第44話 お互いの気持ち
ティルニア洋服店。
その一角で私は由美子の腕の中で本当の気持ちに気付き、泣き続けていた。
それでも、いつまでも泣き続けるのは情けないと由美子の胸から自ら離れる。
「由美子……ありがとう。もう、大丈夫だから……」
「うん、でも辛かったら言ってよ? 実結は何でもかんでも我慢しすぎるタチなんだから」
私が頷くと由美子は外の様子を眺める。
それに釣られて私も窓の先を見ると辺りは暗くなり、夜へと変化し始めていた。
「実結、今日はヒメアさんの家に泊るよ」
「でも……」
「でもも、明後日も認めない。実結は一回、疲れを取ってから後輩君と会うべき。ずっと今まで色んなことがあって、心のモヤモヤもあって……心の行き場がなかったんじゃない? 私が見る限り、実結はあまり眠れてない。当たっているでしょう?」
否定したいが、否定ができない。
ずっとアンテナを張り続けていたから熟睡は出来ていないというのは本当だ。
「それにさ? リリーちゃんだって『盾になれ』って命令をされていたんだったら気がずっと張っていただろうし、ここらでぐっすり寝るのもありだと思うんだよね?」
「ぁ……ぅ……敵わないなぁ? 由美子には……」
「ふん、私だって少しは成長しているんだから! 誰の親友だと思ってんの?」
ニコニコしながら自慢げ言う由美子を前にリリーは私たちの裾を控えめに掴む。
「あの……私のせいでごめんなさい……」
「ううん、りりーちゃんのせいじゃないよ。ねぇ、実結?」
「うん、リリーが悪いんじゃない。私たちがリリーの異変に気付けなかったのが悪いんだから謝らないで? むしろ、こっちがごめん……」
リリーは私たちのパーティーに亀裂を招いてしまったことに責任を感じているのだろうが、それは間違いだ。私たちが謝る側なのだから――。
私が頭を下げると由美子も一緒に頭を下げた。
「ミユさんっ……ユミコさんまでやめてください! 頭をあげてください。わたしは怒ってなんていないんです!」
「っ……。ありがとう。やっぱり、リリーは優しいね……? だから、私はこんなに守りたいと思っちゃうのかな……?」
「その気持ち……私も分かるかも」
弱くも自分の力で生き抜こうとするリリーの姿は、強く咲き誇る可憐な花のように見えてしまう。でも、その花は短時間で咲き枯れてしまいそうなほどに脆い。涙を溜めたリリーは私たちの手をギュッと握る。
「あのミユさん、ユミコさん……私、少しだけお二人に抱きついても良いですか?」
「うん……いいよ? 好きなだけ抱きついて?」
「そうそう! この由美子お姉さんがワシワシしてあげるっ!」
「それは……ちょっと……。でも、少しだけなら。んっ」
少し照れながらもリリーは私たちの懐に入り、お互いの温度を感じ合う。
やっぱり、他人に気持ち預けられるというのは本当に安心できる。
そう思っていると不意に扉が開いた。
「――良いところで悪いけど、私より無粋な人間が来たわよ?」
「え……? ヒメアさん、それって……」
「そう、あなた達のパーティーメンバーよ。今は店の方にいるけど、あなた達が居ることは黙ってある。どうする?」
「っ……。」
即答できない私を見かねてか。ヒメアさんは再び口を開く。
「あくまでも、私の見立てだけど……あの彼の表情からして相当、参っているみたいよ? 服も土だらけだったし、「先輩はきませんでしたか?」って何度もなんども……もう、あれは必死ね?」
「っ……! 由美子、わたし――!」
「はぁ……。うん、良いんじゃない? 実結がしたいようにすれば」
てっきり否定してくるのかと思いきや、由美子はあっさり首を縦に振る。
「会うか、会わないかは実結が自由に決めていいよ? だって、本当は会いたかったんでしょう? 顔にそう書いてる」
「由美子っ……。ヒメアさん。私会います、稲森君に――」
