第48話 レベリング作戦
「やっぱりか」
稲森君は変貌を遂げたアルテム遺跡を前に腕を組み、考え込む。
その姿はこうなっていることも予見していたかのようにも見える。
「やっぱりって稲森君……まさか、何かこうなっている原因を知っているの?」
「魔王城を発見したことで魔王軍の前線基地である遺跡が大きく変化したんだと思います」
「でも、それってつまり……」
「ええ……。アルテム遺跡の建物は同じですけど、内部の難易度は上がっているはずです。当然、さっきまで周囲をうろついていた魔物たちよりも強いレベル40後半クラスの魔物が出てきます」
後ろから放たれた言葉に私たちが振り返る中、玲奈たちは驚いた様に声を出す。
「ちょっと待て、レベル40だと!? 馬鹿言うんじゃねぇ! アタシらの倍じゃねぇか!! 戦えるわけがねぇ!」
「本来ならそうでしょうね。だけど、僕らが居ます。戦力的には問題ありません」
「――稲森、待つんだ。勝算は本当にあるのか? 私はこの世界に来てもお前らの責任者だ。教師として危ないことは許容できん」
教師である斎藤が珍しく的確な指摘を上げる。
その声で全体が静かになる中、稲森君は鼻で笑って見せる。
「問題はありませんよ。変貌後のアルテム遺跡内部は大概がレベル40~45くらいがメインです」
その瞳にはどう攻略をするべきかも見えているのだろう。ロミテックをいじった彼は私たちが使っていたビルドリングを取り出す。
「それを見越して最初はまず、一人にこのビルドリングを付けてもらいます。それ以外の方はここで野営をしてもらいます」
「はぁ、そんな指輪一つでどうなるつーんだよ……本当にうまくいくのかよ」
「大丈夫ですよ。このリングは経験値をレベル40まで増幅してくれる装備ですから」
疑心暗鬼な表情をする玲奈から目線を外し、稲森くんは全体を見回す。
「作戦はこうです。この装備をつけた上で一撃を加えてもらい、僕らが魔物を狩って行きます。何も難しいことじゃありません。自然と一人ずつレベルアップできます」
「だが、それだと時間があまりにも――」
「ええ、そうですね。分かっています。なので、レベルがある程度、上がったらレベルが上がっていない人間と組んでもらい、レベル上げをしてもらいます」
「なるほど。ねずみ講のようにしていくってことか」
「その通りです。とはいえ、ほとんどの主軸はその指輪と僕たち次第ですけどね? いかがです?」
嫌なら別にやらなくても構わないという素振りを稲森君が見せると斎藤は緊張を入り混じらせたような複雑そうな表情をする。それでも、美咲たちだけは通常運転だった。
「そんな、だりぃ事をやってられるかよ! アタシらは一番最後な! 陣頭指揮を取る斎藤ティチャー以外は、さっさとレベルを上げて来いよ、なぁ、センセイ?」
「あ、あぁ……そうだな。納得が行っていない者も多いかもしれないが、とにかく、今は彼の言う通りにしてみよう。頼んだぞ、稲森」
イケイケの美咲や玲奈たちを他所に斎藤は稲森君の肩に触れる。
正直、このボディタッチも『生徒を失ったらお前のせいだからな』という無言の圧力が掛かっているように思う。結局、斎藤先生は自分の保身しか考えていないのは明白だ。
「(私たちはこんなレベル上げに付き合いたくないのに……どうしていつも大人は、あんなに自分勝手なんだろう……)」
私がそんなことを考えている内に稲森君は茜ちゃんと共にグループ分けを行い、戻ってくる。ある程度の統率は取れそうなものの、本当に全員をレベルアップさせるなど、やり切れるのだろうか。
「それで……稲森君? これからどうするの?」
「とりあえず、彼らの練度が分からないので僕らのパーティーに一人、ふたりほどクラスの人を参加させて戦闘をします。最悪、攻撃を入れるのが無理そうな人が居てもゲームと同じ仕様で僕たちのパーティーに入っていれば、経験値が分散されるので問題はないと思いますし」
「なるほど? 要は私たちが狩りまくれば済むと?」
「あはは……そこに関しては先輩や長谷川先輩に申し訳なく思ってますけど、正直なところ……それ以外は――」
稲森君は美咲の方をチラッと見つめる。きっと私や由美子の身を案じての作戦なんだろうという事は私たちも気付いている。
「実結、大丈夫だよね? 元だけど一様、陸部だったわけだし」
「それ……何年前の話? でも、大丈夫……。リリーも一緒だしね?」
「えっ……あ、はいっ……が、頑張ります!」
