメアさんはギッシュさんと目を合わせて考え込むが、決断は早かった。
「分かった。その赤いゲートがあるか、調査すればいいのね」
「ええ。僕らも遺跡に向かう事になると思いますが、もしも、先にみつけることが出来たなら破壊工作もお願いします」
「随分と注文が多いわねぇ……まぁ、転生者が言うからにはその通りになる可能性が高いしね? 考え得ることは全てやりきったほうがいいでしょうからね」
「ヒメア、そろそろ――」
「はいはい。それじゃあ、明日の調印式でね。くれぐれも作戦のことは内密に」
ギッシュさんはヒメアさんの手を引き、窓から下降するとブルーエフェクトが空中に舞う。二人は魔法を使ったかのように忽然とその場から消える。
そして、その場で稲森君は静かに振り返った。
「先輩、僕らは今、かなり不味い状況に居ます」
「それって……つまり、調印式を阻止しても魔王軍が来るし、その逆も同じってことだよね……?」
「ええ、でも、それだけじゃないんです」
彼は難しい表情をして全員を見回す。
「僕の知っている限り、ノエル王女は今回の作戦に命を賭けています。アルフレッドが救出された途端、ノエル王女はモンスターに変貌を遂げて魔王軍を呼んでしまうんです。この人類を滅ぼすために――」
「え? ノエル王女が……モンスターに? しかも……魔王軍を呼ぶ?」
一国の王女たる彼女がそこまでの暴挙に出るとは到底、思えない。
「そうです。彼女の目的はこの大陸にいる全員を殺す事なんです。だから実現のためには手段を選ばない」
「ちょっと待った。普通、そこまでする? だってあの子はお姫様でしょう?」
由美子の最もな発言に稲森君は悲し気に答える。
「彼女にはそれだけの動機があるんです」
「動機?」
「ええ……。先輩たちも獣人迫害が起こったのは知っていますよね」
「うん、帝国の王様の家族が殺されて獣人を殺すって言いだした事件……だよね?」
私が記憶を思い出すように語ると彼は静かに頷く。
「そうです。実はその事件の前に帝国とエルンガルトは泥沼のような戦争をしていたんです。でも、その時のエルンガルトの国王――つまり、ノエルとアルフレッドの父親に当たる人が平和な世を築くために戦争を終わらせ、責任を取って退位した経緯があるんです」
「ん? でも、それと今回の件、何が関係あるつーんだ? 人を殺すような心理になるとは思えねぇけどな?」
まさに経験者は語る、ではないが玲奈ちゃんは鋭い推理を述べる。
「確かに。でも、それは……話が表舞台に上がっていないからなんです」
「秘匿されてる……ってことか?」
「いいえ、もう誰も気にしないから分からないというべきでしょうか」
玲奈ちゃんにチラッと視線を向ける。
「――先代国王は獣人迫害の後、ミルファーがエルンガルトを離脱した数か月後に自ら命を断っているんです」
「先代国王が……命を自ら断っているだと? 坊主、それは……本当か?」
「ええ、ミルファーのジェラビッツさんと親しいジークさんでも知らないでしょうね? これを知っているのはミルファー家の一部の人間だけですから」
「だけど、先代の国王がなぜだ? なぜ、自ら命を断つ必要があった」
稲森君はこれ見よがしに息を吹き出し、ジークさんを見つめる。
「それはジークさんでも分かります。あの当時、エルンガルト王家がなんて民衆に噂されていたか。それが原因です」
「まさか……」
「ええ。「領土を奪われ、家臣からも逃げられ、戦争からも逃げ出した腰抜け」としてアルフレッドは言われ、挙句、その矛先はノエル王女が大好きだった先代国王にも向いた。「そもそも先代国王が戦っていて、勝ち切れていればこんな事にはならなかったのに」と――。要は『無能な国王』としてのレッテルを貼られた」
「それで自分で命を……か。そいつは……やりきれねぇ話だな」
正義の為に、守るべきもののために戦ったにも関わらず、民衆はその行いを否定した。それは先代の国王にとって人格否定にも等しかったのだろう。
「(私と比較しちゃいけないんだろうけど……それは孤独、だったんだろうな)」
なにせ、自分の手元には権力も地位も、まったく何も残っていない。
そうなったらどうなるかは私にも想像がつく。
「だからこそ、彼女はやります。ノエル王女は先代国王の仇を取るために、魔物を仲間にして人類すべてを敵に回すつもりなんです」
稲森君はそう結論付けて話す。
そして、再び私たちに目を配る。
「この惨劇は止めることはできないと思います。それでも、アルフレッドさんの救出は絶対に成功する。――だとしたら、最低でも僕らは赤いゲートを破壊する必要があるんです。協力してもらえますか?」
「うん……。破壊しないと多くの犠牲が出るし、リリーやライザちゃんが危ないんだもんね? やるよ……」
率先して私が声を上げると全員が一斉にこくりと強く頷き返す。
私たちは一息を付く間もなく、再びアルテム遺跡へと足を向けた。
「――にしても、ジークさんとライザちゃんまで来てくれるなんて……シーラスはいいんですか?」
「嬢ちゃんの心配には及ばねぇよ。宿泊客は嬢ちゃん達だけだしな? それにただ居たってそんな話を聞かされちゃオチオチ寝ても居られねぇよ」
「巻き込んで……ごめんなさい」
「ちょっ、ジークさん~? 何を実結さんに謝らせてるんですか! そこは普通、このライザのことが大事だから。とか言ってくれてもいいんじゃないんですかね?」
「いや、それは……いつも思ってるぞ?」
「ったぁ……これだからジークさんは!!」
ライザちゃんはジークさんの生半可な反応に頭に来たのか、憂さ晴らしのように出てきた魔物を切り捌いていく。
「はぁ……難しいな、歳頃の女の子っていうのは――。前まではもっと素直で健気だったんだけどなぁ……どう思うよ、嬢ちゃん」
「あはは……」
乾いた笑いを聞いた由美子がすり寄って来て悪い笑みを浮かべる。
「そんなの、ジークさんがしっかりライザちゃんを褒めてあげればいいんですよ! ――実結、なんだか先が思いやられちゃうね……」
「あぁ、やっぱり? そういうこと……。そうだね」
何度か、ライザちゃんがジークさんの気を引こうとするような場面を見てきていたからどことなくライザちゃんの想いは知っていたけれど、由美子の発言で確信を得た。ライザちゃんはジークさんのことが、異性として好きなのだろう。
「そういうもんかなぁ……俺にはまだまだ分からんよ」
「分からなくても近く居てあげれば……それで良いんだと思います。ぶつかって喧嘩して……それで良いんじゃないですか?」
私が少しだけ背中を押すように言った最中、私たちの先頭を行く稲森君とライザちゃんの足が止まった。そして、同時に私たちの耳に奇妙な音が届く。
ギュウィィィン、ゴゴ、バチバチ――。
まるで機械が駆動しつつ、電気が漏電し火花を出して爆ぜているような音だ。
しかも、それだけではない。遺跡の方から真っ赤な禍々しい光が辺り一帯を照らしていたのだった。




