第41話 亀裂
稲森君は宿屋シーラスの中で自らの過去を語り終えると目を伏せながらも芯がある声で私に訴えかける。
「——僕は恵のように先輩を死なせたくなかった。初めて先輩に会った時に思ったんですよ、これは運命だって。これは神様がくれた贖罪のチャンスだってそう思ったんです。だから、僕が持てる全ての力を出そうと思った。――リグレットの世界なら先輩を輝かせることが、守ることができるってそう思ったんです。本当に、ただ……ただ、それだけなんですよ」
彼が言い放った言葉はまさに『悲劇のヒロイン』そのものだ。
自分が正しくて、悪いのは過去だと言っているように聞こえて胸が苦しくなる。
「そんなの、あんまりにも身勝手だよ……」
「僕は先輩を守るために最善の手を考えて――!」
「ふざけないでよ……。私はそんなこと頼んでないっ! それに私は……恵ちゃんじゃないっ!」
私は気付けば涙を流しながらシーラスを飛び出していた。
稲森君は『そんな人じゃない』と思っていた。けれど、今の彼は好意を寄せていた幼馴染の亡霊に取りつかれた惨めな人間にしかみえない。
それも思考だけでなく、目の前に居る私と恵ちゃんを重ねてしまうほどに――。
「そんなのって……。こんなの……間違っている、間違っているよっ……」
受け入れがたい事実から目を背けるように裏路地に入って建物の壁に身を預ける。
悲しさから涙が零れ落ちる。
「ぁ……! ユミコさんっ! こっちです」
「実結っ! 大丈夫……なわけないよね……」
「由美子っ……」
私が泣いている声が響いていたのだろう。由美子とリリーは私をすぐに見つけた。由美子は私の気持ちを抱きしめるようにギュッと抱き留めて頭を優しく撫でてくれるが、心の中はグシャグシャになるばっかりで考えが一切纏まらない。
「私……どうしたらっ……もう、どうしたらいいのか……何を信じて良いのか……わからない……」
「……。正直、私と実結を結んでくれたあいつには感謝はしているけど……だからって、リリーちゃんにやろうとしていたことは許されないことだと思う。私もどうしたらいいか分かんない」
由美子はそう吐露しながらも優しいトーンのまま提案を続ける。
「だから……今はとにかく、アイツから離れよう。別にアイツに温情を掛ける訳じゃないけどさ? 今は距離が必要だと思う。お互い離れれば少しは冷静になってどうするべきか分かるようになるようになると思うから。それに――」
由美子はそう言って少しだけ強く私を抱く。
「私も下手をすればアイツみたいになっていたからもしれないからさ? 少しだけ気持ちは分かるんだよ」
「それ、どういうこと?」
「あっ、うん……。もし、もしも実結が『私たちのいじめでこの世を去ってしまっていたら』ってそう考えちゃっただけ。そうしたら私はどうしていたか分からないしね?」
言葉を宙に放りながら私からゆっくり離れて私の手を握る。
「よし。今はここから離れるよ。ここに居たら後輩君に見つかっちゃうからね」
由美子は私とリリーを連れて当てもなく街中を歩く。
とはいえ、どこか目的地があるわけでもない私たちはシーラスから距離を取って街の広場へと来ていた。
「と、とりあえず……休もっか?」
「うん……そう、だね」
広場には空いているベンチがあり、そこでは無数の人が通り過ぎていく。
獣人のリリーが居ることで白い目線を向けられた私たちは隅の一角に腰を下ろして黙々と時間を過ごしていく。
「すみません。私が居るばっかりに……」
「そんなこと言わないで? リリー」
「ご、ごめんなさい」
リリーは今回の事だけでなく、周囲の目もあるからかいつも以上に委縮してしまう。
そんな雰囲気を察した由美子は話題を変えようとする。
「……今夜、どうしよっか? さすがに戻れないし」
「うん……」
軽食は街中でとったもものの、夕暮れが迫る中では寝床をどうするかという算段を付け始めなくてはならなくなってきた。広場から見る限りでは何件かホテルらしき場所もあるが、金額はシーラスの数倍以上の値段だ。
絶望にも近い感情が渦巻いた、そんな時だった。
「――あらあら! ミユじゃない!」
「えっ!? ぁ……えっと……確か、ヒメアさん?」
「その節はどうも! それでぇ……ちゃんと悩殺できたかしら!?」
ヒメアさんは両手に袋をぶら下げて主婦のように面白可笑しく話し掛けてくるが、私たちには反応する元気も無い。そのちょっとした機微な変化からヒメアさんはさらに口角を上げる。
