第45話 成長と代償
「当たっ……たぁ……!」
「先輩、グットショットです。今回は一撃で仕留められましたね」
「うん……!」
弓を下ろしつつ、私はエルンガルトの南側にある『アルテム遺跡』というダンジョン周辺の森林地帯で霧散していくブルーエフェクトを眺める。
リリーと私たちの一件はヒメアさんの介入もあり、稲森君との衝突を経て無事に解決した。もちろん、あの一件で自覚した彼に対するモヤモヤとした好意は今でも心の中に残り続けている。
「(ゆっくり……どれだけ時間が掛かっても、いつかこの思いを――)」
そんな事を思っているなど知らない稲森君は私の肩を叩く。
「先輩。今日もそれなりにレベルが上がりましたし、そろそろお昼にしましょう。この後も詰まっていますし」
「う、うん……そうだね。お昼にしよっか」
魔王軍の侵攻から既に二週間という時が経過しており、鍛錬を続けた私たちのレベルは『50』まで上がっていた。レベル40以降はビルドリングの効能が切れたこともあって進みが思うようにいかなくなったものの、少しずつ高レベル帯の相手をすることで確実な経験値を積んでいった。
「あっ、そうだ。先輩、今回のスケルトンは一撃で仕留め切れましたけど、あれをかわされると範囲攻撃が来るので疾風の一撃で態勢を崩させるか、回避のいずれかを考えてください」
「えっ、そう……なの?」
「レベル帯が上がると魔物も複雑化して応用を利かせてくるんです」
「……分かった。次から頭に入れておくね?」
「ちょっと後輩君? 今、これから楽しいご飯にするって時に戦術指南はやめてくださーい。後にしてくださーい」
「あはは……そうでした。リリー、ジークさんから貰ったランチボックス。出してくれるか?」
「はいっ、マスター! 今日はライザちゃんの特製ランチだそうですよ? えへへ」
「本当に……ライザちゃんと仲良しになったよね? リリーは」
リリーは笑みを零しながらササッとランチボックスを取り出して私たちに提供してくれる。このお弁当も、今はニコやかに受け取れるけれど稲森君と仲直りをして戻った時は大変だったのだ。
――話は稲森君と仲直りをしてシーラスに戻った時に遡る。
「てめぇ! よくもまぁ、ぬけぬけと戻ってきたもんだなぁ?」
「僕の話を聞いてください。ジークさん」
「お前の何を聞けって? 嘘を平然と付くガキのザラごとなんぞ、聞く価値もねぇ」
ジークさんはリリーを盾に使っていた稲森君とその仲間である私たちに酷く激高していた。ただ、それでもライザちゃんだけは私たちの味方で居てくれてジークさんを抑え込む。
「はぁ、ジークさんともあろう人が大人げないですよ? 私との約束を忘れたんですか? 冷静になってください! これじゃあ、獣人の私まで同じレベルみたいに見られるじゃないですか」
「ライザ、お前は何も分かっちゃいない。こういう道を外した人間はまた同じことを繰り返す。お前だって散々、体験してきただろう?」
「ええ……。それはもう、嫌なくらいに。ジークさんが言うように全てが善良な人間じゃないことは確かです」
そう言ってライザちゃんは目を伏せながらもジークさんに向き直り、芯のある声でマスターであるジークさんに立ち向かう。
「私は転生者を信じたい。もちろん、信用はすぐにできないけど……それでも少なからず、獣人を対等どころか擁護する立ち位置で居てくれた実結さんは本物です! あとは私たちを納得するだけのことを彼が証明できるか、否か。それだけですよ、マスター? それに――」
そう言って振り返ったライザちゃんの目は、いつものおチャラけた雰囲気とは違う獣らしい殺気を放った雰囲気を纏って、稲森君を睨みつける。
「最悪の場合は稲森君《あの男》を殺してしまえばいいんです。さぁ、踊って貰いましょうか? 私たち二人を納得させられるものなら――」
圧倒的な力の差を感じさせる圧力が私にも伝わってくる。本当に修羅場も良い所だ。下手を打ってライザちゃんとジークさんの機嫌を損ねれば死ぬ可能性もある。
緊迫感が漂う中、稲森君はロミテックを開く。
「これが今の僕にできる最大の償いと代償です」
「アンデッドの骨?」
「いや、違うな。これはレベル30以上のアンデットから出るレアアイテムだ。確か名前は『亡霊者の骨』」
「――そうです。これを使って僕はリリーに命令できないようにします」
全員が彼の言葉を疑った。奴隷に対する命令権のすべてを破棄するということは『奴隷という形』だけが残るということを意味する。ただ、同時に稲森君が今、出せる『最大限のカード』と言っても過言ではないだろう。
しかし、ジークさんはその覚悟を鼻で笑い、ライザちゃんも頷く。
「坊主、面白れぇことを言うな? だが、そんな馬鹿げたことはできないはずだ」
「うん、そういう類は奴隷商人にしかできないはずだよね? それに仮にリリーちゃんの命令を封じたって第二、第三の奴隷を雇う可能性だってある」
「――それができるんですよ。あとライザ、僕はこれ以上の奴隷を雇うつもりはない」
ライザちゃんとジークさんの二人を前に稲森君は動じることなく、彼はその骨を粉砕して粉にする。そして、あろうことか骨粉を自分に振りかける。
「僕がやるのは……隷従関係の命令変更じゃない。これは根深く残る『呪い』だ」
「呪い……? まさか、お前正気か!?」
「ええ。正気も何も、これくらいしか僕がリリーに償える方法はないし、あなた方を納得させる手段がないんですよ」
