第58話 静かな摩擦
「このような可憐な少女が殺人を? 人は見かけによりませんわね?」
ノエル王女はベッドに横たわる玲奈を見つけるとキラキラした目を向けるが、サランドール騎士団長が咳払いで一蹴する。
「んんっ、ノエル王女殿下。少し自重をされては――?」
「し、失礼。改めてまして紳士淑女の皆様。私は現アルフレッド国王の妹――ノエル・エルンガルトです」
ニヤリと笑みを浮かべて爛々とした瞳を私たちへと向けてくるが、その手には言葉とは似ては似つかない首輪が握られていた。
「その首輪って……」
「うん? あぁ~これが『奴隷の首輪』。首にハメるだけで痛みも無く、奴隷化することができるのよ? 凄いでしょう?」
私の表情を一瞬だけ覗き込んだノエル王女は長い髪を靡かせ、堂々とした足取りで有川さんに近づいていく。
「実結と言ったかしら? あなたの表情を見れば悲観的に捉えているのは分かります。ですが、これは決して悪い事じゃない。ただ、『殺しをしない』という破れない約束を守ってもらうため、首輪を付けてもらう。それだけのことよ」
言っている事は分かっているし、頭でも理解している。
それでも差別が無い世界から来た私たちにとっては受け入れがたい光景であることには変わらない。そんな思いを知る由もなさそうなノエル王女は寝ている有川さんの首にそっと首輪をハメた。すると、カチンと音が鳴ると同時に紫の紋様がぐるりと回ると静かに体の内側へ消えていく。
「これで完了よ。言った通り何も問題はなかったでしょう? あとは自由にしてもらってかまないわ。それじゃあね! いくわよ、サランドール」
「はっ、仰せのままに!」
「――本当にあなたという方はっ……!」
「ん? 何かしらミスター稲森?」
稲森君は颯爽と出て行こうとするノエル王女に対して苦い顔で見つめる。
その目は明らかにノエル王女を睨んでいた。
「最初に言っておきます。あなたの想い通りにはさせませんよ」
「その意味は分からないけど、これからも仲良くしましょう。《《長い付き合いになるはずだから》》」
お互いの視線が交差して火花を散らし、ノエル王女は笑みを残して部屋を出て行く。
あの笑顔の裏には何かとんでもないことがあるような気がした。
「ねぇ、稲森君……やっぱり、ノエル王女って何か――」
「詳しい話はシーラスで話しましょう。今は――」
そう言うと彼はおもむろに医務室のデスクにあった紙にメモを手に取って何かを書き始める。その表情は硬く素早く手を動かす。
「茜先輩。玲奈先輩が起きたら、この地図を渡してくれますか?」
「これは……?」
「僕たちの泊っている宿屋の場所を書いた地図です。玲奈先輩が僕らと歩むならこの場所へ来るように伝えてください。無理強いはするつもりはありませんが、僕らの元に来なかった場合は命の保証はできません。王族との密約である以上、それを不義理にしたら自ら死ぬように命令される可能性もあります。奴隷は雇用主の下す命令には抗えません」
キッパリと事実を告げる稲森君に対して茜は明らかに動揺した反応を見せる。
「待って! 私に……玲奈を説得しろっていうの?」
「いいえ、この事実を素直に伝えて僕たちが『いつでも待っている』と伝えさえしてくれればそれだけでいいです。これは僕たちが始めたことではありますが、あとは玲奈先輩が決断することですから。それでいいですよね? 先輩」
振り向いた稲森君は私の目をじっと見つめてくる。
これ以上、言葉は必要ないだろうと思わせる視線に私はこくりと頷く。
有川さんの罪は一生、消えない。その過去とどう向き合うかは彼女次第だ。
「それじゃあ、僕たちは宿に戻っています。いきましょう」
「……わかったわ。だけど、稲森っ!」
「なんですか? まだ何か?」
入り口に向かって歩く私たちを他所に茜ちゃんが声を上げ、面倒くさそうな様子で稲森君が振り返る。
「今更、都合が良いのは分かっているけど……私たちも私たちなりに頑張るわ。だから、何かあったら――」
「心配する必要はありませんよ。どの道、同じ戦場でまた逢うことになると思いますから。その時はお互いに最善を尽くしましょう」
スルーするかのように言葉を放った稲森君は部屋の扉を開けつつ、真剣な表情で私の方をみて頷く。その様子からまた何かとんでもないことが待ち受けているのであろうことを悟りながらも私たちは部屋を後にしたのだった。




