第51話 復讐の狂犬(玲奈の過去エピソード2)
「玲奈、今日は夜ご飯を食べて行きなさい~。高級ディナーよ。ふふっ」
あれから数か月。美咲のボディガードを務めるようになったアタシは少しずつ、美咲との関係性を強めていった。その過程で分かったことがある。
それは美咲が天然な『気分屋である』ことだ。彼女は父親から全てを与えられ続けてきたこともあって、理性を利かせるのが苦手らしい。その一端は家に入った瞬間に見て取れた。
「おかえりなさいませ。美咲お嬢様」
すぐに美咲の専属メイドたちが出迎えて美咲の思惑を探るように視線を飛ばし合う。
その手には痣がある者も見て取れた。恐らく、美咲の暴力によるものだろう。
「今日は客人連れよ」
「はい。それではお客様を客間に。お嬢様はお召し物を」
「よろしい、よくわかっているじゃない~」
「ご指導の賜物でございます」
メイド全員が美咲の笑顔にホッとした表情を見せる。きっと、ここにいる全員が美咲に対して恐怖心を覚えている証拠だろう。正直、この中にお母さんがメイドとして居たと思うとゾッとする。
しかし、そんな個人的な感情はどうだっていい。
これは内部を知るチャンスだ。
「(客間に通されたし、適当に盗聴器でも仕掛けて盗み聞きするか。鹿島さんもその方が捜査しやすいだろう――っと、マジかよ)」
そう思って手をポケットに伸ばした時、部屋の隅に監視カメラがあることに気付いた。さすがにそこまで簡単に尻尾を掴ませてくれるほど、甘くはないらしい。
「どうだね? 私と美咲の家は。最高級のセキュリティーが張り巡らされているからここほど安心な場所はないだろう?」
「ははっ、アンタが出てくるってことは最初からアンタの指示でここに通されたってことか。……はぁ、まだまだ信用されてねぇってことだな」
客間に現れたのは他でもない松村社長だった。
彼は冷ややかに笑みを零す。
「雇用主に向かってアンタ呼ばわりは感心しないな? 玲奈」
「あっそ。それは失礼? でも、屋外では最低限の仕事はしているつもりだけど?」
「ああ、君の働きには感謝しているさ。だから、今回はお前が条件に出していた進学校の話を持ってきてやった」
そう言って目の前のテーブルに私立高校の資料を広げ始める。
「君には娘と一緒にこの高校へ入学してもらう。今はロクでもない学校だが、一年以内に最先端の学校へ仕上げて見せる。それから、君の生活費も約束通りこちらが負担する」
「つまり、こっちの条件は飲んでくれるって訳だ?」
「そうだ。その条件の見返りとして君には通学から家の到着に至るまで娘を守って欲しい。もし、歯向かう者が居れば脅威を排除して構わん」
「ふっ、排除ねぇ? 太っ腹なことを言いやがる。そこまで隠しきれる自信があるのかよ」
「心配には及ばん。好きにやってくれ」
「分かった。了解だよ、ボス」
そう私が返事をすると彼は部屋を後にしていった。
いずれにせよ、接近には成功はしたが、ここまでセキュリティーを固められていると迂闊にメイドたちに近づくことすらできそうにない。
「(情報源があるのに近づけないなんて……ちきしょう)」
苦虫をすり潰す気持ちで松村邸を後にしたアタシはすぐに次の作戦に向け、準備を始めた。正面から突破できない以上、迂回するしかない。
「(どうせ、美咲があの性格なら高校に入ってすぐに気に障る奴を蹴落としていくだろうし、事件を作ることには事欠かないだろうからな)」
その作戦は至ってシンプル。松村の会社が抱えていると噂される『裏の仕事を請け負う人間』をあぶり出し、逃げられない証拠を作り出すことだ。
さらなる危険は伴うが、真相にたどり着くためにはやむ終えない。
「(大丈夫。必ず、お母さんの真相を暴いて復讐を遂げてみせるからな)」
そうアタシは心に誓いながら可能な限り、トレーニングを始める。何かが遭ったときに自分の身を自分で守れないのでは困るからだ。そして、トレーニングを終えると部屋の隅に置かれた段ボールを開く。
「さぁ、バーベルでトレーニングしないとね。よいしょ! (バッテリーは問題なし。映像チップもよし。これを胸ポケットに埋めればOK……)」
外部への送信付きの小型隠しカメラと録音機を新しい高校の制服に忍ばせる。
その傍らで筋トレグッズをガチャガチャと動かしていく。
一見、外側から見ると意味不明な2つの動きだが、これには理由があった。
それは、この部屋に盗聴器が仕掛けられているからだ。
でも、それもこれも、全て私と鹿島さんの計算の範疇だ。
どの道、これから起こる事はほとんどが隠蔽される。
だが、録画をしておけば証拠として残り、役に立つ日が来る。それに、監視の対象になる事だってアタシたちは見越していた。
その為に様々なサインを決めてきている。
だから、困難な環境下でも難なく過ごせているというわけだ。
「(さぁ、やってやる。見てろよ……)」
私は真新しい制服に身を包んで松村美咲と同じ学校へと乗り込んだ。
そこからは想像通りというべきか、想定の範囲というべきか美咲のオンステージが始まった。私は学校で美咲が気に食わないと言ったやつを叩きのめして回る。
