第59話 迷走する目的地
医務室を後にした私たちは城を出てシーラスへと戻ってきていた。
夜が更け始めた時間にも関わらず、暇を持て余していたジークさんとライザちゃんは私たちに遅めの夕食を提供するべく手を動かしながら帰りが遅くなった理由に耳を傾ける。
「なるほどな。それで? その子はお沙汰なしになったわけだ。坊主や嬢ちゃんたちにとってはいい話じゃないか。そんな湿気た顔をするようなことではないと俺は思うが?」
「そんな簡単な話じゃないんですよ。あの場にノエル王女が居るって分かっていたら僕だってもう少し手を考えたんです」
「――ノエル王女って……確か現国王の妹さんですよね? 王になる継承権を早々に放棄したっていう例の」
ライザちゃんは思い出すようにぽそっと言う。
その言葉に反応するように稲森君は頷く。
「そう。ノエル王女は先代国王が次期国王を選抜するという話が出た直後、その継承権を早々に放棄した。それはひとえに兄を思っての行動として捉えられている。そうですよね?」
「あぁ、そうだな。坊主が言うように兄想いの妹らしい。まぁ、歴代の王が男っていうのもあったんだろうが、当時はエルンガルトの次期国王はアルフレッドっていうのが、世論の一般路線だったからな」
「でも、それが表の理由じゃなかったとしたら?」
ジークさんは世間話程度に聞いていたが、動いていた手がピタリと止まった。
その空気感に私を含め、その場に居た由美子やリリー、ライザちゃんまでもが2人を見つめる。
「坊主……俺の経験上、そういう目をする話っていうのは良くない話だ。何を知っている?」
その鋭い問いに稲森君は目線を落とし、両肘をテーブルに付いて手を組んで静かに口を開く。
「あくまで僕が知っている転生者としての未来予測の範疇ですが、ノエル王女はケルタニアとの同盟締結、強いては奴隷の過剰流入を望んでいます。そして、最終的にはアルフレッド殿下の命やエルンガルトの国自体も――」
「なっ! お前……それはさすがに嘘じゃないのか?」
「あくまでも、僕の知っている世界線では――です。証拠はありません。それに証拠があればこんな話はココでしていませんから」
稲森君はそう言いながらジークさんをマジマジと睨むような鋭さで見つめる。
そんな視線の交錯を経てジークさんは笑う。
「大丈夫だろう。今のところはそんな噂は無い。大体、こんなに国政が安定しているのに兄妹で殺し合うか? ない、ない! そんなことを言って歩くと不敬罪で、しょっ引かれちまうぞ。坊主!」
「はぁ、どの口が言うんだか……? ジークさんが一番気を付けてください? 彼はジークさんみたいに不敬の塊じゃありませんから」
「は? 何、言ってんだよ。チビ助、俺は立派な大人、臣民だぞ?」
「だ~か~らぁ~!! チビ助と呼ぶなって言ってるじゃないですか!? 皆さん、聞いてください! この前、お客さんに『チビ助さん、注文良い?』って言われたんですよ!? わたしに対しては既に不敬なんですよぉぉぉ!!」
いつも通りというか、この二人のやり取りを見ているとほほえましくなる。
ぺシぺシジークさんをタオルで叩くライザちゃんを前に私たちの緊張も解かれていく。それでも、稲森君だけは思い悩むように目の前に置かれたグラスを見つめていた。
「まぁ、何はともあれ腹が減ってはなんとやらだ! ちゃんと食っていけよ?」
そんな何気ない一言に稲森君は微笑を零し、その眼差しをこちらに向ける。
それは食事を頬張っている時も味を聞かれた時ですらも、その笑顔を張り付けたままで私には稲森君が無理をしているように見えて食事を落ち着いてしているはずなのに心がかき乱されるような感覚になっていく。
「あ~おいしかったぁ! ね、そう思うよね? リリー」
「は、はい! ユミコさんに同意見です」
「えぇ……それ、なんかリリーちゃんに言わせてませんか?」
「なんで!? ライザちゃん酷いなぁ、そんなことないって! ねぇ実結もそう思うでしょう――ああぁぁ!!」
由美子は唐突に大きな声を上げ、ピッとジークさんに指を差す。
あまりに突然すぎることにその場に居た全員が由美子の奇行に目を向ける。
「今、思い出したぁ!! 私、まだライザちゃんとお風呂を入ってないんですけど!?」
「へ?」
「は? 風呂?」
全員がポカーンとする中、カウンター越しにジークさんに由美子が詰め寄る。
「そう!! 私たちの故郷では仲良くなりたい人と友好の印としてお風呂に入る風習があるんですっ! まだ、ライザちゃんと私は入ってないっ!」
「お、おぅ……つまり?」
「ライザちゃんを私に貸してくださいっ!」
由美子の圧に動揺するジークさんはライザちゃんに目を向けるが、当の彼女はブンブンと首を横に振る。
「ま、待ってください! 今さっきの発言は別に由美子さんに敵意を向けた訳じゃないし、それに私にはこれからの宿番だって――」
「ライザちゃんは私とは仲良くなりたくないんだぁ~……そうなんだぁ~……?」
「え、あっ……いや、そうじゃなくてですよ? ジ、ジークさん!」
