第67話 禍々しい光
「嘘だろ……! この、タイミングで?」
目の前の異様な光景と騒音に私たちは呆然と立ち尽くし、言葉を失う。
「稲森君。あの光……それにこの音……何が起こってるの……?」
「……これは例の赤いゲートが起動した音――つまり、魔王軍の侵攻が始まったって合図です」
この一言に全員の表情が強張る。
彼の話によれば、今回の魔王軍侵攻のイベントはゲームのシナリオでそういった演出があったらしい。
「けど、おかしすぎる。赤いゲートはそもそもノエル王女が起動するキーを持っているはず。それが起動したって事はジェラビッツたちが、しくじった……のか?」
「坊主、その可能性はゼロじゃないだろう。アイツも歴戦の兵士とはいえ、現場では何が起こるか分からないからな」
「……。とにかく、今はこの事態に対処しないとまずい! 魔物があふれる前に突入します! 付いてきてください!!」
稲森君は声を荒げ、遺跡へと踏み込む。
唯一、遺跡の内部と魔王城を繋げているゲートを破壊する。
――ただ、それだけのために。
「おいおい嘘だろ、坊主!? フルアーマーのオークとウルフだと!?」
「大丈夫、攻撃をよく見るんです! 一撃に注意してください!」
魔物の攻撃と剣が爆ぜる音が木霊する。
私たち、プレイヤーのレベルに匹敵する魔物が跋扈していて、そこは完全に危険地帯と化す。
「チッ、なんか分かんねぇけど、めちゃくちゃ堅ぇぞ!? ガードまでしてきやがって、このぉぉ!!」
「玲奈ちゃん、下がって――!!」
それでも唯一、連携力だけは負けていなかった。
私が素早く弓を五本つがえて絨毯爆撃のように雨を降らせると稲森君と由美子が一気に斬撃で薙ぎ払う。
「(これなら……なんとか、行けるっ!)」
そんな私の想いを汲むように彼はブルーエフェクトが舞う中、強く頷いてみせた。
「(そう、これでいい。私たちはみんなで戦ってるんだ。負けようがないっ……!」
お互いに信頼しあって背中を守るように戦い、私たちは遂に赤い光が最も強く滲み出ている部屋へと足を踏み込む。そこは大きな広間のようになっており、赤いゲートはその最奥に鎮座していた。
「あれか!! あのゲートさえ潰しちまえば――!」
「待て!!」
稲森君が声を張り上げてジークさんの動きを制止する。
そんな中、赤い光の奥から禍々しい何かが、迫ってきているのを肌で感じた。
それは時間を一秒重ねるごとに大きく、強くなってくる。
「ここの場所まで足を運ぶとは随分な度胸だな、優輝?」
「――また会ったね。本当は優輝君とは会いたくも無かったのに……」
声が聞こえた瞬間、彼らが魔王軍の幹部であり、稲森君の友達であるという事を悟った。先頭に立つ稲森君は眉間にしわを寄せながらも前を睨む。
「お前等……ここでも出てくるのか」
「俺らが出て来ちゃ困ることでもあんのかよ? なぁ?」
綾斗君はいかにも挑発的な態度を取るが、稲森君は冷静に状況を見据える。
「綾斗、これはリグレットの世界とは――ゲームとは違うんだ。ここで死んだら確実に死ぬんだぞ! 野川さんを大切に思うなら引いてくれ!」
「はっ――だからだよ。だから、退けねぇんだ」
「そう、私たちは退けないの」
綾斗君と野川さんはこくりと互いで頷き合い、自分たちを誇示するように親指で自分たちを指さす。
「私は……」
「俺は……」
「――魔王アルグス様の部下。あなた達を殺すのが使命。魔王アルグス様に絶対なる忠誠を!!」
そう言った刹那、二人は一気に肉薄する。
その攻撃はあまりにも高い破壊力を持っていて、稲森君もジークさんも呆気ないほど軽く吹き飛ばされ、壁に激突させられてしまう。
「くっ……ジークさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとかな……しかし、なんていうパワーだ……あんなもの、まともに受け止めたらやべぇぞ、坊主」
「ははっ、こんなもんか。これがリグレット最強だぁ? 冗談も華々しい。俺の方が遥かに強い。今ならまだ魔王様は来られていない。帰るなら今だぞ、優輝」
いかにもマウントを取るように格好つけて自らを誇示する綾斗君だったが、次の瞬間、表情が一変した。――なぜなら、稲森君が笑い出したからだ。
「ふっ、ははは……なるほどな」
「なんだ? 負けを認めて帰る気になったか」
「抜かせ! お前との長い間、付き合ってきたんだ。そう寂しいことを言うなよ」
そう言いつつ、稲森君はHP回復用のポーションを飲んで世にも恐ろしい目つきで剣を構える。そして、静かに彼は私たちへ告げる。
「先輩たちは……野川さんの方をお願いします。五分だけ、五分だけ僕に時間をください。必ず、この状況打破してみせますから」
