第57話 腹の読みあい
ノエル王女の話を飲み込み、謁見の間を出た私たちだったが、稲森君の表情はずっと曇っていた。そして、彼は謁見の間が扉が閉まるとサランドール騎士団長へと鋭い眼光を向ける。
「サランドール騎士団長、図りましたね? 僕らを巻き込む――」
「さーて……何のことやら? それに俺が謁見を取り付けなかったら、お前らは王の拝謁すら許されなかったんだ。感謝してほしいものだ。それになぁ? 俺にだって《《立場があるんだ》》。そこは分かってくれ」
汚い笑みを浮かべて半身だけ振り返るサランドールの相貌には大人らしい言葉のけん制が含まれているようにも思えた。それでいて何事も無いかのように振舞う。
「あぁ、そうだ! 例の身柄の引き渡しだが、今日中に行えるはずだ」
「でしょうね。ノエル王女はそういう人でしょうから」
「やった! やっぱり、あの王女さんすごく良い人そうだったもんね」
ピリつく二人を前に由美子は場違いな笑みをこちらへと向ける。
有川さんが解放されることが嬉しいのだろうけれど、稲森君とサランドールの話から彼らは何かを隠しているような気がする。
「(私には正直、分からないけれど……サランドール騎士団長の狙いは『私たちを抱き込むこと』――そんな気がする)」
王族との密約。それが意味するところは互いに共存関係を結んだということだ。
つまり、何かが起こったら協力しろと王国から無言の圧力を受けているようなものに等しい。
「あぁ、王女殿下はとても良いお方だとも。とりあえず、先に医務室へ行っておけ。どの道、俺はここでしばし王女待ちだ」
「……わかりました。みなさん、こちらです」
稲森君の言葉は依然として強張っており、どこか近づきがたい雰囲気を放っている。彼の案内で進んでいくと次第に豪勢さは消え失せて、古い木材建築の兵舎のへと入り込む。居住スペースというより大衆の寝泊まり場所という印象を受ける一角に医務室は併設されていた。
「医務室はここですね」
稲森君が医務室のドアをノックすると聞き覚えのある返事が響いてきて、扉が開いた。その隙間から顔を覗かせたのは茜ちゃんだった。
「あ……どうぞ。玲奈はまだ眠ってるけど」
「……失礼します」
いかにも保健室のような部屋のベッドで有川さんは眠っていて、全員が椅子に腰かけ、その様子をみる中で茜ちゃんが不意に口を開く。
「軍の……軍の衛兵さんに聞いたんだけど、稲森の処置が速かったお陰で今は意識がないだけだそうよ。その、玲奈を助けてくれてありがとう」
「いいえ、僕は何も。僕はやれることをやっただけで。一番の功労者はこの子ですから」
「えへへ……」
リリーは幾分か、表情が良くなって強気にハニかむ。その様子を少し申し訳なく見つめながら稲森君は気を落とすように玲奈へ視線を向ける。
「それに……玲奈先輩にとってはこれからが過酷かもしれません」
「え?」
「実は――」
そこから稲森君はココに至った経緯を全て茜ちゃんへと話した。
当然、茜ちゃんとしてもホッとする一方、『奴隷』という言葉に顔を表情を曇らせる。それでも、由美子は心配させまいと明るい方向へと話を持っていく。
「たださ? 私が思う限りだけど、あのノエルって言う王女さんは良い人そうだったから問題はないと思う。きっと大丈夫だよ」
由美子の言葉に茜ちゃんは、無言で私と有川さんの方を交互に見る。
その意図は何となく察せる。
「(本当に信頼していいのか分からないんだよね……。それにそれだけじゃない。『私たちと行動する』っていうことは有川さんが私と顔を突き合わせて行動するっていうこと。……それが有川さんにできるか、そして私にできるかが心配なんだよね)」
正直、私は上手くやって行ける自信はない。
