第43話 危機から得た感情(39話~40話 稲森君の視点)
「――私は恵ちゃんじゃない!」
「あ……まっ……、実結! あんた……本当に最低っ!」
大きな声で先輩は否定してシーラスを飛び出していく。
そして、その後に続く様に長谷川先輩もリリーも続いて去って行く。
虚空に手を伸ばしても遠ざかって行く。
「ぁ……僕は……ただ――」
今までやってきた努力の全てが無駄になっていくように心が音を立てて、崩れていく。そんな僕に更なる災難が襲う。
「坊主。てめぇには失望したぞ。獣人を盾として使おうなんてな……」
顔を上げて見ればそこには短剣を抜いて悍ましいほどの殺気を放つジークさんが居た。この事実は確実に彼の琴線に触れたに違いない。今まで築こうとしてきた信頼関係も全て水の泡だ。
けれど、もう殺されてもいいと思った。
僕が先輩を守れない、助けられないというのなら僕に存在の価値はない。恵を救えなかった僕が、先輩でやり直しをしたかっただけなのだから。
「なんだ、抵抗はしないのか?」
「いいえ……もう、充分です」
「そうか――なら死ねっ!」
ジークさんが勢いよく腕を振り上げてナイフを振り下ろす。
しかし、その瞬間に目の前で風が吹き抜け、刃は一向に僕を貫かない。
目を開けて見れば両手に短剣を持ち、刃を貫かせまいと庇うライザの姿があった。
「ライザっ! そこを退けぇ――!!」
「ジークさん、ダメです!」
「どうしてお前がこの外道を庇う!? コイツはお前の同胞を肉の壁として使おうとしたんだぞ!」
ジリッと音を立ててライザの足が滑るが、その勢いを利用してライザはジークさんを反対方向に押し出して僕らとの距離を取らせる。
「確かに庇う義理はない。けど……私を庇った時の目やリリーちゃんに向けていた優しい目は嘘には見えなかった!」
「そんなの見せかけだ! コイツが知恵を回せることはお前も知っているだろう? そのしぐさも刷り込みかもしれないんだぞっ」
「そうかもしれません……。それでも……話し合えば分かると思うんです。ジークさんだって言っていたじゃないですか! お金を出してまで獣人にご飯やお風呂を与える奴は居ないって! 私はそんな彼を……。そんな彼である事を私は信じてみたい!」
ジークさんは確証を得ない言葉に困惑しながら目の前のライザを見つつ、僕を睨む。まるで、『俺の奴隷に何を吹き込んだ』と言わんばかりの表情で――
それを良いことにライザは少しだけこちらを見て、声を張る。
「これは貸しだから。納得いく答えを持って帰ってきて! ――行って!!」
「くっ……!」
助かるなんて予想していなかった僕は宿屋から慌てて街中へ飛び出した。
ライザに貸しを作ってしまった情けなさを感じながらも心の中を虚無を感じ続ける。
まるで、その感覚は惠を失った時と同じくらいの痛みを伴ってくる。
「……そうか、そういうことなのか……?」
それが故に考えは捻じれていく。
目の前に見える景色はゲーム『リグレット』の世界で至る所に恵との輝かしい思い出が残っている。そんな世界で今、僕は『先輩』という恵に似た存在を失くした。
最早、これは神様から神罰以外の何物にも思えなかった。
「もう、もういい……たくさんだ……」
全てに嫌気が差した僕はフラフラとした足取りで街の郊外に踏み出し、向かってくる魔物をレベル差なんて関係なくなぎ倒していく。
「どうして……どうして……僕はッ!!」
心の感情を吐き出すようにナイフを振るう。怒り狂いながらも魔物の攻撃パターンは頭に入っている。当たるどころか掠りもしない。だけど、視界がなぜか霞む。
別に視界をおかしくするようなデバフの要素はないはずなのに――
「はぁはぁ……ぁあ……? なんで……なんで……うぅ……」
涙が零れ落ちていた。恵を失ってからずっと流れて来なかったはずの涙が止められないほどに流れてゆく。
「でも、なんで――はっ!?」
思考を内側に入れようとした瞬間、視野に危険を知らせるレティクルが警告音と共に浮かび上がり、反射的にレティクルとは反対側に飛びのける。
それと同時にさっきまで居た場所に目を移せば、小さいクレーターと大型のボーンゴーレムが剣を持って立っていた。そして、完全なヘイトを食らった僕をあざ笑うように【高難易度クエスト:亡長者の帰国】という文字が表示された。
「――レベル45オーバーの高難易度クエスト。条件はボーンゴーレムの撃破……」
クエスト名を読むだけで僕には達成条件は理解できる。大体、このクエストは初心者をレベリングするために作られたような周回用クエストだ。攻撃も剣のみで単調が故にプレイヤーに今まで何億十回と殺され続けてきた魔物。
「そんな相手にすら、今の僕は一撃を貰ったら確実に死ぬ――いいや……だけど」
咆哮を上げるボーンゴーレムを前に僕は死にたくないと思ってしまう。
でも、どうして死にたくないと思うのか分からない。僕には生きる価値なんてもうないはずだ。
「それなのにっ……! 僕は……!!」
ボーンゴーレムから振り下ろされる剣戟を交わしながらミリ単位で入るダメージを入れ続ける。その中で僕の心は必死に生き残れと言う。そして、僕は気付けば叫んでいた。
「こんな所で僕は――死にたくない、死ねないっ、死んでたまるか! ……僕は先輩を守らなくちゃいけないんだ!!」
何十万、何百万回に渡る斬撃の末にボーンゴレームを打ち倒した僕は疲労から地面に倒れ込みながら目元を覆った。緊迫感が去る頃になって自分の気持ちにようやく気付いたのだ。
「僕は……先輩の真剣さを、あの笑顔を守りたいだけなんだな……。恵とかどうだとか、そんな関係なく……僕はいつの間にか先輩を――」
好きになっていたんだ。不器用な僕はずっとそれを『恵との過去』と結び付けて、いろんな思いをくっつけて気付かない振りをしていただけだったんだ。
「先輩に……謝らないと――」
気付けば疲れた体に鞭を打って街中へと向かって走り始めていた。
何処にいるかも分からない先輩の元に一刻も早く辿り着くために――。




