第60話 昨日の敵
「さーて、今日はどんな顔して起きてくるんだろうねぇ~?」
「っ……!? 由美子っ……?」
「あはは、ごめんごめんって!」
昨夜、あの後は由美子から尋問が飛んできて私はツラツラとあったことを語ったわけだが、その話を嬉々としてリリーやライザちゃんに聞かれたことが最もショックだったことは言うまでもない。
「おはようございます」
「お、おはよー! 後輩君」
「もう、みなさんは朝ご飯は?」
「ううん、私たちも今さっき来たばかりで今からだよ」
「それじゃあ、朝ご飯でも頂きますか」
何気ない朝の会話をしながら稲森君の表情を伺うとスッキリしたような表情でカウンターの鈴を鳴らす。その鈴の音に反応してライザちゃんは出てきて私たちから朝食の注文を取って声を張る。
「はいっ! それでは朝食のおまかせセット4つですね! ジークさん! 朝食おまかせ4つお願いします!」
「ちょっ、そんな声を張り上げて大丈夫なの? 他のお客さんに迷惑なんじゃ――」
由美子はその声量に驚いてライザちゃんに釘を刺そうとするが、当の本人は明らかに呆れるような表情で空元気のように声を張る。
「あぁ~! 大丈夫ですよ! なんせ、少し戻った客も――もう昨晩出て行っちゃいましたから!」
「えっ……?」
「私にもよく分からないんですが、何でもギルドからレベルを上げると褒賞が出るとかで、また南側に狩場を変更するんですって。その泊まっていた人曰く、今の流れ的にはそう考える冒険者が多いらしいそうですよ」
「――多分、昨日の魔王城の発覚で国がギルドを煽ったんでしょうね。実際ゲームの中でもそんなイベントもありましたし」
稲森君はそう言いながら私の横に腰かけるが、その目はやはり何か考えているようで少し上の空に見える。しかし、同時に私が視線を向けている事に気付いたのか、ハッとしたように口を再度、開く。
「とにかく僕らも無関係ではいられませんし、今はレベルを確実に上げて行かなくちゃいけない以上、今日も遺跡でレベル上げを中心にしていきましょう」
話題から逃れるような彼の言葉に疑問を感じていると閑古鳥が鳴いているはずのシーラスの入り口に付けられた鈴が聞こえる。
「うひょ!? ラッキー! こんな朝からお客さん!?」
ライザちゃんはすぐさま反応して駆けて行ったが、すぐに私たちの所へ戻ってきた。
「あの、実結さん? お知り合いだって方が来られてます」
その先に居たのは有川さんだった。
彼女は気まずそうな顔をして私たちの方へ歩んでくる。
そして、私の顔を見るなり深々と頭を下げた。
「ほんとうにすまねぇ……。今更、どんな顔を下げてここに来れるんだっていう話だって事は分かってんだ。けど……」
「有川さん……もう、謝罪は分かったよ」
「いや、アタシは――」
「私に今までの事を償う……そうでしょう? 有川さんも朝ご飯、まだだよね?」
「あ、あぁ……」
「なら、とりあえずは朝ご飯を食べよう……? 今日も私たちは遺跡に行く予定だから体力を付けないと。ライザちゃん、もうひとつ追加しても良い?」
「はいっ! お任せを! ささっ、座って待っていてください!」
ライザちゃんの誘導で向かい側に有川さんが座る。
ただ、当然ながら目の行き場に困っているのか目が泳いでいる。
みんなも黙り込んで雰囲気も最悪に近い。
「(あんなに強気だった有川さんが……見る影もない。まるで、昔の私みたい)」
こうなることは彼女も分かっていたはずだ。それこそ、逃げようと思えば逃げることだってできたはずだ。それでも、彼女は私という現実から逃げなかった。それなら、正解かどうかは置いておいて私も彼女に答えてあげるべきかもしれない。
「……。有川さんって……私と同じで不器用だよね」
「っ……!」
「実結? それはちょーと言っちゃだめだよ? 本人が一番気にしてんだから」
「誰が気にしてなんか――アタシはそんなんじゃ……!」
「それは事実だと思うなぁ~? 似て似つかないふりしているけどさぁ」
「由美子、てめぇ、表に出ろ……!」
「まぁまぁ、何はともあれさ。これからよろしくね、玲奈? 友達として」
有川さんはハッとした表情を見せながら少し顔を赤らめつつ、頷く。
そんな様子を横目に私は稲森君に視線を向けると彼は納得したように頷き、有川さんを見る。
「玲奈先輩、改めて首輪の件は僕たちが巻き込んだ形になったことは謝罪します」
「いや、アタシが今のココに居れること自体、お前等のおかげなんだ。だから謝んなよ……謝んねぇといけねぇのはアタシの方だ」
「なら、これ以上の言葉は要らないかもしれませんが、玲奈先輩。念の為に言っておきます。もしも、僕らを裏切るようなら全力をもって排除します。それだけは心に留めておいてください」
「ちょっ、ちょっと後輩君! そんな言い方は――」
「いや……それでいい。アタシが全員の脅威になったら、その時は頼む」
彼の言葉には確かに殺気が走っていた。きっと、これは『仲間だと思ってはいても完全には心を委ねていない』とアピールするための発言だろう。
「ええ。その時は容赦はしません。裏切らない限りは仲間ですから――これからよろしくお願いしますね」
「あぁ。こっちこそよろしく頼むよ。稲森」
「まぁ、堅苦しい話はこれくらいにしてご飯を食べてしまいましょう。丁度来たみたいですから」
モノを言いたげな由美子を他所に運ばれてくる料理を私と稲森君が受け取り、みんなに捌いていく。有川さんはその光景を虚ろな目で見つめていたが、食事が始まって一口、食べた途端に様子が一変する。
「おいしい……なんだよ、これ」
ツラツラと涙を流す彼女を前に私は目を細める。
きっと、今までの緊張や重圧から解き放たれたからこそ、抑圧されて感じる必要がなかった感覚が溢れ戻ってきているのだろう。
「おいしいよね? 少しだけその気持ち、分かる。私も由美子と仲直りした後のご飯は馬鹿みたいに美味しくてさ……」
私がそう語ると有川さんの頬から涙が伝う。それでも、罪悪感からか泣くことを止めようとする。
「……有川さん、たくさん泣いていいんだよ」
彼女もある意味では被害者なんだ。
だから、私は彼女の顔を覗き込んで口べを切る。
「もう、狂犬の狼の玲奈ちゃんはいない。玲奈ちゃんは玲奈ちゃんで良いんだよ」
その言葉を皮切りに玲奈ちゃんはむせび泣く。
横に座る由美子がそっと抱き寄せて背中を摩る。その光景に私は一人、『これでいい、これで良かったんだ』と思いながら見つめることしかできなかったのだった。




