第52話 復讐の狂犬(玲奈の過去エピソード3)
街中をグルッと回る列車は停車駅が多い。そんな私鉄の列車内で私と鹿島さんは久々の再会を果たしたが、彼の表情は警察署で会っている時よりも険しかった。
「いいか、あまり時間がない。手短に話せ」
「うん。最近、美咲の奴が白鳥実結っていう女子を目の敵にして嫌がらせをしてる。今までだったらそんな事はなかったから変だなって何か情報は無い?」
「どうやら同じ要件だったようだな。その子ってこの写真の子だろ?」
「そう、この子。でも、この写真――うちの制服じゃないよね?」
私の反応を見ると鹿島さんは深く息を吐いた。
「ああ……これは4年前の写真だ。この子。白鳥実結とお前らと一緒に居る長谷川由美子。あいつらは俺と『事件現場』で会ってるんだ」
「事件現場でって……え? どういうこと?」
「玲奈、4年くらい前にこの街で体罰事件があったのを覚えてるか?」
「体罰事件……? あっ! あの、女バスの顧問が生徒を伸して殺そうとしたっていう事件のこと?」
「そう、それだ。その事件で暴行を受けた被害者がこの二人なんだ」
「えっ? じゃあ待って。二人は知り合いってわけ?」
鹿島さんは深く頷く。正直、この話を聞いた私は『聞くべきじゃなかった』と心底、思った。こんな事実を聞かされたら余計な感情が邪魔をしてやりづらくてしょうがない。そんな私の感情を他所に鹿島さんは真剣な表情になる。
「でもな、この二人。今の今まで接点は無かった。長谷川の親父がその教師を殺したことでマスコミが殺到しちまって、長谷川の家族は逃げるように居住地を変えたんだ。そして、最も大切なのはここからだ。その長谷川の父親だが、今は松村建設。つまり、松村グループの子会社で働いているんだ」
「それって、まさか……」
「ああ、長谷川由美子も『言いなり』になっているかもしれない。お前も知っての通り、あんな企業だ。想像に難くないだろ? これはあくまで推測だが……『犯罪者の娘とバラされたくなかったら娘に従え』みたいなことを言われてるんじゃないか? お前に撮ってもらっている映像を見ていると嫌々ながらもいじめに加担しているような気がするんだ」
「確かに、あいつは手を極力手を出そうとしないし……そうかも……」
「あの子からそこら辺の事情を聞き出せるか? 聞き出せれば後々、あの子を守れるかもしれない」
「……。聞き出せるかどうかは正直、分からない。でも、やれる事はやってみるよ」
「そうしてくれ。事情を教えちまったから辛いとは思うが、頼んだぞ。それから最後に教えておくが――」
鹿島さんは私の肩に手を置いて視線を鋭くさせ、心配そうな声を出す。
「お前の周辺には妙な素性を持っている生徒が何人か要る。お互い様だとは分かっているが、身辺には十分に気を付けろよ。玲奈」
「わかった」
私が頷くと同時に席を立ちあがった鹿島さんはタバコの匂いを漂わせて電車から降りて行った。そこから一人、私は電車に揺られながらあの二人の関係について考えていく。
「(実結と由美子が同じ学校の――しかも、同じ事件の被害者……)」
私が初めて実結をボコボコにした時の情景が再度、蘇る。思い出してみれば実結の手は由美子の方に向いていたように思える。
「(あんな状況で加害者に助けを求めるなんて普通じゃありえない。その相手が『友達』とか、そうじゃなきゃ絶対に……)」
私は今までの光景から実結と由美子は友達だったのではないかと仮説を立てた。
でも、それが事実だとしたらすごくムカつく話だ。だって、由美子は友達がボコられているのに、庇わなかったことになる。
「(もちろん、鹿島さんが言っていた通り、言いなりになってる可能性だってある。私の感情は置いとくとしてとりあえず、確認しなくちゃな……)」
私は学校へと移動した後、由美子へ電話を掛けた。
「あんた、今から会える?」
「う、うん……でも、急にどうしたの? 玲奈から電話なんて」
「じゃあ、学校の屋上に来て。――実結のことで話がある。言っておくけど、美咲には秘密だから急いできて」
