第61話 今日の友
「――またここに戻って来ちまうなんてな」
「玲奈、そんなこと言っている場合じゃないよ! 実結も援護を!!」
「うん……!」
私たちは変異したアルテム遺跡の中で戦いを繰り広げていた。
目的は可能な限りのレベリングと魔王軍の侵攻調査を行うことだ。稲森君の話ではこの遺跡の最下層には赤いゲートが存在し、魔王城に繋がっているらしい。
「さすがに五人も居ると戦いやすいですね」
「まぁ、後輩君が上手い具合に魔物を誘導してくれているからね。私たちは横殴りしているようなものだよ。それに、戦いやすいと言っても通路が狭いと人数差は活かせないし」
「それでも、自然と攻撃のローテーションがしっかり身について来たように思いますよ? 事実、先陣を長谷川先輩と玲奈先輩に代わって貰ってますが、遜色ないほどスムーズに戦闘できていますし」
稲森君は自信に満ちたような目でそう語る。確かに後衛で見ている私からしても動きは初めてにしては悪くないように思う。ただ、リリーだけはどこか動きが散漫で無駄が多い。
「(原因は……)」
私には分かりきっていた。遺跡の性質上、狭く暗い通路で何本もの刃物が鈍くぎらつく光が動き回っているのだ。いくら気を張って戦いを続けていたところでリリーが持つトラウマは消しきれる訳が無い。
「リリー……辛かったら後ろに下がっても大丈夫だからね……?」
「え、いや……大丈夫です! 大丈夫ですから……」
空元気で笑顔を張り付けても身体は時間と共に拒絶反応を起こす。
「はぁはぁ……」
「リリー! もう駄目、これ以上は無理だよ――稲森君、ストップ……!」
「ミユさん……ごめんなさい……ごめんなさいっ……はぁはぁ」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて息を吸って」
リリーはずっと無理をし続けている。そして、その理由は未だに分かっていないし、リリーも教えてくれていない。私たちはリリーの過去に答えがあると知っていても、彼女の心を壊してしまうのではないかと心配で迂闊に手を出せずにいた。
「そうですね。長時間の戦闘もよくないし、少し休憩しましょう。リリーの事をお願いします」
「うん……」
「よっと、実結。邪魔すんぞ?」
各々が気を使うように休憩を取り始めると不意に玲奈ちゃんが私の横に座る。
その行動に思わず、ビクッと反応してしまうが、彼女の目は今までに見たことも無いほど心配そうな目つきをしていた。
「なぁ……実結。この子はいつからナイフを見るのがダメになったんだ?」
「え……なんでそれを知って……」
「んなもん、視線を読めば大よそ見当はついちまうって」
玲奈の観察眼に私は思わず、黙る。
図星だと踏んだのか、彼女は続けざまに語る。
「こういう狭い空間じゃ否応でも目に入っちまうんだろうな。一種の強いトラウマだろ、それ。アタシが言える立場じゃねぇけど、無理に戦いの場に来させる必要はないんじゃねぇのか」
「いえ、違います! 違うんです。これは私が望んで――」
「どうだかなぁ……」
私との話を聞いていたリリーが慌てて否定する中、玲奈ちゃんは酷く遠い目で他所を向く。
「私もお前みてぇな境遇だったから分かるんだけどよ? アタシらみてぇなもんはさ、居場所を無意識に求めちまうんだよ」
「あ、あなたと一緒にしないでください……」
「残酷かもしんねぇーけど一緒だ。――お前、実結たちに見捨てられたくないんだろう? だから無理をしている。そうだろ?」
リリーは何も言い返せず、『違う』と意思表示をするように私の服を強く握る。
それでも玲奈ちゃんは臆することなく、正面からぶつかって行く。
「無理をしてもトラウマは消えねぇぞ。まして、凄惨な記憶は一生、残るからな。生半可な覚悟じゃ乗り越えられねぇ。元々、アタシも同じような怖い経験をしてるからわかんだよ」
「え……? 玲奈さんも……?」
「あぁ、昔のアタシは想像がつかない程に、ビビりなガキだったからな」
勇猛果敢に前衛で戦う玲奈を知っているリリーは私の胸に身を埋めながら不思議そうに彼女を見つめる。その視線を受けて玲奈は身の内を明かす。
「アタシは知っての通り、自分のお母さんを殺したやつを探るために、結構な無茶をしたんだ。それこそ死に物狂いでな? でも、そこまで辿り着くまでが、あまりにも長かったんだ」
玲奈は自分の手を見つめて握りこぶしを作る。
「今はこんな手だけど、昔は虫一匹殺せないような手だったんだぜ? けど、ある人が傭兵に指導をお願いしてくれたおかげでここまでになってる」
