第64話 それぞれの本性
「アンタか。なるほどな……嫌な女と会ったもんだ」
「あら? 再会を喜んでくれたっていいじゃない。支援嫌いのジーク君?」
「この尼っ……」
「はぁ、ダメですよ。ジークさん、あんな安い挑発に乗ったら」
カウンター越しに睨みを利かせあう二人にライザちゃんがため息を付き、ジークさんを引き離す。ジークさんたちとヒメアさんの様子を見る限り、三人は知り合いのようだが、犬猿の仲のようだ。
「それで今日は何をしに来たんですか? いくら同じ町に居るからって、わざわざ揶揄いに来たわけじゃ無いでしょ?」
「まぁまぁ、そんな焦らずにお茶でも出してくれないかしら? あなた達にだって関係のある話をしに来たんだから」
カウンター席に座り込みながら彼女は私たちの方を向いて笑顔を見せる。
しかし、その笑顔はどことなく冷たく、目が笑っていない。
その雰囲気を察してか稲森君がぽそりと呟く。
「《《そういう類》》の何かですか」
「……まぁ、面食いボウイは気付いちゃうわよね~そうよねぇ~?」
「要件を。おふざけはそれくらいにしてください。あなたほどの人が出張る案件である以上、大きな案件なはず。そうでしょう、『情報屋』のヒメアさん」
稲森君がヒメアさんの勢いを削ぐように鋭く言葉を吐く。
すると、彼女もまたやれやれと感じで真面目な顔つきへと変わる。
「やっぱり、あなた最初から私のことを『情報屋』だって知っていたのね。食えない男は嫌われるわよ? ふっ……まぁどうであれ、四の五の言っている場合じゃないから伝えるわ。今から一時間前、王城でアルフレッド・エルンガルトが刺されたわ」
「国王陛下が!?」
「ええ。使用された短剣には意識を混沌させる薬と強力な毒薬を混ぜた複合薬が塗られていて、容体はかなり危険な状態になっているみたい」
ヒメアさんがもたらした情報はあまりに衝撃的な内容で皆、一様に固まる。
その中で稲森君だけは一人、冷静に問いを投げる。
「待ってください、ヒメアさん。なぜ、そんな国家機密レベルの情報をなんで僕らに?」
「その理由は2つあるわ。一つは今回の国王暗殺を行ったのが転生者だから。そして、もう1つは私たちが個人的にマークしていたノエル・エルンガルトが遂に動き出したからよ」
「このタイミングで……? 刺した人物は一体、誰ですか?」
「女よ。この前、そこの子を殺しかけた、ね」
困惑した表情を見せる稲森君に対してヒメアさんは真剣な眼差しでまっすぐ玲奈ちゃんを指さす。彼女を刺そうとした人物――そこから連想される人物は一人だけだ。
「アタシをってことは……美咲の奴がやったつーのか!?」
「ええ。きっと、いい様に利用されたんじゃないかしら? まぁ、私からしたらそんな事は些細な事でしかない。正直、『面白い話じゃないの』ってくらいの情報でしかなかった。……けど、そうも言ってられなくなったのよ」
腕を組んで足を組み替えたヒメアさんは静かに私たちを見つめる。
「明日、ケルタニア帝国の皇帝使節団がエルンガルトを訪れる。表向きは外交の友好化を図る取り組みとされているけれど、主題は『奴隷通商条約』の協議よ。これはまぁ、『獣人奴隷の売り買いに協力的になりませんか? 王国さん』っていう政治圧力をかけてくる定例行事なんだけど……今回はその協議を突っぱねる王子様がいない」
「――おいおい、待て!! まさか王国が、帝国と手を結ぶとでも言うのか!?」
「ジーク、残念だけどその通りよ。このままならね。交渉に立つノエル王女は率先して、王国を第二の帝国として血の海に変えてしまうでしょう」
その言葉が意味するのは獣人たちの権利を迫害しても良いという風習が帝国だけではなく、このエルンガルトでも起こるということ――つまり、ライザちゃんやリリーが最も危険に晒される可能性が高くなっている事を意味している。
私にとっても他人事ではない。
「確証はあるのか?」
「私を誰だと思っているのかしら? そんなに疑うならこれを見なさい」
ヒメアさんはカウンターに複数枚の紙を散らばらせる。
そこにはノエル王女が奴隷を愛でる写真の他に、契約を結んだ書類など数多の証拠が陳列されていた。
「こいつは……マジモンじゃねぇかよ」
ジークさんが驚愕した表情を浮かべる中、気が気ではなくなった私は声を上げる。
「で、でも……ヒメアさん、まだ、王様が倒れた話は帝国の人に言って無いんですよね? それならこちらの事情を知らせて使節団の派遣を送らせてもらう……とか」
「残念だけど、それができたら苦労しないわね。帝国からしたら目の上のたん瘤だったアルフレッドがいないってことは、それはそれは喜ばしいことでしょうからね。伝えたところで止まりっこなんてないし、この機を逃すとは思えないわ」
「じゃあ、どうしたら……打開策は何もないんですか?」
「無い訳じゃない。ノエル王女を失脚させて、アルフレッドを王位に戻す。それが唯一の道よ。仮に、短気に走って使節団を襲ってもノエル王女を殺そうとしても、この歯車は止まらない。それなら元々の形に戻した方が速い」
ヒメアさんが断言すると稲森君はそっと立ち上がる。
「話は分かりました。でも、ヒメアさん、どうやって僕らがアルフレッド陛下を救出するんですか? 既に《《芽は撒かれているんですよ?》》」
そう言いはなった彼は一瞬だけ、玲奈ちゃんを目でとらえる。
芽とはノエル王女の支配下にある玲奈ちゃんのことを言っているのだろう。
それを察してか、ヒメアさんは冷静に淡々と語る。
「そこは問題ないわよ。別にあなたに救出を依頼したいわけじゃ無い。私たちに大義を与えてくれるだけでいいのよ。それに救出自体は彼のお友達にお願いするもの」
「ミルファーの元騎士団長へ依頼するってことですね?」
「そう、さすが転生者。分かっているじゃない」
ヒメアさんは嬉しそうに強かな笑みを浮かべる。
しかし、ジークさんは険しい表情でヒメアさんを睨む。
「この王国で、あの連中を使うつもりか? アイツらはエルンガルトに浸透している連中だ。表に出て素性がバレたらミルファーとエルンガルトの二国間の問題になるんだぞ。そこを分かって――」
「そんなもの、知らないわよ。私はね。単純にこの件が気に食わないの。人の命を無碍に、玩具みたいに扱う人間が嫌いなだけよ。私が愛しているこの街でそんな悍ましいことはこの私が許さない」
そう言い切ったヒメアさんは正に大人のクールさを漂わせる。
それはあまりに息を飲むほどの妖艶な美貌に見えて私たちは息を飲む。そんな最中、彼女は首にぶら下げたロケット型の時計を開き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「だから、あなたが協力しないって可能性も考慮させてもらったわ」
「――嫌っ! やだぁ!! 放してぇ!!」
「リリーの声!?」
「アンタって奴は……! ちきしょう! リリー!!」
突然、二階の部屋からリリーの悲鳴が聞こえ、稲森君が一目散に駆け出す。私たちがリリーの部屋に踏み込むとそこには立派な虎柄をした獣人がリリーを抱えていた。