私はそう手短に言って電話を切った。由美子は私の電話から15分経たずに息を切らして私が指定した屋上に姿を現した。
「はぁはぁはぁ……っ……!」
「はっ、そっか……。そんなにか……」
「えっ?」
「私さ、いろんなツテがあるから分かったんだ。あんたと実結の関係――」
由美子は虚を突かれたように黙り込む。
それはまるで、事実をひた隠そうとしているかのように。
「な、何言ってるの? 私には何のことか分かんな――」
「4年前にあった事件。それであんたと白鳥実結は知り合った。そしてアンタたちは友達だった。違う? この目で裏取りまでする時間はなかったから確証はない。でもさ、そんだけ焦ってここに来てる時点で間違いないでしょ?」
「…………うん。私と実結は中学時代の友達。……でも、この事は美咲も知ってる。だから、告げ口をしても点数稼ぎは出来ないよ?」
「はぁ、点数稼ぎとか馬鹿くさ。んな、チンケなことするかよ」
私は地面に下ろしていたバッグから缶のオレンジジュースを取り出して由美子に放り投げた。慌ててキャッチした由美子に追い打ちのように言葉を放る。
「なら、なんでアンタは実結を庇わない訳? 友達だったんでしょう?」
「それは……別に、関係ないでしょう?」
「なるほど……? 今の間で何となく分かったよ。庇わないのは美咲に『従え』って言われてるから、そうじゃない?」
「そ、そんなこと……言われてないよ」
「はぁ……普段からアンタとも一緒にいるし、今みたいな反応されればサルでも分かるよ」
私がその場で缶を蓋を開けてグビッと飲むと由美子は屋上の手すりに身を預けながら缶に目を落とす。どうしたらいいのか分からないといった表情にも見えた。
「……。んな、思いつめた表情してないで洗いざらい話してみ? アタシなら何とかできるかもしれねぇぞ? アタシもそれなりの『事情』を抱えてっからな」
「……。どこから話したらいいか」
由美子は勇気を振り絞るように持っていた缶の蓋を開けてグッと飲み込む。
そして、意を決するように話し出した。
「私と実結は玲奈も知っての通り、中学校時代に仲良くなったの。友達というより親友だった。でも……あの事件がきっかけで私は犯罪者の――『人殺しの娘』になった。だから、実結に迷惑が掛からないように連絡も取らずに姿を消したの。そして、一年が経って高校にも受かって、お父さんの裁判も落ち着いて執行猶予がついて帰ってきた。すべてが順風満帆だったの。また家族でやり直せるんだってそう思ってた」
「でも、お父さんの職場先が『松村建設』だった」
「うん。……入社したのと同じ時期にお父さんがこの学校に行ってくれって急に言い出したの。その時は私も動揺したけど、お父さんは私のことを命がけで守ってくれたからこの学校に入ることを決めたの。……でも、結果的にそれが間違いだった」
一気に酒でも飲むかのように由美子はジュースを口の中に注ぎ込む。
そして、目を細めてこう続けた。
「入学の直前になって突然、美咲が私の家に来てこう言ったの。「私に従え」って……もしも従わなかったら学校で人殺しの娘だってバラした上で、お父さんをクビにして窃盗の罪を擦り付けて刑務所行きにしてやるって……」
「酷ぇ……。胸糞悪い話だ。あの家族はどこまでも腐ってやがる……」
私はその話を聞き、怒りから缶をグシャッと握りつぶした。
ここまで人の弱みに付け込んで冷酷に、そして貪欲に人をモノのようにコントロールする松村一族は完全なサイコパス集団にしか思えない。そんな怪物を相手に由美子は一人で立ち向かっていたのだと思うと心が熱くなった。
「事情はよく分かった。んで、ぶっちゃけ由美子は今の現状をどうにかしたいと思ってるわけ?」
「それは……うん。実結を守りたい」
「だったら実結を学校から離れさせるしかない。でないと実結はこれからも痛い思いをするし、下手したら死ぬかもしれない。そうなる前に学校を去るように由美子から説得したほうがいい」
私は立場上、美咲の命令に反論はできない。
となれば、環境を変えるしかない。親友だった者の言葉ならきっと思いは届く。