「稲森君。――無理だけはしないで」
「ええ。行きますっ!」
今度は稲森君が一気に綾斗君との距離を詰めて斬撃を繰り出す。
それと同時にもう片方の幹部――野川さんが私を目がけて突っ込んでくる。
ジークさんがそれに反応して前へ出るが、腕力で飛ばされる。
「嬢ちゃんっ……たち、逃げろ……、ライザ、お前も……」
「ジークさん! 実結には指一本触れさせないっ! がぁ――!?」
正面から飛び込んでくる剣筋に由美子は受け止めるような姿勢を取る。しかし、その衝撃は想像を絶するもので大きく吹き飛ばされて意識を刈り取られてしまう。
「由美子っ……!! ただじゃおかない……!!」
私は激情に任せて弓を数本射るが、野川さんはその矢を物ともせずに撃ち落とす。
そんな神業なんてモノがあってたまるかとスキル『疾風の一撃』を放つが、それすらも魔術的なバリアか何かで容易く防がれてしまう。
「――っ、これでどうだ! にゃぁあ!?」
その攻撃の最中、背後を取るようにライザちゃんとリリーがタイミングを合わせて斬りかかるが、その攻撃すらも見越したかのように彼女らをくるりと円撃で吹き飛ばす。
「あまりにお粗末な防御に、強勢、奇襲……どれもくだらない」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ここまでの強い敵を前にしたことが無かった私の心拍数はみるみる上がって行く。
私が出来るのは弓を射ること。でも、その稼いでいたはずのマージンも今やない。
確実に殺される。
「(いや、まだ。まだだよ……。まだ何かできることが残ってるはず……)」
恐怖に押しつぶされそうでも、視界の隅で白煙を上げながら戦う稲森君の音や息遣いを聞いて我に戻る。五分あればこの状況を打破できると稲森君は言った。
「それなら……やらないわけには――!?」
「遅い、遅すぎる。こんなに簡単に背後を取られるなんて」
一瞬、何が起こったのか理解ができなかった。目の前に居たはずの野川さんが忽然と消えた。その姿は気付いた時には私の背後に付いていた。
「離して……!」
「暴れるのは推奨しないよ? このまま大人しく拘束された方が良い。暴れたら体に言う事を利かせるしかない」
ピタリとナイフを喉元に這わせる。
冷たい恐怖が一気に私の心を支配する中、野川さんは私の膝裏に蹴りを入れて地面に押し倒す。心理戦も格闘戦も全てにおいてものの見事にしてやられた私は成す術がなかった。
「こんなこと……こんなことはぁ……間違ってるよ……!!」
それでも拘束される、その最後まで私は抗った。
稲森君がきっと事態を好転させてくると信じて――。
「間違っていようとも、構わない。これが私の選んだ道――っ!?」
「そこまでだ! もう、好き勝手にはさせない!!」
戦闘で発生していた煙の中から突如、機械音と共に青い閃光が飛び抜けてくる。
それはまさに虚から一撃。しかし、その攻撃を察知した野川さんは間一髪で飛び下がり、直撃を緩和する。
「まさか綾斗君を倒すなんて優輝君……やるね?」
その言葉を聞いた私は彼が先ほどまで居た位置に目を向けるが、綾斗君は地面に倒れて微動だにしない。
「(まさか……友達を、殺ったの……?)」
「先輩、大丈夫ですか?」
そう言って稲森君はいつも通り、手を差し伸べてくる。
一体、どんな神経ならそんな平然と他人の手を握ることが出来るのかと疑いを向けたが、同時にあることに気付いた。
稲森君は一切、動揺していないのだ。
ましてや、自信に満ちたような目で私を見て強く頷いてみせた。
「(まさか……綾斗君は死んで、ない……?)」
それは全く確証が得れないものだったが、私にはそうとしか考えられなかった。
最初の侵攻の時も、今さっき遭遇した時も酷く動揺していたのに、今はそれを全く感じない。
「うん……何とかギリギリかな……」
「そうですか。でも、もう大丈夫です。後は僕に任せてください」
そう言いながら私を立たせた稲森君は野川さんを一直線に見る。
「野川さん、アンタなら分かっているはずだ。僕がこのゲームで負ける訳が無いってことを――」
「そう……そうだったね。それでも私にも退けない戦いはあるんだよ」
ズリッと足音を立てた二人はまるで光のようにぶつかり合う。
その斬撃の衝撃は未だかつて見たことも無いほどに痛烈なものだった。
「っ……無理、こんなところに撃ち込んだら誤射、しかねない……」
私も弓を構えるが、あまり速度に矢を射れなかった。
こうなってしまっては私は信じるしかなかった。このゲームで日本一へと導いたとされるゲーマー、稲森君の実力を――。