それにこの事実を知った有川さんがどんな反応をするのかによっても心が大きく左右される気がする。私の心にモヤッとする感覚が渦巻く中、茜ちゃんは私の元へ近づいてきて、頭を下げる。
「改めて白鳥さん、ごめんなさい。私はいじめられているあなたに何もでき――ううん、しようとしなかった。過去のことが許されるとは思ってはいないけど、今の私には謝ることしかできないから本当に、ほんとうにごめんなさい」
恍惚と繰り広げられる突然の謝罪に私は呆然とする。
この謝罪の意図は大よそ見当はつく。真意から謝りたい気持ちもあるのだろうけれど、本当の所は玲奈ちゃんのことを思って謝罪しているであろうことは何となく察せられた。
「(そんな謝罪一つでどうこう出来る訳じゃないのに……。あったものを無かったことになんてできない。それは私も同じだから……)」
過去を振り返りながら私は頭を下げ、『答えではない、答え』を発する。
「……私もごめんなさい」
「え? なんで白鳥さんが謝っ――」
「私も……知っていたの。一年生の頃、あなた達がいじめられていたことを……」
美咲たちは入学したての頃、学校を乗っ取るために主要集団をターゲットにいじめをしていた。それは仲睦まじく友情を育んでいた茜たちにも及んでいる。
当然、その事実は影の薄い私でも知っているほどだった。
「それは……そうかもしれないけれど、私たちはより白鳥さんの方が……だって、ずっとあなたは三年間も孤独に耐えてっ……!」
「もう……《《やめよう》》? お互いに許さない……それでいいと思う」
「ちがっ、それじゃ意味がっ……あぁ! もうっ!」
茜ちゃんは俯いて答える私の手を徐に取ってまっすぐ私の目を見る。
「なら……許さなくても、許せなくてもいい。私と……イチから友達になってほしいの。同じ境遇だった者として」
「(何それ、言ってる事めちゃくちゃじゃん……そこまでして玲奈ちゃんを……)」
私が戸惑っていると由美子はブッと笑う。
「お互い少し冷静になったら? 茜が謝罪していると思ったら実結まで謝りだしちゃってるじゃん。んでもって、友達になるかならないかで険しい顔なんかしちゃって」
「し、仕方ないじゃない! こういうの……慣れていないんだから」
「やれやれ、茜はもうすこーし器用な人間かと思っていたけど……2人してブッキーと来ましたかぁ……スゥ」
由美子は面白いと言わんばかりに頭をポリポリと掻いて私の肩を掴む。
「実結。もう過去は水に流してさ? 友達になっちゃいなよ。お互い償う意味で」
「それは……」
「嫌なら別に強要はしないけど、後味悪くなるのは実結なんじゃない? それに、後から助けてって言われても私は何もしないから」
由美子は痛い所を突いてくる。
確かにここから先の未来を決めるのは有川さん自身だ。由美子には恐らく、そんな深い考えはないのだろうけれど、目の前には『委縮していた私』を引っ張り上げてくれた親友の優し気な笑みがあった。
「っ……由美子には敵わない、かな?」
「ふっ、なにそれ? 敵うもクソもないと思うけど?」
「そうだね……。その、過去のことはもう……うん、良いよ。だから、えっと……これからよろしくね。茜……ちゃん」
「え、えぇ。よろしく……白鳥さん」
「うん。これで一件落着! あとは玲奈が目覚めれば全て丸く収まるんだけどね~」
私たちが握手を交わす中、傷を負った有川さんの方へ由美子は視線を落とす。
部屋の中が沈黙に包まれ始めた瞬間、いきなり医務室の扉が勢いよく開く。
「――お邪魔致します! それで例の犯罪者の子というのは何処に?」
「へ?」
「ふんにゃぁ!?」
「ノエル王女!?」
私たちの前に現れたのは護衛の騎士団長サランドールと元気溌剌なノエル王女だった。