そう思っての発言だったのだが、由美子はすぐに首を横に振った。
「ううん、それは無理。実結とは入学式の日に喧嘩して突き放したから……」
「でも、親友だったんだろ? なら謝って――」
「そんな事、できるわけない!! 実結は……実結は純粋で真っすぐなの。だから、きっとそんな事を急に言ったら私に何か起こってるって思って助けに来ようとする。それこそ、4年前みたいに――」
「……だとしても、やらなきゃ何も変わんねぇだろ? それは由美子、アンタが一番、理解してるだろ?」
「うん。分かってる……。痛いほどに分かってるよ! それ以外に方法がないことも……。でも、実結の為にも下手な手は打ちたくない。だって、こうなっているのは私のせいでもあるから」
由美子は手すりに身を預けるのをやめて真剣な眼差しを私の方に向けてくる。
「ちょっと待った。わたしのせいってどういうことだよ?」
「私、美咲に言ったの。「実結にはもう手を出さないで」って。その代わり、私がひどい目に遭ってもいいからって……。でも、受け入れられなかった。むしろエスカレートするだけで……」
「実結に粘着してたのは自分の意見を曲げられて指示されたのが勘に障ったからか。今に始まった事じゃねぇけど、あいつ本当に器ちいせぇな……」
私が呆れるように呟くと由美子も缶を手でクシャリとつぶして一度、空を見上げて決意を決めるように喋り始めた。
「玲奈。私、もうこの件を終わりにする。いろいろ話をしちゃったけど、ようやくケリをつける気になったよ」
「ケリを付けるって――」
「だから玲奈、一度だけ、一度だけでいいから邪魔をしないでくれる?」
「……。それは……つまり『美咲を直接ヤる』ってことか?」
由美子は頷く。でも、由美子がそんな強行手段に打って出ればあの家族は今までの悪事を由美子に擦り付けて学校から追い出す可能性もゼロではない。それに私と鹿島さんの計画の為にもそんな強行を断じて許すわけには行かない。
「悪いけど、それは無理だ。私にだって引けない理由がある。例え、事情を知っていたとしても美咲に暴行を加えようとするならアタシがあんたを止める。それでもやる覚悟はあんのかよ? 『今まで見て見ぬふりを決め込んできた、なんちゃっての友達のため』に」
「っ……! ――ふざけんなっ!」
由美子は私の安い挑発に乗って猪の如く、突進してくる。
多分、私という脅威を排除しなければ美咲に届かないと思っての行動だったのだろう。でも、その動きはまるで素人。受け流すのも容易だ。横をすり抜けたと同時に由美子は体のバネを利用してグーパンチを繰り出すが、アタシはその攻撃を手で受け止めた。
「やっぱり、友達っていうのは《《そういうモノ》》だよな」
「ひゃっ!」
体をスッと逸らして由美子の力を地面に向けて逃がす。体勢を崩した由美子は地面に倒れた。そんな彼女を他所に私はバックを拾い上げる。
「わりぃ、今のは冗談が過ぎた。アンタが本気なのか確認したかっただけだよ。その気持ち、確かに受け取った。つーか、これで何もしてこなかったら逆にぶん殴ってたわ。あっ、それと来週からはアタシも少し工夫を凝らすことにするからそんな短期に走んなよ?」
「……工夫? どういうこと?」
「まぁ、やることは変わらずひどくて怖い『狂犬の狼』だけどな? んじゃ、また明後日」
「ねぇ、玲奈! あなたも何か抱えてるんじゃ――」
「……それ以上は聞かない方が良い。アンタだって命が惜しいだろ?」
私は屋上の入り口まで歩いたあと、振り返って由美子に向けてくぎを刺した。
「それから由美子! アタシが今日ここでアンタから聞いたことは全て聞かなかったことにする。今日は『面白くて、新しいイジメ』を発案したくてアンタを呼びつけただけだから。それを忘れないで。もし、今日の事を美咲や他の人間に話したら例え、アンタでも容赦なく叩き潰すから」
そう言葉を残して私はその場を後にした。きっとここからが正念場だ。もっとひどく冷酷に――そして、賢く立ち回れと自分自身に言い聞かせながら私は学校を去った。




