第54話 狂犬の毒牙
「――とまぁ、アタシの人生は松村一族のせいで滅茶苦茶さ」
玲奈ちゃんは一通り、話を終えると酷く冷たい目線で美咲を一瞥する。
しかし、それに対して美咲は必死の形相でクラスメイトに訴える。
「そんなの嘘よ! それに今、玲奈は……玲奈は斎藤先生を殺したのよ!?」
玲奈が悪人だとアピールする美咲の声に対して、玲奈は唾を吐き、白々しいと言わんばかりに玲奈を睨む。
「けっ、まだ悲劇のヒロインを語るってかぁ? まぁ、アタシの家族のことはここじゃ証明はできねぇよ。証拠自体、全て元居た世界にしかねぇからな――けど、何か忘れちゃいねぇか? 美咲」
「えっ……?」
「お前がアタシに今までに命令してきたことを――だよ。それは殺人も厭わない松村のやり口のことだ」
その直後、美咲本人の位置とは違う所から彼女の声が響き渡る。
『全部、実結のせいよ。アイツが、あの変な後輩を連れ込んだせいで松村の私がこんな目に――』
「っ……!! これは違うのっ――!! みんな、聞かないでっ……!」
雷にでも打たれたかのように美咲は慌てて玲奈に詰め寄るが、美咲の声は何処からともなく響く。
『そ、そうね! 玲奈、アイツらが私の目の前に現れたら《《殺していいわ》》、あとの始末は戻ったらパパがしてくれるもの!』
ゾワリとした悪寒が私の背中を伝う。美咲は私たちを最初から殺そうとしていたのだ。その話を聞いたクラスメイト達も動揺の色を隠せない。
そこに一閃の声が響く。
「みんな。私たちは運が良かっただけに過ぎないわよ。白鳥さんがいじめられていなかったら、美咲のターゲットは私たちの誰かだったかもしれないし、死者が出ていたかもしれない。これは紛れもない事実よ」
修羅場と化していた静寂の雑踏をかき分けた茜さんの声が響き、彼女は私の方を向いて頭を下げる。
「白鳥さん、ごめんなさい。私は……あなたを守る勇気がなかった。許されないことだって事は分かってる。それでも自分が、あなたの立場になることが恐ろしかったの。本当にごめんなさい」
彼女はさらに深々と頭を下げる。その行動にクラスメイト達は一様に目を伏せた。
私自身、今までの周りの反応からみんな見て見ぬふりをしていたことは分かっていたけれど、あまりにも突然の軽い謝罪で言葉を失う。
その傍ら、玲奈は全てを終わらせるように美咲へと近づく。
「フンッ、とにかくだ。アタシの目的は松村グループの影を暴き、お母さんを殺した犯人を捕まえること。そして、松村の組織運営を再生不能にすること。でも、それはもう叶わねぇ。そうなったら――」
玲奈が美咲の髪を掴み、ナイフを近づける。
「――やめなさい、玲奈!! そいつを殺る価値はないわよ……アンタだって十分に傷ついたでしょう!?」
茜が静止を試みようとする中、由美子は私に向かって静かに声を上げる。
「実結……身勝手だけど私、玲奈を救いたい! だって本当はいじめなんてしたくなかったと思うから」
由美子は申し訳なさそうにしつつも、真剣な眼差しで私へ説得するかのように語る。
正直、やられたことは無しにできないし、絶対に許せない。
だけど、玲奈が私に過激ないじめをずっと続けていたら――?
もし、由美子と私の過去を知って背中を押してくれなかったら――?
きっと、今の『親友』はなかった。
「もうっ……行って!!」
瞬間的に私がそう叫ぶと由美子は全速力で玲奈の元へ駆けていく。
しかし、その行動と反して玲奈は美咲の喉を掻っ切ろうと動き出していた。
「(間に合って! 弓の境地――疾風の一撃っ!!)」
私はレベルアップで得たスキルの性能で地面に向けて矢を放ち、爆風を引き起こす。その威力で容易に玲奈は吹き飛び、立ち上がった玲奈を由美子が抑え始める。
「(由美子……無理はしないでっ……!)」
素早く第二射を弦につがえる中、二人が揉み合う。油断できない二人の一挙手一投足に神経を集中させながら、私は冷静に二人との間合いをじりじりと詰める。
なにせ、玲奈の手には未だ短剣が握られているのだから――。
「やめろ、由美子!! お前までアタシを止めんのか!?」
「止めるよ、当たり前じゃない! だって私たち仲間でしょう?」
「な、仲間? 何言ってんだよ。アタシはお前を利用しただけにすぎねぇ。そんなこと言ってないでそこを退け! アタシは美咲をっ――」
「違うっ!! 私や実結のことを思ってやれることをやってくれたよ!! 例え、それが復讐の為だったとしても私たちは元通りの親友に戻れたんだよ、玲奈!!」
玲奈を一直線に見つめる由美子の目からは自然と涙が零れ落ちる。
「だから、他の誰が何と言おうが、玲奈とは友達なの。私はこれ以上、友達に傷ついて欲しくなんてないんだよっ!」
由美子は玲奈にまっすぐ思いの丈をぶつけ、玲奈の右手に握られた短剣を奪い取り、遠くに滑らせて抱きしめた。その行動に彼女は今まで見たことも無いほど、弱々しくなり、抵抗を止めた。
「もう、ここですべて終わらせよう。……ね? 玲奈」
「無理だろぉ……アタシはもう……どれだけぇ……どんだけ酷いことをしたとおもってんだよ……」
