第56話 直訴
「殿下の許可がおりました。謁見してくださるそうです。ただ……」
「ん? どうした?」
「実はノエル様がどうしても同席したいと仰せでして……」
「ノエル様が……。アルフレッド殿下はなんと?」
「殿下は……同席しても構わないと仰せです」
「そうか。では通してくれ」
その場に漂う何とも言えない空気の重さに私が横を見ると稲森君の目が幾分か鋭さを増しているように見えた。そんな憶測を他所に謁見の間の扉が開く。
その先には玉座に座るアルフレッドさんと赤いドレスに身を包み、玉座の真横に佇む少女が居た。見るにアルフレッドさんと差して年齢も変わらないように見える。
「(もしかして兄妹……とか、かな)」
普通に考えて同等の人間でもなければ数段上がった位置にある玉座の隣に佇むなんてことは出来るはずもない。しかし、そう考えると先ほどの歯切れの悪い会話が妙に気にかかる。
「殿下。謁見をお許しくださりありがとうございます」
「堅苦しいのは要らん。火急の要件と聞けば通さずにも居られまい。一体、何があった?」
サランドールは先ほどまで私たちが話した事の顛末を語った。ノエルはその間、寡黙に徹して何も喋らない。その視線は常に私たちへと注がれている。
「(なんだろう……。うまく言えないけど……すごく、すごく嫌な視線に感じる)」
彼女はまるで私たちを小動物か何か、自分よりも下等な生物を愛でるような視線でこちらを見ているような気がする。そんな私の推測を他所に話は進んでいく。
「勇者の一団にも関わらず、よりによって殺しをするなど……。その殺人を犯した者は捕らえているのか?」
「はい。現在は致命傷を負い、治療を受けている最中ではありますが」
「罪人に治療などやめておけ」
「しかし、それでは召喚した者たちの士気にかかわるのでは」
サランドールがそう言うとアルフレッドの視線がグッと鋭くなる。
「俺の意見に口答えか。いくら勇者の一団とは言え、殺しをエルンガルトで許したとなれば民に示しがつかないだろう。ましてや、その者たちを招くと宣言したのは俺だ。罪人に施しをあたえたなどということが露見すれば、国王としての威厳が損なわれることになりかねん、その意味をお前は理解してくれると思うが?」
交戦的に放たれた言葉を前に騎士団長はぐうの音も出ない。
そして、よりによって稲森君の方へと視線をずらす。
「(そっか、この人……。最初から私たちの話を飲む気なんてサラサラ無かったんだ。でなきゃ、このタイミングで振るなんて)」
当然、その視線誘導はアルフレッドさんから見ても一目瞭然だ。
全視線が私たちの方へと移る。
「それで、どうしてここに転生者たちがいる?」
「はっ、この者たちがその犯人の事で王に嘆願したい事があると申しておりまして」
「よもや、弁明などを考えている訳ではあるまいな? ハインテット」
完全に出鼻をくじかれた形で稲森君に話が差し向けられる。
眼前に冷徹な威圧を受けても尚、稲森君は声を張った。
「恐れながら、殿下その通りです。僕らは彼女の減刑をお願いに参りました」
「ならぬ。それはいくら功績者の願いでも汲むことは出来ん」
「しかし、今回の犯人は亡き母親の仇を取ったもの。本来であれば元々の、来る前の世界で晴らせていたものです。なので、どうかご一考願えないでしょうか」
「つまり、何か? この世界に招いた俺にも責任があると? お前はそう言いたいのか?」
一度、目を伏せたアルフレッドは息を吐き、低い声で語る。
その表情と反応は怒っている。元より騎士団長からは警告されていたことだ。
私たちが無言を貫く中、隣に佇む少女が口を挟む。
「お兄さま。ここは彼らの嘆願を受け入れましょう」
「ノエル、お前が口出しすることではない」
「そうでしょうか? 兄を諫めるのも妹の務め。それにこれは国家の大事です」
スタスタと上段から降りたノエルは私たちにウィンクをして兄であるアルフレッドに向き直る。
「お兄さま、冷静になってください。今回の一件は彼ら転生者が元の世界で募らせた私怨が発端です。かのハインテットが言うように、この問題は元の世界に居れば解決してたやも知れません。それを我々が捻じ曲げてしまった」
「ああ。そうかもしれんな。だが、仮にそうだとしてもだ。殺しは殺しだ。到底、許すわけには――」