「――稲森君。他の手段とか……何か無いの?」
私もその場で初めて『呪い』という言葉を聞いて気が気ではなくなり、声を上げた。
でも、稲森君は優しくこっちに微笑んでリリーを見つめる。
「ありがとうございます、先輩。でも、僕は決めたんですよ。リリーを信じると。信じれるかどうかではなく、信じ切ると。僕が先輩を信じているように――」
そんなことを言われてしまったら私は何も言えない。
言えなくなってしまう。ズルすぎる。
言い返せないことを良いことに稲森君は言葉を重ねていく。
「もちろん、最初は『奴隷契約の解除』も頭に過りました。でも、それだけじゃ、意味がないんです。僕はリリーを自分の意志に巻き込んだ。それは結果としてリリーの自由を奪ってしまったことになる。あまつさえ、獣人という社会的に苦しい人間を、です。――だから、僕にはリリーを守る義務があります。奴隷という地位を残しておけば、僕には『マスターとして守る』という義務が発生するんですから」
「っ……でも……」
私は最後の希望を託すようにライザちゃんの方を見る。その目線に彼女は仕方ないと言わんばかりに口を開く。
「確認するけど、その呪いはアンタ自身に『奴隷への命令禁止をさせる呪い』であって他に害は無いであっている? 後で私たちが悪いみたいに言われるのはごめんだからね」
「それはない。確証がなければそんな事を言っているわけがないだろ」
「そう……。さすがにこれ以上の要求はできないと思いますよ、ジークさん?」
ライザはため息を吐きながらジークさんの顔を見つめる。
ジークさんは悩んでいるのか一向に返事を返さない。
そんな姿をみたライザはおもむろにこっちに向き直り、私たちを一瞥する。
「へぇ、珍しいですね? ジークさんが悩むなんて……。はぁ、それならもういっそ殺してしまいますか、面倒です。例え、ここで殺して世の中が反獣人になっても、私たちが生き残れれば問題ありませんし? 最初に裏切ったのは彼等ですから」
「馬鹿なことを言うな、ライザ! おまえ……」
「言うことを言わないジークさんに言われたくはありませんね?」
「ライザお前……言わせおけば……チッ、わかった。本当に呪いをかけられるのなら、それで手打ちにしてやる」
ジークさんはライザちゃんに乗せられるような形で、稲森君の提案を受け入れた。
そして、彼は静かに自分の胸に手を当てて言葉を詠唱する。
『祖の雷よ、呪われし怨嗟は巡り、永遠の血脈となって我が呪いとなれ。かの者が束縛する奴隷へのオーダーを禁ずる――【ビーニング・カースト】』
その刹那、稲森君の体に降りかかっていた白い骨の粉がおどろおどろしい紫色になって体に練り込まれるかのように消えて行った。
「これで僕はリリーへの命令権を失いました」
「本当か? そんなデタラメみたいな呪文で奴隷への命令禁止ができるなんて思えないぞ?」
「そうですか。じゃあ、試しにリリーへ、命令だ……くぅっ……ゲホゲホ」
稲森君がリリーを直視して『オーダー』と言った瞬間、喉を抑えて苦しそうにその場に跪く。それは正しく、効力が出ている証拠以外の何物でもなかった。私は慌てて稲森君に駆け寄った。
「稲森君っ! ――もう、もういいでしょう? 稲森君の言っていることは本当です!」
「あぁ、確かに命令はできないようだが――」
「っ……ジークさん。僕は……この呪いを自分に付与したからって全てがチャラになるなんて思っていません。それでもまた、僕にやり直す機会をくれませんか? この通りです」
稲森君は土下座をするように頭を下げる。
そんなの見せられたら私だってやらない訳にはいかない。
「私からも……お願いします。稲森君は根は真剣なんです。今回は真剣になりすぎた結果だったんです! だから……彼に、稲森君にやり直すチャンスをください。お願いしますっ……」
「私からもお願いします」
「っ――! 由美子にまで」
気付けば私の隣で由美子も頭を下げていた。
ジークさんはその様子にため息を吐く。
「正直、俺は納得はできない。それでも、今回は嬢ちゃんたちの顔とお前の選択に免じて水に流してやる。だが、二度は無いと思え」
――こうして私たちは何とか、ジークさんたちとの和解を経て少しずつ関係性を戻してきたのだ。転生してから既に二週間ほどが経った今でも私たちがいかに激動の日々を過ごしているのか手に取るように分かる。
それでも、私は今があるだけで何でもよかったと思っている。
「わー! おいしそう。はむっ!」
「リリーちゃん、あー勢いよく食べるからほっぺにケチャップ! ――って……後輩君は何を笑ってんの!」
「いやいや、だって長谷川先輩。え~っと……なぁ? リリー?」
目の前の稲森君や由美子、リリーが友達のように話したり、触れ合ったり――。
そんな日常を見て面白いと思ってしまう。そんなありきたりの日々がかけがえない思い出として私に焼き付いているのだから。
「ふふっ……由美子も付いてるよ、ケチャップ」
「えぇ!? 本当に!?」
「そうですよ、長谷川先輩? 人のことはいえないと思いますけど――ん? 何か向かってくる。あれは……王国の馬車か?」
「『迎えに来る』にしては早いね……まだ、式には時間があるのに……」
私たちの元へ向かってきたのは王国近衛騎士団の騎馬隊と馬車だった。
彼等の任務は魔王軍撃退の勲章授与式に『私たち四人を参列させること』
それは王国が逃がすまいと送り込んできた首輪であることは間違いないのだった。




