第42話 恋の論理
「それでぇ~? あなたたちはどうして『あの広場』に居たの?」
夕暮れ時になるとヒメアさんは料理を振る舞いつつ、酒を片手に聞いてくる。私達が最も触れてほしくない話題なだけに思わず、無言になる。
「ふーん。なるほどねぇ? 言わなくてもその反応だけで何となく察しがついたわよ? あの色男と喧嘩したんでしょう? そうでしょう??」
完全に酒のつまみにするつもりなのだろう。ワインのコルク栓をスボンっと抜きつつ、ニヤニヤしている。私がどれだけ苦しくて辛い気持ちなのか理解もしていない彼女に何がわかるというのか。
「話す筋合いは……ありません」
「ん〜ミユったらぁ! そう固くならないのよぉ! 男が絡むことだったら私に任せなさいよっ!」
「だから、そんなんじゃ――」
「だとしても、揉めているんでしょう? ――それは私たち的にも困るのよ」
ヒメアさんはさっきまでのおちゃらけムードから真面目な言葉を返してくる。けれど、由美子は私の前に踏み出て、ヒメアさんに噛みつく。
「困るって……黙って聞いて居れば本当に失礼な人ですね? 単純にあなたが聞きたいだけでしょう! 実結、答えなくて良いよ。こんなの」
「ユミちゃん! ごめんごめんっ! まぁ、確かに聞きたいっていうのは本当。……言う、言わないは自由よ。けど、この選択で世界が滅ぶとしても答えないつもり?」
私に目線を這わせてくるけれど、真っ先に由美子が反応する。
「せ、世界が滅ぶ? 何を大げさな! そんな事あるわけ――!」
「あるのよ。結果的にはね」
ヒメアさんはワインをグラスへと注ぎ、確信をつくように鋭い眼光を向けてくる。
「転生者と呼ばれる『異世界人のあなた達』――その中で最も強いのはミユたちのパーティーよ。そのパーティーが今、仲間割れを起こそうとしている。それはつまり、私たちみたいな現地人からしたら、世界を見捨てられたも同然なのよ」
「馬鹿馬鹿しい。何を言うかと思えば……この世界にも軍隊があるんだから私たちが居なくたって」
「ふっ、ユミはお気楽ね」
ヒメアさんはワインをクイッと飲みながら酷く悲しい表情をする。
「あなた達も転生初日に見たでしょう? 蜘蛛のようなモンスター1匹に兵士たちが苦戦する様子を。あれくらいの魔物一匹なら冒険者一人で倒せるレベルなの」
「ってことは……軍はアテにならないってこと?」
「そういうことよ。でなければ王国はあなた達をこの世界に招いていない。それに頼み綱の冒険者も同じよ。この前の大規模侵攻みたいに魔王軍の幹部が出てきて、本気で攻め込んできたら間違いなく、街の冒険者は全滅する。守り手が居なくなった街はどうなるか……そんなことは言わなくたって分かるわよね?」
彼女は話してほしそうに視線を向けてくるが、私が一番分かっていた。
ここで黙ることは正しくないと。時間が解決するという言葉はまがい物だと。
そして、言おうか言わないかを悩んでいる私の背中をさらに押そうとしてくれる。
「――まぁ、この事実を知った上で言いたくないって言うならいいわよ? ただ、私はミユの顔に『辛い』って出ているから話くらい聞いてあげようと思っただけよ」
ヒメアさんは上品にワインをクイッと飲み干す。心の余裕を見せつける姿勢には大人のお姉さんらしさを感じさせられる。私は今まで『こういう話せるチャンス』を悉く逃してきた。そして、その度に大切な何かを失っていったんだ。
それなら今は――。
「その……うまく、話せないですけど……それでも……いいですか?」
「ふふっ、良いわよ? 時間なんて腐るほどにあるんだから」
「ちょっ、実結! 別に無理に話さなくても――!」
「いいの。私が……話したいの。聞いて欲しいって……そう思ったから」
それから私たちに何が起こったのか、それが起こって私が感じたこと、私が思ったこと。とにかく今回の件について宛ても無く、ヒメアさんに吐き出した。
あらかた、私が話を終えるとヒメアさんはうらやましそうな顔でこちらを見る。
「ふ、青春ね。甘酸っぱいほどに。――ねぇ、実結? あなた……さっき、あの色男に騙されたみたいで悲しいって言っていたわよね? 裏切られたって」
私が頷くとヒメアさんは息を吐いて首を横に振る。
「それは違うわ、実結。あなたは勘違いをしている。そもそも私が実結から聞く限り、今回の『りりーちゃんを盾にした云々』っていう話は喧嘩せずとも、論点を戻して話し合いで何とか解決できたはずよ? でも、実結はそれをしなかった。それはどうしてかしら? 裏切られたって思った理由はなんだと思う?」
「……耐えられないくらい……嫌、だったから」
「はぁ、なるほどねぇ……? そう言う感じかぁ……そりゃあ、こうもなるわけか」
ヒメアさんは呆れた表情をしながら立ち上がって私の横に座る。
「いい? 実結。あなたは自分の盾としてリリーちゃんを使おうとした彼に怒った。隠されていたことが悲しくて裏切られて、嫌だったから逃げたって……あなたはそう言ったけど、断言する。その認識は間違いだと思うわ」
ヒメアさんはそっと私の手を握りしめる。
「実結が逃げた本当の理由。それは亡くなったっていう彼の幼馴染と比べられて、自分が代替え品みたいな扱いを受けたと感じたから――その恵って子に嫉妬したからじゃない? 違う?」
「……嫉妬なんて……わたしは……っ……」
嫉妬なんてしていない。していないはずだ。だけど、言い切れない。
考えを纏めようとすると胸がズキリと痛む。胸が苦しくなる。
なんでだろう、なんでこんなにも涙が零れてくるのだろう。
「……ったく、そこまで恋焦がれているのなら逆に言い切ってみなさい。彼はミユにとって何なの?」
「ううぅ……私にとって……稲森君は……」
いじめから私を救ってくれたヒーローで、こんな異世界でも『私の為に』と動いてくれる優しさと真剣さを持っている後輩。それでいて、曲がったことは嫌いで、いつも私の事を気に掛けてくれる。もう心ではわかっているんだ。
「誰にも渡したくない……好き……なひと……」
「ふっ、それを言えたなら後はやることは決まってるでしょう? 『仲直り』――それしかない。もちろん、今日の今日で『やれ』なんて言わないけど、ちゃんと仲直りしなさい。それからユミ、実結の親友ならサポートしてあげなさい。そこまではお姉さんは面倒は見ないわよ?」
「は、はい。それは……って実結!? 急に抱きついてっ……!? ――責任をもってやります、これでも親友なんで」
私は恥ずかしくなって涙が止まらなくなり、由美子に抱きついて顔を埋める。
由美子はそれ以上は口を開かずに私の頭を撫で続ける。
「そう、なら後は頼んだわね? ユミコ」
ヒメアさんはようやく由美子の名前をまっすぐに言って店の方へと消えて行った。