最早、美咲専用のねじ伏せ係みたいなものになっていった。
そして、そんな私と美咲についてくるもう一人の少女が居た。
それが彼女――長谷川 由美子だった。彼女は喧嘩に慣れていないのか、はたまた私の事が怖いのかおどおどしたような様子で修羅場を見続ける。
「あははは!! あの子の必死な顔見た~?」
「痛っ! おい、後輩の癖にウチラにぶつかっておいて謝りも無し?」
そんな我がモノの顔の美咲や私は入学当初から目立ち過ぎたこともあり、先輩たちから難癖をつけられることが多かった。
「ぶつかったら謝りなさいよ! ただですらギャハギャハうるさいのよ! アンタたち!」
「え~美咲、今、そこの人に当たったかな~? じゃ~あ~私の制服、汚くなっちゃったわよね? こんな下民のせいで――ぶっ!」
「チッ、上級生舐めてんのか? 松村の娘だからって調子に乗りやがって! この七光りが――!」
先輩が拳を振りかぶって突っ込んでくる。私の本心は『そうだ、やっちまえ』と思っているが、建前上はそうもいかない。
「がはぁ……!」
「先輩だかなんだか知んねぇけど、手出すなら容赦しねぇぞ? まだやんのか!? ああ!?」
「やれぇ~やれぇ~! 美咲はこいつ、嫌いだから半殺しくらいにしていいわよ! あ、由美子はこいつからお金を奪ってね~?」
修羅場を潜り続け、気付いてみれば美咲と私、そして由美子は数か月もしないうちにこの学校の勢力図を塗り替えていた。それまでの間に何度か集団で美咲をボコボコにしようとする輩や私に1対1の喧嘩を吹っ掛けて来る輩が居たが、簡単にその脅威を半殺しにして排除した。
でも、幸か不幸か状況は一向に変わらなかった。
予想以上に教師たちからの反応が少なかったのだ。私が何件、何十件と派手に相手をメタメタにしても、お咎めなしでスルーされる。
「(まぁ、この学校の教師にも松村の影響力があるってことか)」
そうこうしているうちに当初の情報通り、松村グループは学校を買収し、学校名称を『松村学園』に変えた。それは美咲の天国――いや、ある意味じゃ地獄の入り口を開いた。
それを皮切りに美咲の暴走はさらに増した。彼女は自分の気に食わない教師を追放し、次々に学校に要らない設備を増設するように求めたり、改築するように命令を出したりし始めた。
「(もう完全に美咲ワールドの出来上がりか……気色悪い……)」
私は心の底からそう思いながら美咲に「やれ」と言われた悪事を続けていく。
そんなある日、学校に登校するとイラついた美咲が私の方へと向かってきた。
「玲奈、あの子をメタメタにして」
「えっ? あれって……『白鳥』か?」
「そう、気に食わないの。すんごーく、気に食わないから半殺しにして」
今までは自分に突っかかって来る奴や裏で馬鹿にしている者、自分の存在よりも大きくなりそうな者などを「やれ」と言われ続けてきたが、今回の場合は全くと言ってもいいほど関係の無い――正反対の人間だった。
「(まぁ……それでもしょうがねぇよな。ごめんな――悪く思うなよ)」
私たち3人は放課後、校舎裏に白鳥を呼び出してボコボコにした。他の連中と違って立ち向かってくることも無く、彼女は助けを求めるように手を伸ばし続けるだけだった。
「ゆ……あ……がはぁ――――!」
その様子に胸が痛んだ。でも、この戦いは犠牲無くしては終わらない。
私もいずれ地獄に落ちる時が来る。それでどうか許して欲しい。
そう願いながら私は計画通りに行動を重ねた。だが、その一件以降、美咲は白鳥実結を集中的に狙うように指示することが多くなった。
「(妙だな……? これだけ固執するなんて今まで無かった。何か訳があるのかもしれねぇな)」
私はそう思った。だから、鹿島さんに情報を求めるため、ゴミ袋を自宅の玄関口に置いた。これは私から鹿島さんと直接話したいときのサインだ。その翌日には段ボールで小型イヤホンとマイク付きの通信機が届いた。
「わ、親戚から果物だ~おいしそう(ええっと、これを耳に付けて電源を付けたら盛大に咽ろ?)」
私は何かに咽たようにゲホゲホと声を出す。すると、懐かしい声が聞こえる。
「玲奈。どうだ、聞こえてるか? 聞こえてたら何か適当なことを喋ってくれ」
「埃っぽいなぁ~!」
「よし、感度は良好だな。こっちも伝えたいことがあったんだ。今週の土曜日に駅で落ち合おう。ただ、絶対、監視が付いてくるはずだからそいつらを撒く必要がある。静かにメモを取れ。用意が出来たら咳ばらいをしろ」
「んっ……!」
「一度しか言わないぞ。方法は――」
そして、土曜日。
私はメモの通りに人通りの多い駅へと向かった。
耳には先日、送られてきた小型イヤホンを入れて適当に駅の中を歩きまわる。
「よし、あと1分で電車が出る。走れ!!」
「っ……!」
私は猛スピードで改札を抜けて指定された車両に乗り込む。追手も走って追って来るが、突然のダッシュに付いて来れる訳もなく、電車が走り出す。電車の中を見渡してみれば、予定通りと言わんばかりに鹿島さんが座席に座っていた。