「あーなるほど? 分かったわよ? これは俗に言う修羅場ってヤツね。『よくも私の男を寝取ってくれたな』的な! あはははは! そんなの殴り合えば――」
「「……」」
「あ~あれ? あらぁ、違う……感じみたいね?」
どれだけ拡大解釈をすればそんな思考に至るのかと全員が心でため息を付く。
でも、その一方でヒメアさんはおもむろに私へ袋を渡してくる。
「ミユ、これを運ぶの手伝ってくれないかしら?」
「え……私は暇じゃ……」
「え~暇でしょう? 暇じゃないとは言わせないわよ? だってぇ、あなた達ここに数時間、近くいるじゃない」
まるで私たちの動きを見ていたかのように言い当ててくる。
気味が悪いし、この人とは酷く馬が合わない。
それは由美子も同じように思ったようで私に小さく呟く。
「この色が濃さそうな人、誰?」
「ぁ……えっと――」
「あ~初めまして! 名乗ってなかったわね! ティルニア洋服店っていう洋服店を経営しているヒメアですっ! よろしく♪ あなたは?」
「わ、私は由美子。実結の親友です」
「なるほど! ミユのねぇ~ふむふむ……」
上から下までネットリと見たヒメアさんはニコヤカに微笑む。由美子はその様子に数歩、後ずさる。その反応を良いことにヒメアさんは私に視線を戻して強引に話を進める。
「それじゃ、お手伝い。よろしくね♪」
「だ……だからって手伝う理由は――」
「――ふふん、さっきからあなた達が見ているホテル。あれ、一泊につき数十万ゴールドが飛ぶ高級店よ? それにこの獣人の子が居るなら街中を探しても泊めてくれる宿屋は少ないと思うわよ」
「っ……」
「あらヤダ、怖い顔っ! 何も取って食おうとなんてしないわよ? 単純に「あなたたちが困っているのなら助ける」って言っているのよ。その獣人の子の為にもね?」
「誰も助けてなんて……」
「そうね! だからこれを受けるも、受けないも自由よ。私の依頼は荷物を無事に届けること。報酬は私の家に一泊! 夜とか朝はこの街は冷えるから野宿するよりはマシなはずよ、受けてくれるかしら? ふふん♪」
私が逃げようとする方向を悉く潰すようにヒメアさんは会話を誘導してくる。
彼女の表情には「次の一手はどうくるのかしら、諦めるのかしら」と会話すらも楽しんでいるのが見え見えだ。
――それにリリーの事を引き合いにだされてしまっては私も弱い。
ましてや、稲森君を除いて信頼できそうな知識を持っている人物など、この人くらいしかいない。
「由美子、この話に乗ろうと思う。私たちの為じゃなくて……リリーの為に」
「……いいよ、実結らしいと思うし」
「はーい! じゃあ、由美子ちゃんと獣人ちゃんにも持ってもらうからね! 一路、テルニア洋服店にレッツゴー♪」
そう言ってヒメアさんは3つの袋を私たちに託して二つの服をぶら下げて私たちを先導する。その背中からは本当に楽しそうにウキウキしているのが伝わってくる。
「ギッシュ! たっだいまー!!」
「おかえり、ヒメ……ア?? その子たちは――?」
「ん? この子達? この子たちはねぇ~宿泊客!」
「え? は、はい?」
「あははは!! まぁ~まぁまぁ、ちっちゃいことは気にしない、気にしない!」
丸メガネの青年こと――ギッシュさんの肩をパンパンと叩きながらヒメアさんはカウンターの後ろにある木製扉の中へ運び込むようにジェスチャーをしてくる。その中は店とは違い、居住空間になっていてシックな部屋でありながら可愛らしい絨毯が引いてある。
「――ったく、ギッシュと来たら「僕はそんなこと、聞いてないんだけど」だって!可愛い女の子たちが一晩、泊るってだけで動揺しすぎよねぇ! もう、あははは!」
「いや……それは……突発的に私たちを招いたからでしょうに……」
「オフコース! それはユミちゃん、そのとおりすぎて何もいえないわね。あははははは!!」
「爆笑しすぎ……。っていうか、ユミちゃんって……由美子なんですけど?」
「良いじゃない? ミユ、ユミで丁度いいじゃない。ほら――上から読んでも下から読んでもユミミユで! ぶ、あはははははははは!!」
一人で突っ込んで転げまわりそうなほど笑うヒメアさんを目の前に由美子は私に「この人、本当に大丈夫なの?」と言わんばかりの表情を投げかけてくるのだった。