明らかに落胆する姿勢を見せる由美子を前にライザちゃんはジークさんに助けを求めるが、彼は少し口角を上げてトントンと肩を叩く。
「ふっ、宿番は俺がやるから心配するな」
「え、行きたいとかそんな意味じゃ――!」
「まぁまぁ、そう言わずに行ってこい。こういう手合いはしつこいもんだぞ? 今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日だって来る。だろ?」
ジークさんが狂気じみた事を言うと由美子はニシシと笑みを浮かべながらライザちゃんを見る。私の目から見てもライザちゃんの身の毛がよだつのが見て取れた。
「由美子……いくらなんでも強引じゃない?」
「そんなことはないって! 私、リリーちゃんも好きだけど、ライザちゃんの事も大好きなんだから」
「まぁ、由美子らしいといえば由美子らしいけどね。じゃあ、私もみんなと――」
お風呂に行こうと言いながら立ち上がろうとした時、急に由美子が私の肩に手を回してその動きを制止する。すると由美子は私にポソリと呟く。
「彼のこと、気になるんでしょ? ――ほら! 二人ともいざお風呂へいくぞぉ! ほら、リリーちゃんも~えいえいおー!」
「お、おー? ふふふっ! ライザちゃん、行こうっ!」
由美子は意味深な言葉だけを残してウィンクする。本当に由美子は私の些細な心情に気付いてくれる親友だと改めて実感させられてしまう。けれど、同時に稲森君との間には決定的に隙間が開いてしまっているような気がしてならなかった。
好きだからこそ、その隙間を埋めたいとも思うし、私という存在を少しでも頼れる存在だと思って欲しかった。かつて、ふさぎ込んでいた私の手を引いてくれた彼にはそんな顔をして欲しくはなかった。
「ごめん。やっぱり三人で……行っててくれる?」
「OK~! んじゃ~張り切ってライザちゃんのスリーサイズを調べにいってみよぉかぁ~!」
「あなたは馬鹿ですか!? お風呂に入りにいくんでしょうが!?」
「そんなカッカするとおばあちゃんになっちゃうよ?」
「おいおい、あんまりうるさくすんじゃねぇぞ?」
「「はぁーい」」
ガヤガヤと騒ぎながら取っ組み合いをするライザちゃんと由美子にジークさんは釘を刺して嘆息をする。
「ったく……まぁ、たまにああいうワイワイさも有りだな。宿屋冥利に尽きるとはこのことを言うんだろうな?」
「あはは……すみません。由美子が……」
「何も気にすんな。俺としてはもう慣れっこだ。さて、俺は片付けと明日の用意をしてくる。裏に居るから何かあったら呼んでくれ」
「あ……はい」
そう言ってジークさんは少し察したよう裏に下がって行った。
きっとさっきの問答で由美子が密かにジークさんへ何か合図を送ったのだろう。
だけど、あそこまであからさまだと稲森君も気づいてしまう訳で――。
「完全に気を使われました、かね」
「うん。そう……だね」
私と稲森君の間に静寂が流れて秒針の進む音だけが響く。
ゆっくりと息を吸った私は意を決して口を開く。
「ねぇ、稲森君……。私が言えることじゃないけど、あまり気負わないでほしい。ここ最近、稲森君は無理しているような表情ばっかりで……だから、その……私にも一緒に悩ませてほしい」
「すみません。そんなあからさまな表情をしていましたか?」
「うん……何というか、周りが見えなくなっていっているような……」
「そう、ですか……」
稲森君は少し落胆するようにテーブルに肘を付き、目線を下げる。
「正直、イレギュラーが起こり続けていて焦っているのは事実なんです。転生からわずか三日で魔王軍の侵攻が起こったり、魔王軍の幹部に僕の友達が2人いたり……挙句、ゲーム構成上では後半に出てくるはずのノエル王女が出てきたり――」
「それってつまり……」
「そうです。次に何が起こるのか、全く予測ができないんです」
彼は苦しそうな表情を浮かべながら打ち明ける。そのつらさはきっと私たちを誰も失わずに引っ張り、導いて行かなくてはならないという思いがあるからだろう。
そんな重みを抱えている稲森君を前にした私は無意識に彼の肩に触れていた。
「先輩……?」
「確かに先のことは分からないかもしれない……。それでも、私は稲森君を絶対に守るよ。稲森君がしてくれたように」
自分で言い切った後でとんでもないことを言っている事に気付いて顔がみるみる赤くなってくる。当の稲森君も面を食らったように少し顔を赤らめていたが、あろうことか肩に置いた手に、手を重ねてくる。
「ぼ、僕も先輩を守ります」
「う、うん……だ、だから……その……稲森君は稲森君の直感を信じればいいんだと思う。私がどうとか、みんながどうとかよりも」
「そういうもの、ですかね?」
ヤバい、向き合う形になったからか瞳が稲森君に吸い込まれていく。
だから、私は意図的に目線を下げる。
「うん。私もみんなも……稲森君のことは信頼してるから――じゃ、じゃあ、明日も早いからお風呂入ってもう寝るね!」
限界に達した私は稲森君の手を離してスッと立ち上がって速足でお風呂場へ逃げたのだった。