「なら決まりね。少し待ってて? 今、彼を呼んでくるわ」
そう言ってヒメアさんは店の方へと消えていく。
別に知らない仲ではないけれど、独特の緊張感がその場に漂う。再び、扉が開くとそこには稲森君が立っていた。お互いの目があって金縛りにあったような感覚に囚われる。その均衡を破ったのは稲森君からだった。
「先輩……申し訳ありませんでした。リリーを先輩の盾に使うなんて僕が、ぼくが間違っていました。先輩の気持ちを考えていませんでした」
「ううん、私こそごめん……。いくらリリーのことで頭がいっぱいになったからとはいえ、さすがに言い過ぎだったと思う……。今まで散々、守ってきてもらったのに『守って欲しいなんて言ってない』なんて……本当にごめんなさい」
そうじゃない。そんな事を言いたいわけじゃ無い。
それに彼から『リリーの件についての謝罪を求めたいだけ』ではない。
そこじゃない。そこじゃないよ。
けれど、私は頭を下げながら『落ち着け』と息を深く吸って吐く。
今はとにかく、『リリーを二度と盾として使わせないこと』を約束させること。
それが一番、優先だ。
正直、モヤモヤする気持ちが抑えきれないから思いを全て吐き出してしまいたい。
でも、そんなことはしたくなかった。だって、嫉妬で気付いたこの思いを勢いのまま吐くなんて――まるで私がその幼馴染に負けているみたいで癪に障る。
こんな根暗で嫉妬深い私にできるかは分からないけど、これから稲森君を振り向かせせてみせる。勢いになんて流されない。
「でも、稲森君……。もう、リリーを盾にするなんてことは二度としないで欲しい。その代わり、私が……わたしが稲森君の隣に立てるくらい、これから強くなるから――約束する」
「っ……。わかりました二度とリリーを盾にするなんてことはしません」
断言した稲森君は膝を折ってリリーを正面から見つめる。
「リリーにも今回の事で怖い思いをさせたな。本当にすまない。あまりに僕の考えが浅すぎた」
「マスター……」
リリーは心優しい子だ。本当は稲森君のことが怖いだろうに肩に手を回して抱きしめ、彼もそれに答えるように抱きしめる。
「……先輩。わがままなお願いを言ってもいいですか?」
「お願いって……?」
「僕は……その、何よりも先輩に傷ついてほしくなんてないんですよ。だから、強くなることを目指すとしてもどうか無理だけは――」
「うん、分かった。無理はしないよ? でも、私を……守ってくれるんでしょう?」
「……ええ。僕の過去とは関係なしに先輩は――大切な人ですから」
その『大切な人』という言葉で頭の中が混乱する。
クラッとする感覚を受けながらも私は覚悟を決めた。
絶対にいつか、私は稲森君の隣に堂々と立ってみせると――。
「フォォォ!! ブラボーじゃあなぁい!! 大切な人ですって、大切な人ぉ!! 言うことがエグイ! やるわねぇえ!!」
「ひ、ヒメアさん!? 今、僕言ったのは――その、ええっと!」
「このっ、何をアンタは場の雰囲気をブッ壊してんのよ!!」
「ふんにゃぁ!?」
稲森君が動揺からか、恥ずかしそうにしている中で由美子がヒメアさんと揉みくちゃになる。場の混乱ぶりと来たら、私の混乱ぶり以上かもしれない。
「ふ、ふふっ……」
「実結……? 何を笑ってんの?」
「ごめん、由美子。でも……なんか、おかしくって……」
リリーをギュッと抱きながら稲森君の方に視線を向けて再び、手を差し出した。
「改めて……今回はごめん。そして、これからも……よろしくね? 稲森君」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
こうして私たちは仲直りを果たし、世界を再び歩き始めることになった。
同時に私は遥か遠い恋路の旅も始まりを告げたのだった。