リリーに話を振ると動揺したかのようにたじろぐ。私たちはそんなリリーを横目に、クラスメイト二人を連れて未踏破の遺跡入り口へと突き進む。
「前衛は僕らが引き受けます。長谷川先輩、右側を頼みますっ!」
「OKっ! 実結も援護して!」
今まではゴブリン達が主流だった遺跡周辺ではレベル30後半そこそこのホブゴブリンやアーマースケルトンが襲い掛かって来る。
挙句、遺跡内部に入るとレベルが一気に40後半まで引きあがり、防具を付けたリザードマンやオークなどが跋扈していた。その俊敏さには目を引くものがあり、遺跡の狭い空間を上手く利用して立体的に回避行動と攻撃をしてくる。
「ダメだ……このモンスター、動きが素早くてっ……矢が当たらない……!」
「はぁはぁはぁ……ミユさん、私が……わたしが、動きを止めますっ!」
「え……?」
ぴゅーんという音が響くと軽快なステップで躱しを入れていたオークの足がもつれる。それを好機と見た私は一気に弓の境地と速射を兼ね合わせて仕留め切る。
「倒せたけど……リリー、今のは……?」
「マスターが覚えさせてくれたスキルで……『パチンコ』をつくったんです……。その応用で狩猟網を……。」
「すごい。本当に助かったよ、リリー」
私が頭を撫でるとリリーは笑顔を振りまく。
けれど、それはどこか無理をして笑っているような雰囲気を感じさせる。
「リリー、大丈夫? 無理、してない……?」
「だ、大丈夫です……! さ、さぁ、行きましょう!」
あまつさえ、その発する声からは動揺が伝わって来る。
無理をしているであろうことは私たちの目から見ても明らかだ。
稲森君も堪らず、声を掛ける。
「リリー、もしも辛かったら休んでもいいぞ? さっきから右に左に、援護へ走り回ってるだろ?」
「ありがとうございます、マスター。でも……大丈夫ですからっ!」
ここまで頑固に戦闘へ参加しようとする姿にさすがの稲森君も困った表情を浮かべて黙ってしまう。リリーがサポート役として十分に徹してくれているからこそ、私たちは心配をしているのだが、彼女は前を向き続けた。
「そうか。ただ、絶対に無理はするなよ?」
「はいっ……! マスター」
それから数時間にわたって戦闘を続けた結果、クラスメイト達を一人、また一人とレベルアップへ導いて行き、次第にグループが派生していった。
「よし、少し休憩にしましょう。このままだと僕たちの体力が持たない。……グループが3つに分かれたので、今のうちに危険を知らせる警笛を渡して来ますね」
しかし、どれだけ休息を挟んでも私たちは生身の人間だ。
疲れは積もり積もって蓄積してくる。
「はぁ……。稲森君、あと何人……居るの?」
「あとは……数人です。先輩、頑張りましょう」
そう言って稲森君は残った生徒たちの方を見て、由美子へ視線を向けた。
「長谷川先輩。多くは言いませんが、頼みましたよ」
「ん? あぁ……なるほどね。うん、任せて」
意味深な回答を告げると同時にその理由が分かった。向こう側から歩いてきたのは金髪とオレンジカラー髪の女子――そう、美咲たちだった。そこには斎藤先生と茜もセットで居る。まるで、悪の欲張りセットみたいだ。
「……あなた達で最後です。早いところ、終わらせてしまいましょう」
「やっとかぁ……さぁ、行こうぜ」
「ええっ!」
「じゃあ、とりあえずは……茜さんから」
稲森君は嫌そうな顔をしながらも茜さんを一番、最初に選んで動き方を指導していく。かく言う私は由美子がぴったりと張り付いて美咲や玲奈に手出だしされないように威圧してくれている。
「由美子……別にそこまでしなくたって……大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃない、私が嫌なの。もう実結を裏切らないって決めたし、私だって怖いものは怖いの」
「……そう、だよね。ごめん、近くに居てくれてありがとう。一緒に行こう」
お互い疲れ切っているからか、どうにも本音が出てしまっているような気がして少し恥ずかしくなる。そんな油断をしていた時だった。
「玲奈っ!! アンタ、何を!?」
「今のはいったい!? っ――!!」
美咲が叫んだ声と鈍く何かがぶつかる音で前衛に居た私たちは一斉に振り返る。
その目先には廊下に面した小部屋の扉が開いており、罠が作動したらしい駆動音と魔物を倒した時のブルーエフェクトが綺麗に舞っていた。