「大丈夫、だいじょうぶだよ。私だってやり直せたんだから。玲奈だって本気になればやり直せるよ」
そんな由美子の必死さがかえって、私を冷静にさせてくれる。
「(そんな弱り切った顔、初めて見た……やっぱり、有川さんはただ、松村グループを失墜させるためだけに証拠を得ようとあんなことをしたんだ。それは……どんなに孤独、だったんだろう)」
誰にも何も明かせず、たった一人怒りを抱えて後悔を積み重ねる。
それは私よりも酷い生活だったのではないだろうか。
「それに今は一人じゃない。私がいる。今度は玲奈を助ける番だから。みんな、私の話を聞いて――!」
由美子は玲奈という一人の友達を守るためにクラスメイト達へ向けて『玲奈は悪くない』と懸命に説得を始める。そして、自分自身も美咲に「言うことを聞かないと酷い事になると脅され、命令されていた」と暴露した。
しかし、それは同時にあまりにも危険な賭けでもあった。
玲奈を擁護している由美子も、元とはいえ『美咲の仲間』なのだ。
クラスメイト達から矛先を向けられても文句は言えない。そんな緊張感が漂う中、不意に稲森君が私の横に立って悲し気に玲奈を見つめる。
「玲奈先輩は……まるで僕と同じですね。過去に縛られて……今を生きている」
「……そうだね。あのさ、稲森君。私、行ってくるね」
私は覚悟を決めて弓を仕舞いつつ前を見据える。
「え? 行くって……玲奈先輩のところにですか? そこまでしてわざわざ先輩が行く理由は何処にも――」
「うん……。分かっているよ? でも……そうでもしないと有川さんは自分を許せないと思うし、きっと周りもそう……。由美子の親友である私が出て彼女を許せば……いじめの件は帳消しにできるはず……」
「帳消しって――」
「もちろん、本当は許せない。けど……あんなことを聞かされたら私は責めれないよ。それに他でもない由美子が有川さんを助けたいって……。これは親友の願いでもあるから」
私は稲森君が喋り出す前に足を前に踏み出した。
すると、玲奈は困ったような表情で私を見てくる。
今まで一度もそんな表情を見せたことが無かったというのに――。
「っ……。殴りたけりゃ殴れよ。お前にはその権利があんだろ!」
よりによって、玲奈からの一言目がそれだった。
だけど、その言葉はやけくそにも聞こえたし、それくらいして貰わないと『踏ん切りがつかない』とでも言いたいようにも聞こえた。
「(……。どうしてだろう……。今までのイジメを返すチャンスなのに胸が、胸が痛いよっ……)」
それでも私は右手を大きく振り上げて彼女の顔を引っ叩いた。
「これで充分……?」
「は? なんでおめぇが疑問形なんだよっ! アタシは……お前に何をされたって文句は言えねぇ立場だろうが!」
「そう、かもね……。でも、私は……あなたのことを許すよ」
「許す? ははっ、ここまで来てヒーローのように振舞おうってか? そんな偽善者ぶったノリかよ。アタシはお前に何十、何百と暴力を振ったんだぞ? 許される訳がねぇだろうが」
「うん……私だって本当は許したくなんてない。それでも……私が、もし有川さんと同じ立場だったら絶対に同じことをしていたと思うから――」
私は本音を彼女にぶつける。
けれど、彼女は依然として開き直ったかのように悲しげな眼で私に語る。
「そうかよ……。でも、きっとお前ならアタシと違った道を選んだだろうよ。アタシはこんな方法でしか歩めなかっただけにすぎねぇよ」
そこには後悔や嫉妬も見え隠れしているように見える。
多分、彼女は本当に一人で孤独に戦い続けてきたのだろう。
「ふぅ、まぁ……なんにせよ、そろそろアタシも頃合いだっ――」
彼女はそうポツリと呟くと隙をついて一度、手から離れたナイフを素早く拾い上げ、自死しようと喉元を刺そうとする。その行動を前に私の体は自然と動き、彼女の正面から握ったナイフを抑えるように飛び掛かった。
「――ダメ、させないっ!」
「離せっ!! アタシは生きていたって意味なんかねぇんだよ!!」
「そんなことないっ、そんな身勝手に死んで逃げるなんて許さないっ!!」
有川さんが振りほどこうとする反動で地べたに転がるが、すぐに体勢を立て直して私は必死に彼女の腕を掴む。真正面から彼女の表情が見えた時は怒りよりも悲しみの方が強くなっていた。
「有川さんっ……! きっと有川さんはやってきたことの重みを誰よりも理解してる! だから、自分を許せてない。そうでしょう……!?」
「っ……! アタシは!!」
「――だったら、私に今までの分を償ってよ! 死んじゃ、死んじゃダメだよ!!」
多分、彼女を許せるのはきっと彼女自身だ。
玲奈はただ、ひたすら『私に対する申し訳なさ』と戦っているのだろう。
苦しそうな表情をしながら目尻にじわりじわりと涙を溜めていく。
――そんな中、唐突に後ろから声が響く。
「ぜんぶぅ……ぜぇ~んぶ! こわしちゃってぇ、アンタのせいよぉ!!!!」
「先輩っ!!」
稲森君の大声が聞こえて振り返ろうとした瞬間、有川さんは素早く私の手を振りほどく。最初は何が起こっているのか全く分からなかったが、次の瞬間には鈍い衝撃音と共に有川さんの悶絶するような声が響いたのだった。