「ええ。勇者の一団が殺しなどあってはなりません。そんなことは微塵も起こるべきではない。だからこそ、全てが《《無かったこと》》にすればいいのです」
ノエルは不敵な笑みを浮かべて前を見つめる。
その独特な雰囲気を前にアルフレッドさんも思わず、顔を引きつらせる。
「まさか、お前は最初から『殺しが無かったこにしろ』と?」
「ええ。その通りですわ、お兄さま。元々、勇者の一団がこの世界に転移してきたことは周知の事実ですが、誰が転生者であるかは露見して居ないはず。それならば問題にはならないはずです」
そして、こちらを振り向き手を私たちへと差し向ける。
「ましてや、エルンガルトの首都防衛、ならびに名誉授与式で表舞台に立っているのはここに居る四人のみ。せいぜい知っているのはごく少数の人物たちだけ。隠匿することなど容易でしょう?」
「しかし……」
「悩まれるのは分かります。ですが、お兄さま考えてみてください。この要望を蹴ればハインテット様たちが我々に反旗を翻したり、姿を消したりするかもしれません。――いや、民に異なる噂を流して王家の権威を失墜させる可能性も否めません」
ノエル王女は次から次へと起こりうるリスクを饒舌に語る。
「それ以外にもミルファー共和国に移住し、獣人たちを携えて我々に襲い掛かる未来もありますし、可愛そうになった私が帝国に良からぬことを言うやも――」
「もういい。ノエル。少し黙れ」
そう言って頭を抱えたアルフレッドは顔に手を当てがって片目でこちらを見る。
「俺は王として臣民と同じ地に殺人犯を放つなどできん。それを許すならば何らかの代償をお前らに払ってもらわねば理にかなわん」
「代償……ですか」
「そうだ。その者を解放するにあたって身代わりになる――犯罪を絶対に起こさせないという何らかの誓いとなる代償をな」
王家としては玲奈を世に放つと言うことは犯罪者を野放しにするということになる。
当然、それを担保するだけの何かが無ければ納得ができないということだろう。
しかし、今の私たちにはそれを担保するだけの、交渉を成立させるだけの材料が手元にない。言葉に詰まっていると三度、ノエルが声を出す。
「奴隷化――それでいかがでしょうか? その犯人には『他人に危害を加えることを禁ずる』という命令を下し、この者たちの監視下に置いてしまえば問題は無いでしょう」
「確かに奴隷にすれば命令は覆せんが、契約主はどうするつもりだ?」
「その役目は僕が――」
「それはなりません」
稲森君が名乗りを上げようとするが、ノエルが鋭い眼光でその言葉を遮る。
「これは仮にも王家と転生者との間に結ばれる密約。故にここは私が仲裁としてマスターとなりましょう」
「しかし……それではっ――」
稲森君は冷や汗を垂らし、歯を噛みしめて凝視する。
その姿は酷く焦っているように見えるが、ノエルはそれを鼻であざ笑う。
「ふっ、何か困ることでも? いいですか、ハインテット。私もあなたを、そしてあなたたちを信じたい。それでも、あなた達と我が国との関係はあまりに浅い。その状況の中、王家直系の王女である私。ノエル・エルンガルトがこの場を収めると言っているのですよ? これ以上の温情はありません」
決したと言わんばかりの言い切りぶりに私たちは何も口を挟めず、沈黙が広がる。
事実、アルフレッドさんの話から考えてもノエル王女の話に乗る以外に選択肢はない。この話を蹴れば玲奈は断罪され、直訴した私たちの身すらも危うくなる。
「稲森君……」
私は彼の名前を呼び、もうこれ以上の選択は無いという意志を込めて頷く。
すると、彼は悔しそうな表情をしながらアルフレッドさんたちの方へ向き直る。
「承知……いたしました。王家の温情に感謝いたします」
「よろしい。ではそのように進めると言うことでよろしいですね? お兄様」
「ああ、構わん。そのようにしてくれ」
「承知いたしました。身柄の引き渡しについては奴隷化が済み次第、サランドール騎士団長に一任します。今は下がりなさい。私もあとを追います」
「はっ、お前ら行くぞ」
ノエルの一言で謁見は完全に強制終了となり、退室を余儀なくされた。その傍ら、稲森君は王女であるノエルに向かって鋭い眼光を放ち続けていたのだった。




