第53話 復讐の狂犬(玲奈の過去エピソード4)
三日後、私たち3人組はいつもと同じように固まって教室の中である一つの席に目を向けていた。その席は美咲によっていじめのターゲットにされている白鳥実結の席だ。
「あの子、また学校に来てるじゃない! 玲奈、ちょっと来なさい!」
何食わぬ顔で平然と席に座っている実結を見て美咲は私にそう怒鳴る。
そして、私を教室の外に呼び出し、見事な壁ドンを私にかました。
「あなた。本当にあの子を潰す気あるの?」
「おいおい、このあたしが手を抜いたって言いたいのかよ? 馬鹿言うなよ」
「そうかしら……? 私が何も知らないと思ってるの? 休日に由美子を呼び出したそうじゃない。それも実結の事で『大切な話がある』って」
「っ……(由美子が言う訳がねぇ……。ってことは盗聴かよ)」
「何、ぐうの音も出ないの?」
いつかのように体をグッと近づけて右手で顎を持ち上げて私に問いただしてくる。動揺を誘うつもりなのだろうが、私も口の勝負で負けるつもりはない。
「だから馬鹿言うなって……! あたしが美咲に従ってんのは好き放題、普通の生活をしたいからだ。あいつが登校していたくらいでカッカするんじゃねぇよ」
「じゃあ、なんで由美子を――しかも、実結の事で呼び出したわけ? あなたも事件の事を知ってるんじゃないの? それで私に反抗しようとしてるんでしょ? 素直に言ったら?」
「事件? 何だそれ? ……アタシはただ、なかなか音を上げない実結をどうしたらいいかってあいつに相談しただけだよ」
「はぁ~? 嘘も大概にしてくれない? そんなんで私の追求から逃れられると思ってるわけ?」
そんなことは当の昔に折込済みだ。でも、こんな時の対処法を私は知っている。
自分が上なのだと美咲に実感させればいいのだ。そうすれば上機嫌になって彼女の勘が鈍くなる。そんな性格の人間だということはここ最近の行動から分かっていた。
だからこそ、私はここぞとばかりに心理面のカードを切る。
「本当の話だよ。私は知っての通り、飼い主に忠実な犬だ。――アンタの言うことは絶対だし、成果を上げなくちゃならない。芳しくなかったら焦るもんだろ?」
「へぇ~口が上手いのね? まぁ、由美子に聞けば分かる話だから――」
話が由美子に向いたせいで『これはヤバい、確実にバレる』と冷や汗が流れる。
でも、その数秒後に教室の中から笑い声が聞こえたことでその危機は去った。
「おい白鳥、スカート破けてんぞ? そんな格好で来たのかよ!」
「っ……!?」
窓越しに実結が赤面してその場に座り込む様子が見えた。
ここぞとばかりに私は畳みかけた。
「だから言っただろ? 単独で動いたのは本当に悪かったと思ってる。でも、私は忠実な僕だ。美咲が喜ぶのかどうか……その、心配でしょうがなかったんだよ」
「ふ~ん? ふふっ! 良い子ね~! 私が嫌いなあの子に嫌がらせをしたのは褒めてあげる~!」
「ありがと」
ニコニコと笑みを浮かべながら私の頭を撫でる美咲に弱った犬の様に上目遣いで彼女の目を見たが、内心は寒気でぶっ倒れそうだった。しかし、これで直接的な危機を脱しただけでまだ完璧ではない。さらに内側に一歩踏み込む。
「あのさ、それで美咲、その……私の考えって実はまだ……あるんだ」
「おもしろそうね~? ぜひ、聞かせてくれるかしら?」
それから私は面白おかしく最低ないじめの方法――それも暴力を伴わないいじめを美咲に教えた。そして、それと並行するように私はいままで美咲に絡んできた奴らを順に新考案したいじめで叩き潰し始めた。一部の人間は学校を辞め、一部の人間は不登校になったが、私たちは学校という閉鎖空間で何食わぬ顔で立ち回る。
それに新考案したいじめは俗に言う派手ないじめとは違って、陰湿なモノが多い。
だから、いじめの隠蔽を行うのも容易かったようで、美咲の父親も喜んでいたらしい。全くもって、反吐が出る話だ。
そうして私は実結をターゲットから可能な限り外しながら暴虐の限りを尽くした。
でも、それも所詮は応急処置にしか過ぎない。1年経たずに攻撃の的が減り始め、また実結への集中攻撃が始まりつつあった。
「(なんとかしないとあの子、もたないかもな。……ああもう! でも、やるしかねぇんだよ……。元からこの計画には犠牲は付き物だって分かってたろ? そのために私は不良になったんだ。今更、退ける分けねーよ……)」
こういう喧嘩やいじめで最もやってはいけないタブーは相手の素性――つまり、相手の心に深く入り込むことだ。しかし、それを私は既に知ってしまっている。
一人になる時間があると私の良心がひどく痛み、自分の内側と葛藤を続けていた。
しかし、そんなある日、事態を一変する事件が起こった。
事件が起こったのはいつもよりド派手に水をぶっかけて実結をいじめた後のことだ。急に教室の扉が開け放たれて二年の男子生徒が実結と共に乗り込んできたのだ。そして、その男子生徒は実結を庇うように私らとセンコウを相手に真っ向勝負をかまし、論破してしまった。
「(なんだなんだ? あの正義の塊みたいなやつは)」
そんなことを思っていると視線はこちらに向き、私たちの方を怒鳴り散らす。
「……そっちで笑ってるお前らもだ! こんな姿になっているクラスメイトが目の前に居るのに、何も感じないのか? どうなんだ!!」」
その言葉と同時に由美子が泣きそうになる一方で、美咲は腹に据えかねたのか消しゴムをグッと握りつぶす姿が見えた。
「(あ~あ~……こりゃあ、あいつを潰すことになるな。余計なことに首を突っ込まなければ目を付けられることも無かっただろうにさ、馬鹿だな、あいつ……)」
そんなことを考えながら私は教室を出て行こうとする二人を見つめた。その直後、大きな揺れに襲われて違う世界へと飛ばされることになるとも知らずに――。
私がそれを理解したのは異世界で目を覚ました後の事だった。