そして、フッと笑った。
「でも、その傭兵は何かを教えるでもなく、アタシをボッコボコにしてきたんだ。当時のアタシは抵抗なんてできねぇ。喧嘩なんてしたことのない奴と歴戦の傭兵――馬鹿げてるよなぁ? アタシは泣き叫びまくったし、「やめて」と懇願もした」
狂犬の狼と謳われた玲奈は静かにリリーに向けて自分の話を続ける。
「それでも、その傭兵は暴力をやめずにこう言った。「まだ訓練は終わっていない。死にたくなかったら抗え。そして、現実から逃げたかったら二度と戻って来るな」ってな。それを聞いた最初は「あんな苦しい思いをするなら二度と訓練なんてするもんか」と思っていたんだ。だって、今のおまえと同じだったんだぜ? 想像するだけで足も手も、心すらも何もかもが拒絶して「行くな」って震えちまうんだからよ」
「やめた……んですか……?」
「いいや、アタシはやめなかったよ。アタシには仇を取るっていう目的もあったけど、お互いに心を許せるようなバディーがいたんだ」
「バディー?」
「そう。相棒みたいなもんだよ。アタシはその人の為なら何でもできた。同じ思いで心を通わせることが出来る奴がいたからアタシは逆境を跳ね避けられたんだ。リリー、お前にもそういう奴がいるんじゃねぇのか――?」
玲奈ちゃんは私の方を見ながら話を閉めるようにそっとリリーの頭を撫でて立ち上がる。
「ただ、実際の所はどうやったら克服できるのかなんてのはリリーにしか分かんねぇ。それでも、誰かに身を委ねられたらそれはスンゲェ幸せなことだと思うぜ」
そこまで語ると玲奈ちゃんは由美子の方へ歩いていく。
まるで、最初から後始末は私にお願いするつもりだったかのように。
だとしても、今の私にできることはリリーの頭を撫でて抱きしめてあげることくらいが関の山だ。どうであれ、リリーが心を開くかどうかは別の話なのだから――。
「ミユさん……。まだ、まだ少しだけ胸をお借りしていても……良いですか……?」
「うん……」
「わたし……負けたくないんです。だから、ここに立っているのに……。過去に、自分自身に負けたくない、負けたくないのにっ……」
憎しみを、悲しみを嘆きに変えて言葉を放つリリーは私の服をギュッと掴む。
こんな子を前に口下手な私が何を言ってあげられるのだろう。
――いや、そもそも口下手だろうと言わなければ伝わらない。
いい加減、腹を括って切り出すんだ。
言え、言わなきゃ絶対に後悔する。
「苦しい……よね。だけど、私は……わたしはあなたの理解者でありたい。仮に血がつながっていなくても……リリーとは家族同然だと思っているから」
言えた。でも、足りない。
私が言いたいのはそこじゃないんだ。
「――だから何でも話をしてほしい。一人で抱え込むなんてそんなの、そんなの苦しくて、辛くて孤独で、そんなの家族じゃない……から……」
分かってはいる。「家族だ」なんて私のエゴでしかない。
嫌われたくないから。拒絶されたくないからこの問いから逃げてきた。
それでも、一緒に歩んできた時間は嘘じゃないと私は分かっている。
「ううぅぅ…………グスっ……私……わたし……」
苦しむように声を捻りだすリリーの顔を覗き込んでみれば、ぐしゃぐしゃになっていた。やっぱり、変な風に取られてしまったのだろうか。
そう思ったのも束の間でグッと抱きつく力が強まる。
「わたしが……本当に……ほんとうに家族……家族みたいになって……良いんですか? こんな、剣をみて怯えてしまう私なのにぃ……?」
「うん。もうリリーはそれだけ、私にはとって……大切な人なんだよ?」
「本当に……信じて……信じていいんだっ……」
彼女の瞳からも涙がぽろぽろと零れ落ちている。泣きじゃくり出した声に稲森君たちも集まって来るが、リリーの涙は止めどなく落ちる。
私はもうこの子を守ると、受け入れると決めたんだ。
だから、さらにもう一歩。息を浅く吸い込む。
話す言葉選びを間違えないように。
それでいて必要以上に傷つけてしまわないように。
精密機械を扱う様な程、慎重に――。
「うん――信じて欲しい。だからお願い……リリー。私にはリリーのトラウマが、過去にある気がするの。だから……だからね? リリーの過去を教えて……くれないかな? その悲しみを、辛さを、痛みを少しだけでも良いから私にも……背負わせてくれない、かな……?」
「ミユさんっ……」
リリーは私の名を呼んでから目を潤ませ、頬から涙を伝わせながらも踏ん切りがついたかのように自分の過去を話し始めたのだった。




